2話
「えーっと、まず、ふたりの名前だけど……」
「……織科シイカです」
「ワタクシは漆乃絵理栖ですわ」
黒髪ロングのスカーフ子と、ゆるふあ金髪のゴスロリ子が答える。
どうやらそれがふたりの名前らしい。
「よ、よろしく。俺は、成大。爽ヶ原……成大」
「セーダイ……さん」
「どうでもいいですわ。一応覚えましたけれど」
「うん。それで、ふたりとも年は……」
「14歳です」
「はっ、ワタクシは15歳ですわ!」
「……(イラッ)」
「つまりふたりとも……中学生、か」
シイカと絵理栖がうなずく。
「というか、いったいなんですの、ここは?」
ペラペラの座布団の上に正座した絵理栖が周りを見渡した。
古びた本棚、雑然とした雑誌や漫画本、ケーブルだらけのゲーム機。壁に貼られたアニメキャラのポスターを見ると、絵理栖は不思議そうに首をかしげた。
「いやまあ、俺の部屋、なんだけど……」
「ずいぶんと狭い部屋ですわね。まるでウサギ小屋のようですわ」
「そ、そうだね……でもどっちかというと、君たちの武器がスペースを……」
時刻は深夜一時半。
六畳一間の部屋の真ん中に置かれた古びたちゃぶ台を、俺と、さきほど出会ったばかりの魔法少女ふたりが囲んでいた。
シイカのとなりには長大なアサルトライフル。
絵理栖の背後には馬鹿でかいハンマーがたてかけられている。
たしかに狭い。
だがそれ以上に、こんな小汚い部屋に可憐な少女たちを招くのはだいぶ申し訳なかった。
これでも一応迷ったのだ。
ただ、無職の俺に自分のボロアパートの部屋以外に行くあてなどない。
不幸中の幸い、とでもいうのか。
この魔法少女たちのいる異世界は、俺がいた現実世界とそっくりだった。
というか俺が住んでいたほとん街とほとんど変わらなかった。
現に俺の家が俺の知っているとおりの住所にあった。
玄関に飾ってある変な置物から、部屋の片隅に転がっている炭酸飲料水のペットボトルまで、俺が出かけたときの状態となにひとつ変わらない。
ここは本当に異世界なのだろうか?
「はぁ……仕方ないですわね」
絵理栖が後ろのハンマーに触れると、途端に虹色の光となって霧散した。
それを見て、シイカも同様にアサルトライフルを光に分解する。
「そ、それ消せるんだ……便利だな……」
「そんなことより、貴方、いったい何者ですの?」
「そう。本題はそれ」
ふたりがそろって俺をじっとにらんだ。
「あのときからワタクシの身体がおかしいのですわ!
この女に飛びかかろうとした途端、いいえ、そう考えた瞬間に身体が動かくなりますの。
これはいったいどんな魔法ですの!?
はっ! さては……あなたたちがグルで、ワタクシを罠にはめたのですね!?」
「それはちがう。私だって……同じだもの」
「えっと、それはたぶん……」
心当たりはあった。
俺に与えられたチート能力だ。
それは、願いを叶える力。
つまり俺が願ったことが、この世界に現実として作用する。
あのとき俺は、ふたりに殺し合いをしてほしくない、と願った。
だからそれが彼女たちの行動を抑制した。
とはいえ、それを説明して信じてもらえるだろうか。
「ふたりは……魔法少女、なの?」
「「!!」」
俺の質問に、シイカと絵理栖が同様に驚きをあらわにする。
「どうしてそれを……」
「やはり貴方、イビルメアの……」
「そ、そのイビルメアってなに?」
「なっ……! しらばっくれるつもりですか!?」
「いや、本当に知らないんだ。俺が知っているのは、きみたちが魔法少女という存在で、なぜか戦い合っているってことくらいだ」
ふたりはだいぶ俺を怪しんでいたが、
「……イビルメアは、私たち魔法少女の天敵ですわ」
絵理栖がしぶしぶと口を開いた。
「魔法少女と力の源を同じにしながら、異形の怪物となってこの世界に危険をもたらしているんですの。だからワタクシたちは、この皇御市で、イビルメアと日々戦い続けているのです」
「ええ」
「じゃあ、魔法少女っていうのは、それと戦う存在ってこと?」
「……」
「でも、だったらどうしてふたりが戦ってたの? 一緒に協力すれば……」
