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第3章 『高校時代:Movie』

美人。

優秀な遺伝子を象徴する形状への恋。


果てしない自然淘汰の歴史の中で、合理的な効率的な遺伝子は、時には基準を盲信して誤りながらも、人間を操り己を存続させ続けてきた。


美。それは、そのものに価値があるものである。


容姿端麗。国色天香。仙姿玉質。羞月閉花。

美人を形容する言葉が中国で多数生まれたのは、やはり美しい容姿を持つことそのものに価値があったからであろう。


運命の人がいるのではない。

運命を思わせる容姿を持つ人がいるだけだ。


そんな存在から、少しでも優しくされたのなら。


好きになり、好きになって貰うことが正しい選択だと、生き残った遺伝子は考えていた。


第3章 『高校時代:Movie』


セーラー服。

青春の年齢を象徴する記号への恋。


好きな女の子が歴史の教科書を朗読した音源があれば、丸暗記できるのにとため息をついていた元高校生へ。


/


今の時代に新しく生まれた概念に名前をつけるのは名誉ともいえることである。


当然、青春用語においても同様である。


数多の言葉が生み出される中、市民権を得た生き残りはこれら2つの言葉であろう。


リア充。


非リア。


他にも、広く知られてはいないものの使用が認められてきた言葉はいくつかある。


未恋:恋人が出来たことがない人


青春コンプレックス:学生時代の異性との関わり方に劣等感を感じている人。


青春ゾンビ:青春コンプレックスに囚われた人。


自分の表現しきれない気持ちに名前をつけることで苦悩を昇華しようという試みはネットの海を巡っていると数多く出くわすが、ほとんどの言葉は生き残ることがなく消えてしまった。


/


男「OEO」


女「おーいーおー?」


男「Only for each other。自分はその人のために生まれてきて、その人は自分のために生まれてきたという、共依存的な関係を崇める思想のこと」


男「ニコニコ大百科に昔載ってたんだけど、いつの間にか消えてしまっていた」


男「執筆者は何故消したのだろう。きっと、とある日に馬鹿らしく思って消したんだ」


女「馬鹿げたことで苦しむのは、決して馬鹿じゃないと思うのに」


男「名前をつけるというのは、それだけ難しいことなんだ。みんななかなか認めたがらない」


女「だとしたら、使用を認められた青春に関する言葉は優秀ですね。私は青春ゾンビという言葉、嫌いですけどね」


男「どうして?」


女「観たかった美しい思い出に執着する人達を、ゾンビ呼ばわりだなんてあまりにも失礼だからです。たとえば、一途って言葉、女性は好きじゃないですか」


男「一途なんて馬鹿げてるよ。それを実際にやってきた男たちは、馬鹿らしい幻想だったって数年後振り返るんだよ」


女「馬鹿げたことを愛するのも、決して馬鹿なことじゃないと思いますよ」


/


男「それにしても、どうして今日は屋上なんだ」


女「一度入ってみたかったじゃないですか。高校時代に屋上の扉をあけようとしたら、鍵がかかっていた経験はありませんか?」


女子高校生の制服を着た女が、手を繋ぎながら言った。


空から照りつける日差しが眩しかった。


女「ゾンビなら溶けてしまいそうな天気ですね。」


男「青春ゾンビか」


男「人をゾンビ呼ばわりするのが失礼なんてのは同意だな。ただ死にかけてるだけの人間を、不死身の存在に例えるのも的がハズレてる気がするよ」


女「ゾンビは不死身じゃありませんよ」


男「ゲームの場合だと、頭部を銃で撃ち抜けば死ぬっけか」


女「生々しいですね」


男「生きてはないけどな」


女「死々しいですね」


男「ゾンビは元人間に過ぎないよ」


女「ゾンビに弱点があるなら、青春ゾンビにも当然弱点がありますね」


男「今更だけど、青春ゾンビの定義ってなんなんだ。あまり聞いたことがない」


女「学生時代に残した恋愛の未練があまりにも多過ぎるため、いつまでも過去に引きずられる人達のことです」


男「俺のことじゃん」


/


女「青春ゾンビは手強いですよ。銃で頭部を撃ち抜いても、チェーンソーで切りつけても、女子高校生を追いかけ続けます」


男「最強に気持ち悪いな。弱点ってどんなだよ」


女「野球部のバットで殴られるか、サッカー部に蹴られるか、テニス部のラケットで打たれるか、軽音部のギターの音色を聴かされると死にます。あと青春映画を見ると死にます」


