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生前世界の観測者・二話「魔導学校と危機」

 図書館で調べてわかったこととして………テールと生前世界は、凄く似てる。『常用語』と呼ばれるテール全域で共通らしい言語が、まごうことなき日本語だったり、建造物が建材以外ほとんど生前世界と同じ構造だったり………妙に転生者に優しい異世界だよね。

 でも、やっぱり二つの世界の最大の違いは───ここがいわゆる、剣と魔法のファンタジーな世界観だということ♪まだ都市になっていない平原、森、洞窟、海───いろいろな場所に多種多様な魔物が生息してるんだって。希少資源をもたらす魔物、害を及ぼす魔物………みんなに与える影響も様々みたい。

 仕事としてそんな魔物と日々闘う人を、総じて『戦闘職』と呼び、そして───

 ───私が今居る『魔導学校』は、そんな戦闘職の人々が日々研鑽を積む為の、訓練施設だよ!

「魔剣士クラス新入生、集合!!!」

 はいっ!!!って返事をしたつもりが………周囲のざわめきがうるさすぎて、自分の耳にすら声が届いてないよ………!?

「総員十四名…揃ったな。諸君、まずは魔導学校魔剣士クラスへの入学おめでとう」

 私は転生して図書館で情報収集を終えたあと、宿で寝床を確保してすぐに魔導学校に入学した。生活する手段自体はいくらでもあったけど、やっぱり折角異世界に来たからには戦闘職をやってみたいしね!

 そうして入学して約一週間、初めての定期能力試験!

「私はこのクラスの実技指導担任、ウェルト=アリシエルだ。よろしく頼む。さて、早速試験を始める」

 初めての定期能力試験を終えるまで、実技の授業には参加できなかったから、実技指導担任のウェルト先生は初めて見たよ。金髪碧眼、目つきは鋭いけどスピナみたいなクールな感じとはちょっと違う、威厳というものが見て取れる強そうな目つき………

 さておき、初めての定期能力試験は、種目の説明もあるからベテランの人とは別行動らしい。とはいっても、同じ校庭でやる以上、待ち時間とかはベテランの技を見て学ぶことだってできるはず!

「魔剣士クラスの試験は、剣術、魔術、自由戦闘の三項目だ。まずは剣術の試験を行う。内容は単純、ここに並べた木の剣を自由に用いて教員と五分間立ち会いなさい。二刀流も可だ。ただし、教員は身体への攻撃を一切しない。なお、この試験は立ち回りや技術を把握するためのもので、一本を取ることが目的ではない。しかし、一本を取れればその地点で試験を終了し、剣術の項目を最高評価とする。また、魔法の使用は一切禁止する」

 一本取れば最高評価───その言葉に、周囲の緊張感がだんだんほぐれていく。でも………絶対簡単なことじゃないよね、それ………!?言い換えれば、『数年の経験しか積んでない相手には、万に一つも負けることはない』って言ってるようなものだよ…!?

 それに、聞いたことがある。ウェルト先生は魔剣士クラスでありながら、剣士クラスの実技指導担任を凌駕する程の剣の腕の持ち主………そして、魔導学校で『最強』だっていう話。

 ───うん!勝つことよりも全力を出し切ることが大事だよね!うん!

「では、一番・ウイカ=ミハネ。始めよう」

 ───木の剣が、何本も並んでる。ナイフくらいの長さの短剣もあれば、両手で扱う大剣もある。ウェルト先生が持っているのは………一番メジャーな片手剣。

 私は───同じタイプの剣の中から、柄が一番長いものを手に取った。

 みんながざわつく。片手剣としては確実に身の丈に合ってないサイズのものを選んだから。

 ───私は、敵を殺す剣術を習ったことはない。………いや、あったらあったで大問題だけどね。それに体力も、生前世界での平均以下だった。もし、アニメみたいに大きな剣を片手で振るい、飛び回りながらアクロバティックに闘おう───なんて考えても、はっきりいって無理だよ。

 でも───唯一、知っている剣技がある。おへその近くで剣の柄を握り、剣先をウェルト先生の喉元に向ける。そして、右足を若干前に出す。

「やあぁぁぁぁぁ!!!」

「………!早速、見たことのない構えをするな。まぁいい───来い」

 いわゆる、『中段の構え』───『剣道』で最も一般的な、攻守一体の構え!私は中一、ニの間だけ………紅美と一緒に剣道部に所属していたことがあった。まぁ、私はせいぜい一級程度しか取れなかったんだけどね………

 でも、戦闘のプロに投げやりなチャンバラで勝負を挑むよりは、この世界では未知とされる構えを用いる方がまだまともに闘えるはず───そう思ったから私は、なるべく丈が竹刀に近い剣を手に取った。

 ひとまず、間合いを整えてから刺し面───頭を狙って、飛び込みながら小さく素早く剣を振る。

「メーーーン!!!」

「はッ!」

 ああっ!簡単に弾かれた!でも───次!振り返って、すぐに距離を詰める。予告通り、先生はこちらに攻撃してくる気配はない。私は更に一歩詰めて、剣線をずらして威嚇───ダメだっ!まるで動じてないっ!?部活の顧問の先生を思い出す!

