生前世界の観測者・三話「古代魔法と決戦の門」
奏に、会いに行く。
───どうやって?知らない。何をしてでも。
───会ってどうするの?決めてない。ただ、奏が私に会いたがってるから。
───その後テールに戻るの?どっちでもいい。どうでもいい。
「ういか………っ!ごめんね……………だいすき………大好きだから……………」
泣きじゃくる奏を見て、私は堅く誓った。
───死んだ私に大好きって言ってくれたあなたを、絶対に後悔なんてさせない。
〜〜〜
「いったぁぁぁぁっ!?!?」
え?え?なんかいきなり、誰かにビンタされたぁぁぁ!?
───あ………これ、生き返ったみたいだね。まぁ、今回はまともなタイミングでよかった。でも、だとしたら………私をビンタしたのが誰かも、容易に想像がつく。
「ウイカさん!!!ふざけるのも、大概にしてください………っ!!!」
………大人しそうだった白魔道士───ハルネって呼ばれてたっけ。この子が泣きながら怒るのも、無理はない。
「まっっったく………ウイカ、せっかくハルネが生き返らせてくれたってのに、何でまた自殺なんてしてるんだよ………」
ハルネに『姉さま』と呼ばれてた黒魔道士も、呆れきってる。まぁ………事情を知らなければ、そりゃあ意味がわからないよね───
───違う。
そうやって、責任転嫁しちゃ………ダメだ。結局………クラスメイトに嫌われた原因だって、紅美じゃなくて私にあった。この件だって、『アイリスコネクト』を言い訳にしちゃったけど………自分を蘇生させてくれた恩人に、説明の一つくらいしても良かったはず。
「二人とも、本当にごめんね。私、あの時取り乱してて───ちゃんと、理由も説明するから」
たぶん、私が異世界から来たなんて………信じてもらえないだろうけど。それでも、ここできちんと説明することが、けじめだと思う。
「………まず、ね。私、実は───異世界から、転生してきたの!」
「はい。それで………?」
「へー、珍しいねー!」
───いや、疑わないの?
ハルネは、この言葉を話の前置きとしか受け取ってない。普通に話の続きを待ってる。黒魔道士さんはというと、ちょっと珍しいくらいの反応。
「あの………もしかして、転生してきた人って、そんなに珍しくなかったりする………?」
堂々と宣言したことが恥ずかしくなって………つい、確認する。
「いえ、珍しいことには珍しいのですが………私達はスピナさんの知り合いで、転生人と関わる機会が何かと多いんです。流石に、蘇生させた直後に一目散に自殺する転生人は初めてですがね………」
スピナは、この世界の女神だったはず。でも、この様子を見ると案外、テールの住人の多くと友達みたいに接してるらしい。
さておき、二人がスピナと知り合いなら、案外話が早い。
「まぁ………転生させられる時にスピナから、ある魔法を授かったの。『アイリスコネクト』っていって………『意識を喪っている時に、』私の生前の世界にいる妹を視界に映し出すっていう………」
「なるほど………死んでいる間、違う世界の様子が視える魔法、ですか………姉さま、何か心当たりはありますか?」
「んー、普通の魔法はこの世界の法則を超える事象は絶対に起こせないはずなんだよ。でも、だからこそスピナが固有魔法としてウイカに付与したんじゃない?」
なるほど………固有魔法ってことはやっぱり、この世界の法則から逸脱するもの。テールから生前世界を視るってことは………普通の魔法じゃできないんだ。
「だとすると、私達があなたを蘇生させた直後に自殺なんてしたのは………きりが悪い状態───例えば、妹さんの危機真っ只中に目を覚ましてしまった………とかでしょうか?」
「あぁ………そーゆーことだったんだ」
ホントは、一部始終を説明しようと思ってたけど、ハルネと黒魔道士さんは思った以上に理解が早かった。
「………うん。本当にごめんね。私はあの時、ちゃんと説明するべきだった」
「いえ、私達も初対面みたいなものですし、こんな複雑な事情、話せないのも無理はないと思います」
「………あなたは、本当に心優しい人。辛い人を見れば、まるで自分のことのように感じちゃう………そんな人。きっと………私が洞穴で倒れてるところを見たときも、相当辛い思いをしたはず」
