01.恋愛要素の入ったゾンビ映画は認めない
午前1時、東京某所のレンタルビデオ店。
夜勤担当の僕は、今日も1人カウンターで返却処理をかけている。
( この人、ゾンビマニアかー… )
黒い小さな袋から出てきた5枚は、全てゾンビ映画。
しかもB級ばかりだ。
だが、ゾンビならなんでもいい訳ではないようで、
全て真面目なホラー路線ときた。
ゾンビを飼い慣らすとか、学校の生徒が襲ってくる、などのコメディチックなものは好まないらしい。
王道を愛するゾンビマニアか…とても好感が持てます。
こんな風にレンタルビデオ店のアルバイトは、人様の趣味嗜好をほんの少し覗ける、という楽しさがある。
この楽しさのおかげで、忙しい大学生活と両立しつつ、時給920円でも働けているという訳だ。
そしてもう一つ。
「いらっしゃいませー」
自動ドアが開いて、反射的に出る言葉。
真夏の生暖かい空気と一緒に、待ち焦がれていた人物が入ってくる。
暗い茶色のミディアムヘアーと小さなパールのピアスを揺らしながら入口をくぐる彼女は、本当に本当に、美人である。
顔かよ!と友人のコウタにつっこまれたこともあるが、僕は気にしない。
だって彼女は、本当に美人なのだ。
決して大きくはないがキリッとした涼し気な目、
筋の通った鼻、小さくて薄い唇、
そして首にある小さなホクロ。
僕に言わせれば、泣きボクロなんかより数十倍セクシーなホクロだ。
白いブラウスに黒色のタイトスカート、そして真っ青なルブタンのハイヒール。
何の仕事をしているのか分からないけれど、デキる女代表の様な服装。
ルブタンのハイヒールが好きらしく、よく履いているので少し調べてみたが、これをプレゼントできる日が来るのだろうかと気が遠くなってしまった。
友人のコウタには、付き合えてから悩め、と頭を叩かれたが、人間常々希望を口にすることが大事だと僕は思う。
「返却お願いします」
小さいがしっかりした声で、レンタル袋を差し出してくる彼女。
「かち…かしこまりました」
消しゴムを拾ってくれた好きな子に、お礼を言う時の中学生よろしく噛んでしまった自分を殴りたかった。
コウタに言ったら鼻で笑われるだろう。
ハンドスキャナーでバーコードを読み取りながら、彼女が借りたDVDのタイトルを見る。
『ノッティングヒルの恋人』
『最後の恋のはじめ方』
『(500)日のサマー』
『ブリジットジョーンズの日記』
おいおいおいおい、待ってくれ。全力で待ってくれ。
恋か?恋なのか?彼女は恋をしているのか?
こんな王道なラブストーリーたち、恋をしたいか、恋が始まったばかりの女性に観てもらうようにつくられた様なものだ。
王道路線でいくなら、お願いだからゾンビにしてくれ。
好きな人でもできたのだろうか?まさか彼氏?
嘘だろう。女性は恋をしたら今までの好みを捨て、ラブストーリーを借りまくるなんていう分かりやす過ぎる行動をするのか?
いや、まさか。まさか、そんなこと。
初彼カツカレーなんて歌いながら恋愛ドラマを見始めた妹の姿が頭をよぎったのは、きっと気のせいだ。
いつもアクションものやヒューマンドラマ系を借りていく彼女の、急な路線変更に頭がパニックになりかけた時、最後に現れた3枚で心が救われた。
『ハムナプトラ』
『ハムナプトラ2』
『ハムナプトラ3』
ミイラ万歳。イムホテップ万歳。
こういう時頼れるのは、結局のところゾンビなのかもしれない。