男「弱点多過ぎるわ」


/


女「そもそも青春って何なんでしょうね。青春とは何か」


男「好きな異性と学生時代を過ごすことだろ」


女「人によって異なる気がしますけどね」


男「青春はやり直した時が青春、とか、本人が熱中して打ち込んだものが青春、みたいなやつか?馬鹿言うんじゃないよ」


女「私馬鹿を言いましたか」


男「中学時代、高校時代、容姿と性格の優れた異性と付き合うことが青春だよ」


男「親父バンドのことを青春なんて呼ぶのはおかしい。おばさんの盆踊り大会を青春て呼ぶのはおかしい。それはおじさんおばさん達のただのレクリエーションだよ」


男「夏休みに一人で生物の研究に打ち込むのも青春だとか、古着屋さんや雑貨屋さんをまわり続けた日々も青春だとか、そんなのは違うよ」


男「異性と結ばれなかった学生はちゃんと、自分たちは青春に敗北したのだと、認めればいいのに。異性と結ばれてこそ、青春なのに」


男「恋が素晴らしいことはみんな認めるくせに。恋がないことは素晴らしくないってこと、みんな口に出して言わないんだ」


男「綺麗事だらけだよ。やんちゃでたくさん遊んできた不良を見てみろよ。泥臭い下心の先にこそ、綺麗な出会いは存在したんだよ」


男「はぁ……」


女「…………」


/


女「また死にたそうな表情をしていますね。自業自得だと思いますが」


男「厳しいな。励ましてくれよ、彼女としてさ」


女「励ますための名言は、一通りですが身につけています」


男「俺が今にも屋上から飛び降りようとしているとしたら、なんて言葉をかけてくれるんだ」


女「そうですね」


男「…………」


女「死ぬ気でやれよ、死なねーから!!」


男「いや死ぬだろ!」


女「やらずに後悔するより、やって後悔する方が良い!!」


男「後悔すらできなくなるんだけど!」


女「あなたが死のうとしている今日は、明日死んでいるあなたが死にたいと思って死んだ昨日なんだ!!」


男「そのままかよ!」


男「救う気ないじゃん!!」


女「すいません、自殺を止めるのに不慣れなもので……」


/


男「飛び降りようとしている時に、救ってくれる人が現れるなんて奇跡にすがろうとしたのがいけなかったんだ」


男「今まで誰も自分を救おうとしてくれる人が現れなかった人生だから、飛び降りようとするんだから」


男「死んではいけないなんて言う人間腐るほど見てきた。でも、あなたと生きたいと言ってくれる人は一人も現れてはくれないんだ」


男「俺だって、無理だよ。死のうとしている女の人が目の前にいたとして。自分もこの世界に絶望しているのに、どうして呼び止めることができるんだ……」





女「大好きだよ」


男「えっ」


女「ゾンビの一生分の絶望なんて、かぐや姫の如き麗しき少女が数文字の言葉を言えば一瞬で救えます。あっ、私は月におはするゾンビ程度の存在ですが」


女「まぁ、その6文字さえも何十年も貰えなかったから、絶望するんでしたっけ」


/


男「あんたも絶望したことってあるの?」


女「20才までに絶望したことの無い人間なんているんでしょうか」


男「今何才なんだっけ?」


女「今日は17才くらいです」


男「設定上の話はいいっての」


女「絶望って、文字通り望みが絶たれるってことですよね。絶望しても生きている人がいるということは、望みがなくても人は生きていけるということを意味しているのでしょうかね」


男「過去に絶望する人と、未来に絶望する人がいるんじゃないか。今生きている人は少なからず未来に希望を抱いているんだと思うよ。例えばさ、過去はこれ以上無いくらいにゴミクソの人生だったからこれからはもっとマシなはずだ、みたいなさ」


女「なんて後ろ向きな未来でしょうか」


男「未来に希望があるだけいい。過去が輝き過ぎて、振り返ってばかりいたら、これこそ文字通り後ろ向きな人生だ」


男「なんて言葉遊びのつもりで言ってみたけど。過去が輝いていなかったほど、輝いていたかもしれない過去を妄想して囚われてしまうんだけどな」


女「男さんは、女の人との素敵な過去が充分あるように思えてしまうのですが」


男「虚無だよ」


女「虚無ですか?」


男「自分に誇れる物語が何もない。時間を誤魔化すようにゲームをしていた時間がほとんどだ。ニアミスした女の子との数時間の思い出を、あたかも結ばれる直前だったと自他に思い込ませるように膨張させて回想するだけ」


/


男「女はどうなんだ。俺があんたの症状を診断するんだったよな。そろそろ過去のことを話してくれてもいいんじゃないか」


女「小学生の頃に、好きな人がいました。相合い傘をしたのですが、突き放されてしまいました。それからショックで傘をさせなくなった私は、雨の日にもずぶぬれで風邪を引いて寝込むようになってしまいました」


女「その人への気持ちが冷めて、中学生時代にまた新しい人を好きになりました。でも。二人乗りをしている時に無理やり降ろされてしまいました。それ以来私は1人で自転車に乗ると、横転して複雑骨折するほど運転が下手になってしまいました」


男「冗談にしてはきついぞ」


女「ごめんなさい。私も虚無ですよ」


男「虚無なのか」


女「好きになった人がいました。中高一貫の女子校育ちの私は、大学に入ってから初めて好きな人ができました」


女「その人から夏祭りに誘われたことがあったのです。けれど、断ってしまいました」


男「どうして?」


女「当日になって、風邪を引いて体調を崩してしまったんです」


/


男「他の日にまた出かけたりしなかったのか?」


女「夏祭り当日は風邪。その次の水族館に行く約束の日はインフルエンザ。映画館に行く約束の日は貧血による気絶。最後にただの食事に行こうと誘われた日は急激な腹痛」


男「凄まじい呪いだな。リア充爆発しろという言霊の呪いを一身に浴びたみたいだ」


女「文章で丁寧に謝罪をしましたし、好意も遠回しに伝えたのですが、彼は私に悪意があるのではないかと疑ってそれ以来誘ってもらえなくなりました」


男「もともと身体が弱かったのか?」


女「大事なイベントがある日は体調を崩すことがとても多かったです。ピアノ伴奏者だったのに、合唱祭当日に鼻血と頭痛が止まらなくて欠席したこともあります」


男「それどうなったの?」


女「BGM無しに合唱したそうです。間奏の間はもちろん沈黙になりますが、みんなが黙って並んでるのもおかしな光景で、さらに間奏明けの歌い出すタイミングがずれるのがおかしくて他のクラスの生徒から笑われてしまったそうです」


女「伴奏者として周りから推薦してもらって、断るのがなんだか申し訳なくて引き受けてしまったんです。本番の日に体調を崩す自分の体質は小学生の高学年頃には理解していたので、勇気を出して断るべきでした」


