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生前世界の観測者・一話「首を吊らない約束」

「ウイカ=ミハネ。目を覚ましなさい」

「ぅ……………ん…………………………」

 ───どこか冷たい声が聞こえて、私は目を覚ました。どうやら私は、仰向けに寝っ転がっていたらしい。目の前を見ると、儚げな眼をした銀髪のお姉さんが私の顔を右から覗き込んでいる。

 ───え?ちょっと待って…?私が仰向け、右から覗き込んでいる綺麗なお姉さん………ってことは………!

「ひ、ひ………ひざ、まくら………っ!?」

 こんな機会滅多にないよね!そう思った私はすぐさま寝返りをうって、お姉さんの太ももに全力で頬ずりした。すべすべなのはもちろん、ひんやりしててすごく心地良い。

「お姉さん、ありがとうっ♪」

「………記憶を失くしているのかしら?」

 笑顔でひざまくらへのお礼を告げる私を不思議に思って、一瞬だけ心配した表情になるお姉さん。でも、別に何も覚えてないわけじゃない。

 私は、『首を吊って自殺した』。そんな痛さ、すぐに忘れられるはずもなくて………今もまだ、首にその感覚が少し残ってる気がする。

 ………それから、もうだいたいの察しはついた。このお姉さんは、女神様。私を、異世界転生させに来たんだよね。

 昔から私は、人の考えていることがだいたい解っちゃう。何でか、というと………たぶん、本の読みすぎのせい。

 物語は、登場人物の感情の移り変わりが理解できるように、仕草や表情の描写がされている。その描写に多く触れてきたから、相手の仕草や表情がどんな感情に由来するか、だいたい解るんだと思う。

 私は、察していることを察されないように、ただただひざまくらを堪能する。しばらくしてお姉さんは口を開いた。

「………、丁度いいわね。記憶取り戻す前にあっちに送ってしまえば、説明の手間を省ける───」

「ちょっとまってお姉さんストップ!ストーーーップ!!!」

 いきなりとんでもないこと言い出したよ!?仰向けに戻って起き上がると、お姉さんは口元に手を当てて唸っていた。

 起き上がって気付くのは、この空間の神秘。モノトーンの床を、スポットライトみたいな白い光が照らす、円錐状の空間。お姉さんは水色のドレスを着ていて………それも合わせると、演劇の一幕みたいな、メルヘンな世界観。

 一瞬そんなことに気を取られるも、私は気を取り直して、めんどくさがりなお姉さんに物申す。

「せめてそういうことはちゃんと了承得てからしよう!?………しかも、私は自殺したんだよ。自ら死を選んだ人が、もう一度生まれたいわけないでしょ?」

 お姉さんは、一瞬目を見開いた。私を転生させに来たことに気付いていたことに、驚いたのかな。一拍あけてからお姉さんは、ただでさえ細い目をいっそう細め、冷酷に言い放った。

「貴女が私の世界───『テール』に転生することは、もう決定事項よ。拒否権なんてないわ」

 ………あまりに勝手すぎる。私の知ってる異世界転生と、違い過ぎる。

「………転生って、そういうものじゃないでしょ………?後悔を残して死んじゃった人に、もう一度やり直す機会を与えてくれる………そういうものじゃないの?」

 そう問いただす私にうってつけの言葉を、お姉さんは放つ。

「………、小説の話なら、向こうで付き合うわよ」

「………っ!」

 その言葉は、すべてを物語ってた。

 当事者の為に転生させるなんて、都合の良い妄想───小説の中の話に過ぎない。実際の転生なんて、神の都合一つだ、ってこと。

 だとしたら───私が断っても、無理矢理連れて行く、そしてお姉さんはその手段を持っているってこと。つまり………、私はもう一度死ぬってこと───

「………酷いよ。首吊るすの、すっごく苦しかったのに………っ!」

 最初、一気に頭に何かがのぼってくる感覚。だんだん、身体の力が抜けてきて………息ができないことに気付くと、無意識に暴れていっそう締め付けを強くしちゃう。

「何故、もう一度自殺する前提なのかしら」

「みんな、私のことが邪魔なんだよ。そりゃあ、他人の考えが解っちゃう人なんて身近にいたら、嫌うのも無理はないけど」

「貴女が周囲の戯言を相手にする必要はないんじゃないかしら」

 私は、この言葉に返事をしなかった。

 別に、疎まれることは苦というわけでもない。でも、みんなが私に消えてほしいと思うなら、私はみんなの気持ちを大切にしたい。私が生きても、誰の幸せにもならないんだから。

