第一章・尾張のオタク第二節
弥三郎と良太は信長の前に引っ立てられるが、信長は実は美少女だった。
過激なへそ出しルックにスレンダーな体。その魅惑的な容姿に
弥三郎は動揺するのだった。それに対して、良太は毅然として信長に
ある質問をぶつけるのであった。
ノブナガ×リンカーン
第一章第二節
信長、織田信長に違いないと思った。長門という女はたしかに信長といった。自分たちは過去の戦国時代にタイムスリップしてきたに違いない。そう、弥三郎は思った。歴史の授業で学んだことがある。天下を統一した猛将。血も涙もない冷酷無比な性格。天才、合理主義者。能力のある者を尊び、無能な人間は情け容赦なく殺す。そう、学校の先生が言っていた記憶がある。しかし、弥三郎たちを信長の元に連れて行こうとしているこの長門という女の話では、信長はまだ城を持っていなくて、熱田神宮に住んでいるそうだ。今は、星崎城主飛騨・山口・ベックネルの屋敷に遊びに行っているという。それにしても、ここの住人の名前はおかしい。名前に英語と和名がごちゃ混ぜになっている。弥三郎は当初、自分たちはタイムススリップで過去に迷い込んでしまったのではないかと思っていたが、実は、まったくの異世界、もしくはパラレルワールドに迷い込んでしまったのではないかと感じ始めていた。
星崎城で弥三郎たちを出迎えた城主は、体の小さな女の子だった。恐らく、変わり者の信長がその子を城主に任命したに違いなかった。女の子は直立不動して敬礼した。
「任務お疲れさまでありますのんた。自分はこれより殿の後方支援に向かいますゆえ、失礼いたしますですのんた」
「うむ、ご苦労。拙者はこれより殿にオタク新戦力をお見せして使い物になるかどうか吟味いたすゆえ、さがってよい」
「はっ!了解したでありますのんた」
長門は手短にこたえた。
「のんた?」
八三郎の横にいた良太が首をかしげた。
「気にするな、山口氏は大内義弘の子持盛を祖とする。周防の一族ゆえ、周防言葉を使うのだ」
長門は説明しながら城の中に入っていく。城の奥座敷のフスマの前で長門は立ち止る。
「信長様、新しきオタクをつれてまいりました」
「ふあ~」
座敷の中からふぬけたあくびの声が聞こえてくる。
「あー次の熱田港同人誌即売会に間に合わせるために徹夜して寝てないんだよね。でもいいや、新しいオタクでしょ、飛騨氏は消しゴムかけぐらいしか使えねーんだよね」
スパーンと勢いよくフスマが開く。
八三郎は目を見張った。張のある綺麗な胸、おなか露出した刺激的な着物で、腹筋がしなやかでうつくしい。顔は凛として鼻筋がとおっていてかわいい。すべてにおいて完璧な美少女であった。
「お前、オタクか?」
信長は無造作に弥三郎に顔を近づけてくる。
「い、いや、ボクは別に」
弥三郎は鼻の先をカッと赤らめて少し後ずさりした。
「じゃあ、そっちがオタクか」
「そうだよ」
良太が即答する。
「じゃあ、こっちからも質問いい?」
「なんだ」
「乳首の色は?」
「ピンクだぞ」
信長が即答した。ギリッと歯ぎしりの音がする。弥三郎がそちらに目をやると、長門がコメカミに血管を浮き立たせて今にもネジリ殺しそうな表情で良太を睨み付けている。
「こいつ、面白いな、どこかの城主にしてやれ」
「おそれながら信長様」
「だまれ長門」
「はっ、申し訳ございません、出過ぎたことを」
信長の気迫のこもった一言で長門はその場に平伏する。信長はただ愛されているのではなく、畏怖の対象であることが弥三郎には分かった。
「信長様、もう一人のほうはいかがいたしましょうか」
「オタクじゃないんでしょ?じゃ、草履取り」
そっけなく信長が言った。弥三郎は心の中でチッと舌打ちをした。嘘でもオタクと言っておけば、もっと好待遇を得られたかもしれないのに。
「じゃあ、いまからベタ塗ってよ?Gペン仕えるならモブの線入れもしてほしい。あ、Gペンよりかぶらペンのほうがよかったかな?」
「いやいや、いまどき、ペンとか使うわけないっしょ、ボク、ペンなんて使ったことないよ」