男「それは、何かしら名前がついているような病気なの?」


女「親が心配して近くのクリニックに連れて行ってくれたことがあるのですが、自律神経が乱れやすい体質なんじゃないかと言われました。交感神経と副交換神経のバランスが乱れて、緊張がピークに達すると体調が崩れてしまうのではないかと」


男「なるほどな」


女「私の診断結果は出ましたか」


男「ああ。緊張病だ」


女「それ、正解かもしれないです」


/


夕焼け小焼けのメロディが流れた。


男「もうこんな時間か。はい、本日の一万円」


女「ありがとうございます」


男「ごめん、追加で聞きたいことがあるんだけど」


女「曲が流れ終わるまでに聞かないと違約金が発生します」


男「まじか。あのさ、エニィ、って聞いたことある?」


女「何ですかそれ」


男「夢の中の話なんだけど……中学の時に好きだった人がハートマークの雲を見て言ってたんだ」


男「あんたも黒板のハートマークに顔みたいなの付け足して書いただろ、あんな感じだ。昔そういうキャラが流行ってたのか?」


女「だれでも、どれでも」


男「えっ」


女「って、英単語がありましたね。それではまた明日」


男「ああ、また明日」


/


女「女子高校生の制服を着たOL VS OLスーツを着た女子高校生」


女「ファイトぅっ!!!」


女は男の手を繋ぐや否や問いかけてきた。


男「なになに?なんでいきなり戦い始まった?」


女「どっちが好きですか?」


男「若い方」


女「カンカンカン!女子高生の勝利!」


女「はぁー、もう戦い終わっちゃいましたよ。結局男はロリコンですか」


男「なんだよそれ。そういう女は歳上と歳下どっちが好きなんだ」


女「歳上です」


男「おっさんずきかよ」


男「ってのと一緒じゃないの?」


女「それとは違うような」


男「聞き下手ですまない」


女「私は聞き上手ですよ」


男「頼もしい彼女だな」


女「えへん」


男「それじゃあ、ちょっと女子高生に関する聞いてくれるか。昔電車に乗って、座ってた時の話なんだけどさぁ」


女「えっ、電車に乗っていたんですか!?タクシーでもバスでもなく!!しかも、座ってたんですか!?立ってたんじゃないんですかぁ!!?車内空いてたんですかぁ!!?」


男「何にでも興味を示すのは聞き上手とは言いません」


/


女「それでそれで?」


男「地元が田舎だから、車内は空いててさ。俺と、おっさんとかサラリーマンが座ってたんだけどさ」


男「違う車両に移動しようと歩いてくる女性が何人かいたんだよ。で、その女性がOLとか、おばさんだと誰も目も向けない」


男「だけど、女子高生が歩く時はみんな顔をあげて露骨に見るんだよ。まるで女子高生感知装置が脳内にでも埋め込まれてるみたいに」


女「男さんの見方とか記憶に偏向があるだけじゃないですか?自分がそうだからって同じような人ばかりを見て記憶するとか」


男「遠回しに女子高生好きだと言うなよ」


/


女「でも、それが本当だとしたら、条件反射ではないでしょうか。パブロフの犬の実験で有名な」


男「なにそれ」


女「私達は梅干しを一度食べたことがあって、酸っぱいと知っていますよね。だから、梅干しを見たり想像するだけで、唾液を分泌するじゃないですか。そういう反射行動のことをいうのです」


男「あれ。パブロフさん家の犬は梅干しを食べるの?犬って梅干し食べて大丈夫なの?」


女「あの、話を混ぜてすみません、パブロフが行った実験はメトロノームを使った実験です。犬にメトロノームを聞かせた後に餌を与えることを繰り返したら、メトロノームを聞かせるだけで、唾液を分泌するようになったんです」


男「メトロノームを聞かせた後に梅干しを食べさせたの?犬って梅干し大丈夫なの?」


女「男性こそ聞き上手は必要だと思います!!」


/


男「何の話だったっけ?」


女「若くて健康的な肉体を持つ16才から18才の年齢の女子が妊娠しやすいとしますよね。制服を着ているということはその年齢である証だということです」


女「だから、雄が女子高生の制服を着ている女子だけを交尾の対象として狙うことは、子孫をより多く残す上で合理的な判断をしていることになるのではないでしょうか」


男「あなたはJK学の権威ですか!?」


女「めちゃめちゃ嫌な肩書ですね」


女「だからさっきの、JKの制服を着たOLと、OLの制服を着たJKをバトルさせるには、男性側に年齢を知らせないということが大切です」


女「制服を着ているけれどなんだか少し老けて見える女の子と、OLスーツを着ているけれど若々しく見える女の子、どちらがより魅力的に映るか」


女「合理的な判断基準に頼れば当然制服を着ている方を魅力的だと選びます。けれど、自分の目が肌質などから若さを感じ取り、OLスーツは着ているがより若々しい肉体だと判断できればそちらを選びます」


女「どちらが勝つのでしょうね」


/


男「理性を失って性欲が溢れるのに、それが合理的な判断によるものだとしたらとんだ皮肉だな」


女「それに、現代にとって必ずしも合理的とは言えないですものね。実際の社会も女性は、然るべき年齢になって、経済的な準備も出来てから、大切に少数の子供を育てる選択をするケースが多数ですもの」


男「でも確かに、裸を直接見るよりも、制服を見た方が肉体の年齢はわかるってことなんだろうな。だから俺もつい眺めてしまっていたのかぁ」


女「やっぱり眺めてたんじゃないですか」


男「制服なんて制度止めさせればいいのに。これだから援助交際がなくならないんだ」


女「女の子の服装変えたらいいかもしれないですね。軍服とかに」


男「セーラー服ってもともと海軍の軍服だったらしいよ。船乗りって英単語、sailorって言うだろ」


女「えっ、そうだったんですか。さすがJK学の権威です」


男「へへっ」


女「何を照れているんですか」


/


男「女の子がかわいい制服の高校を選ぶとかいう理由もわかった気がするよ。それは、優秀な雄に対して自分をアピールすることでもあるんだもんな。足元まで延ばした灰色のスカートなんかじゃ女子高生らしさを損なうからな」