 うぅ………打たないと崩せないなら───小手面で決める!

「…っ!テッ!メーン!!!」

 な、何が起こったの…!?

 ───そっか。小手を打とうとした段階で、ウェルト先生の剣は私の剣の中心をしっかりと捉え、勢いよく擦り上げられたんだ。そのせいで重心の安定しない面打ちは、ただフラフラして終わっちゃった………?

 あと………使える手は………!

 私は、剣線を震わせてから───素早く踏み込みながら、剣を振り上げる!面小手───言ってみれば、フェイント技だ。面を警戒させて、それを防いだ小手を捉えるもの。

 ───!!!この動きには流石の先生も、頭を防いだ!右小手がガラ空き………それに、焦りも感じる!

「コテーーーっ!!!」

 これは───貰ったぁぁぁぁぁ!!!

「おっ───と」

 う、うそ………いなされた………!?

 確かに、スキはあったはず………なのに、私が先生のスキに気付いて小手を打とうとした時、既に先生は私の小手打ちを叩き落とす動作に入っていた………しかも、腕を思い切り外側に捻って私の攻撃を制し、お互いの剣がぶつかった瞬間元に戻しつつ剣を叩き落とす───こんな動き自体、並の人じゃまずできない………!

 お互い───一度構えをといた。

「私としたことが………一瞬、意表をつかれたか」

 ボソリと呟く先生。本当に驚いているのが解る。たぶん、テール全域の全ての剣術に該当しない動きだったんだと思う。

 ただ………ここからが問題。いくら剣道の技でも、単純な基本打ちはたぶん全て躱される。それでいて、意表をつく類の技は………小手面と、面小手くらい………左面を打つ技もあるけど、私にはまともに扱えない。

 私は、ゆっくりと構え直す。同時に、先生も私に剣を向ける。───必然的に、手数で勝負する以外の選択肢が、なくなっていた。

「メン!テッメーン!!!コテ!………やあぁぁぁ!!!」

「はッ!とうッムゥゥゥゥン!!!」

 掛かり稽古───相手が意図的に空けた場所を、間髪入れずひたすら打ち続ける稽古。もちろん、防御する先生を相手にこんなことをしても、永久に決まることはない。

 でも───ここに面小手を混ぜたら、チャンスはあるかもしれない!今度は振り上げるとほぼ同時に、先生が防いだ前提で迷わず小手を打てば───

「メンっコテーーーーー!」

「はぁっ!」

 なっ───!今度は、頭を防ごうとすらしなかった………!これだけ連続で打ってる中、かなり自然に打てたはず、なのに………!もう一度───


 ───それから、どんどんスキが減っていった。私の体力が限界に近付いていたのもあるけど、それ以上にウェルト先生が剣道の概念をどんどん理解していったからだと思う。何より………初段すら取れていない私程度の動きだと、打つ動作とフェイントの動作が目に見えて違うみたい。これは、紅美にもよく注意されたこと。

 結局、あの一回以降は一切のスキを見ることなく、試験が終わっちゃった。

「………ウイカ。君のその構えや攻撃は、極めれば『狭い場所で一人の人間と相対した際』に無類の強さを誇るだろう。正直、私も学ぶところがあった。ただ、戦闘職には走って移動しながらの攻撃や、複数の魔物との戦闘が必要な場面の方が多い。だから───大変だろうが、片手での剣術を学びつつ、状況に応じて使えるようにその技も磨くのが、君にとって最善だ」

 ───ウェルト先生が『最強』って呼ばれてることは知ってた。でも、そう呼ばれる所以を、言葉でしか知らなかったのかも。テールに存在しない『剣道』という剣術をたった二、三分で理解し、対処法を編み出し、捻じ伏せた。その上、実用できる場面も想定してアドバイスをくれた。