「………はぁ。面倒ね」

 お姉さんは、憂鬱そうな顔で、小さくため息をつく。面倒ならやらなければいいのに───ってわけにはいかないのかなぁ………

「本当に疎まれたと感じたなら、もう一度首でも何でも吊りなさい。でも───よく聞いて?私の世界の人間は皆、貴女の世界の人達とは違う。皆、大切な誰かの為に生きているの。だから、約束するわ。決して───貴女がもう一度首を吊ることは、ない」

 皆、大切な誰かの為に生きている人達の世界───きっと、それはすごく尊いこと。

 生前世界の人は皆、自分の為に生きていた。だから、小説みたいに誰かを想う温かい感情を、ほとんど見たことはない。───だからこそ、見てみたい。温かい感情って、どういうものなのか。

「………いいよ。私を、異世界に連れてって」

「あら、存外ちょろいのね、貴女って。そのうち男で苦労するんじゃない?」

 確かに───首を吊らない約束をしただけで、それが本当ならあとは何に利用されてもいいと思ってる私がいる。我ながら、ずいぶんちょろいと思う。

 でも───男で苦労?ふふっ………するわけないよ。

「私は、奏一筋だよ!!!」

「………何故、妹さんの名前が出てくるのかしら。それに、さっき思いっきり私の脚にがっついてた人の台詞じゃないわよね」

「それはそのー、お姉さんの太もも、ひんやりして気持ちいいんだもん♪」

 誤魔化し半分に笑う私をさらりと流しながら、お姉さんは言う。

「さておき………目を閉じて頂戴。貴女に、固有魔法を授けるわ」

「固有魔法………特典みたいなもの?指定できるなら、あなたを連れてきたい!」

「そんなこの○ばみたいなネタはやめなさい。私はパーティには入らないけれど、こうして転生の案内をするとき以外は基本テールに住んでいるから………その、話くらいなら付き合うわ。さておき、早く目を閉じて」

「………うん、わかった」

 私は、『騙されたフリをして』目を閉じた。というのも───お姉さんはこれから、私にキスをしてくる!!!少し恥ずかしそうな声色、早く終わらせたいという態度………間違いない!

 加護を授けるのはキスと相場が決まって………はいないけど。うん、ここでそう定めちゃうよ!

「………」

 硬い足音が聴こえる。どんどん、近づいてくるのがわかる。なのに、今どれだけ近くにいるのか、わからない。どうしよう………緊張する………!私今から、あんな綺麗なお姉さんと………!?

 何でかわからないけど、わかる。今お姉さんは、すぐ近くにいる。たぶん顔の距離は十センチを切ってる。どんな表情をしてるのかな。恥ずかしがって顔を赤くしてるかな。それともやっぱり女神様らしく、クールな表情のままなのかな。

「ん───っ」

 ………え?

 …………………………え?

 ええええええ!!!お、終わり!?左目の瞼にちゅっとしただけで!?それは予想外だったよ!私の緊張を返して!一瞬、奏一筋のはずの私が女神様ルートを想像しちゃうくらいドキッとしたのに!

 くぅ…こうなったら、とことんからかって女神様のクーデレを拝む………!

「ふぅ………目を開けていいわよ」

 私は言われた通り目を開ける。そして、何を言おうかと迷った瞬間───見惚れてしまった。お姉さんは………既に、顔を赤くしていた。真っ赤になるわけじゃなくて、女神らしい威厳に小さなスキができるような───薄い染まり方。それがとても綺麗だった。

「………あ、あれー?もう終わり?なんだかやわらかかったけど、何をしたのー?」

 私は慌てて、お姉さんをからかう。けど───私は、とんだしっぺ返しを喰らってしまう。

「はぁ………聞こえてるのよ………!」

「え?」

「貴女…!緊張しすぎよ!心臓バクバクいってるのが聞こえるのよ!少し移っちゃったじゃない………!!!」

「───うぇっ!?!?」

 う、うそ…!?心臓の音って、ホントに他人に聞こえるものなの…!?