女「かわいい制服の女子校に行く女の子は何が目的になるんでしょうね」


男「そこはオタサーの姫と一緒じゃないか。自分を求めてはほしいけれど、自分を分け与えるつもりはない」


女「ホストとキャバクラ嬢も一緒ですかね」


男「レンタル彼女を外したのはわざとかな」


女「いつまでも手に入らないからこそ見続けられる夢というのもあるじゃないですか」


男「俺の人生夢だらけだな」


/


女「なんにせよ、これであなたが女子高生中毒から抜け出せない理由がわかりましたね。肉体的な健康を示す女子高生の制服を見てヨダレを垂らすパブロフの犬」


男「心底気持ち悪い犬だな」


女「女子高校生のスカートの中からほとばしる呪いに毎日苦しめられていたんでしょう」


男「さっきの話をぶったぎるけどさ」


男「女子高校生が好きなんじゃない。青春時代に色濃く好きだった女の子が、その時たまたま女子高校生だっただけだよ。だから女子高生が気になるんだ」


女「さあ、どうだか。もしもいつか世界を征服することができたら、OLの制服と女子高校生の制服を取り替えてみてはいかがでしょう。どっちの服装が好きになると思いますか」


男「元々OLスーツは大好きだ!!」


女「元気に答えられても困ります」


/


女「今日はなんだか、女子高生の話ばっかりしてしまいましたね」


男「でもこれで全ての謎が解けた。俺たち男は制服を着た女子高生好きの変態だったわけじゃない。より健康的な肉体を持つ16才から18才の女性を意味するアイコンに惹かれていただけなんだ」


女「変態臭が一層増しておるのですが」


男「ここまで話しておいてなんだけどさ」


男「ずっと好きだった人のエプロン姿には、世界中のJKが束になってもかなわないよ」


女「奥さんを愛するのもまた男性の本能ですか」


男「俺の友達もぼちぼち結婚し始めてるよ。みんなプールで泳いでるのに、俺だけプールサイドで体育座りして見学している気分だ」


女「居心地悪いですね」


男「現実の話を思うと心がつかれるな」


女「そうですね。なら非現実の話でもしましょうか」


男「そうしよう」


/


男「ということで、アニメの話なんだけどさ」


女「アニメの話題ですか、いいですね」


男「風でスカートがめくれて男の子が見てしまうというよくあるシーン、よくよく考えると凄いな」


女「結局性欲の話題じゃないですか」


男「だってそのパンツの先にあるのは女性の生殖器でしょ。性の最も恥ずかしくて隠されてる部分を覆う布への露骨な興味でしょ。お茶の間で放送すべきではない、断固規制すべき」


女「しまいにはパンツの話題じゃないですか」


男「いない歴年齢の26才が、さっきは女子高生の話題を、今からはパンツについて語ろうとしてる。やばいよなこれ」


女「えっ、今からパンツについて語るつもりなんですか?」


男「えっ?」


女「えっ、違うの?って表情しないでください。私が綺麗な話題考えますから」


/


男「すぐ見つかる?」


女「ええーと、綺麗なもの、綺麗なもの……」


男「私、とか言わないの?」


女「言いませんよ。月に失礼ですよ」


男「月?」


女「I love you.の和訳の仕方についてネットで話題になってたことがあったの知りません?」


男「なんでパンツの話題から月の話題にさりげなく逸らそうとしてるのさ」


女「さりげなくではなく露骨に逸らそうと頑張っているところです」


男「それ俺も知ってるよ。バズってたやつだろ。文豪が訳してたんだよな」


女「夏目漱石は『月が綺麗ですね』、二葉亭四迷は『死んでもいいわ』、だったと思います。さすがの和訳です。男さんならなんて訳しますか?」


男「…………」


男「私はあなたが大好きです」


女「あら。私はその和訳が一番好きです」


男「直接気持ちを伝えることができない人生だったからな。どうせ俺は、月が綺麗ですねって言ってしまうんだろうけど」


女「この青空の下。もし当時の好きな女の子といたら、I love youはなんて訳すべきだと思いますか?」


男「日差しが眩しいですね、じゃないの?」


女「こういう時は、月が綺麗ですね、って言うのはどうでしょうか」


男「なるほど、それはストレートな愛の告白だ」


/


女「今日日差しが眩しいのは確かですね」


女「でも月が少し見えません?うっすらと」


女は青空の一点を指さした。


男「うーん、全くわかんない」


女「太陽の光があまりに美しくて、月が恥じらって隠れてしまっているのですね。羞月閉花です」


男「羞月閉花?」


女「あまりに美しすぎる人が通ると、月が羞恥心を覚えて逃げ出し、花は閉じるといいます」


男「月は太陽に照らされて輝いてるだろ。輝く人の隣に立てば、自分も輝くものじゃないのか」


女「白山に、あへば光の、うするかと」


男「なんて意味?」


女「『あなたのようにお美しい人に会ったので、この鉢も光を失ってしまったのでしょう』」


女「竹取物語で、かぐや姫に求愛していた皇子が言ったセリフです」


男「色恋で言葉をこねくり回すのは古来からの伝統か」


女「恋愛は地球規模の伝統行事です。竹取の翁だってこう言っていますよ」


女「この世の人は、男は女にあふことをす、女は男にあふことをす」


/


女「竹取物語のあらすじを覚えていますか?」


男「大学時代に一般教養の授業で、川端康成の全訳を読んだことがあった。かぐや姫が竹から割れて出てきて、おじいさんとおばあさんに育てられて、5人の皇子と帝の求愛を断って、やがて月の住人に連れ去られて月に帰ってしまうって内容じゃなかったか」


