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1話

 昔、アニメを見て憂鬱になった。

 

 そう、あれは魔法少女のアニメだ。

 日曜日の朝にやっているものじゃない。

 いわゆる深夜アニメで……とにかくそれの内容がすごく重たく残酷で、見終わった俺は胸がひどく苦しかった。


 戦い、殺し合い、奪い合う。

 嘆き、悲しみ、絶望する。


 彼女たちがもっと幸せになれたらよかったのに、

 と、そのときの俺は思ったのだ。

 

 だが現実に魔法少女はいないし、

 いても俺がなにかできるわけじゃないんだけど。


『 そんなことはありませんよ 』


 ふと、だれかの声がした。

 だれの声だ?

 いや、そもそも……ここはどこだ?


 空も地面もない不思議な空間に、俺はいた。


 ああ、そうか。

 俺はいま、夢を見ているのだろう。


『 特別な素質を持ったあなたを、異世界へと召喚……送致します 』


 なんと!

 現実ではただの無職の俺も、ついに異世界デビューを?

 なるほど。じゃあ、この声の主はずばり、女神だな?


 そういえばコンビニに行った帰り道、なにかにぶつかったような気がする。

 トラック……ではなかった。

 軽自動車……でもない。バイク……ともちがう。

 そう、あれは自転車だ。

 ロードバイクとかじゃなくてママチャリ。主婦っぽい人が乗っていた。

 

 ……まあ、死因なんてどうでもいい。

 なにせ俺はこれから華やかな異世界デビューをするのだから!


『 あなたはどんな能力をお望みですか? 』

「おっ、きたか。そうだなぁ……」


 俺は考えた。

 やっぱりもらうならチートな能力がいいよな。

 はて、チートチートチート……。

 …………。 

 …………………………。

 どうしよう。

 自分で考えると、意外と思いつかないもんだ。

 まあ俺にはそういう創作的な才能はゼロだしな!

 うーん、困った。


「俺は……俺が欲しいのは……」


 ふいに脳裏に浮かんだ言葉を、

 俺はなにげなく口にした。


「自分の願いを、叶えられる力……とか」


 なんじゃそりゃ、と我ながら思った。

 だがその呟きを女神はしっかりと聞き取ってしまったらしい。


『 承認しました 』

「え? あ、待って。ちょっといまのは……」


 訂正しようとしたが、その余裕はなかった。

 意識が途切れる。

 ――いや、むしろ醒める直前、



『 あなたは、あなたが望む異世界へ向かってください。

  あなたのいるべき場所は、そこにあります 』



 そう言って、女神の声は夢と一緒に消えた。



 ***



 目を開けると、あたりは暗かった。

 夜だ。

 俺はどこかに倒れていた。


「ここが異世界……?」


 ただ、いきなり夜というのは少々意外だった。

 まあ、時間なんてどうでもいい。

 それにしても、固い地面だ。

 ファンタジー世界でよく見る石畳だろうか?

 それにしてはだいぶ整地されているような気がする。

 遠くから車の走行音が聞こえた。かすかなクラクション音なども。

 

 ん……車?


 俺は立ち上がり、改めて周囲を見渡した。

 遠くに人口の明かりが見える。

 電灯だ。

 周囲は高い壁に囲まれている。

 目に入るのは、パイプ管、エアコンの室外機、くもったガラス窓、ほとんど剥がれたポスターの跡に、バケツ型のゴミ箱。


 狭いビルの間の裏路地だった。


「どこだ、ここ……」


 正確な場所はわからなかった。

 たぶん、駅近くの街中の、どこか。

 ひとつだけはっきりしているのは、すくなくとも俺が望んでいた異世界ではないということだ。


「って、あるはずないだろ……」


 唐突に現実感が戻ってくる。

 そうだ。

 たしか俺はいつものように家で酒を飲んでいた。深夜になって、酒を切らしてコンビニに補充の酒とツマミを買いに出たんだった。

 きっと酔っていて、知らぬうちにこんな場所にさまよいこんだに違いない。

 それに気づくと、途端に自分がみじめに、恥ずかしく思えてきた。

 

「か、帰ろう……」


 しょげた俺が振り返って歩き出そうとしたとき。

 ずしん! と目の前で重々しい音がした。

 なにかが落ちてきたような音だった。


「――――え?」


 そこに、アサルトライフルを携えた少女がいた。


 ミニスカートにやたら大きなスカーフ。赤と白の派手なカラーリング。

 なにかの制服……いや、それはコスプレのように見えた。

 

「あなた――見たのね」


 きっとだれも信じられないだろう。

 なにせ、いま俺自身が一番信じられないんだから。


 目の前に、魔法少女がいた。


 小柄な身体。長い黒髪。怜悧な表情。

 そしてそれに不釣り合いな長大な銃器。

 なぜその女の子を、「魔法少女」だと思ったのか。

 それは、俺が見たことのあるアニメにそういった感じの子が出ていたからだ。

 いや、ちょっと待て。

 彼女はいま、なんと言った?


 見たのね?