「い、いやぁ………キスされるのは解ってたけど普通に唇かと思ってたから………あ、唇にもする?」

「結構よ。もう疲れたわ………」

 つれないなぁ………まぁ、唇はいつか奏とするときまで取っておくことにしよう♪

 ───まぁ、もうそんな機会はないだろうけどね。ホント、奏にもう会いないのは、自殺して唯一辛いことだよ………

「手鏡を貸すから、自分の左眼を確認しなさい」

 お姉さんはドレスのポケットから、宝石を散りばめた手鏡を取り出し、私に手渡す。私はそれを覗き込むと、私の左眼の下の方に、六芒星の紋章が金色に輝いているのがわかった。

「六芒星………確か、守護とか道標とか、そういった意味だっけ?」

「大した意味はないわ。貴女の世界では、魔法といったらコレ、みたいな風潮があるでしょう?」

 て、適当だなぁ………でも、考えてみれば確かに、魔法と聞いて最初にイメージするのはこの模様かも。ゲームとかでもよく見かけるし。

「この魔法の名前は、『アイリスコネクト』。勝手に発動するから、意図的に使う必要はないわ」

「おお…!かっこいい名前♪それで、これはどんな魔法なの?」

「……………発動すればわかるわ。ただ、おそらく貴女が考え得る最高の魔法じゃないかしら」

「副作用みたいなのって、ある?」

「直接的なものはないけれど………『視た』対象の状態によって、貴女が辛い思いをしてしまうことはあるかもしれないわ」

 つまり………『私に大きな影響を与える特定の何かが時々視える魔法』………ってところかなぁ。いまいち、ピンとこない………

 話からしても状況からしても、お姉さんの世界、『テール』には魔法という概念が浸透してる。おそらく、こういった何かを見通す魔法だって存在してるはず。それなのに、固有魔法───すなわち、向こうの魔法の法則では本来不可能な魔法を私に授けた。

 つまり───テールの法則から逸脱する、何か………?

「それにしても………来てくれたのが貴女でよかったわ」

「えっ………?」

 や、やめてよ………いきなりそういう思わせぶりなこと言うの………そういう意味じゃないことは解ってるのに、一瞬ドキッとくる………

「前に、不清潔な中年男性を転生させた時のことだけど………その時授けた魔法もまた、目に紋章を刻むものだったの」

「ずいぶんな言い様だね………でも、つまり、キス───」

「───は死んでもしたくなかったから、光魔法で眼球に直接紋章を焼きつけたのよ」

「え?それって、レーザーみたいな?」

「ええ。いくら顔中が脂ぎっていたとはいえ………あの悲痛な断末魔は………流石の私も、心が傷んだわ………」

「麻酔もなしに………!?想像しただけで痛すぎるよ!?」

「まぁ…心の底から、可愛らしい女の子でよかったと………」

 この女神様、やっぱりちょっと毒強くない!?なんだかちょっと不安になってきたよ………

 でも、可愛らしいかぁ………お姉さんに言われると、すごく嬉しい。というのもその言葉、クラスメイトに言われたことはあったけど………女の子はお世辞、男の子は下心なのがあまりに解っちゃうんだよね………むしろ、私がもう少し鈍感なら、素直に喜べたのかな。

「さて、ウイカ───良かったわね、心の準備をする時間ができて。もし貴女が納得してくれていなければ、今頃泣き叫びながら強引にテールに飛ばされてるところよ」

「あ、それはいいんだけど、一つ聞いていい?」

「何かしら」

 ………そうだ、大事なことを聞き忘れてた。お姉さんが普段テールに居るってことなら、なおのこと。

「名前、何ていうの?」

「………貴女、キスされると思ってたならせめて名前くらい先に聞きなさいよ………」

「いやぁ、綺麗なお姉さんなら何者でもいいかなぁ、と………」

 お姉さんの言うこと、ぐうの音も出ない程正論だけどね!