「貴方、本当になにも知らないんですの?」
「ま、まあね」
絵理栖は呆れたようなため息をついた。
「ワタクシたち魔法少女は、イビルメアを討伐して、そのコアを吸収しなければ生きていられなんですの」
「え――」
思わず息をのむ。
「それって……つまり……死んでしまう、ってこと?」
「ええ」
信じられないことに、絵理栖は当然のようにうなずいた。
「だけど、イビルメアが落とすコアは、私たち魔法少女も同様に落とす」
シイカが補足する。
「つまり、魔法少女を倒してそのコアの魔力を得ることでも、同じように生き永らえることができる、ということ」
「そんな……」
「それだけではありませんわ。ほかの魔法少女のコアを吸収すれば、その魔法少女の持つ固有の能力――スキルを習得できるんですの」
おぞましいシステムを、絵理栖はさらさらと説明する。
「ワタクシたちは、《アルカナ》の魔法少女と呼ばれる存在。
それぞれが固有の特性と能力を持っています。ワタクシでいえば《戦車》の力。そちらの女は《愚者》。当然、ほかの魔法少女を倒してその力を奪うことができれば、イビルメアを倒せる確率も高くなりますし、ほかの魔法少女から身を守りやすくもなります」
「だから私たちは、戦っている」
苦しそうなシイカの声に、俺は愕然とした。
ふたりが殺気を持って対峙する場面から、薄々予感はしていた。
だがはっきりと、しかも当人の言葉で聞かされると、そのおぞましは何倍にも感じられた。
正直、反吐が出る。
「……そんなこと、まちがってる」
「そんなこと言われましても、どうしようもありませんわ」
「そう。それが私たちの宿命。
なにより……みずから、選んだこと」
「だとしても、だよ」
俺は言った。
「今日からももう、だれも殺し合わせたりしない。俺が許さない」
「な、なにを勝手に……。貴方になんと言われようとも、ワタクシは絶対にこの女を……!」
「ええ、望むところよ」
バチバチと再びにらみ合うふたりを見て、俺は嘆息した。
『 ケンカはだめだ。仲良くしなさい 』
俺がそう言った直後。
ふたりの身体がびくりとはねた。
そしてぷるぷると振るえる腕を、互いに差し出す。
やはり、どうやら俺の言葉には、彼女たちに対して強制力があるらしい。
「ま、また身体が……」
「いったいなんですの……!?」
「よし。じゃあふたりで……仲直りの握手だ」
「い~~~や~~~~~で~~~~す~~~~~わ~~~~~~~~!!」
「くっ……私、だって……」
「まあまあ、そういわずに」
「なんて鬼畜な! い、嫌がるワタクシたちを無理やり……!?」
「ご、誤解を招く表現はやめよう!」
ふたりが(強制的に)しっかりと握手を交わし、ぎこちない笑みを互いに向けた。
***
「ううっ……穢されてしまいました……」
「……もういいです、どうでも」
落ち込む絵理栖と、投げやりなシイカ。
強引なのは申し訳ないと思うが、それでも彼女たちが殺し合うよりはずっといい。
「さて、と。じゃあ今日はもう遅いし……また明日、どこかで話の続きを。
ふたりとも、うちはどこ? なんなら送っていくけど。まあ徒歩だけど」
俺が言うと、ふたりは互いに顔を合わせた。
そして、なぜかそのまま動こうとしない。
「……?」
「あの、よろしいですか?」
「あ、うん」
「帰れ、と言われて、おとなしく帰れると思いますの?」
「え、なんで?」
絵理栖は大人びたため息をついた。
まるで出来の悪い子供に手を焼いているような表情だ。
「あなたの持つ力」
と、シイカが口を挟む。
「それを放って帰るなんて、できない。
もし私の見ていないところで、彼女とあなたが手を組む可能性を、捨てきれない」
「え。まさか、そんなこ――」
「それはこちらのセリフですわ!」
絵理栖が声を荒げる。
「こうなった以上、あなたからはひとときも目を離しませんわ!
今日はここに泊まらせて頂きます!」
「同じく」
ふたりが今度は同調した。
仲の良いことは素晴らしいことだ。
いや、待て。そんなことより……。
魔法少女のJCふたりが俺の部屋に泊まるんだが、これってやばくないか?