「…はぁ………はぁ……………はいっ!!!」

 ───凄い。それ以外の言葉がなかなか見つからない。感動に似た感覚すら覚える。私は、息を切らしながらも声を張り上げて返事をした。


 〜〜〜


「───さて、剣術の試験はこれで全員だな。これより魔術の試験を始める。移動するぞ、ついてこい」

 今、剣術の試験をしてたここは、武術の訓練場らしい。見渡すと、槍の試験をしてる人や、斧を豪快にぶん回してる人もいる。先生に連れられて訓練場を出て、廊下に入る。

「先生ー、この先は魔術の訓練場ですか?」

「そうだ。今は、黒魔道士クラスが攻撃魔法の試験を受けている。魔剣士の魔術試験も攻撃魔法だから、本職のものを見ておけば参考になると思うぞ」

 廊下を抜けるとまず、小さい家くらいのサイズの大岩が沢山並んでるのに目がいく。よく見ると、床に敷かれたラインでフィールドが区切られていて、その一面につき一つ岩があるらしい。ボーッと見渡してると、岩の一部が砕けたり、穴が開いたり………的として使われているのかな?

 私達はその一角、隅のフィールドに案内される。

「さて───今から各自、各々の最も破壊力のある攻撃魔法をなるべく早く放ち、あの岩を破壊しろ。魔力強化等の補助魔法も使って構わない。が、早さも評価に響くことは忘れるな。重ねがけしすぎて時間を費やせば、逆に評価は落ちるからな」

 最高火力を重視した測定………ってことだね。あんまり時間をかけすぎてもダメみたいだけど。

 ───でも、『アレ』を試して見る価値はありそう。

 誰もが念じるだけで操れる、『マナ』という光を使って、魔導語や魔法陣───術式を投影し、呪文を詠唱する。これが、黒魔法を発動するまでの一連の流れ。

 私は、この試験までにいくつかの風属性魔法を使えるようになった。ただ、一つだけ───術式も呪文も記憶してるのに、使わずにいた魔法がある。

 図書館でこの世界の情報収集にふけっていた時………読もうと思って積み上げた本の山に───手にした覚えがない、一枚の真っ黒な紙が挟まってた。そこには、なんの説明もなく、呪文と魔法陣が記されていた。

 魔法名───『クレヴィス・ウィンド』。亀裂………風………意味としてうまく繋がらない魔法名だけど、これが攻撃魔法だっていうことだけは予想がつく。

 どんな規模の魔法か見当もつかなかったから、今まで試したことはない。それに、この魔法は他の魔法と違う、不審な要素が多すぎる。

 まず、呪文。他の魔法よりも解釈が難しい語調が目立つ。そして、魔法陣。大抵の魔法陣の外枠は一つの円で、その中に幾何学模様がある。でも、この魔法はブドウのシルエットみたいに、いくつものサイズが違う円が連なっているような形をしている。

 でも───この大岩に向けてだったら、どれだけ強力でもおそらく事故は起こらない。だって、黒魔道士が強化ありで本気の魔法を撃っても事故が起きないくらいだから。それに───

 ───ウェルト先生に、全力以上の実力を見てほしい。

「ではウイカ、やってみろ」

 私は、術式投影の段階から習った以上のことをする。大抵の人は、まずは外枠を映して、そこから相対的に比率を考えて中の模様を埋めていく。投影がとんでもなく早いウェルト先生でも、一応はこのプロセスを視認できる。

 でも、私には変わった技術がある。本を読みながら情景をイメージしたり、学校で奏の顔を思い出して癒やされたりしているうちに得たイメージ法───『ビジュアライゼーション』。

 岩に手を翳し、目を閉じる。そして、『画像として』記憶している魔法陣を、視界に映す。そのまま目を開けて───眼に残るイメージにマナを載せれば───完成。

「はぁ………っ!?」

 周囲がざわめくのが聞こえる。少なくとも、これまで見てきたどの投影よりも確実に早かったはず。あとは、詠唱するだけ───

「〈我ガ魔力ヲ以テ契約トセヨ。端正ナル幻想ノ硝子ハ崩壊シ、亜空ノ嵐ハ世界ノ亀裂ヲ覗ケ───〉」

「な───何のつもりだ!!!」

 ウェルト先生が叫びを上げる。も、もしかしてこれ、岩に向けても危険がある程に強力な魔法だったり………?

 でも───止まれない。身体中が震えるの。何故か、わかっちゃう。間違いなくこれは、最強格の魔法だっていうことが。

 だから───止められようと、私はこの魔法を、撃つ!!!