「はぁ………私は、スピナ。スピナ=オリジンよ」

「そっかぁ、スピナかぁ………テールの案内、よろしくね♪」

「…………………………貴女、確か本を読むのが好きだったわよね」

「え?う、うん…そうだけど………いきなりどうし……………!?」

 私は、気付いてしまった。この流れで、この発言。そして、儚げな顔をしたスピナも実は全く儚くないんじゃないかとすら思えてくるこの、めんどくさそうなオーラ………!

「今から送るのは、グレイシア城下町。テール最大の都市よ。そこには、巨大なドーナツのような造形をした、レウン大図書館という施設があるの。テールの本で置いてない本は無いと言われているわ」

「へ、へぇ〜!そそそそそそれはわくわくするねーーー!」

 ちょっと、まって、めんどくさいのはわかるけど、さすがに、それは───

「行ってらっしゃい♪」

「いい笑顔!今までこんないい笑顔見たことないよ!?待って!説明も無しに放り出すのはいくらなんでもひどすぎ───わぁっ!?」

 私が、せめてもの抵抗をしていると───スピナの周りから、銀色の蛍みたいな光が現れ、ふわふわと舞い始めた。スピナが私に向けて手を翳すとそれは、三秒もしないうちにその前に集い、円形の中に幾何学模様が刻まれた、いわゆる『魔法陣』を形作る。とはいっても、とても手に収まるようなサイズではなく、ざっとスピナの身長くらいの直径はあった。

「〈辛き現実を抱く旅人よ、最期の涙を流せ。次なる世界の名は物語なり〉」

 言葉を重ねるごとに輝きを増したそれは………素直に言って美しかった。そして、淡い光に照らされるスピナの顔を見ると、やっぱりあんな性格でも女神様なんだな、と思う。

 でも、素敵とは思えない。だって───

「右も左も異世界言語もわからないのに、私一体どうすればいいのーーー!?!?」

「ふふっ………もう『詠唱』は終わったわよ。あと一言で貴女はテールに飛ばされる───」

 ───そうだっ!詠唱ってことは………口さえ押さえれば!!!

「ちょっと、待ってー!!!」

 私は、スピナに向かって飛び込む。でも、スピナにはそれが読まれてたらしく───

「よっ………と」

「───えっ…?」

 口を塞ごうとした両手は軽々と受け流され………私はスピナに、抱きしめられていた。そして───私の耳元で、小さく囁く。

「………正直に言うと、私はいずれ貴女を利用するつもりでここに呼んだ。でも、覚えておいて?『あの約束』だけは、本当だから」

「あの、約束………」

『私の世界の人間は皆、貴女の世界の人達とは違う。皆、大切な誰かの為に生きているの。だから、約束するわ。決して───貴女がもう一度首を吊ることは、ない』

 ………きっと、もっと色々なものを感じられる。きっと、みんな私を拒みはしない。すごく───楽しみ!!!

「───あ、ついでに言うと、この魔法は効果範囲がとても狭くて、対象に密着していないと失敗することがあるの」

「え、ってことはつまり───私、誘導された!?!?」

「そうね。貴女がさっき何もしなければ、私はテールについてわざわざ一から説明するしか無かったわ」

 わ、私としたことが………焦ってスピナの策略に見事に乗ってしまった…!一応、少し身体をジタバタさせてみる。でも………何でか、あまり力が入らない。私自身、なんていうか………もういいや、って思えてきたのかも。

「はぁ………わかったよ。テールについては自分で調べるけど。その代わり!今度会ったら絶対、お出かけくらいには付き合ってよ!!!」

「そのくらいなら、望むところね。私も………貴女は、気に入ったもの」

 そして、女神様に抱きしめられるという貴重な時間を満足するまで大切に過ごして───

 ───私は、『今なら行ける!』と思える瞬間を見つけた。

「スピナ!お願い!!!」

「ええ。〈リンカーネーション・テール〉!!!」

 スピナの詠唱が終わると、魔法陣はより大きく拡大しながら消えた。その瞬間、スポットライトのように空間を照らしていた光は、一気に強くなる。

 ───眩しい………!モノトーンの床も、もう見えない。

 うわぁっ!床に足をつけてる感覚が消えた!!!右も左もわからないどころか、今私が上昇してるのか下降してるのか………なんなら、動いているのかすらもわからない………!

