第一章・尾張のオタク第一節
突如として地球に激突した巨大隕石の衝撃で弥三郎と良太は戦国時代に
タイムスリップしてしまう。
そこに居たのはオタクでスタイルがいいへそ出しルックの女信長であり、
駿河の義元に支配されていた尾張だった。駿河は遺伝子操作で作られたモンスターの
軍隊を持っており、それと戦うために信長は密かにロボットを開発するのだった。
ノブナガ×リンカーン
第一章第一節
高校の朝の教室に大声が響く。
「やめてよ、かえしてよお」
良太君が必死で叫んでいる。太っていて、いつも教室の隅でうずくまって誰とも話さない小太りで人気のない良夫が珍しく大声をだしている。しかも、つかみかかっているのは学校でも有名な不良、小四郎だった。
「まじこいつ、きめえ、戦国武将女体化アニメの本とかもってんの、こいつマジ変態だな」
「返してよお、それ、百冊限定本でアキバで徹夜して買ったんだからあ」
「糞きめえ、こんなもん、こうしてやんよ」
小四郎は半笑いで良太のアニメ本を引きちぎって投げ捨て、足で踏みにじった。
「あー」
良太は目にいっぱい涙を浮かべながらその場に散らばった本の残骸を拾い集めていた。
その一部始終を見ていた加藤弥三郎は、小四郎の横暴な態度に腹を立てたが、さりとて、真っ向からそれを注意する勇気もない。急いで職員室に行って、好子円先生に言いつけにいった。
「何?告げ口?」
好子先生は不快そうにそう言ったので弥三郎は驚いた。
「あのさ、それで?あのキモイ子でしょ?ああ、きもい」
先生は身震いした。
「この前もどこかの馬鹿な自治体がアニメのポスターで村おこししようとして問題になったわよね。オタクなんてね、女性を性的対象としてしか見ることのできない悪い存在なのよ。それを正しく指導してあげた小四郎君のほうが正しいに決まってるじゃない。それに小四郎君は成績もいいし、家はお金持ちだし、スマートで運動も万それに、女子には優しいのよ。弥三郎君もさ、人を外見じゃなくて、内面や真心で見られるようにならなきゃだめよ」
「だって、相手がオタクだからって、人のものを勝手に破るのはおかしいと思います」
「あのね、街中に氾濫している美少女アニメ雑誌やゲームは小学生の少女をイメージしているものが多くてね、このようなアニメやゲームや同人誌に誘われた青少年の多くは知らず知らずのうちに心を破壊され、人間性を失っており、既に幼い少女が連れ去られ殺害される事件が起きているのよ、あなたはそんな女性の人権を侵害してるあのオタクの子の仲間なの?」
「いや、その」
弥三郎は口ごもった。
「どうなのよ」
「すいません、ボクが間違っていました」 弥三郎は頭をさげて職員室を飛び出した。何故だか涙がポロポロ流れて止まらなかった。理屈ではいいかせせない。でも、なんとも言えない無力感と絶望感、やるせなさが心の中に広がった。
教室に戻ると、クラスのみんなが良太に後ろ指をさしてコソコソと噂話をしていた。こういう時は、勇気をもってみんなを注意しなくてはいけない。しかし、弥三郎はそれができなかった。ただ、そしらぬふりで席につき、良太のほうから視線を背けた。
弥三郎は小学校の時、勇気をもって弱い者いじめを注意したために、クラスの仲間外れにされたことがあった。しかも、自分が庇った子まで弥三郎を苛める側にまわった。そんな時、クラスの副委員長だった岡部元子が弥三郎を庇ってくれた。でも、元子はクラスの空気を乱したと陰で噂され、のけ者にされ、ある日、クラスの男子に階段から突き落とされ、足の骨を折る大ケガをして転校していった。いじめた側ではなく、イジメられて大ケガをさせられたほうが転校しなくてはならない世間の空気。何が正しいか、何が間違っているかではなく、数が多いほうが正しいという空気。そんな空気のなか、弥三郎は、たとえイジメの現場を見ても、見て見ぬふりをするようになっていった。
学校帰り弥三郎は、むくれた顔で足早に帰っていく良太の後を追った。
「大変だったね、良太くん」
弥三郎が走り寄って声をかけた。
「いいんだ、ボクはオタクだから、イジメれてもしかたないんだ」