「〈クレヴィス・ウィンド〉!!!!!」

 静止の声も聞こえた気がした。でも、一度詠唱を終えた魔法は止められないらしい。今私に出来ることは、この魔法をコントロールして、全ての力をあの大岩にぶつけること。

 歪な魔法陣が、一瞬光を強めてすぐに消える。ピキピキと音がしたと思えば、魔法陣があった空間に、小さな罅が入っているのが見えた。

 呪文の通り硝子が割れる音がして、同時に小さい隙間ができた。と思った瞬間───その隙間から無数の歪んだ空気の刃が、渦となって放たれた。そして、私自身が『放たれた』と思った時には既に、大岩を───その奥の校舎をも貫通していた。

「う、そ………何?この威力………これ、ホントに私の力………?」

「クソッ………救護班!!!ここでスタンバイしろ!!!」

 え………?救護班がいるなら、まずは校舎の様子を確認させるべきじゃ………?たぶん、あの大穴が開いた部分に人がいたら、間違いなく死んじゃってるのに………?

「先生、何事で───はあぁぁっ!?す、スタンバイ了解!ちょ、ハルネ!これは本当にまずい!!!」

「………!?ど、どういうことですっ!?何故、止めなかったんですか…!?」

「すまない…!ウイカの奴、投影だけとんでもなく早いようでな…流石に、あんな歪な魔法陣が一秒も経たずに完成するとは思わなかった………!」

 先生の招集を聞いて駆けつけた救護班は、とんがり帽子から紺色の髪を覗かせた黒魔道士と、ハルネと呼ばれたピンクの髪の小さくて愛らしい白魔道士。

 まぁ、何を話しているのかは、さっぱり解らない………先生に投影速度を褒められたことだけは解るんだけどね♪

 解るのは………私は何か、とんでもないことをしてしまったということだけ………ここに救護班がスタンバイするってことは………例えば、このあと私の周囲が爆発する、とか?いや、まさか………ね。

 さておき、まだ烈風は止まらない。軌道がずれちゃったら被害が拡大するし、集中を欠かすことはできない。

 少し前まで概念すら知らなかった『魔力』が自分の身体の中に在ることが実感でき、同時にそれがとんでもない勢いで減っていることもわかる。

 でも、魔力が足りない魔法を投影して発動しようとすると、発動に失敗するって習った。つまり、発動できたってことはギリギリ私の魔力で足りるっていうこと───

「───!?」

 え───?あり得ないものを見ちゃった。構造が似てるとか、建材がどうとか、そういう話じゃなくて───間違いなく、生前世界の都会の、ビルが乱立する風景が、風を吹かす亀裂の隙間から………見えた。同時に、吹き荒れる風の音に混ざって───小さく、車の音も聞こえた。

 私は生前、田舎よりの街に住んでたから、あんまり馴染み深い風景ではない。つまり………これは記憶から引き出された幻みたいなものじゃなくて───

「───きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 な、何───この、声………?

 あ、れ───?これ、私の声………だ……………

 ─────痛い!!!痛い、痛い、痛い………!?

「………わかってはいたが………やっぱりそうなるか……………!」

 先生の声が聞こえた。どういうことっ!?何で私は今こんなに痛いの!?どこが痛いの!?わからない…!いや、全身………!息も、できない!!!

「救護班!!!多少は傷を減らせるかもしれん!ウイカに魔力を注げ!!!」

「了解しました!〈天は叡智を讃え、慈愛を振り撒きたまえ。スペルリサセット〉!」

「うげっ!魔力回復白魔法か………初級で許してくれ!〈知恵の恩恵に祝福を!アロマー〉!!!」

 魔力を注ぐ?傷を減らす?どういう───

「ぁぁぁぁ───あ、れ………?」

 少し、楽になった。まだ、辛いけど………一応、息はできる。

「こ、これは───!?ごめんなさいっ!耐えきれません!!!この方の魔力の消費速度、桁違い、です………っ!」

「あぁ…もう………!私も上級白魔法が使えればワンチャンあったのにぃぃ………っ!」

「姉さま、これは…そういう次元じゃないです………っ!この方を救うには、少なくとも五人の上級白魔道士が必要です………っ!」

 私の魔力を少しでも回復させることが、私の傷を減らすことに繋がる───

 ───もしかして………!不足した魔力を、生命力みたいなもので補って強引に魔法を行使してる……………っ!?

 だとしたら───ついこの間人一人を風で吹き飛ばせるようになったばかりの私からこんな規模の魔法が放たれるのも、納得がいく………!