………私がクレヴィス・ウィンドを使ってるところを見つけた時。痛みを和らげる為の魔法を解除する時。今、私を起こす時。初対面だったはずなのに、まるで家族みたいに私を思いやってくれてた。
「………私だけじゃないです。姉さまがいなければ、ウイカさんを見つけることはできなかったんですよ」
「へっへーん☆死人捜索は上級黒魔法だから、私レベルの黒魔道士でなけりゃ、簡単にはできないんだよー?」
「ふふっ………黒魔道士さん、ありがとう。」
私は、知ってる。黒魔道士さんの方は、私を心配する以上に………ずーっとハルネのことを考えてた♪第一、黒魔道士がわざわざ救護班に参加する理由なんて、一つしかないもん♪
「その呼ばれ方もそろそろむず痒いな。私の名前は、ネル=ワンドリア。上級黒魔法、複合呪文までもを操り、白魔法も中級まで扱えてしまう───偉大なる黒魔道士だっ☆」
「はっ………自然に名前で呼んでくるので自己紹介を忘れてました。私は、ハルネ=ワンドリアといいます。ネル姉さまの妹で、上級白魔法と中級黒魔法を使える白魔道士です」
おお………名乗り方がかっこいい♪よし、私もそれっぽい自己紹介を───
「私は、ウイカ=ミハネ!転生人で、初級黒魔法と………そのー……………なんかよくわかんない威力の魔法を使う魔剣士!」
「あれはもう使わないでくださいねっ!?」
弱そっ!?これじゃ私、何の役にも立たないお荷物だよ!?
「………その、ウイカさん。もしウイカさんさえよければ………私達とパーティを組みませんか?」
「え………え、ええええ!?いいの!?私なんかについてきていいの!?」
「むしろ………私達は魔法攻撃しか扱えないので、魔法に耐性のある敵を相手取ると………酷い結末を迎えてしまうんです」
え………こんなに強そうな二人でも、酷い負け方をするものなの………?
「姉さまがヤケを起こして、『落ちる瓦礫は物理攻撃』とか言いながら洞窟を崩落させるんです………っ!そのせいで私は、どれだけの怪我人を回復させたことか………!」
「酷い結末てそっち!?」
「あ、あっははー☆加減が難しいな、まったく!」
「少しは反省してくださいよ、まったく………」
───黒魔法と白魔法は、魔力の操作感覚が全く違う。だから、中級以上の黒魔法を覚えると中級以上の白魔法が、中級以上の白魔法を覚えると中級以上の黒魔法が、使えなくなっちゃうのが普通らしい。
それなのに、この二人───ネルは黒魔道士なのに中級白魔法を、ハルネは白魔道士なのに中級黒魔法を使うらしい。きっとそれは───小さい頃からお互いを高めあってたから。
お互いがライバルで、負けられない。それでいて認めあい、相手を尊重する。これこそ───大切な誰かの為に生きている、ってことだと思う。
だから、例えば───
「………それにしても、ハルネ……………」
「はい、どうしましたか?」
「ちっちゃくてかわいい!」
「う、ウイカさん!?」
こうやって、ハルネに抱きついたら───
「こらぁぁぁ!!!ハルネは私のだっ!!!」
「ねねね姉しゃまぁっ!?」
早っ!一瞬で引っ剥がされちゃったよ!それにハルネ噛んだ!噛んだよ!
「………あれ?改めて、ハルネ可愛すぎね?ちっちゃいし、ふわふわしてるし、抱っこするといつも………なんか、とろーんってなるし」
「ねえ、さま………ねえ、しゃまぁ……………」
「───あ」
……………ん?なんか、今ネルから変な音がしたような………プチッてかんじの………
「………なんかこれ、病みつきになりそう………」
ネルがハルネを抱っこしたまま、頭を一撫でするたびに───どんどんハルネの力が抜けていくのが見てわかる。
………ていうか………ネルの目つきが変わってきた。これ、完全にスイッチ入っちゃったんじゃ………
くっ…何故ないの………スマホ……………っ!こんな麗しい光景を残せないなんて………某無属性魔法ラノベの主人公が羨ましい………っ!でもっ!私の『フォトリーディング』、『ビジュアライゼーション』を使えば、鮮明に記録、再生できるはず!とにかく、この光景を眼に焼き付けなければっ!!!