「わぁぁぁぁぁぁぁぁ───」

 不安を取り払うため、叫びを上げる。でも───逆に、息が辛くなって………意識、が…………………………


 〜〜〜



「初香………何で、自殺なんてしたんだろ」

 え───奏?うそ、なんでここに……………っと思ったらここ、私と奏の部屋!?

 懐かしい声を聞いて目を覚ました私は、混乱しっぱなし。二段ベッドの下………いつもの奏の寝床。仰向けに寝っ転がる奏。あれ………?これ、誰の視点………?

 自分の手は見えない。身体も、見えない。おまけに、声も出ない。でも、あることに気が付いた。

 ───視点を、移動できる………?

 私が視たいと思った方に、視点が移動できる。

 ………ええい、原理とか状況とか考えるのはやめよう!奏を眺められる!それを超えた至福はないんだよ!!!

 私は、ふよふよと移動して奏の顔のすぐ近くにたどり着く。ああ…生前を思い出す………普通に昨日まで居た世界のはずなのに、すごく懐かしく感じる………♪

 特にこの、カッコつけようとしていつもツンとした表情してるのに、顔に幼さが残っててどうしてもキマってない感じが、保護欲をかき立てる!ホントは今すぐ抱っこしたいけど、身体の感覚がまるでないからなぁ………

 でも───何か、悩んでる?………ってそりゃあ、お姉ちゃんが何の予兆もなく自殺なんてしたら、流石に考えることはあるよね。

(いつもベタベタしてきてウザいことこの上なかったけど、一応実の姉だし………原因くらいはハッキリさせてやりたい)

 ………いつもみたいに仕草や声色で推測したりしなくても、心の声が聞こえるんだ。でも………!聞きたくなかったよ!ウザがられてるのは解ってたけども!

 ───ピンポーン

 いきなり、チャイムが鳴った。インターホンの画面を確認すると………あまり、見たくない人が映っていた。

 はぁ………紅美……………

 箱崎 紅美。表向きは、私の幼馴染。

「箱崎です、奏さんはいらっしゃいますか?」

「あ、紅美さん………今、開けます」

 あぁ、奏が行っちゃうぅ………ってそうじゃなくて。

 ───もし、私の自殺に犯人を定めるとしたら、間違いなくそれは紅美だ。おおまかに言えば、紅美がうまいこと私の株を下げて、私はみんなに嫌われたから自殺した。ただ、それだけのこと。

 あ、紅美が部屋に上がってきた。

「奏ちゃん…朝早くごめんね?邪魔じゃなかった?」

「いえ…どうせすることもなかったんで。…でも、意外です。姉がいなくなってもこの家に来るなんて」

 あ、時間確認してなかったけど、朝早いんだ。それに、紅美が制服を着てるってことは…この後すぐ学校ってこと!?することあるじゃん!まずそのほっこりしたパジャマ姿からキリッとした制服姿に着替えなよ!

「あはは、もう奏ちゃんとも長い付き合いなんだから、そんなこと言わないでよ!………それに、その初香の話をしようと思って来たんだから」

「………そうですか。思い出話の一つや二つなら出せますが、それでいいですか?」

「ううん、それも興味はあるけど、まず………奏ちゃんが話したいこと、話してよ。聞いてあげる」

 こういう時に聞き手に回れる紅美は、間違いなくコミュニケーションが得意だと思う。みんなが簡単にほだされちゃうのも納得がいく。

「………私、実は泣くほど悲しいわけでも、ムカつくわけでもないんです」

 奏のこの言葉………これは奏の本心だね。いや、悲しんでよ………

「え………そうなの?ちょっと意外だなぁ。私には初香と奏ちゃん、すごく仲良く見えたのに」

 ………これも本心みたいだね。まぁ、外から見てればそう見えるのも無理はないか。いや、その通りだったらそれに越したことはないんだけどね………

「姉の距離感が近すぎるだけですよ………まぁ、嫌いではないんですが。ただ…どうして急に、って思うんです」

 やった!やった!嫌いではない発言頂きました!しかも、これも本心───

「『学校でも前日まで普通に話してたから』、そこは同感だよ」

 はいストォォォップ!!!すっごくナチュラルに嘘混ぜてきたよ!?私自殺する前日紅美とすっごい意味深な会話してたよね!?