「ウイカ…さん!ひとまず、蘇生が可能なところまでは魔力を補充しました!ですが、これ以上続けたらあなたの身体を修復して蘇生させる為の魔力が尽きてしまいます!ですので───」

「…うん。魔法、解除していいよ」

「え───ええ、そうしますが、さっきも体験したように、激痛を伴いますよ!?心の準備は大丈夫ですか?」

「………うん。大丈夫」

 だって───これは、私が招いた事態。見栄を張ろうとして、効果を知りもしない魔法を静止を押し切って行使したせい。

 もちろん、痛いのは嫌だ。けど、みんなに迷惑かけちゃったことがそれで許されるなら………全然、大したことじゃない。

 ───どうせ、一度死んでるんだから。

「………っ!解除しますっ!」

「わ、私も!この魔法苦手で、もう術式が維持できないっ!ごめん!!!」

 私の痛みを緩和してくれていた二つの魔法陣は、同時に消えた。

「───ああああああああああああ!!!!!」

 痛い、痛い、痛い………痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い─────

 痛………くない……………?

「ぁ……………れ………………………?」

 急に激痛が止んで、何が起こったかと思う。久々に視界に意識を向けると、風が止んで、生前世界を見せていた空間の亀裂も、消えていた。

 でも───やっぱり、身体がピクリとも動かない。痛くはなくなったけど、そもそも首から下に感覚がない───

 ───うわぁっ!?

 視界が揺らいだ、と思ったけど、よく考えたら私が倒れたんだ。むしろ、さっきまで二本足で立っていられたことが不思議なくらいだけど。

 ……………あれ?

 だんだん、ぼーっとしてきた……………?

 何も、かんがえられ、ない……………

 わた、し、は──────────


 〜〜〜


「失礼しまーす」

 奏の、声……………?そっか、私………『クレヴィス・ウィンド』を使った代償みたいなもので、倒れたんだ。『アイリスコネクト』が発動するのも、これで二回目かぁ………

 さておき………奏が入っていく教室は、私が生前所属していた三年C組。様子をみるに、昼休みみたい。

「紅美さん、いますか?」

 やってきたのが奏と知って、クラスのみんなはさぁ大変。ざわめいているのは変わらないけど、もっと、何かに怯えたような音に変わる。

 それも当然だと思う。私が自殺したことは言うまでもなく学校全体に通達されたはず。三年生───受験期真っ只中に、高校が自殺者を出したことは、推薦を狙ってる人にとって大きな痛手だ。一般受験の人だって、万が一濡れ衣を着せられようものなら、間違いなく人生が崩壊する。

(………この空気、やっぱりクラス関係で何かあったんだな)

 うーん………やっぱりまだまだ読みが甘いね、奏♪結果的にはその通りだけど、この空気は私が死ぬまで無かった───つまり、私が死んだことで生まれた、受験への危機感だよ。

 うん?奥の方でひそひそ話をしてる人がいる………行ってみよう………

「ちょっと…!どうするの?今、初香の件を騒ぎ立てるのはマジでヤバいのに………」

「つっても…妹は何も悪くないじゃん?あそこに立たしとくのは流石にな………むしろ、不審に思われたら一層騒ぎになりかねない」

「く………誰か行け!対応行けよ!俺は行きたくねぇ………!」

 いや、私も悪くはないよね!?

 反射的にそう思った。けど………紅美の工作の内容は、『他人を見下してるような態度』って言葉を周囲に連呼して、印象づけただけ。

 振り返ってみると………私にも悪いところはあったのかもしれない。私は、人が考えてることがだいたい解る。だから………クラスメイトと話してると、つい思っちゃう。『みんな、つまらないことばっかり考えてるんだな』、って。もっとも───私が面白いことを考えてるわけでもないんだけどね。

 それが、もし無意識に態度に出てたとしたら………そもそも思考を見透かされるなんて気味が悪いし、自分の内側を見下されるのはさぞかし不快だと思う。

「───えと、美羽さんの妹だよね?」

 そんなことを考えていたら、教室にやっと動きが。返事したのは………私の隣の席にいた、宮川葵。眼鏡をかけた、物静かに見える女の子。

「はい。美羽奏といいます」

「奏ちゃん。箱崎さんなら、今はいないよ。………その、あの件は本当に、ご愁傷様。奏ちゃんにとって、大切なお姉さんだったでしょう?」

 葵は、このセリフを『正義感』で言ってるみたい。私の一件は、クラスの危機。ここで私の身内に引き下がらせて、終止符を打とうとしてる。

 まぁ………葵は私のことを一応友達だと思ってたみたいだけど、それでもクラス全体がいじめの疑いを受け続けるこの状況は気持ちのいいものではないはず。私としても、別にみんなに進学に困ってほしいとは思わないし。

 でも───葵、ごめんね?それ、無謀みたい。

「皆さんは、姉が死んでどう思いました?」

「───え?」

 あー………やっちゃったかー………

 今のは、奏の特技───爆弾発言。葵が奏の顔色をうかがいながら慎重に言葉を選んでたのに、奏は自らタブーに突っ込んでく………

 昔から、場の空気を全く読まない爆弾発言が、奏の癖だった。でも、こういう場においては相手の心を掻き乱す強力な武器にもなる───

 さて、葵………どう出る?