「は?」
信長の顔が急に無表情になる。
「てめえ、今なんつった」
「え、あ、いや、どっちかというとボクは買い専なので、絵とかはちょっと……」
信長の怒りを察した良太はさすがにヤバいと思ったのか少し後ずさりした」
「あ?」
信長の眉間に深いシワがよる。やばい、このままでは殺されると思った弥三郎が一歩前に出た。
「待ってください、Gペンなら自分使えます。工業デザイン科なので」
「まじ?」
「はい、ベタとか塗りも多少だったら。あと人物や植物は描けませんが直線的な建物ならなんとか」
「おお、そうか、助かったぞ、これで同人誌即売会に間に合う!よし、そなたに城をやる、そうだな、熱田の近くの山崎城をやろう」
「お待ちください、山崎城は大江湊に通ずる交通の要所、このような者に……」
「長門、ダマレ」
「ハッ」
信長の一言で長門は口をつぐんだ。これは一つ間違うと簡単に殺されかねない恐ろしい人物であると弥三郎は感じた。
「あ、こっちの小太りは草履取りね」
信長は良太を指さして言った。
弥三郎はいきなり熱田の近く、山崎城という小城の城主にされてしまった。城主になってみると、この異世界の暮らしも悪いものではなかった。物価はものすごく安くて、城主の収入があれば食料品などもタダ同然の値段で買えた。しかし、巷には浮浪者があふれていた。そんな浮浪者を集め、食事を与えている人がいた。秀貞・林・フーヴァーという人物であった。春日井に領地を持つ尾張の名士で、尾張守護家に仕える名門であったが、何を好き好んでか、その職を辞して津島神社の神官、信秀・ワシントンに仕えて慈善活動に従事していた。信長は信秀の運営する孤児院に居た孤児であるらしく、信秀は自分の孤児院の中から見込んだ人物を自分の養子として迎え入れ、高い教養を身に付けさせていた。しかし、信長は青年になるにつれ、信秀のやり方に反発するようになり、熱田神社に引きこもってオタク暮らしをするようになったのだ。しかし、商業の才覚は非凡なものがあり、多額の利益を得て、金利の城を次々と買収しているのであった。これに対して、もう一人の養子、信勝にとっては義理の弟にあたる信勝・ユリシーズ・グラントは若者独特のチャラさはあるものの、父親に逆らう事なく、社会的常識をわきまえていると評判であり、世間から高く評価されていた。
弥三郎が山崎城で事務処理をやっていると、遠くの方でカーン、カーンと音が鐘の音が聞こえる。秀貞の慈善団体が食糧を持ってきた知らせだった。信長は秀貞を嫌っており、秀貞を所領に入れぬよう弥三郎にも命令を出していたが、弥三郎はあえて見逃していた。貧しい人々を助けるためだ。
弥三郎は一度、その人格者である秀貞に会いたくなった。
城を出てしばらく行くと、秀貞自らが貧しい人たちに食事を分け与えていた。質素な草色の着物を着てチョンマゲを結っている、いわゆる常識的一般の武士の姿である。秀貞は常々、無駄遣いを止めることを訴えており、周囲の者たちにも消費を控え質素に暮らすことを奨励していた。特に、同人誌即売会やオタク祭りなどは無駄そのものであり、強く廃止を望んでいた。このため、消費を奨励して派手な格好をする信長とことごとく対立しているのだった。
「本当に、信秀様は立派な方ですね」
茶店の娘が弥三郎に声をかけてきた。
「まことに立派なことですね。この地域にもこんなに無職の人たちが居たとは、ボクももっと頑張って、この地域を良くしなければならないですね」
「あっ、ご領主の加藤様でしたか、これは失礼しました」
娘は慌ててペコペコと何度も頭をさげた。
「いやいや、そんな、どうかやめてください。ボクもただの雇われ経営者なんで、あなたと同じ領民ですよ、どうか頭をあげてください」
「まあ、なんてご慈悲深い、領主様は本当に言い方なんですね」
娘は満面の笑みを浮かべた。
「あなたも、とても心根の優しい方のようですね、よかったらお名前をお聞かせねがえませんか」
「はい、私は……」
