第一章・尾張のオタク第三節
占領下の尾張。支配者たちの横暴に怒りが頂点に達した尾張の民衆は
とある決意をするのであった。
ノブナガ×リンカーン
第一章第三節
弥三郎がノブヒデの屋敷を出ると、自然保護団体の集団がTシャツを着てプラカードを持ち、がなり立てていた。その中には多数の白人が居て、こちらに向かって大声で罵声をあびせかけている。
ベシャっと音がして、弥三郎の顔に何か当たる。
「おええええー」
腐った卵だった。腐臭が周囲に広がる。その横をノブナガが通り過ぎる。ノブナガは器用にそれをよけてる。
「こいつらほっといていいんですか?」
「相手にするな、かの者らはメリケン人じゃ。かの国と我らは地位協定を結んでいる。連中が我らを殴ろうが殺そうが、我が国の法律ではさばけぬ。故に好き放題しておる」
「そんな事、ゆるされていいんですか」
「国が弱い故やむない」
ノブナガは足早に先に進む。
「帰りも籠で帰るか」
ノブナガが問うた。行きはノブヒデの屋敷までノブヒデの用意した早かごに乗ってきた。しかし、揺れるし乗り心地が悪かった。
「いいですよ、あれは揺れるから。馬車とか無いんですか」
そう言うと後ろから来たナガトが弥三郎を突き飛ばした。
「そんなもの役に立たぬ」
「なんでですか、籠より馬車のほうが早いし乗り心地がいいでしょ」
「馬車が走れるような平らな道は道中にはない。公共工事は無駄との世論が起こり、道の整備は放棄されすでに数百年がたっておる。よって、みな車輪のない馬か籠を使うのだ。お前も馬にのれ」
「いや、馬乗れません」
「ならば我が後ろに乗るが言い」
明るい笑顔でノブナガが言った。
「そ、そんな、いけませんノブナガ様、こんなゲセンな者」
「かまわぬ」
ノブナガは満面の笑みを浮かべる。弥三郎はノブナガの馬の後ろに乗せてもらう。おっかなびっくり腰に手をまわす。
「これ、そんな緩く持ったのでは振り落とされるぞ、もっとしっかり持て」
「でも」
「かまわぬと言っておる」
「は、はい」
しっかり腕を回すと、ノブナガのけっこう形がよく張りのある胸の下乳に弥三郎の腕があたる。
「ご、ごめんなさい」
「そんな事より、しっかり持て、そなたが落ちて怪我をせぬことが大事だ」
「……はい」
弥三郎は息がつまった。そんなに人から優しくされたことがなかったからだ。みんな、日頃は愛想よくにこやかに暮らしているが、誰かが困っていても助けることはない。みんな保身が大事なのだ。こんなに相手の事を思いやる人を見るのは始めてだった。
「はいよっ」
ノブナガは馬を走らせる。流れるように景色が通り過ぎていく。行きには見えなかった風景。と、熱田も近くなってきた頃、遠くの方に巨大な円柱が二つ見えた。
「うあっ、なんですか、あれ」
「ああ、あれか、火力発電所だ」
「え、そんな物が作れるなら車だって作れるでしょ」
「だから車が走ることができる道はない。それに、高価な燃料を車などに使うわけにはいかぬ」
「ガソリンがそんなに高価なんですか?」
「ガソリン?なんだそれは、車もヒューマーも水素で動くのだぞ」
「水素?」
「そうだ。あの巨大な火力発電所で作った電気の大半はヒューマーを動かすための水素を作りために消費されるのだ。あまった電気が使えるのは一握りの領主や大金持ちだけじゃ」
「電気なんて原子力で作ればいいんじゃないですか?」
「原子力?ああ、そんなものが昔あったらしいな。しかし、反対運動が起こって原子力発電所を動かさぬうち、メンテナンスの技術をもった職人が死に絶え、維持管理ができなくなり、放棄されたと聞いておる。今では、原子力発電所を動かす技能を持った者はおらぬわ。おかげでこの有様じゃ」
「この有様とは?」
「僅かなエネルギーを奪い合って殺し合いじゃ。おぞましいかぎりよ」