「私は美羽さんとは比較的多く話してたから、悲しかった。でも………実はあの子、このクラス全体での印象は悪かったから、あんまり多くの人に聞くと、酷いこと言われちゃうかも───」

 だから、帰れ───そう言いたいことは流石に奏にも伝わってる。むむ………葵め、ちゃっかり自分の印象は守りながら嘘はつかずクラスでの印象を伝えるってことは………正義感から自己防衛にシフトしたな………

 たぶん………こんなとき奏なら……………

 え、待って、それは言わないで、聞きたくな───

「───いやぁ、実は私も姉が嫌いでして、何処かせいせいしてるとこがあるんですよ」

 ………………………………………………………………つらい。

 教室に入ってきてからずっと無表情だった奏が、いきなりこの上なく不謹慎なことを口走りながら笑い出すなんて、確かに教室中が衝撃を受けるよ。

 でも、それ以上に私がつらい。しんじゃう。………あ、しんでたか。

「なので、ちょっと興味あるんですよねー。初香、学校では何して嫌われてたんですか?」

 うわぁ………かつてないほどゲスな笑顔。そんな顔もかわいいと思っちゃう私はやっぱり奏一筋だね。

 クラスメイトは、案の定警戒する。でも───やっぱり。何処かで安堵してる。

 ───陰口は、コミュニケーションにおいて諸刃の剣とでもいえるものだと思う。度が過ぎれば自分にも矛先が向くリスクはあるけど………共通の嫌な相手の話は、例外なく盛り上がっちゃう。だから、多くの人は無意識的に、人心掌握術みたいに使ってきたはず。

 葵はどちらかというと………自分に絡んでくる、いわゆるギャル系の子から自分を守るために、それを使ってる節があった。実際、それで打ち解けた葵は、ギャルグループにも友達が数人いる。

 まぁ………陰口が『万能ツール』じゃなくて『諸刃の剣』だと思う所以は、まさに今。自己防衛に陰口を使うのが癖になってるから、こういう時にうっかり口を滑らせちゃう。

「な、なんだぁ!てっきり、姉の敵でも取りに来たのかと思った!でも………うん、妹とはいえ美羽さんのことが嫌いなら………私はあの子の友達だけど、少し思うところはあったんだよね」

 まぁ………これでも友達と思ってくれてるのは本当みたい。葵にとっての友達の定義は『よく話す人』。みんな友達、っていう認識自体はいいことだと思う。

 あ、クラス全体の緊張感が緩んでる。ええ………私のいたクラス全員、一年生にほだされちゃった………

(───『姉の敵でも取りに来た』んだけどねぇ………♪)

 奏、ご満悦♪表情はそのままのはずなのに、勝ち誇った時の喜びがどこからか見えちゃう………奏の一番かわいいところ♪

 さて、これで奏がどこまでの情報を得られるか───

「ねぇ、奏ちゃん」

「───ッ!?」

 ……………開けっ放しだった扉。奏の後に、音もなく立っていた紅美。

 ………まずい。紅美が、奏の凄さを認知した。

「ちょっと、有力な情報があった。一旦場所を変えよう?」

 この状況を見て、奏を甘く見てたことをちょっと後悔してる。それに………解る。今、紅美は洒落にならないことを、考えてる………!!!

(……………紅美さんがキレてるってことは、やっぱり………よし。クラスのみんながいるここで決着をつける)

 ダメ………それは、危なすぎる。

「ごめんなさい、今他のクラスメイトと話してるので、ここで話してくれませんか?『他のみんなとも情報共有した方がいいでしょう?』」

「駄目だよ。言ってみればこれは、クラスメイトに殺人の疑いをかけるような話なんだから。機密性は大事なことなんだよ」

「『つまり、犯人はこのクラスにいるんですねぇ』」

「………ッ!?!?」

 これは、紅美が出したボロだ。怒りと奏自身への警戒で、ここが教室の前ということを失念してたのかな。

 ───この場で紅美は、一気に周囲を敵に回してしまった。もし、紅美が普通の人間なら………ここで奏の完全勝利が決定していた。

「箱崎ぃ………!お前、ふざけんじゃねぇぞ!!!このクラスの為に美羽の件はなるべく喋らないようにしようって言い出したのはお前だろうが!!!」

「ならあたしも一つ言うよ!奏ちゃん、初香が人を見下してるだなんだって積極的に言って回ったのは───『紅美だよ』!!!」

(……………貰った)

