夕焼け小焼け
女「治療の大いなる第一歩は、病名を告げられることなんです」
女「自分にのしかかる正体不明の呪いは既に分類されているものだったと知ることで、さっそく救われるんです」
男「古傷に対して『それは古傷です』と言われたところで何も変わらない。もう、治っているんだし、これ以上は治せないんだから」
女「青春コンプレックスです」
男「何だって?」
女「あなたの診断結果が出ました。症状、青春コンプレックスです」
女「過去に付き合った人数を聞かれて苦しむのも。街中の恋人同士を見て苦しむのも。女子高校生のスカートを見て苦しむのも」
女「青空の下のアスファルトや、プールの消毒液のにおいや、花火やクリスマスツリーに苦しめられるのも、恋愛ソングを唾棄すべきものとみなしながら縋るのも。全部青春ゾンビの特徴です」
男「俺がかかっているそれは、治せるのか?」
女「治療法は確立されていませんが、治す方法は存在するそうですよ。試しに、これまでの人生で横目で見てきたことをやってみたらどうですか」
男「例えば?」
女「ハロウィンに若者が集まる街に行って、コスプレをしましょう。あなたはゾンビの格好をすればいいと思います。青春ゾンビです」
男「恐ろしそうな怪物だな。あんたは何の格好をするんだ」
女「女子高校生の格好です」
男「恐ろし過ぎる怪物だな。嫌がらせにもほどがある」
女「荒療治です」
男「厳しい医者だ」
女「私も患者ですよ」
男「病名は?」
女「まだわからないんです。だから、あなたが診断してください」
男「できるかな。こんな寂れた廃校で、まともな診断なんて」
女「できてください。さもなくば、このまま私は、病気が治らないままなんですから」
17時30分、夕焼け小焼けのメロディが流れ始めた。
今日も防災行政無線が、一つの夏に別れを告げた。
【平成最後の夏、レンタル彼女と一緒に過ごした。】
何もかもが叶わなかった10代は、その後生きていく70年間を全て否定してしまうのでしょうか。