「でも、火力発言所があるでしょ。ははは、火力発電所はエゴマ油で作ったバイオ燃料で作っておるのだぞ。そんなもので全所帯をまかなえるはずがなかろう」
「なら、風力、太陽光発電があるでしょ」
「何を言っておる。太陽光は太陽がでた時だけ、風量は風が吹いたときしか発電できぬゆえ、ベースロード電源にはならん。そんな古代のエセ技術、とっくに放棄されたわ。電力が不足する中、何の厄にも立たぬ太陽光、風力発電所を作り続けたがゆえに、このような殺し合いの世になったのではないか」
「そうですか……」
弥三郎は口ごもった。
山崎城に到着した。弥三郎はノブナガに対して深々と頭をさげた。色々と勉強になりました。
「またベタ塗りの手伝いを頼むぞ」
ノブナガは明るく笑って去っていった。
その後、ノブヒデは那古野城の尾張管理官である氏豊・ピトケアンの元に謝罪に行き、暴れて茶店の娘を殺害したモンスターを所有していた外資系企業にも謝罪と賠償を行うことを約束した。そのかわり、これ以上尾張の民衆を外国人が挑発したりしないよう、お願いをした。氏豊は穏やかな人物で、公正な裁判を約束した。しかし、裁判の結果、モンスターを所有している企業側は無罪。モンスターは心神喪失状態にあり、判断能力がないので、無罪とされた。ノブナガには執行猶予付きの有罪判決がくだされ、莫大な賠償金も請求された。それで、事は済むと思われた。しかし、この判決に不服をもった人権派外国人が殺害された娘がつとめていた茶店に集団で押し寄せ放火さいたのだ。
「シェイム!シェイム!シェイム!シェイム!」
彼らは大声で叫んでいた。恥知らずという意味らしい。
弥三郎はその場に駆けつけ、消火を手伝ったが、娘の家族は殺されて火に投げ込まれたあとであった。
そこにノブヒデがかけつける。鎮火したあとの茶店の焼け跡に降り立ったノブヒデはその場につっふした。そこに筆頭家老の秀貞がかけつける。
「落ち着いてくださいノブヒデ様。ここで我々が怒っては、憎しみの連鎖が怒ってしまいます。私達があえて大人になって謝罪することで、平和が保たれるのです。ここで怒ってしまっては、相手と同じではありませんか。誇り高き尾張人として、ここは我慢して相手に謝罪しましょう。そして許しを請うことで、世界は驚き、誇り高き尾張人を褒め称えることでしょう」
「こんなに、こんなに植民地とは惨めなものなのか、こんなに……」
ノブヒデは拳で地面を叩いた。
「もう無理だ、限界だ、もう何百回も大人の対応をした。もう寛大になるには俺は大人になりすぎた」
「そこを我慢するのが誇り高い尾張人の良識というものです。良識人として、この酷い行いをした人々に謝罪し、賠償金を払うことによって、我々の度量の広さ、心の広さを見せて、世界から尊敬される良識人になりましょう」
秀貞が必死に説得する。
「常識などいらぬ、もう、もうこんな事はまっぴらだ」
「そこをならぬ堪忍、するが堪忍でございますぞ」
秀貞がそう言うと、ノブヒデは大きく深呼吸をした。そして秀貞を見た。
「わかった」
秀貞は満面の笑みを浮かべた。
「今から氏豊殿に謝罪にいく。そなた、使者に立ってくれぬか」
「はい、よろこんで」
秀貞は明るい表情で頷いた。弥三郎は秀貞を責める気になれなかった。相手は圧倒的力をもった支配者。こちらは植民地。圧倒的な力の差がある。我慢して謝罪しなければ今以上の悲劇がまっている。我慢して頭をさげて謝罪していれば、豊かな生活はできる。誇りもプライドもない家畜の自由ではあるが。
秀貞の判断は、まさに大人の判断であり、秀貞とて、目の前で起こっている状況が不条理であることは分かりきっていることだろう。
やりきれない気持ちになって弥三郎は山崎城に帰った。そこには、星崎城の飛騨・山口・ベックネルが待っていた。
「ナガト殿よりご命令で、ノブヒデの殿様の付添人として弥三郎殿が那古野城に同行するようにとの命令でありますのんた」