………ていうか、二人の意識が戻ってこれなさそうなとこまでいってるんだけど………この二人の百合力、予想以上だった………!
あれ………これ、収集つかなくない?まぁいいか、流石に十分くらい経てば正気に戻るよね。座って眺めてよう………♪
「…………………………あの、ネル、ハルネ。そろそろ、いい?」
「ハルネ………ハルネ────はっ!?う、ウイカ!?」
「ねえしゃまぁ……………え、あ、ウイカさん………!?」
「その、ごめん、確かにこれは私のせいでもあるんだけど………流石に、一時間ずっとその状態とは……………」
………三十分くらい経った時、『私はここに居ていいのか』と結構本気で思った。でも、二人の邪魔するのは悪いと思って眺めてたんだけど、この二人完全にスイッチが入っちゃってて、冗談抜きで二、三日は離れなさそうだったから………
「い、一時間も経ってたの!?や、やばい………私、病気かもしれない………恋の!!!」
「何だか、ところどころ記憶が曖昧で………なんとなく、幸せな感覚だけが残ってます………」
正直、ネルの気持ち………わからなくもないよ。私も、もし奏にあんな風に甘えられたら………間違いなく、一時間程度じゃ済まないもん♪
───あ、そうだ、奏!!!完全にこの空気に呑まれてたけど、生前世界に急がないとっ!!!一時間も無駄にしちゃった!?
………まぁ、転移した時の発動から今日倒れての発動まで、一週間の期間があったのに対し、生前世界での日付は一日も経ってなかった………つまり、時間の流れに酷いズレがあるか、あるいは私が『アイリスコネクト』を発動させない限り向こうの時間は進まないか………
───一番嫌な可能性は、『アイリスコネクト』で視る生前世界での出来事は過去のもの………っていうパターン。もしそうなら、さっきの段階で既に奏が死んじゃってる可能性だって、大いにある……………っ!
………でも、向こうに帰る手段なんて解らない。今知る限り、ここから生前世界に干渉する手段は………『アイリスコネクト』だけ。それも、視るだけに限られる。
───いや、もう一つあった。『クレヴィス・ウィンド』………使ってる時、空間の亀裂の先に、確かに生前世界の風景があった。
「ねえ、ネル………魔法は違う世界に干渉することは無いんだよね?」
「うん。魔導語の仕組み上絶対に無いはず」
「………私、『クレヴィス・ウィンド』を使ってる時、あの亀裂から………生前世界が見えたの。それに、あの世界特有の音も聞こえた」
「………あの魔法は、普通の魔法じゃないよ。あれは───『古代魔法』っていう、ちょっとヤバい魔法」
「古代、魔法………?」
「魔導語とは違う言語で綴られた術式で………特徴は、とんでもない高出力、魔力効率の悪さ、何より………『生命力補完現象』」
「………あれ、『生命力補完現象』っていうんだ………」
「うん。一応、魔力が足りてれば安全に使えるんだけど、何にせよ効率が酷いからなぁ………」
体内の魔力容量は、魔法を使い続ければ増えていくらしい。でも、私は魔法を使い始めて一週間しか経ってなかった。うん、そりゃあ、死ぬね………
「私でも、無傷で撃てるのは………せいぜい二発が限度かなぁ。もっとも───上級魔法を連射したほうが効率良いし、私に限って言えば、一撃の火力についても複合呪文で済む話だし………あんな馬鹿みたいに魔力喰う魔法、絶対使わないけどね」
「………補足ですが、姉さまが二発しか撃てないって、相当ですよ。姉さま、上級黒魔法を連続で五十発以上撃てるので」
つまり………上級黒魔法、約二十五発分!?私、まだ上級黒魔法自体使えないのに………よく生き返れたなぁ………まぁ、ハルネの白魔法の腕がいいからか。
でも、さておき───『古代魔法』、か。
「………ネル。もしかして───古代魔法なら、違う世界に干渉することもできるってこと?」
「………んー、わからん。古代魔法には関わらないのが暗黙の了解、みたいなとこがあるから………私達もアレについてはほとんど知らない。ただ───ウイカが実際に使って、異世界を見たってことなら………自分の感覚を信じるのが一番だよ」