「記憶を消させてもらうわ。悪く思わないでね。一般人を巻き込みたくないの」


 彼女はそう言って、俺に近づいた。

 とっさのことで俺は身動きひとつとれない。

 彼女は俺に手のひらを向けた。指先が淡紫色に発光。

 直後、鈴の音のような軽やかな音が響いた。


 だが――それだけだった。

 

「……?」

「ど、どうして効かないの?」

「は、はい?」

「記憶消去の魔法が弾かれている……? ま、まさかあなた……イビルメア!?」

「な、なにいってんだ?」


 思わず俺は反論した。

 というか混乱して口から洩れただけのうわずった声だが。

 だが悪いことに、俺たちに互いの混乱を解消する時間は許されなかった。

 

 新たな問題が現れたからだ。


「あ~~~~ら。こんなところでなにをしていらっしゃるの?

 まさか、ワタクシから逃げられると思って?」


 少女のさらに背後に、もうひとり、べつの少女が現れた。

 今度は着地音のようなものもなかった。

 だからこそ俺も目の前のスカーフのアサルトライフル少女(ややこしいので、以下はスカーフ子と呼ぼう)も気づかなかったのだ。


 新たに表れた少女も、明らかに異様だった。

 黒を基調としたゴスロリ服。

 華奢な身体が担いでいるのは、冗談のような大きさのハンマーだった。

 日曜大工で使うカナヅチとかではない。

 その子の身長くらいある長い柄に、ヘッド部分は太鼓ほどのサイズがある。

 

「くっ……いまはあんたの相手をしている場合じゃ……」

「そっちになくてもこっちにはあるのですわ。

 だって殺し合うのがワタクシたち《アルカナ》の魔法少女の宿命。

 殺し合いにルールなんて必要ありませんものねぇ」


 巨大なハンマーを担いだゴスロリの少女(こちらはゴスロリ子と呼ぼう)が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


「あなたは逃げて! とにかくここから離れて!」


 スカーフ子が俺に向かって叫ぶ。

 そしてアサルトライフルをゴスロリ子に向かって構えた。


「べつにそんな一般人、どうでもいいですわ。

 まあ見られた以上、あなたの後で殺すんですけれど」

「!? なぜ殺すの! 記憶を消せばいいだけでしょう!」

「逆に聞きますけれど、なぜ殺してはダメなんでしょう?」

「ッ……!」


 スカーフ子とゴスロリ子が剣呑な雰囲気で対峙している。

 交わされる言葉も物騒だ。

 殺すとか殺さないとか。


 君たちみたいなかわいい女の子たちが、そんな言葉を交わすのか。

 俺はそういうのは、好きじゃない。

 むしろ嫌いだ。


「まあ、どうでもいいですわ。

 そっちの人間をどうするかは、貴女をすり潰してから考えることにしますわっ!」


 途端、目にもとまらぬ速さでゴスロリ子がハンマーを振りかぶり、スカーフ子に飛びかかった。

 スカーフ子もアサルトライフルの引き金をいまにも引こうとしていた。

 だから俺は反射的に叫んだのだ。


 

『 やめろッ!!! 』



 と。

 その瞬間、細い光の線が周囲に広がった――ような気がした。

 

 俺の叫びはなんの意味もない、なんの力もない言葉。

 そうなるはずだった。


「…………な、なに、を」

「……え?」

「あな、た……なに、を……しました……の?」


 予想外のことが起きていた。

 ゴスロリ子がハンマーを振りかぶったまま、動きを止めている。

 そしてそれはスカーフ子も同じだった。

 ライフルの引き金にかかった指が、わずかに震えている。


「あなた……やはりイビルメア……。

 いや、それでもこんな力……ありえな……」


 ふたりの魔法少女が愕然と、ぽかんと立ち尽くす俺を見上げている。

 俺はようやく、わずかな可能性に気づいた。

 俺がやめろと言った瞬間、いまにも殺し合いを始めようとしていた彼女たちが、本当に戦いをやめた。

 それがなにを意味するのか。

 

 そもそも、ここは俺の知っている現実世界なのか?

 いや、ちがう。


「もしかして、ここって……異世界……なのか?

 まさか、魔法少女のいる……”異世界”?」


 それはまるで俺の知っているアニメのような。


 その世界で、俺は不思議な力を持っていた。

 あのとき夢のなかで女神に答えたことを思い出す。

 

 俺の求める能力。

 自分の“願い”を叶えられる力――


 いまにも凄惨な殺し合いを始めようとしていた少女たちを目の前にした、俺の願いとは。

 


「俺は……きみたちを、幸せにしてあげたい」



「…………は?」

「…………なに」


 ゴスロリ子とスカーフ子が、そっくりに口を開けていた。

 なに言ってんだこいつ、といわんばかりに。

 

 だけど、俺は決してふざけているわけじゃない。

 本気だし、本心だった。

 それが俺の願い。叶えたいこと。


 そうだ。


 俺は彼女たちを、幸せにしてあげたい。

 少女たち同士で、絶対に殺し合いなんてさせない。

 だれひとり犠牲にしない。

 

 そしてもし、この世界に、この子たちの犠牲を強いるようなおぞましい存在がいるというのなら。



 俺がそいつらさえ、この宇宙から消し去ってみせる。



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