 悔しいけど会話が巧すぎる!正直当事者の私じゃなければこれは見破れない………!元々人をコントロールするのが得意なのは知ってたけど、この視点で視て初めてその凄さを実感した。

 紅美に対する奏の印象は、馴染みやすい口調なのに礼儀正しい、そんな人。だから、奏は紅美に一切嘘をつかず話してた。

「だから、私は───」

 唐突に、一息つく奏。

「───初香の自殺の原因を調べたい」

「やめといた方がいいよ」

 コラ、紅美ー!奏のカッコいいセリフの余韻を壊さないでよ!そりゃあ紅美にとってはやめた方がいいことだけども!

「奏ちゃん。私もあなたも、初香の自殺の前日には普通に会話してたんだよ?つまり、何か事件や犯罪に巻き込まれた可能性が高い。そういうスケールの話に首を突っ込むのは、奏ちゃんの身が危ない。それに───初香も望んでないよ、そんなこと」

 あ………粗が見えた。紅美も紅美で、一応は読心術みたいなことができる私の妹を相手にして、少し焦ってたのかな。私ならこのセリフで犯人が紅美だって解っちゃう。

「確かに、姉は絶対に反対するでしょうね。でも、これは私自身のけじめみたいなものです。何も、紅美さんが協力する必要はないですよ」

 まぁ反対は全然しないんだけどね!だって…事件も犯罪もなくて、たどり着くのは紅美っていう───『空っぽの女の子』だけだもん。ほとんどノーリスクで奏が私の為に頑張る姿を眺められるなら、それは最高に素敵なことだよ♪

「けじめって…?奏ちゃんは何も悪くないんじゃないの…?」

「………違うんです。実の姉が死んだっていうのに、悲しみすらわいてこない自分が、嫌なんです」

 そんな責任感なんて、要らないよ………?まぁ、悲しんで欲しいとは思うし、原因探ししてくれるのも嬉しいけど………もし、死んだ私が重荷になっているっていうなら───やっぱり、私のことなんて忘れて楽しく過ごす奏を眺めていたい。

「……………まぁ、いいよ。そういうことなら、私も協力する」

 ───はい!?紅美………本気!?

 あ、この口調………完全に奏を甘く見てらっしゃる………!確かに私と紅美は高三、奏は高一で、甘く見るのもおかしな話じゃないけど………

 でも………紅美、それは無謀だと思うなぁ………私は、奏のことを誰より知ってるけど、『アレ』を受けて目の前で誤魔化し続けられるとは思えないよ………?

「是非、お願いします。あの………身支度に時間かかりそうなので、先に行っててもらっても………?」

「そ、そう?ごめんね、お邪魔しちゃって!それじゃ、学校でね!」

 紅美は、慌てて置いていた鞄を肩にかけると、すぐに家を出ていった。

 残された奏は、何故か動こうとしない。ただ、紅美が開閉した部屋の扉をじっと見つめる。

「……………紅美さん、絶対に何かある」

 奏は、ボソッとそう呟いた。………ちょっと拍子抜けだった。奏は、人の感情を推測したりすることは苦手だったはずなのに………

 ううぅ…お姉ちゃんの見てないところで成長してたんだね♪なんだか感慨深いなぁ………♪

 さて…奏がやっと自分の鞄を手にして、机に移動する。机の引き出しの取っ手に手をかけた。

 は………っ!こ、これは………私も見たことのない奏のトップシークレット!!!……………姉妹百合本とか入ってないかなぁ………姉は白髪ロングの二つ結びで………ふふ……………

 私の期待と共にガラリと開いた引き出し、まず目に飛び込んでくるのはその驚愕の汚さだった………もう!ちゃんと片付けなさい!なんか変な形した石とか、鶴と紙飛行機が合体したようなよくわからない折り紙とか、卵をお酢につけとくとブニブニになる自由研究のアレとか………ちょっと!?何で机に大根おろし器入れてるの!?その中の明るいオレンジ色の泥みたいなものは何なの!?!?