「ね、姉さま!そんなこと言って、またウイカさんがアレ使っちゃったらどうするんですか!?」
「やだなぁ、流石に何も考えず使えばいいとは思ってないって。でも………あの世界に帰る鍵───間違いなく、古代魔法だと思う。だから、私はこれについて調べてみようと思う」
「……………そうですか。でしたら、私達も協力します」
「………いいの?ハルネ」
「ええ。………あなたは、私に心優しい人と言ってくれましたが、それはあなたの方です。きっと、困ってる人を見つけたら、『その身を犠牲にして』助けようとしてしまう………そんな気がします」
「要はウイカ一人じゃ無茶しそうってこと!私達がいれば、どんなピンチになっても古代魔法なんて使う必要なくなるしな☆」
ハルネは、少し呆れながら微笑む。ネルは、ウインクしながらニカッと不敵に笑う。私は、確信した。この二人となら、何があったって乗り越えられる。この二人なら───私を笑顔で送り出してくれる。
「ありがとう♪きっと、あの世界に─────」
帰ってみせるから。そう言おうとしたのが───何者かに遮られた。
「───まさか、もう理解するとは。大したものだな、転生人よ」
とても、低い声。振り返ると、膝くらいまで伸びた、真っ黒なウェーブヘアーの大人の女性。衣装もまた禍々しい黒で、只者じゃないことだけはわかる。
「………あなたは?」
「なに、ちょっとばっかり古代魔法に詳しいだけの者だ」
「!!!〈昏き闇よりいでよ怨嗟の鎖〉!」
「───〈焔よ灰たるものを灰と成せ〉」
警戒する二人。ネルは上級、ハルネは中級黒魔法の魔法陣を素早く投影しつつ、区切らずに強化詠唱を済ませ、女性を威嚇する。
「そうピリピリするな。我は貴様らに危害を加えるつもりはない。───ウイカなら、『解る』だろう?」
………うん、本心だ。悪意は全くないし、むしろ………古代魔法について協力してくれる気すらあるみたい。それに───私が、人の考えがだいたい解ることも知ってるってことは………私の転生に関係がある人かもしれない。
「ネル、ハルネ。魔法陣を消して」
「………ウイカさん、そう簡単に信じていいんですか………?」
「………こいつ、絶対とんでもなく強い。不意をうたれたら間違いなく全滅だ。いいのか?」
二人は、私に小声で確認をとる。ハルネは警戒心を剥き出しにし、ネルもまた、いつになく真剣な表情で術式を維持する。
「大丈夫。私には解るの。この人に敵意はない」
私が言うと、ネルとハルネはお互い目を合わせて頷き、魔法陣を消した。
「………もしかして、あなたは………私に『クレヴィス・ウィンド』の術式を書いた紙をくれた人ですか?」
「そうだ。お前に古代魔法の凄さを体験してもらおうと思ってな」
「………違う世界と干渉できるのは古代魔法だけという事実を私に知らしめるのに最も有効なのが、罅の隙間から生前世界が見えるあの魔法だった。でも、私が思った以上にそこに食いついたから、協力しに来てくれた………と」
「……………驚いた。人の思考をだいたい読めるというのは伊達ではないな。読心魔法の類でもないようだ」
思考を読める、という言葉にネルとハルネは驚いてる。できればあんまりこの特技は晒したくないけど、今回だけはむしろ、解ったことを積極的に口に出していく。
「いえいえ。流石に、あなたが何者で、何故古代魔法を広めたいかまでは解りません。私が解るのはたぶん………相手の仕草や声色に、本心が載っちゃった時だけ。ノーヒントっていうわけではないんです」
「それは口にしてしまっていいのか?そこの仲間二人だって、不審に思うかもしれないぞ?」
「別に、これ自体は日常的に誰もがしてることです。私は少し、それに過敏に反応しちゃうだけですから」
………この女性の言うとおり、心が読めるなんて知られたら、折角協力してくれるって言ってくれたネルとハルネが私を疑うようになることだって、十分あり得た。
でも………それが全く無かったから、すごく嬉しい♪それにむしろ、今の女性の言葉───私を、心配してた………?