「え、どうしてボクなんですか」
「それは、弥三郎殿が武芸の心得無く、相手方としても安心なんだそうでありますのんた」
「ははは、そうですか」
弥三郎は籠に乗って那古野城に向かった。
那古野城に行くと、氏豊は心配そうにノブヒデを出迎えた。ノブヒデは弥三郎の肩を借りないとちゃんと歩けないほど憔悴していた。
氏豊はノブヒデを奥座敷に通す。
「申し訳ないのお、ノブヒデ殿。私としては、裁判も公正に行い、尾張の人民に危害を加えぬよう、厳重に注意しておったのだ。そのため、裁判官も尾張の者を使ったのだが、尾張者の裁判官のほうが我らに気を遣いあのような酷い判決を下してしまった。まことに、尾張者どもはへつらい者、保身のためにヘコヘコと頭をさげる、卑しい者どもじゃ、いや、ノブヒデ殿は別じゃぞ。そなたは無くなった茶店の娘を思うて、こんなに憔悴しておられる。その同情心はご立派なかぎりじゃ」
氏豊は必死でノブヒデに弁解しているようだった。
「このたびは、我ら尾張の者が駿河衆ならびに外国の方々の人権を侵害するような事をいたし、まことに申し訳ございませんでした」
ノブヒデは座敷に土下座して謝罪した。
「もうよい、やめよ、わかっておる。我とそなたの仲ではないか。もうよいのだ。あとは我がなんとかするゆえ、ご自宅に帰って療養されよ」
氏豊がそう言いながらノブヒデの体を起こそうとすると、ノブヒデはゲホッと血を吐いてその場につっぷした。
「大丈夫か、ノブヒデ殿!」
氏豊は慌ててノブヒデを抱き起こす。
「もう、私は駄目です、私の跡継ぎにはノブナガを指名したい。跡目争いで紛争が起こらぬためにも、どうか、ノブヒデと証人になる家来をここに入れていただきたい」
「うむ、分かったぞ」
「いけませぬ」
厳しい女の声が響いた。
「これ、直虎・エドワード・リー無粋な事を言うでないぞ。内紛が起これば我が責任を問われるではないか。命令じゃ、すぐに外で待って居るノブヒデ殿の家臣とノブナガ殿を中に入れよ!」
「ちいっ」
気の強そうな赤毛で小麦色の肌の女は舌打ちをしたあと、不服そうな表情を浮かべながら氏豊の命令に従い、部下に命じてノブヒデの配下の者たちを那古野城に入れた。
アゴから下を血で真っ赤に染めたノブヒデを見て、秀貞やナガト、信長が驚いて駆け寄る。
「殿、なんということじゃ、誰か、誰か薬師を!」
秀貞が必死に叫ぶ。
「お気をたしかに」
長門がノブヒデの手を取る。
「そなたらに我から最後の命をくだす、よいか……よく聞け」
「はい」
「この城を乗っ取るのだ!」
大声で叫んで勢いよくノブヒデは立ち上がった。秀貞は驚いて周囲を見渡す。
「ノブヒデ殿!」
驚く氏豊をノブヒデが蹴倒す。
「まずはヒューマ―を押さえよ!」
「はいっ」
ナガトは素早く氏豊に飛びつき、首筋に短刀を突きつける。
「ひ、ひい、殺さないでくれ、我はまだ一度もタケダより送られたメンシュ・パンツァーには乗っておらぬ。だから殺さぬとも、乗り込めば遺伝子照合ができる。だから殺さないでくれ!」
氏豊は必死にもがく。
「おとなしくしろ、それが本当なら殺さぬ。さっさとそのメッシュ何とかに案内しろ」
「わかった、分かったから殺すなあー」
氏豊が叫んだ。
ナガトは短刀を氏豊に突きつけながら足早に城の奥の隠し通路に入る。
「弥三郎、お前もこい」
「はい」
弥三郎はナガトの後を追った。細く暗い階段を降りていくと、急に視界が広がる。
クリーム色の巨大な人型兵器が目の前にある。胸のところにSd.Kfz.138/2と刻印がある。
「ハッチを開けろ」
「わ、わかった」
ナガトに言われるままに氏豊はその人型兵器の操縦席のハッチをリモコンを使ってあげる。その操縦席に続く、タラップの階段をナガトと氏豊と弥三郎が登っていく。
その時である。
ドオン!