「そんな事ないよ、良太君は優しくて思いやりがあるいい人だよ」
「そんなことないよ、みんな心の中ではボクの事嫌ってるんだ。ああ、こんな世の中、隕石が落ちてきて亡びればいいのに」
「そんな事言うもんじゃないよ……あ」
天空にゴゴゴゴゴオと重低音の音が響く。巨大などす黒い隕石が空を覆っていた。
「やばい、どっかに隠れなきゃ!」
弥三郎は周囲を見回した。近くに小さな公園があるのが見える。
「あそこの繁みに隠れるんだ!」
弥三郎は良太の手を引っ張って公園に走り込む。隕石は刻一刻と地上に近づいてくる。そのまま隕石は弥三郎たちの頭上を通り過ぎ、遠くの山際に向かっている。
「ここの繁みに隠れよう」
弥三郎は強引に良太を公園の繁みに押し込み、自分もそこに飛び込む。
ドドーン
爆音とともに地響きで地面が揺れる。細かい火山灰のような粉末が雪のように頭から降ってくる。そして、しばらくして平静が訪れた。
「ふぃい。怖かったね良太くん」
弥三郎は良太に向かって微笑みかけた。良太は涙ぐんでいる。
「怖かった?」
良太は黙って首を横に振る。
「どうしたの」
「どうしてボクなんかを助けてくれたの?」
「何言ってんだよ、友達じゃないか」
弥三郎は満面の笑みをうかべた。
「さて、家に帰ろうか」
弥三郎と良太は公園から出たが、隕石の被害か、周囲に公園の木がとびちって、周囲の家は潰されているのか見えない。
「ひどい有様だな、みんな大丈夫かな。」
「ちょっと弥三郎君、これ」
良太が地面を指さす。そこはアスファルトがめくれ上がったのか、むき出しの土だった。」
「とにかく一度学校に帰ろうよ、みんなも心配だし」
「うん」
弥三郎と良太は学校に向かおうとしたが、周囲がすべて森林であることに気づく。
「あれ、これおかしいよ」
弥三郎は周囲の状況がおかしいことに気づいた。その時である。
「誰ぞ!」
武装した雑兵が槍を持って森の繁みから出てくる。弥三郎はそれが映画撮影のエキストラか何かと思ったが、雑兵の槍の先に血が滴っているのをみて、映画撮影ではないことに気づいた。どうしてそうなったのかは分からないが、戦国時代にタイムスリップしてきたにちがいなかった。
「もう、終りだあ……」
良太がそう言って頭をかかえた。
「なんだ、そなたら、植民地の尾張の者か」
雑兵たちの顔に侮蔑の表情が写る。雑兵たちは弥三郎に向けた槍先を下におろす。
「は、はい、オワリの者です」
弥三郎は話をあわせてペコペコ頭をさげた。
雑兵の一人がいきなり弥三郎の顔を殴る。
「ぐへっ」
弥三郎は吹っ飛ぶ。
「尾張者が三河まで入ってくるでないわ。ここは畏れ多くも義元・ハウ様の領土ぞ」
「すいません、すいません」
弥三郎は必死に謝った。
「さあ、とっとと歩け、信長・リンカーンの領地に戻るのだ」
雑兵が大声でどなった。
弥三郎は首をかさげた。弥三郎が歴史の勉強で習った武将と微妙に名前が違う。もしかして、戦国っぽいけどまったく違う異世界に飛ばされてきたのだろうか。
弥三郎と良太は雑兵たちに槍で追い立てられて進む。途中、森の中に数体のさらし首があった。それは皆、弥三郎と同じくらいの年齢の子供たちだった。しかも髪型から見て弥三郎たちと同じく現代人のようだった。
「ふん、こいつらか。これは汚宅と言うての、近年お前らと同じく異世界から流れてきた人間の中で、底辺のクズじゃ。お前らと同じ異世界から流れてきた者の中で優秀な者は義元様に登用された。その優秀な者たちが、口々に汚宅は役に立たないから殺した方がよいと献策したゆえ、汚宅は凡て処刑することとあいなった。そなたら、汚宅でなくてよかったのお」
それを聞いて良太の体が小刻みに震える。弥三郎は良太の腕をぎゅっと握った。ここで取り乱してはいけない。
しばらく森を進んでいくと、別の雑兵の部隊と合流する。これはどうやら信長の部隊のようであった。義元の部隊の雑兵と話しをし、弥三郎たちはその部隊の中にはものすごく筋骨隆々の現代の不良たちがおり、雑兵たちと気があったのか、ため口で話をしている。
「俺、マジ人殺してみたかったんだよね、ここだと殺し放題じゃん」