「………私は、発動者に危険が伴わない普通の魔法の方が好きです。でも………今は、古代魔法に頼らざるを得ないんです。………古代魔法なら、あの世界に帰ることも───できますよね?」
「………別の世界の秩序を乱すのは、禁忌だ。移動先の世界にこの世界と同じく『蘇生』という概念があればさほど問題ないのだが───想像してみろ。貴様の世界において、美羽初香とは死人だ。それがいきなり人前に現れたら、大騒ぎになるだろう?」
「………あなたは、あんまり秩序だとかを気にする人には見えませんけどね」
………この人は、古代魔法を必要以上に推す。言ってみれば、この世界の法則から逸脱した、無秩序の塊みたいな概念だというのに。むしろ───あのスピナが古代魔法なんて概念を創るとは思えない。おそらく………この人は、どうやったかこの世界に古代魔法という概念を植え付けた張本人───
「我ではない。ウイカ───貴様が大変な目に遭うかもしれないと言っている。それに───貴様の名が知れ渡れば、妹の身だって危険に晒される」
………やっぱりこの女性、ちょっと心配性だなぁ。
「………すみません、一つ聞きたいんですが……………私が、あの世界に行ったとして………テールに戻ることも、できますか?」
最初は、奏に会いさえすればあとはどうでもいいと思ってたけど、向こうで死んだ私を受け入れてくれる人なんて、流石にいない。だから、ここに戻る手段も用意した方がいい。
「できるぞ。貴様の身体は、一度この世界に来た瞬間に魔力という概念を植え付けられ、適応させられている。その身体を向こうに持って行くのだから、あの世界でも体内の魔力で魔法を行使することができる」
「………では、お願いします。あの世界に帰る方法、教えてください」
「おいおい、スピナに怒られるぞ?あいつは異世界の秩序にだけは結構厳しいんだ」
「あの世界がどんな騒ぎになっても、構いません。それに………あの世界で更に『二人』ほど、行方不明になっちゃう予定なので」
「………我も、貴様の思考が読めた」
「ふふっ…今のは、私がヒントをあげたんですよ♪」
「………クレヴィス・ウィンドは、この世界に罅を入れ、異なる世界の空間と結合させることで空気の法則を狂わせ、無秩序に増幅した分が風の刃となって対象を襲うものだ。古代魔導語を再構成し、罅を入れるのではなく大きなゲートを開く形にすれば………人の行き来も可能になる」
「その再構成とやらを、お願いしてもいいですか?」
「我ガ魔力ヲ以テ契約トセヨ───いや、出力がたりないか………我ガ魔力ヲ屠レ、故ニ汝ヲ下僕トスル。端正ナル幻想ノ硝子ハ崩壊シ………融解シ、亜空ノ嵐ハ世界ノ亀裂ヲ覗ケ……………いや、軸ナル世界ノ門ヲ開ケ、あと…秩序ヲ破壊シ結合セヨ……………魔法陣は………うむ。こんな感じか」
女性は、ブツブツと独り言を呟く。私にわかるのは、クレヴィス・ウィンドの呪文のフレーズを、書き換えてるっていうことだけ。
それが終わると、女性は私に背を向け、手を翳す。そこには───前より更に歪な形をした魔法陣が現れた。
「……………〈我ガ魔力ヲ屠レ、故ニ汝ヲ下僕トスル。端正ナル幻想ノ硝子ハ融解シ、軸ナル世界ノ門ヲ開ケ。秩序ヲ破壊シ、結合セヨ!ターンゲート・アクセル〉!!!」
女性の低い声が映える、なんて禍々しい詠唱………!そして───魔法陣のあった空間が、どんどん歪み始め───
「!!!ここ………私の、家……………?」
「座標は、念じるだけで自由に決められる」
ちょうどドアの高さくらいの直径の穴に、私の家とその周りの風景が見えた。女性はしゃがみ、足元から小さな小石を拾うと、それをその穴に向かって、軽く放り投げる。
小石は───ゲートを通過して、アスファルトの上に落ちた。コロリと、どこか懐かしい音が鳴る。
「ありがとうございます!それじゃあ、行ってきま───」
「おい待て」
早速私も飛び込もうとすると、女性は私を止めた。そして、生前世界と繋がるゲートを消し飛ばしてしまった。
「貴様、その魔法ちゃんと覚えないと結局帰れないだろうが………」
「覚えましたよ?ほら………」
私は、手を翳し、目を閉じ───今見た魔法陣をそのまま投影する。