男「ラブストーリーとは言い難いよな。かぐや姫は誰からの求愛も受けなかったんだから」


女「帝に対しては別れ際に多少の情を筆にしたためて、不死の薬も渡しましたよ」


男「月に帰りたくないという割りには、下界の男に興味を示さないのはやはりお高くとまっている気がしたもんだよ」


女「かぐや姫症候群、なんて言葉もあるほどですからね」


男「かぐや姫症候群?」


女「モテるのにもかかわらず相手への理想が高すぎて、誰とも交際しない女性を示す言葉です」


男「モテるからこそ色んな男性の彼女をしているレンタル彼女とは異なる存在だな」


女「月の住民も、人間界の病に罹患することはあるのですかね」


男「人間界の病?」


女「恋の病です」


ごほごほ、と、咳払いをして言った。


しばらくして、夕焼け小焼けのメロディが流れた。


/


・・・


teen~「10代の」


teen movie「青春映画」


青春の味に関しては。


一般的に、甘酸っぱいと言われている。


実際には、単に酸っぱいのかもしれないし。


残酷にも甘いのかもしれない。


しかし、もう手に入らないが故にその味を知ることはない。


酸いも甘いも噛み分けるには、何より噛むという経験が必要だ。


次回『すっぱいぶどうが落ちてきても、狐は拾わないのでしょうか?』


何を手に入れてきたかじゃない。


手に入れられなかった時に、何を心に誓ったかなんだ。


/


今日は二人で市内で食事をした。


男は女に、高校時代に好きになった女の子との思い出を話していた。


夕焼け小焼けのメロディが流れた。


女「さて、男さん」


男「はいはい、時間だろ。そんな慌てなくても料金は支払うよ」


女「たった今ある規定を超えました。グレードアップです」


男「どうなるの?」


女「時間の制限が開放されました。今までは16時30分から17時30までの間でしたが、正午以降であればそれ以外の時間も大丈夫です。基本平日予約なのは変わりないですが」


男「昼も、夜もってこと?」


女「ええ。ただ、17時30分以降の時間に関しては、時間単価が1.5倍になります」


男「1.5倍!?」


女「男さんの今気にするべきところは、2時間以上私といられるという変更点だと思いますよ」


男「ということは」


女「はい。これで、思う存分映画が観れますね」


/


休み明け。


公園で待ち合わせた二人は、手をつなぐと、映画館へと向かって歩いていった。


男「映画館まではちょっと距離有るし。昔のことでも話しながら歩くか」


女「ええ。高校時代は、映画が好きな女の子を好きになったんですよね」


男「そうだな」


女「男さんはあんまり映画を観ないんでしたよね?」


男「昔から映画が苦手な子供だった。二時間流れてくる映像に集中し続けるというのが苦痛だった。だから滅多なこと映画館には行かなかった。あの子と出会うまではな」


女「観たい映画があって映画館に来るんじゃないのですね。一緒に映画を観たい人がいて、映画館に来るんですね」


男「よくご存知で」


女「加えて、映画を観たい人を見たかった?」


男「よくご存知で」


/


男「古ぼけた、レトロな雰囲気の映画館があったんだ。流行りの映画なんてまず放映されることのない、昔の洋画を流しているようなさ。どれも必ず何かの哲学があるような深い内容の映画が多かった」


男「中学時代に好きだった子のことを忘れられないまま高校3年生になった俺だったけど。このとき初めて心の移ろいを許したんだ。といっても、どっちとも付き合ってすらないんだけどさ」


男「地獄のような夏休みを過ごしていた。部活も引退して、夏休みに入った。受験生の天王山なんて言われたところで、どうしても勉強に対する拒絶反応が出て全くといっていいほど勉強しなかった」


男「自分を救ってくれる文章はないかって、3時間書店を歩きまわったけど何も買わないまま外に出たこともある」


男「高校には気の合うやさしい友達ばかりで奇跡みたいだった。なのに、俺は全く高校生活に感謝していなかった」


男「毎日毎日高校に通って、笑いのツボの合う仲間と毎日毎日腹を抱えて爆笑していたはずなのに。振り返ってみると、何も記憶が無いんだ」


男「虚無。何も思い出がない。自分が本来手に入れたかったはずの青春の思い出が一つもできていないことに気づいた」


男「やっていたことといえば、今までの人生で仲良くなりかけていた女の子と、もしかしたら送れていたかもしれない世界の妄想ばかり」


男「タイムリープ、俺だってしたかったよ。別の世界線、転送されてみたかったよ。アニメの主人公は何度も何度もやり直しても最悪の結末が待ち受けていることに苦悩するけど、俺は頭の中で自ら何度も何度も記憶をやり直して最高の結末が待ち受けていたことに絶望していた」


男「しまいには、前に言ったようにバッドエンドで評判の小説ばかり買って読んだ。自殺を歌っているような音楽ばかり聴いていた。ボーイミーツガールを渇望しておきながら、書店の青春コーナーに置いてある映画なんかは絶対借りなかった」