 そう、奏の鞄には───朝詰めた、ボイスレコーダーが入っていた。当然、教室に入る前に録音を開始していて───今の発言をバッチリと捉え、紅美が主犯という証拠が、完成してしまった。

「………さて、紅美さん。何か言い訳はありますか?」

 念の為か、ここでボイスレコーダーをひけらかすことはしなかった。あくまで、言質を取った程度の威嚇をかける。

 ………ダメだ。紅美が、完全にキレた。

「違うの。それにも訳があって。とにかく説明するから、ついてきて?」

「ッ!?放し───な…………力、強ぃっ………!!!」

 ───危ない……………!!!

 力負け?当たり前だよ。奏は作曲が趣味の根っからのインドア派で、運動なんてほとんどしない。それに比べて紅美は剣道二段。

 やめてよ、紅美………奏を、傷つけないで………!!!どこに、連れて行く気………?何をする気………!?

「やめてくだ、さいッ!!!何のつもりですか………?」

「……………」

 この状況で何かを応えることが地雷だということに、紅美は気が付いた。だから、無言のまま力づくで奏を引きずっていく。

 やめて、やめて………やめて!やめて!!!

 ─────やめてよぉっ!!!!!


 〜〜〜


「はぁ…っ!はぁ…っ!」

 う、嘘………意識、戻っちゃった………!?

「ウイカさんっ!大丈夫ですか?」

「ほんっとにもー、心配かけて………大丈夫?」

 救護班の、二人だ。二人が私に回復魔法をかけてくれて、身体が修復されたのかな。

 ………でも。今だけは、生き返りたくなかった。

「………二人とも、ありがとう。じゃあ、ちょっと私は用事があるから」

 腰に、剣がそのままあることは、確認できた。今は───剣一本あれば、どうでもいい。

 寝ていたベッドを強く蹴り出し、私はとにかく近くの『窓』を捜す。

 ちょうどこの二人と逆方向に、見つけた。私はそっちに走り出す。

「はぁ!?ちょ、待って!どこ行くの!?」

「ウイカさん………!?治りかけの身体で、どこへ………!?」

 ………どうせ、あとでこの二人が助けてくれる。とにかく───どこか適度に時間を稼げる場所に隠れて、『臨死状態にならないと』。

 走る。

 走る。

 とにかく、遠くへ。

 私を呼び止める二人の声は、もう聞こえない。

 ───よし。

 ここは………森?ちょうどいい。………すごく小さい、洞穴。良い具合に外からの死角がある。私はそこに入る。

 もう一度クレヴィス・ウィンドを使うのは、気絶するまで時間がかかる。だから私は、剣を持っていることを確認した。

 剣を逆手に握り、思い切り自分の首を貫く。これなら、一瞬で──────────


 〜〜〜


「待って、くだ、さい……………ッ!はぁっ………!」

 奏……………!!!!!場所は………地下倉庫への、階段………?

 ぁ………奏、泣いてる……………?もう、抵抗すらしていない。あんなに弱った奏は、見たことない……………

 ───視てて、辛い。でも、視てないのはもっと辛いし………怖い。

 紅美が地下倉庫に入ると、奏を奥の方に放り投げる。

「───ガハッ………ぁ……」

 教材の山らしきところに、思い切り背中を打ち付ける奏。私も、視てるだけで痛くなる。

「ごめんね、奏ちゃん。私、ちょっとあなたを甘く見てた。一年だから大したことないって、ね。でも………そうだよね。あなた、初香の妹だもの」

 ふつふつと、怒りを込めた静かな口調。

「ご、めん………なさ、い……………っ」

 どうして………奏、泣いているの……………?今までだって、爆弾発言が原因でトラブルに巻き込まれたり、殴られそうになったり………そんなことはあった。でも………いつも、奏は余裕な表情だったはず………

「………私は、これまで築いてきた地位をほとんど喪った。でも………これはあなたのせいじゃない。私が、勝手に自爆したこと。だから………特別に今回は許してあげる」

 ───許す?何を言ってるの?

