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3話


「うーん………………………………ん?」


 まどろみから意識が浮上する。

 チュンチュン、と鳥の鳴き声が聞こえた。

 朝だ。

 ぼんやりとした頭で俺は、俺はなにひとつ変わらない自分の部屋を見渡した。

 

 そうか。俺は夢を見ていたのか。


 あっはっは。

 いやあ、しかし我ながら面白い夢だった。

 チート能力をもらって異世界に転生したと思ったら、そこは現実そっくりで、でも魔法少女のいる異世界で、そこで出会った女子中学生の魔法少女ふたりの子を俺の部屋に泊める羽目になる、という。


 我ながらひどく暴走している。特に最後のあたり。

 まあ無職でニートでひきこもりの俺でも、夢を見るくらいの楽しみは許されるだろう。

 さて、今日はなにをして過ごそうか。

 とりあえず目覚めのビールを……。

 

 むにゅり。


「ん?」


 手のひらがなにかを押しつぶした。

 人生においてあまり経験したことない、というか初めての感触がした。

 なんだろうこれは。

 自分の手元に視線を落とすと、


「や、やめて……」


 寝そべった黒髪の美少女が、涙目で俺を見上げていた。

 俺の手のひらは、その美少女のささやかな胸を思いっきりつかんでいた。


「うわぁ!!」


 俺はバッタみたいに跳ねて、壁に後頭部を強打する。

 だが驚きが痛みを凌駕していた。

 

 ほとんど腰を抜かしたまま後ずさっていると、手の甲がまたべつのなにかやわらかいものに触れた。

 やはりそれも知らない感触だった。


 目を向けると、そちらにはゆるふあ金髪の少女が、身体を横にして寝ていた。

 彼女の臀部あたりに密着している手を、俺はあわててひっこめた。


「ふわ……………んん、もう朝ですの…………?」


 絵理栖が寝ぼけた声を出す。

 一方、シイカは顔を真っ赤にして俺をじっとにらんでいる。


 夢でないことは確かだった。



 ***



 とりあえず家を出た。

 朝飯も買いに行きたかったし、なによりあの密室空間に居続けるには俺の精神は貧弱すぎた。


 とはいえ、挙動不審な成人男と可憐な見た目の女子中学生ふたりの組み合わせは、どうあっても目立つ。しかも今日は平日だ。

 

 ん、平日?


「そういえば……ふたりとも……学校は?」


 俺はコンビニのおにぎりを二人に渡しながら聞いた。


「もちろんありますわ」

「けど、それどころじゃない」

「ええ、あなたから目を離せません!」

「学校には連絡する」


 つまり……サボるということか。


「そんなのダメだ」

「いや、それもこれも、貴方のせいですわ!」

「ごめん。でも、学校にはちゃんと行かないと。

 じゃないと将来、俺みたいになっちゃうよ」


 シイカと絵理栖がまじまじと俺を見上げる。

 なぜか神妙な表情で、なるほど……とつぶやいた。


「わかってくれたか」

「い、いいえ。わかりましたが、従いませんわ!」


 絵理栖は強情に拒む。

 こうなったら仕方ない。



『 ふたりとも、学校にはちゃんと行きなさい 』



 俺は一言一句をはっきりと口にした。

 ふたりがびくりと身体を震わせる。

 そして、あっさりと踵を返した。

 まるでロボットのようなぎこちない歩き方だった。


「くっ……やっぱり、逆らえない……」

「ま、またですの!? 覚えておきなさい~~~!」


「い、いってらっしゃ~い……。

 あ! 今日の放課後! またこの公園で!」


 俺は手を振ってふたりを見送った。

 ふたりの姿が消えてから、ふと気づく。


「ってか、昨日の夜もこうすればよかったんじゃ……」


 今朝のようなハプニングも避けられたはずだ。

 まあ、次から気をつけよう。



 ***



 その日の夕方。

 俺があわててシイカたちと別れた近所の公園に駆けつけると、ふたりはすでに待っていた。

 ちなみにふたりとも制服姿だった。

 シイカは普通のセーラー服。絵理栖はいかにもお嬢様学校の生徒っぽいブレザーだ。

 どうやら常に魔法少女の姿ではないらしい。当たり前か。


「遅いですわ!」

「ご、ごめん。さっきまで寝てて」

「こんな時間に?」

「まあ、俺が寝るのはだいたい明るくなってからだから……」

「いったいどういう生活していますの?」


 ニートの生活の乱れをなめるなよ。

 時刻は午後四時。

 日が傾きはじめている。だが俺にとってはまだ一日が始まったばかりだ。


「それでは、話の続きを聞かせてもらいますわよ!」

「あなたは……何者なの」


 絵理栖とシイカがさっそく俺に詰め寄る。

 素直に答えたいところだが、正直俺自身がまだ自分の能力を正確に把握しているわけではない。


 それに、本当に教えるかどうかは慎重になったほうがいい。

 下手をすれば、ふたりを逆に危険にさらすことにもなりかねない。


「俺は…………」

「「ごくり……」」



「俺は、君たち魔法少女たちみんなを幸せにする男だ!」



 夕方の公園に、無職男の高らかな叫びが響きわたった。



「なに、それ」

「こ……答えになっていませんわ!」


 ふたりは真面目に怒っていた。

 まあ当然だろう。

 だが俺の決意はもう固まっている。


「とにかく、俺は君たち魔法少女を全員救いたい。

 そのために、ふたりの力を貸してほしい。……シイカ、絵理栖」


 俺はできる限り真摯に言って、頭を下げた。

 ふたりはすこしうろたえたように沈黙していた。

 だがやがて、

 

「……わかった」


 シイカが言った。


「なっ……!? どういうつもりですの、織科シイカ!」

「言葉のままよ。私は、この人を信じてみる」

「おおっ」


 俺は感動した。

 人から信じる、などと言われたのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。


「あなたは、どうなの? 漆乃絵理栖」

 まだ私を殺す気? それなら、受けて立つけれど」

「くっ……」


 絵理栖は葛藤しているようだった。

 そりゃ、相変わらず得体の知れない存在である俺をいきなり信頼しろと言われても無理があるだろう。


 でも、信じてほしかった。

 

 だがしばらくすると、絵理栖も深いため息をついた。


「……わかりましたわ。いいえ、納得はしていませんが。

 ひとまず、貴方がたと行動を共にさせていただきますわ」

「おお、ありがとう。いい子だなぁ」

「なっ……! こ、子供ではありませんわ!」

「ははっ、それはごめんよ」


 さすがに俺からしたら中学生は子供だ。


「あ、そういえば魔法少女って普段はどういう風に――」


 俺が聞こうとしたとき。

 ふたりが一斉に身体をひるがえした。


 その手には、いつの間にか昨日見たあの魔法少女の武器が握られている。


「な……なにっ!?」


 ふたりは武器を互いに向けてはいなかった。

 むしろ俺を守るように背中を向けて周囲を警戒している。


 キィィン……と不思議な耳鳴りがする。

 これは……何の音だ?


「コアの共振……!」

「共振……? なにそれ」

「本当になにも知らないんですのね!」


 絵理栖の声は緊張に包まれていた。



「この街のどこかに、イビルメアが出現したのですわ……!」



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