男「昼夜逆転していた。夜に起床した。夏休みが二週間過ぎて、この2週間何かを本気でやっていれば少しは満たされたのかなと後悔に襲われた」


/


男「仲の良い男友達と、この世のくだらなさについて携帯越しで語り合った」


男「何でもいいから現れてくれと思った。未来人でも、異世界人でも、幽霊でも、可愛い女の子なら何でもよかった」


男「世の中から拒絶されている存在であればあるほど、俺しか頼る男はいなくなる。俺はそんな存在を受け入れて対等な立場で恋愛したいなんて思った。ヤンデレとかいう、自分のことを殺したいくらい愛してくれる女の子と出会いたかった」


男「俺は絶望していた。非日常を渇望していた。それでいて、家から一歩も出なかった。無気力で、自堕落で、怠惰な夏休みが勝手に過ぎていった」


男「ある日親に説教をされてさ。俺はわけのわからない論理を主張して反論したけど、怒りがおさまらなくて」


男「翌日は15時に起きた。起床時からムカついていて、親の財布から金を取って、外出した」


男「ふらふらと歩いてたら、レトロな雰囲気の映画館にたどり着いた。そんな時に。あの子が現れたんだ」


男「ドン引きするようなあらすじを語って悪かったな。さて、着いたぞ」


/


二人は映画館に入った。


男はキップを二人分買った。


デートに関する費用は全て男が支払う約束となっている。


女「ありがとうございます。私、通路側でもいいですか?」


男「お好きにどうぞ。ポップコーンとコーラもいるか?」


女「男さん一人分でいいですよ」


男「いらないのか?」


女「欲しくなったら勝手に手を伸ばすので」


男「そっちの方が美味く感じるのは不思議な現象だよな」


/


座席に着くと、男は言った。


男「なるほど。会員の信頼度のランクが上がって、過ごせる時間も伸びて、結果的に映画館に行けるっていうのはうまいことできてるな」


女「どうしてでしょう?」


男「初対面相手だと、映画館だと会話もできないし、暗いから触ったりする人もいるだろうし、何より」


男「携帯電話の電源を切らなくちゃいけないからさ。外部と連絡も取れなくなるだろ」


男がそう言った時、ブザー音が鳴り、照明が落とされた。


映画の予告が流れる間、男は高校時代に好きになった少女のことを思い出していた。


古ぼけた映画館の中にいたせいか。


目を閉じて回想にふけっていると、懐かしい匂いに包まれた感じがした。


/


『すっぱい葡萄が落ちてきても、狐は拾わないのでしょうか?』


男『……えっ?』


映画の内容に飽きて、ずっと携帯をいじっていると、女子高生に話しかけられた。


『映画館では携帯の電源をオフにしなくちゃ駄目だよ』


男『あの、すみませんでした。今切ります』


『なんてね。私だよ。中学の時に塾で一緒だったじゃん。クラスは違かったけどさ』


男『あっ!ギャルの!』


『だからギャルじゃないってば。そのネタ好きなんだから』


女の子はムスッとした顔で言った。


/


男『今日は何しにここに来たの?』


『映画館に映画を観にきたんだよ』


男『でも俺と喋ってるじゃん』


『気晴らしに来たの。だから映画を観るのはやめて、男くんと話すことにしたんだ。さっきから退屈そうにしてたし』


男『私語も厳禁のはずだけど』


『私達以外に誰もいないんだしいいじゃん』


男『……ほんとだ』


古びた映画館にいたのは、二人だけだった。


『スタインベックの怒りの葡萄。男くんも渋い映画をチョイスして観にきたね』


男『受験で世界史選択なんだけどさ。勉強せずに歴史の流れを頭に入れたいなって思って。なんてね……』


『もうそんなこと言ってる時期じゃないような』


男『そっちはどうなんだよ』


『私は学校の成績良いから推薦で行くんだ』


男『ギャルなのに?』


『ギャルなのに昔から君より成績よくてごめんね。あはは』


男『…………』


/


男『それにしてもさ。国語とか歴史の教科書に載ってる名作って、どうしてこうも退屈なのが多いんだろうな。もっと夢中になれるようなライトな作品を載せたらいいのに』


『批判するのはいいけどさ。私がこの映画を大切に思っている女の子だったら気まずい時間が流れちゃうよ?何かを批判するなら、相手の趣味が判別するまで待ったほうがいいんじゃない?』


男『え、そうだったの?ごめん』


『まぁそんなことないんだけどさ』


男『ないのかよ』


『好き嫌いをすぐ口に出す人は、確かに相性の良い人だけにすぐ囲まれて、相性の悪い人はすぐ離れてくれるかもしれないけどね。でもたった数点だけ自分と違って、ほかは全部相性ぴったりな人と疎遠になっちゃうのはもったいないと思うな』


男『映画好きなの?この映画も名作だから観に来たの?』


『タイトルに葡萄ってついてたから観に来たんだよ』


『ねえ男くん、ぶどうジュースって美味しいって知ってた?』


/


男『自販機で時々買うよ。甘いの好きだし』


『2千円くらいするぶどうジュースは飲んだことないでしょう?』


『私のお父さんがワイン好きでさ。いつも美味しそうに飲んでるから、時々味見させてもらうんだけど、やっぱり苦くてたまらないのね。よくこんなの飲めるねってしょっちゅう言ってたの』


『それが関係あるのか、この間私の誕生日だったんだけど、瓶の高級なぶどうジュースを買ってきてくれたのね。それを飲んだら本当に美味しくてさ。それこそ自販機のジュースとも全然味が違うんだ』


『葡萄は不思議な果実だよね。たとえ同じ品種の葡萄でも、造られた土地、造り手、造られた年の気候、そういった条件が異なるだけでワインとしての価値も大きく変わるんだって』