 ………そんな、奏の感性でしか理解できない夢が詰まったトップシークレットの中から奏が取り出したのは、少し大きめのボイスレコーダーだった。

「っしょ……………っと。………私は人の考えを読むのは苦手だし、これで記録してじっくり犯人を炙り出すとしようかな………♪」

 そう言いながら奏はレコーダーを鞄に詰めて、上機嫌そうに部屋を出た。

 ───パジャマのまま。


 〜〜〜


「ちょっ、奏!制服!制服ーーー!」

 私は、焦って叫ぶ。

 ───叫ぶ?あれ?声が出てる………ってことは……………

「………うわぁ……………」

「おかあさーん!あのおねーさん、ひとりでしゃべってるー!」

「しっ!見ちゃいけません…っ!」

 …………………………やってしまった。

 見渡せば人、人、人。私は大通りに立ち尽くし、誰を相手にするでもなく独りで叫びを上げていた。

 ひとまず、近くにいる人にちゃんと事情を話して誤解をとかないと………!

 あ、そこの小さな女の子なら話を聞いてくれるかも!

「あの、そこのあなた、話を───」

「きゃぁぁぁぁぁ!!!変態に話しかけられたぁっ!!!!!」

「………へん……………たい…………………………」

「うわぁぁぁぁぁぁんっ!!!!!」

 今凄まじい速さで走り去ってくあの娘を見て完全に正気を取り戻した。うっわぁ、私なんであの娘に話しかけたんだろう。目に見えて警戒してたのに。

 ああああ………もう周囲みんなからヒソヒソ言われてる………穴があったら入りたい………もう、スピナめ…酷い場所に飛ばしちゃって………

 と、とにかく移動しよう!ドーナツ型の図書館………ドーナツ型の図書館………

「見つけた!」

 周囲を見渡したら、私の丁度後側に、それらしい建物を見つけた。よかった、そこそこ近い!走っても体力はもちそうかな!

 そうと決まれば───ダッシュ!!!もうこんな恥ずかしい状況、逃げるしかないもん!お願い!私がこの世界の常識とか魔法のこととか社会のルールとかを覚えるまで、変態呼びを広めるのは待って!!!


 私は、ひとまずレウン大図書館にたどり着いた。外からは円柱状に見えるけど、その真ん中は吹き抜けになっていて、中庭では青空の下で読書ができるという、おしゃれな空間。あ、ハトもいる♪

 ひとまず一直線に中庭の一席に座り込む。周囲を見渡すと、壁一面に本が並んでいた。

「おお………!これは本当にテンション上がる………♪」

 でも、その前に………ここまでの出来事を一度、整理してみよう。

 ───スピナが『リンカーネーション・テール』を発動させたあと………私は意識を失った。それで、目を覚ましたら目の前に奏がいて、奏が家をパジャマで飛び出したところで私が大通りで意識を取り戻した。

 ………ええ………意味がわからない……………

 あ!一応、奏が視えたのが、意識を失っている間に夢を見てたようなものだとすれば、一応の辻褄は───

 ───わかった。この『眼』の魔法………『アイリスコネクト』だ。もし、この魔法が、『意識と身体が離れている時、生前世界の奏の様子を映し出す』っていうものだったとしたら………全ての出来事の辻褄が合う。

 しいていえばスピナが私を街の大通りのド真ん中に飛ばしたことだけはどんな仮定をしても意味がわからないけどね!!!

 ひとまず納得した私は、席を立ち、入り口付近の本棚に歩み寄る。

「………よし、とりあえず必要な情報を集めようかな。最優先に社会の成り立ち、生計の立て方。この近くでだいたい揃うね。あとは魔法関係の本は一冊でも多く───あ、一般常識!これがないと………」

 ふふ………私をただの読書好きと侮ることなかれ………小規模な図書館なら三日、どれだけ大きな図書館でも二週間程で置いてある全ての本を読破しちゃう、超速読術『フォトリーディング』の使い手………♪

 ───まぁまだ家も宿もないし、読破するのはまた今度にするけどね♪

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