と、娘がいいざま、弥三郎の目に何か水のようなものが飛び散る。
「うわっ」
誰か嫌がらせで水をかけたに違いない。弥三郎はあわてて顔についた液体をぬぐった。なんだかねっとりしている。水ではないようだ。目の前のお嬢さんも水浸しになっているのではないかと心配してそちらに目を向ける弥三郎。
目の前に、首がもげてそこから血が噴き出している娘が突っ立っていた。その娘だった物体は直立したまま横に倒れてケイレンしている。
「う、うわあああああー」
弥三郎は大声で叫んだ。その娘の背後に人間と同じくらいの大きさで緑色の肌の化け物がいた。手に斧を持っている。
「キサマ、ニンゲンカ」
言葉をしゃべった。
「あ、ああ」
弥三郎は思わず答えてしまった。
「ニンゲン、ナラバ、シネ!」
「ああああああー!」
弥三郎は頭をかかえて目をとじる。
ドスッと鈍い音がした。目をあける。
そこにはモンスターを刀で一刀両断した信長が憤怒の形相をして立っていた。
「だから、得体のしれぬ者を領内に入れるなと言ったのだ。人にまぎれて悪鬼が入り込む」
信長は吐き捨てるように言った。
「何をなさっているのです、ゴブリンとて命あるものですぞ!なんと酷い!」
怒鳴りながら秀貞が走り寄ってくる。
「何が命か!こんなもの、モンハンド社が作った人工生物ではないか!」
信長が秀貞に怒鳴り返す。
「シッ、モンスターハント社の悪口を言ってはなりませぬ。南蛮人から訴訟を起こされますぞ」
「黙れクソが。常識ぶりおって、貴様、良識ぶってもモンハンド一つ非難できぬ腰抜けではないか」
「いや、モンスターハンド社が製造するモンスターは単純労働や人間が働けない危険な環境でも働ける安価な労働力です。これ無くして我が尾張の経済は成り立ちませぬ」
「簡単に成り立たぬというな!絶対に成り立つのだ。一人一人の生産性を向上させれば、モンスターなど買わずとも国は成り立つ」
「また、そのような戯言を」秀貞は失笑気味に顔をそむけた。
今回の事件の目撃者として、この地域の統括者であるワシントン・信秀は弥三郎を呼び出した。神官でありながら、巨大な軍隊を保有し、この地域を実質的に統括支配している人物だけにどれだけ質実剛健な人物かと弥三郎は想像していた。しかし、実物は細面のヤサ男だった。
「大変な目にあったようですね、コホッ、コホッ」
信秀は空咳をした。
津島神社の社務所の座敷に招かれ、弥三郎は平伏した。その場には秀貞、信長も呼ばれいた。弥三郎は、今回目撃した出来事を詳細に信秀に報告した。信秀は黙ってそれを聞いていた。しかし、報告が終わったあと、急に違う話を持ち出してきた。
「して、そなた聞くところによると、未来から来た未来人だというではないか。では聞きたい、このワシントン信秀、如何なる人生を歩むか」
「それは……この世界がボクのいた時代から見て未来なのか過去なのか判然としません。一般の生活は私たちの居た時代からははるかに遅れていますが、遺伝子操作でモンスターを作り出せる技術は私たちの時代にはありませんでした」
「そうか、それでもいい、きかせてくれぬな」
「そうですね、まず、ワシントンの場合、独立に成功して国家を作ります。信秀の場合は、一旦は那古野城奪還には成功するものの、尾張を統一する前に病気で亡くなります」
「無礼な!」
秀貞が激昂して叫ぶ。
「よい」
信秀は冷静に秀貞にてのひらを向けて制止する。
「そうか、では、もしソナタが未来から来たものであれば、いずれにせよ、隣国の干渉を排して我等は独立できるのだな。少なくとも排除することはできる」
「はい、しかし、今の状況からみて、すでに色々な処が違っておりますので、成功するかどうかはわかりません」
「そうか……」
信秀は微笑し、弥三郎は所領に返された。
それから数日御、尾張を支配している義元の士官である氏豊・ピトケアンのティーパーティーに招かれた信秀は単身で那古野城に向かったと弥三郎は配下の者から聞いた。
ここではまだロボットは出てきませんが、後々出てきますので、
お楽しみに。