『同じ葡萄は葡萄でも、何もかもが違ってしまうんだよね。葡萄って面白いなぁって思って、それで今日この映画を観に来たの。怒りの葡萄』


男『前半寝てたからあらすじわからないんだけど、これ葡萄の話だったの?』


『葡萄は全然出てこなかったかな。枯れた大地を移動する話だよ』


男『さっき俺に話しかけた時になんか言ってなかったっけ。葡萄がなんちゃらって』


/


『酸っぱい葡萄の話知ってる?』


男『それは知ってる。現代社会の教科書に載ってた。イソップ寓話が出自のやつだな』


男『高い木に実が成っている。狐はそれを取ろうと頑張るけど、手が届かなくて諦める。届かなかったぶどうを見て、どうせ酸っぱいに違いないと決めつけてその場を去る』


『そうそう。詳しいね』


男『取ろうと頑張っただけ狐は偉いなぁと思ったんだよ』


『変な感想』


男『この話がどうしたの?』


『もしもだよ。葡萄は酸っぱかったに違いないと決めつけてその場を立ち去ろうとした時に、葡萄が落ちてきたら狐はどうすると思う?』


男『酸っぱい葡萄が落ちてきたらどうするか……』


『男くんならどうする?』


『例えばさ。振り向いてくれなくて、もう嫌いだと諦めた女性が、自分を好きだと言ってきたら』


/


男「うわっ!!」


男が声をあげると、周囲の観客が振り返ってきた。


近くの高校生のカップルが一瞬こちらを見て、クスクスと笑ってきた。


女「もう一つの映画でも観ていたんですか?」


女は男の顔を覗き込むと、微笑みを浮かべながら尋ねた。


男「……ああ。ちょっとしたホラー映画をな」


/


いつの間にか眠っていた男は、映画を途中から観ることになった。


洋画のヒューマンドラマで、話の流れもわからず退屈ではあったが、横目で女を見ると夢中で画面を眺めていたので、終わるのを待つことにした。


二時間ほど経ち、映画のエンドロールが流れ始めた。


エンドロールはシンプルで、背景白は黒色で、白文字の制作スタッフの名前が下から流れてくるものだった。


アルファベットの羅列にまでは興味を持たない観客は、ぞろぞろと席を立った。。


/


女「男さん、エンドロール観る派ですか?」


男「いいや」


女「じゃあそろそろ……」


男「あのカップル」


女「どうしました?」


男「席、立たないな」


さきほど男を見て笑った高校生カップルは、手を繋いだままエンドロールを観続けていた。


男「さっきまでは、いかにも付き合いたてホヤホヤの、浮かれた男女に見えたのに」


男「あの二人、きっと長く続くんだろうな。青春の正解みたいだ」


女「青春の正解ですか」


意味のない時間を、あえて共有し続けること。


それは、お互いが好きだと示すだけの行為ではないと思った。


それは、お互いの知性を認めていることを、示し合う行為でもあると思った。


女「私が点滅している赤信号を渡らない気持ち、少しわかってくれたみたいですかね」


男「ああ。たしかに、似てるかもな。周囲が進んでるのに自分たちが止まっているところ」


女「でも私はエンドロールが始まるや否やすぐに出てしまうタイプですけどね」


そう言うと、女は焦った表情を浮かべ、席を立とうとした。


男「なんで?」


女「トイレが混むんです。頻尿なのに途中で抜けられないタイプなので!!失礼します!!」


女は手を離すと、足早にお手洗いへと駆けて行った。


/


トイレから戻ってきた女に、男は話の続きをした。


男「酸っぱい葡萄が落ちてきても、狐は拾わないのかどうか」


男「多分、あの子には好きな人がいたんだと思う」


男「一度自分を振った、もしくは他の女の子と付き合ってたけどその人と別れた男の子がいて、その人が告白かなんかしてきて迷ってたのかもしれない」


女「それでどうしたんですか?まさか、応援する男友達になっちゃったって奴ですか」


男「黙秘します」


女「黙秘権を行使されました」


/


男「夏休みも終わる頃になって、俺も本格的に受験勉強をするようになった」


男「全ての男子学生が一度は妄想する受験勉強のはかどらせ方って知ってる?」


女「下ネタは追加料金だと言ったはずです。家庭教師の女の人がいて、合格したら私の身体をうんちゃらかんちゃらって契約するやつでしょう?」


男「いや、違くて」


男「自分が好きな女の子が歴史の教科書を朗読したCDがあれば、毎日聴いて全て内容を暗記できるのになぁっていう妄想なんだけど」


男「ごめん、さっきなんて言ったっけ?」


女「…………」


男「黙秘権を行使された」


/


男「今思うけどさ。それはきっと、あまり効果がないんだよ」


男「好きな人がいたとして。あらゆる事情を乗り越えてまで好きなら、告白していただろうし」


男「その子から振られても。あらゆる事情を乗り越えてまで好きなら、血反吐を吐いて自分を磨くよう努力していたと思う」


男「たとえ、好きな人のお古の参考書を貰っても、その人が吹き込んだ歴史の教科書のCDを貰っても、合格したらその人が一緒に寝てくれるという約束をしてくれたとしても」


男「きっと、そんなことでは、受験の合否なんかには多少の影響しか与えないと思う」


男「外国のドキュメンタリー番組なんかで、10年も、20年も、同じ相手にストーカーし続けている男がいるのを見てさ。その期間、その執念を、自分磨きに費やしていれば素敵な異性と結ばれていただろうにって思ったけどさ