巨大な破壊音と共に格納庫の壁がぶち破られる。そこから、二つの機体が乗り込んでくる。目の前にある人型兵器よりいくぶん小型の人型兵器、おそらくヒューマーであろうが、操縦席の部分が露出しており、人が乗っているのが見える。人間が強化ガラス越しに視覚で認識するタイプだ。maであろうもの二機乗り込んできた。その衝撃で氏豊もナガトも弥三郎もその場に倒れる。
「出弐村曹長、路院伍長、直虎隊長の命により参上しました!」
「おお!ガーデンロイドが来てくれたか、助かった。こいつらをやっつけてくれ」
「そうはさせるか」
ナガトは急いで立ち上がり、操縦席に乗り込もうとするが、氏豊が必死にナガトにしがみつく。
「そうわさせんぞ、そうは!」
「チイッ、弥三郎、お前が乗り込め」
「しかし……」
「時間がない早く!」
「は、はい」
弥三郎は否応無しに操縦席に飛び込む。すると、操縦席のハッチが自動的に閉じて、体中を機械のベルトがしめつける。背筋にちくりと痛みを感じる。
「あれ、あ、あうう、あうああああああああああー」
それは強烈な痛みとなって弥三郎の体を貫いた。普通の痛さではない。
『死ぬ』
恐怖が体を包み込んだ。死ぬ、死ぬ、死ぬ。
「ぎゃああああああー」
もがこうにももがけない。頭の中をかきまわされたような違和感。
「うあああ、があがあああああー」
「早くしろ!」
ナガトの怒鳴り声が聞こえる。鼻から鼻水が流れてとまらない。しかし、そんな事を言っている場合ではない。目の前が透明になっていく。それは透明ではなくモニターだった。ナガトの体に氏豊がしがみついている。
「これ、どうやって動かすんだ。あ、鼻水」
鼻水を拭こうと思って手を伸ばすと、モニターの前のヒューマ―の手が動いているのが見えた。もう、この機体と一体化していることがわかった。
弥三郎はナガトと氏豊を傷つけぬようにヒューマ―の手のひらにのせ、格納庫の端のほうに置いた。
「薬研藤四郎が奪われたぞ!遺伝子解析してしまったが故、操縦者を殺さぬかぎり取り返せぬ、操縦席を狙え!」
氏豊が叫ぶ。
「はっ」
敵のヒューマ―の一機がこちらに突進してくる。
「ウカツに近づくな路院!」
「まかせてください、直虎様だって戦場で手柄を立てて出世したんだ。こんな機体!」
「うわああっ!
恐怖を感じた弥三郎は手を振った。薬研の手が水平に敵のガーデンロイドの操縦席に垂直に当たる。
「ぐあああああー!」
操縦席の敵兵が胴から千切れ内臓が飛び散るのが弥三郎にもはっきり見えた。
「よくも俺の部下を!」
激高したもう一機が突進してくる
「やめろ!」
叫んで手を突き出すと、薬研の平手がガーデンロイドの操縦席に辺り、操縦者はグチャグチャに潰れた。
「う、うあああ」
動揺して弥三郎が後ずさりする。
「外に出ろ、外に出て敵勢力を撃退するんだ!駿河衆のヒューマ―に対抗できるのはその機体しかないんだ」
ナガトが叫んだ。
「は、はい」
弥三郎は慌てて前に進む。何の苦もなく、まるでクッキーの壁を壊すように格納庫の壁が壊れて、薬研は外出た。
外では機体を真っ赤に塗った敵のヒューマ―が尾張衆の兵隊たちを虫けらのように踏みつぶしている最中だった。
「ははは、貴様等尾張の弱兵がこのリーの赤備えに勝てるとおもっているのか、植民地の人間はおとなしく服従していればいいのだ!」
女の声だった。
「やめろ!」
弥三郎はそのヒューマ―に突進した。
「誰だ!」
振り返った敵のヒューマ―の胸にはMk.I という刻印があった。
今後もバトルが続きます。お楽しみに!