薄ら笑いを浮かべながら大声で不良たちが話をしている。その不良の一人が良太を見つける。
「あ、こいつ、オタクじゃね?オタクは殺さなきゃいけないんじゃねえの。なあ、てめえ、ここで死ぬ?死ぬの?バカなの?クズなの?」
半笑いで不良は良太に近づき腹パンをする。
良太はただ歯を食いしばって我慢する。あまりのことに弥三郎が近づこうとするが、良太は弥三郎に視線を送り、小さく首を横に振った。
「大丈夫だよ、いつもの事だから。ずっと同じことされてきたから」
「なーんだ、効いてねえの?」
不良は思いっきり力を入れて良太の腹を殴った。
「うぐっ」
呻いて良太はその場にうずくまった。
「何をしておる」
女性の厳しい声がその場に響く。
「あ?」
不良が眉を不均等にゆがめて声の下方向に顔を向ける。
そこには黒馬に乗った銀髪の少女武者が居た。武装はしておらず、ゆったりとした黒い着物を着ていた。なぜかビーバーの帽子をかぶっており、頭の後ろに縞々のビーバーのしっぽがついている。そこがなんとも女の子らしかった。
「これは、長門・岩室・クロケット様」
雑兵たちが慌てて平伏する。それを見て不良たちも平伏した。
「いかがした」
「はい、また異世界から人が落ちてまいりましてございまする」
雑兵が答えた。
「そうか、最近多いな、我は若君の直属ゆえ、この者どもは若君直属といたす。大殿には内密にいたせ」
そういいざま、岩室は着物の胸のところをつかんで、大きく胸のところを開いた。少女の白い柔肌が露わになる。
「ヒューッ」
不良の一人が口笛を吹く。
岩室はその胸の間に差し入れていた二次創作同人誌を取り出し、地面に投げ捨てた。
「これを踏め」
そう言いながら少女は腰にさした日本刀に手をかけた。踏み絵だと分かった。これを踏まなかったらオタクであることが判明し、殺されるのだろう。あのさらし首になっていた子たちも、きっと同人誌が踏めなくて殺されたに違いない。
「なんだ、こんなもん、簡単だぜ!」
不良たちは勢いにのって同人誌のところまで行って、無茶苦茶にそれを踏みにじった。
岩室はそれを冷静に見ている。しばらくして弥三郎に視線を向けた。弥三郎は少女を睨み付けた。
「なんだ、貴様オタクか」
「オタクじゃない、だけど、人が一生懸命つくったものを踏ませるなんて、人の道にはずれることじゃないですか!」
岩室は無言で小首をかしげる。そして、良太に視線を向ける。
「そなたはどうする。ここで同人誌を踏むのか、ふまないのか?」
「あの……ペチャパイ?」
良太が言い終わらぬうちに岩室は素早く良太に走り寄り、顔面を鷲掴みにした。
「貴様、殺すぞ、オタクとか関係なくこの場で頭を握りつぶすぞ」
「痛い、痛い、痛い、ごめんなさい」
良太の体は中に浮き、手足をバタバタさせて暴れた。しかし少女はびくともしない。すごい握力だということが分かった。岩室はその場に良太を投げ捨てる。
「で、同人誌を踏むのか、踏まないのか」
「踏む訳ないだろ、バーカ!」
良太は悪態をついた。これほど良太に度胸があるとは弥三郎は知らなかった。でも、ここで二人とも殺されるであろうことはわかった。どうせ、こんな殺伐とした世界では生き残ることはできないだろう。岩室が刀に手をかける。弥三郎は観念した。岩室が刀をゆっくりと引き抜き、良太の頭の上に振りかざす。と、素早く体を反転して、一人の不良を切り倒す。
「ひ、ひい!」
驚いて慌てようとしたほかの不良たちもことごとく岩室に叩き切られて死に絶えた。弥三郎は唖然とした。
「信長様はオタクが大好きじゃ、オタクグッズを侮辱するものは撫で斬りにいたす」
岩室は毅然として啖呵を切った。
弥三郎たちは生き残ったのだ。
この第一章第一節ではまだ信長は登場しませんが、次に投稿する
第二節では登場しますので、お楽しみに!
読み疲れしないように、原稿用紙一五枚分くらいでわけています。
人気が出たら、色々新しい企画とか考えようと思っていますので、
私のやる気が出るように、みなさん、応援してください。感想コメントもよろしお願いします。