男「俺だって、好きなものを好きだと思い続けるだけで、それを手に入れるための行動は何一つしてこなかったんだ」


男「好きな人に振り向いてもらうために、勉強とかスポーツを頑張れる人は健全な下心の持ち主だと思う。それが普通の男達だ」


男「逆に、好きな人を利用して、勉強とかスポーツを頑張ろうと思っても、なかなか成功しないんだろうな」


男「好きな人のために頑張っている人がいるとしたら」


男「その人は、好きな人がいなくても、きっと頑張っていた人だったんだ」


夕焼け小焼けのメロディが流れた。


男は女に時間分の料金を手渡した。


女「それでは、また明日」


男「ああ。また明日」


男はそう言うと、女を見送った。


女は、迎えに来た車に乗ると、そのまま去っていった。


男「悪いな、女……」


数秒後、白いワゴン車がその車のあとを追うように発車した。


男「俺は、こういう卑怯なことしかできないんだ」


/


男『もしもし。どうだ?』


友『ばっちし尾行してるよ』


男「悪いな、せっかくの仕事休みなのに」


友『仕事の都合で夏休みが少しずれたからいいんだ。大学時代の友の悩みを無下にはできねぇって』


男は大学時代の友達に、女の尾行を依頼した。


生命保険会社の総合職として就職した彼は、九州の支店へと配属されていた。彼の実家が九州にあることと人事配置に関係があったのかもしれない。


男は今まで自分に起きた出来事を洗いざらい話すべきか一瞬考えた。


しかし、友人にさえ見栄を張ろうとした男は、自分が無職であることはおろか、レンタル

彼女を毎日のように呼びつけ、貯金を食いつぶしているなどとは言うことができなかった。


『親戚の紹介で知り合った女の子と、付き合うことになった。

馴れ初めの頃はお互い都内に住んでいたが、彼女は仕事の都合で九州に帰ることになった。

SNSを見ていると、彼女が浮気をしているんじゃないかと疑わしい気配がある。

自分が久しぶりに九州に出張することになり、急遽彼女をデートに誘ったが、困った様子でどうしても夜は一緒にいられないと言う。

夜にどこに向かうつもりなのか気になるから、あとをつけてほしい』


自分でも呆れるほど、堂々と嘘をついた。


久しぶりにあった友は話を聞いて、少し切なそうな顔を浮かべたが(『せっかくできた、彼女だったのにな……』)。


背中を叩いて笑顔を見せてくれた(『任せてくれ。どうせ杞憂だろうけどな』)。


/


友『とまったぞ。ショッピングモールだ』


電話越しに友が報告した。


尾行はすべて友に任せていた。


一度でも相手の移動コースを把握できたら尾行は一人でも容易だと思うが、初見でどこに行くかわからない相手を尾行する場合は、他の者に任せたほうが良いと思ったのだ。


友『車から彼女が出てきた。運転手は出てこないみたいだ』


友『近づいてみる。一旦電話きるぞ』


男『ああ。頼んだ』


/


深夜1時。


カラオケボックスで二人は待ち合わせた。


友「盗撮っていうのは気分がいいもんじゃないな」


男「すまなかった。謝礼は払わせてくれ」


友「そういうのはいい。俺の性格は知ってるだろ」


男「今度何かあったら何でも呼びつけてくれ。力になるから」


友「そう言ってくれると助かる」


男「それで、どうだったんだ?」


友「……駄目だった」


男「駄目だった?」


友「これを見てくれ」


友は携帯電話を取り出し、写真を見せてきた。


友「おそらく、浮気相手だろう」


/


男は驚いた。


てっきり、自分と同じような他の客と会っているものだと思っていた。


自分のように女性経験の少ない、冴えない男を相手にしているのだと。


しかし、写真に写っていた男は、容姿の完璧に整った男だった。


切れ長の目、目元までかかるサラサラの髪。


細身で身長が高く、隣にいると安心感を与えるような柔らかい雰囲気を感じた。


学校に一人いるかいないかというほどの、パーフェクトな男に見えた。


男「彼女はこの男と何をして過ごしてたんだ?」


友「普通に恋人がやるようなことだよ。ご飯を食べて、ボーリング場に行って、ゲームセンターに行って、映画館でレイトショーをみて、解散だ」


友「不可解なことがあったんだ」


男「不可解なこと?」


友「別れ際。彼女が彼に、現金を渡していたんだ」


/


男は、友にお礼を言って別れを告げた。


友には、何もかも嘘の設定を言ったつもりだった。


実際、あの女の子は自分の本物の彼女ではないし、自分も本物の彼氏ではない。


彼女は金銭の支給と引き換えに、恋愛の疑似体験という役務の提供をしていたに過ぎない


頭では、そう理解していたつもりだった。


男「……くふふ。くふ……」


男「……ぐす……ぐす……」


男「ぶはははは!!」


男は涙を流した。そして爆笑した。


男「笑える。わろけるな。26才にもなって。レンタル彼女なんかに金を費やして」


男「他の男を観察してみたいだなんて言って」


男「以前会話で聞いた。あの子には男兄弟はいないって。兄でも弟でもあるわけない」


男「あの子はレンタル彼氏を利用していた!!こんな笑える話があるか!!」


男「ホストに貢ぐキャバクラ嬢と一緒じゃないか。俺は、キャバクラ嬢に貢ぐおっさんと一緒じゃないか!!」


男「いつだって、俺は、他の男に負け続けるんだ!!」


とっくに気付いていた。


見て見ぬふりをしていた。


気付いた時には手遅れだった。


自分は、どうしようもないほどに。


お金を渡して手を繋いで貰っている、レンタル彼女に。


恋をしてしまっていた。


/


馬鹿らしい。


あまりにも馬鹿らしい。


26才にもなって。


過去の恋愛に決着をつけるだとかなんとか言って、女の子に手伝ってもらいながら。


その女の子を好きになってしまった。


レンタル彼女。


はじめから嘘だとわかっていた恋を信じたら。


やっぱり嘘だったと、現実を突きつけられただけだった。


男「……俺なんかが、人を好きになってはいけないんだ」

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