「ありが、と……………ござ、い………まず」

 待ってよ………そこは、言い返すところでしょ………?奏……………帰ってきてよ……………

「ただし」

 紅美は、奏に向かって歩み寄る。そして、少し前まで大事そうに抱えていた奏の鞄を掴み上げ、ひっくり返す。

「………っぁ、あ、ぁぁぁぁ……………っ!!!」

 そう───そこから落ちてきたのは、ボイスレコーダーだった。紅美は、ゆっくりとそれを拾い上げ───録音を、停止した。

「コレ………ここまでのデータはそのまんまにしておいてあげる。でも、もしもこれが流出したら、その時は……………」

「ぁ………あ……………」

 奏は、既に怯えきって、何もできなくなっていた。そんな奏の精神を、紅美は更に破壊するべく───内ポケットから、取り出した。

「『殺す』から」

 ───カッターナイフ。紅美は、不気味に笑った。紅美を一言で言うなら、間違いなく───サイコパス、だ。

「…………………………」

 奏は、もはや怯える気力も残ってないみたい。教材の山に寄りかかっていた力すら抜け、完全に床に倒れ込んだ。

「この件、みんなには………そうだなぁ、穏便に済ませるべく初香の身内に懐柔して錯乱させようとしてたって説明しておくよ。またね。あ………奏ちゃんがその証拠を流出させるまで、また『友達』だね」

 倉庫の扉も、開けっ放し。言うまでもなく、奏も放置したまま、紅美は階段を登っていった。


「……………私、負けたんだ」

 体制は寝転がったまま、奏はひとりごとを零す。背中を打っただけだから動けるはずなのに、全身の筋肉という筋肉に力が入らないみたい。

 私はというと………奏の危機は超えて二時間は経った今、ひとまず平常心は取り戻した。

 そうなると、まず思うことは………救護班の人達に、本気で申し訳無いことしたなぁ………わざわざ助けてもらったのに、あんな酷い態度で飛び出した挙句、『どうせまた助けて貰える』なんて考えながら自殺……………私自身、奏の危機を前に気が狂っていたみたい。

(何で………言い返せなかったのかな………?紅美さんの力が強かったから?でも、力といえば脳筋教師を言い負かしたこともある……………)

 奏の思考が、私にも流れ込んでくる。………実際、私もそこは気になるよ。途中から、ずっと泣きながら怯えてて………見ていると、既に私の知ってる奏が殺されちゃったような───そんな気になった。

(何か、足りない?動揺させて、周囲を利用しボロを出させ、証拠を収める。完璧だったはず。何が、足りない?)

 足りなかったわけじゃない。相手が紅美じゃなければ、あれで間違いなく完封だった。私もまた、紅美があまりに空っぽな人間だからって、油断してた。そんなこと、奏が安全という保証になんてなるはずがないのに。

「─────うい、か?」

 なぁに?お姉ちゃん今ね─────

 ───へ?うそ………私を、呼んだ?

(……………そうだ。証拠を抑えるところまでは、確かにいつも通りだった。違ったのは、そこから。掴まれて、連れてかれて───もし、あそこに初香がいたら………?)

 ちょっと………?何言ってるの………?私?別に、そこにいたって紅美相手に勝てるわけ───

(………これまでトラブルを起こしては、相手を言い負かしてきた。その時はどうだ?───っ!!!)

 え、まさか………その結論になっちゃうの?

(いつも、私を抱きしめて………護ってた?私は初香をウザったいとしか思ってなかったのに、初香はそんなこと気にも留めず、私のことばっか───)

 ちょっ!それ以上は、心の準備が───

(うそ………私、なんて酷いことを……………なんでさ………?あ、あれ?今までこんなに初香のこと考えたこと、あったっけ……………?)

 奏の顔が、だんだん赤くなっていく。どうしよう、私も恥ずかしくて死にそう………あ、もう死んでた。

(……………ダメだ、止まれない。信じらんない。私………今更、初香に会いたくなっちゃった。それに───この、感情。ははっ………やっぱ信じらんない)

 あーあ、せっかく泣き止んでたのに………また、泣き出しちゃった。でも───そうなんだ。私、空回りばっかだと思ってたけど………ちゃんと、奏を護れてたんだね。

「うい、か………ごめんね。ごめ、んね………っ!」

 いいんだよ。たぶん、護ろうと思って護ったんじゃない。かわいい妹に抱っこしてたら、知らぬ間に護ってただけ。結局奏を泣かせちゃった私は、あなたを護れるほど、強くない。

「───だい、すき……………!」

 ………っ!………私も、大好きだよ。だから、決めた。

 ─────奏に、会いに行く。

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