「〈我ガ魔力ヲ屠レ、故ニ汝ヲ下僕トスル。端正ナル幻想ノ硝子ハ融解シ、軸ナル世界ノ門ヲ開ケ。秩序ヲ破壊シ、結合セヨ〉」
「……………貴様、どんな暗記力をしているのだ。流石の我も驚いたぞ」
「それほどでも♪じゃあ、このまま行ってきます!〈ターン───」
「ウイカさんっ!?古代魔法一発で倒れたこと忘れたんですか!?」
「魔力絶対足りないぞ!?お前また死ぬのか!?」
「───あ」
ここまで、特に口を挟まず話を聞いていた二人だけど、すごく重要なことを忘れてた私に、大声でツッコんでくれた。
呪文再構成の時出力上げたって言ってたし、私の魔力でこんなの使ったら………もう、身体ごと消滅しそう………
「………ではこうしよう。我に勝ったら、マナストーンを二つやろう」
「「!!!」」
私以上に、ネルとハルネが驚く。結局勝負を申し出た女性を再び警戒し、女性を睨む。
「あのー、マナストーンって………?」
「魔力を込めたそこそこ高価な石だ。これを握って魔法を行使すれば、優先的にこの石の魔力を吸い出して発動する。一つにつき、さっきの魔法を丁度一回分くらいの魔力が入っている」
………つまり、これを二個貰えれば、私は安全に生前世界に行き、目的を果たしたらテールに戻ることができる。でも───この女性が、桁違いに強いことはわかる。だって───ネルとハルネが警戒を通り越して少し怯えるくらいの相手だもん。
「………ルールは、そうだな………我に物理攻撃を一発当てれば貴様の勝ち。我は木の剣しか使わない。仲間の援護も構わないが、攻撃魔法や弱化魔法は我には効かぬからな。身体能力強化や回復を使っておけ」
「………!!!わかりました。始めましょう」
「ウイカさん、本気ですか………?マナストーンなら街で買えますし、ここで必死になる必要は───」
もちろん、説明を聞いてもそれはわかる。でも───女性は、私を鍛えようとしてくれてるみたい。きっと………私が向こうで何をする気か、知ってるから。
「……………ハルネ。上級の俊敏性強化みたいな魔法があれば、お願いしていい?」
「………!〈暖かな光よ、巡る血を加速させよ───スピードブースト〉!」
「ネル、中級の白魔法が使えるんだよね。今は何もしなくていいから、私が打たれたら回復してくれる?」
「………わかった!気をつけろよ!」
………身体中が、熱くなるのがわかる。ものすごく、身体が軽い。私は、腰にさした剣を取り出し───中段に構えた。女性も、背中にさしていた木の剣を取り出す。………あ、木の剣を背中にさしてたってことは、最初からこうするつもりだったんだ。
そして───
「……………ふぅ」
「………!?『上段の構え』………!?」
それは───私が、一番よく目にした構え。左足を前に出し、左手で振りかぶった剣を右手を添えて斜めに支える───紅美と、同じ構えだ。
この女性は───剣道を、知っている………?それとも、紅美を知っていて、その真似をしている………?
………そんなの、どっちでもいいか。私は剣線を、ガラ空きになった女性の左小手に向ける。これは、『正眼の構え』という───上段を相手にする為の構え。
───私が、紅美を相手にする時の、構え。
「………この剣は木製だから、怪我はしても死にはしない。加えてそちらには白魔道士がいるし、問題ないだろう」
「………やぁぁぁぁぁー!!!」
かなり離れた位置から、一歩だけ詰める。上段の構えは間合いがかなり遠い。中段が打とうとして間合いを詰めようとした瞬間に面に叩き込むのが基本の、攻撃的な構え。
「………っ!」
つまり───中段相手の時みたいに使う技を考えるより、相手の動きを完全に見切って擦り上げたり、躱したりする必要がある。
私自身の身体能力をハルネに強化してもらってるのは、目的がある。普段できない動きを身体に馴染ませることと、相手の動きを見切る練習にもなる。
おそらく───相手の間合いまであと二歩。一歩詰めて、剣線をずらして威嚇する。そして───頭を防ぎながら一気に私の間合いへと飛び込む。
よし、もらっ───
「ハッ!!!」
「かはっ!?!?!?」
痛い………っ!!!木の剣とはいえ、面もつけずにモロに喰らったら、とんでもなく痛い………っ!
防ぐのが、甘かった。上段からの一撃は重く、防御が浅ければ、押しのけるか竹刀がしなって面が決まってしまう。今回女性が持ってるのは木の剣だから、しなることはないけど………私の防御くらいは、簡単に崩せるみたい。
「ウイカ!!!〈天よ、慈愛を振り撒き傷を癒せ!アルヒール!!!〉」
ネルが、回復魔法をかけてくれた。頭にはしっていた激痛が、みるみるうちに消えていく。黒魔道士とはいえ救護班に入っているだけあって、発動がすごく早い。後にいるだけで、すごく頼りになる♪
「さぁ………来い。───敢えて言おう。満足するまで打ち込んでこい!」
「はいっ!………やぁぁぁぁぁ!!!」
もっと、きちんと防がないと。さっき打たれた距離まで、あと三歩、ニ歩───
う、うそ!相手から詰めてき───
「ハァァッ!!!」
「ぐっ………ぁ………!!!」
「〈天よ慈愛を振り撒き傷を癒せ、アルヒール!〉」
「ふぅ………ふぅっ……………」
「………貴様は、防ごうとしすぎだ」
「………っ!!!!!」
───思い出した。そうだ───紅美と、剣道部にいたときの記憶。
「初香は、防ごうとしすぎ。いい?確かに擦り上げや返し技は警戒する。でも、それは私の攻撃に反射的に合わされるのが恐いわけで、ずっとそれを狙ってるのが見えてれば、崩すのは簡単なの」
「うぅ………何でか剣道してる時の紅美って、全然思考が読めない………」
「剣道の心構えは無心だよ?初香がお得意のソレで考えを読めちゃうのは、初心者だけ。反射神経と瞬間の判断ができないと、試合じゃ勝てないもの」
結局………あの後私は、紅美から一本取れたんだっけ?───いや、取れなかったんだ。腕の力が弱いから反射的に返し技を打つことができないと思い込んで、どうしても紅美の思考ばっかり気にしてたんだ。
───反射。瞬間の判断。無心。白魔法で身体を強化してもらってる今なら………いけるかもしれない。
「───やぁぁぁぁぁぁ!!!」
「………」
───小刻みに距離を詰める。大股で一気に間合いに入る。次は───!!!来るっ───
「ハァァァッ─────」
!!!見えた。手首を捻りながら剣を振り上げる。
「っ───」
剣と剣が、触れた───あとは、このまま───
「どぉぉおっ!!!」
「グハ………ッ!!!」
───ビシャリ、と。剣の軌跡から思い切り血が吹き出す。
逆胴打ち───本来一級程度の私が使うものじゃないけど、一応稽古でやったことがある。身体能力強化の効果に任せてほとんど力任せに打ったが、今ので感覚は大分記憶できた。
「二人とも!回復お願い!!!」
「り、了解っ!〈天よ慈愛を振り撒き傷を癒せ、アルヒール!!!〉」
「はいっ!〈偉大なる命よ息吹を授けよう、在るべき姿と成れ!イシスセイズ〉」
「っ───」
呆気に取られてたらしい二人は、焦って女性に回復魔法をかける。
「………貴様ら、もう大丈夫だ。感謝する」
流石、救護班だと思う。発動して十秒と経ってないのに───もう、血は完全に止まり、傷跡一つ残っていない状態になった。
「フフ………面白い手合わせだったぞ。貴様もこれで───」
「うん。紅美に、勝てる」
「その意気だ。いいか、今の一本は、身体能力強化のおかげではない。我の攻撃を完全に見切った地点で勝負は決していた」
「はい。臆せず反射にかけてみたあの瞬間を………よく、覚えました」
「………では、約束だ。ほれ、マナストーンを二個。無駄遣いするなよ?貴様の魔力では間違いなく帰れなくなるからな」
無駄遣いするなよ、かぁ………やっぱり、この人───
「ふふっ………何だか、お母さんみたいですね?」
「ほう………そう思うか………?」
「ええ。ですから、そう呼びます。お母さん」
「………いや、やめろ。こんなのを母呼ばわりだなんて、貴様の母が泣くぞ」
ふふ………っ!一人称が我、二人称が貴様なのに、こんな謙遜するなんて………なんか、シュール………っ!
「じゃあ………名前、教えてください」
「……………〈扉よ開け、望む場所に我を導け〉」
私が名前を聞くと、いきなり魔法陣を投影して、詠唱を始めた。
「えー、逃げるんですかー?」
「いや、逃げないぞ!!!いいか、よく覚えておけ………我が名は───ナロン=オリジンだ!!!」
「え、オリジンって───」
「さらばだ!〈テレポート!!!〉」
一瞬の後、ナロンさんは───うん、やっぱお母さんでいいや。お母さんは、空間の狭間に吸い込まれ、消えていった。
『オリジン』───やっぱり、スピナの母親………なのかな。それにしても───お母さん、最後………私と話して楽しんでた。かわいいというよりは、純粋に私が嬉しいかも………こんな感覚、珍しい♪
「……………さて。ネル、ハルネ」
「───うぇ!?あ、うん!」
「───は、はいっ!」
ふふ………二人とも、私のコミュ力に驚いて───あ、コレ違う。なんて命知らずな───とかそういう間だ………
「私は、今から生前世界に行ってくる。まず、その………ここまで協力してくれて、ありがとう」
「ウイカ!!!」
「わっ!?ど、どうしたのネル!」
「私達はパーティを組んだんだ!だから───お別れみたいなこと言うな!お前が帰ってくるのを、待ってるからっ!」
………ネル………泣きそうになってる………?ハルネはまだ口をつぐんでるけど………やっぱり、泣きそう………?
………やっぱり。二人とも、私が帰ってくるってことを、どこかで信じてない。
「………ねぇ、ネル。ハルネはかわいい?」
「え………?うん、テールで最もかわいい!」
「姉さまっ!?」
「ふふふ………確かにハルネはかわいい。でも!私の妹は、もっとかわいいんだよ!!!」
「な、な………なにをーーーう!?」
「………だから、パーティの枠、空けといてよ。『二人分』」
「………!」
最初私は、奏に会いに行くことしか考えてなかったけど───今は、違う。
奏を───テールに、攫う。
ネルとハルネに背を向け───右手に、マナストーンの一つを固く握る。そのまま左手を添えてゆっくりと正面に翳し、目を閉じる。そして、すごく歪な形の魔法陣を投影した。
「〈我ガ魔力ヲ屠レ、故ニ汝ヲ下僕トスル………端正ナル幻想ノ硝子ハ融解シ、軸ナル世界ノ門ヲ開ケ───秩序ヲ破壊シ、結合セヨ!!!〉」
「ウイカさん!頑張ってください!!!」
「………うんっ♪───〈ターンゲート・アクセル〉!!!」
───開いたゲートの先は、コントロールできるって言ってた。ひとまず、奏の近く、と念じてみるけど───
「「「!?!?」」」
ゲートが接続されたのは───放課後の廊下。三年C組の教室の前。教室のドアの窓から───奏が、カッターナイフを握ってるのが見えた。
「う、うそ………っ!どういうこと………!?あの時、カッターナイフを持ってたのは紅美のはず………」
念じて、ゲートの位置を少しずらす。すると───
「紅美が持ってるの……………日本刀───!?」
夕陽を反射して、鋭い刃が煌めくのがわかる。あれは………生前世界じゃそう簡単に手に入らないはずの………本物の、『武器』───
───紅美が、上段に構えた………!?
「───ウイカさんっ!まずいじゃないですか!早く行ってくださいっ!!!」
「───早く行け!!!」
二人は、さっきの私とお母さんの闘いを観て、上段の構えが如何に攻撃的かを知っている。間合いに入ったと思った瞬間には面を捉えている、一撃の鋭さを。
当然───勝てるはずがないことは奏もわかってる。奏は、刺し違える気だ。そして、断言できるけど───カッターナイフじゃ、刺し違えることすらできない。
「奏…奏……………!奏ぇぇぇぇぇ!!!!!」
腰にさした、銀の剣。その柄に私は、手をかける。日本刀みたいな斬れ味は、要らない。今───奏を護れるなら、木の枝一本でも十分なくらいだ。
そして私は───ついに、生前世界に飛び込んだ。
剣道上級者の皆さん、しゃしゃってごめんなさい。筆者は初段なのに一級の後輩に地稽古でポコポコ面入れられちゃう弱めの人です。本当にごめんなさい。