運命の出会い
広岡眞藤は生粋のゲーマーだ。
いろいろなゲームのジャンルを渡り歩いている廃ゲーマー。
ゲームの世界では、プレミアがつくほどの有名人で伝説になっている夢の人。
どれほどの説話を聞かされても「うそつき」呼ばわりされてしまうほどの、現実不適合者だ。
その現実不適合者は、本当に現実で問題を起こし、高校から自宅謹慎処分を受けていた。
3ヶ月間のお休みである。
そして、単位が足りなさ過ぎて留年することにもなってしまった。
だからもう一度、1年生をやることになる。
学校側は、問題の理由を伏せて「広岡眞藤は入学直前に交通事故に遭遇してしまい、3か月のけがを負ってしまって夏休みギリギリまで登校できなくなってしまった」と説明したらしい。
――バカバカしいとしか思えないんだけど。
PCゲームをしていたため、ブルーライトシャットダウン眼鏡をかけていたオレは、眼鏡越しの世界を退屈だと思いながら息を吐く。
さっきまでやっていたPCゲームのキャラコンプを72時間で終わらせてしまったオレは、また新しいゲームを見つけるのかと思い、げんなりとする。
だいたい、同じような設定が多すぎる。
どれもこれも似たようなモンじゃないか。
名前を変えただけの模造コピー集団をこれから、アプリストアで見るかと思うと・・・。
げんなりを通りこして萎えてしまう。
「重課金者って逆ムリゲーとしか思えないんだけど。金を使ったら全部集まるじゃん。
何が楽しいんだろうね。・・・オレにわかる楽しさだったら、オレがさっさと課金してるか」
高校に必要なものしかない部屋で呟く声は、一人暮らしの家なのだから誰にも聞こえないことはわかってる。
わかっているけど、一緒に住んでいた姉のことを思い出してほおを掻いた。
高校に行くために、姉が一人暮らしをしている部屋に下宿させてもらったんだけど、姉が結婚したおかげで借主がオレになってしまった。
今は、PC上でやっているバイトで家賃と光熱費を払っているけど、今まで貯金していたおこづかいだけで払っていっても金は余っている。
ことさら、ゲームにしか熱中できないオレは外出することもなく外で買い物をすることもない。全て、ネットで注文するからだ。
それに、コンセットが入っただけの冷蔵庫に食べ物が補充されるときは週にあるかないか。
基本的に、パソコンの前に座りっぱなし。
ゲームに熱中して寝食を忘れるなんて毎日。
だから、食に対してこだわりはない。
食べられれば雑草でも食ってしまうタイプなのが、オレだ。
PCを置くための机と対面したいオレが座っている椅子。
そのほかにこの部屋にあるのは、高校関係。
殺風景を通りこして内装工事終わらした直後のような持ち主の色がまったくない部屋。
ベットさえもないこの部屋は、多感な時期の青年の部屋とは思えないほどの色がない部屋だ。
・・・色はあったか。
眞藤は、姉が忘れていったレースのカーテンと花柄の壁紙を見て自嘲する。
「こんなのオレには似合わないか」
面白いほど、的を得ている言葉だった。
前日ゆっくり考えた眞藤は、ドライアイになりすぎて潤いがまったくなくなってしまった黒い瞳を細めて濃紺色のブレザーを舐めるように見た。
そして、明らかに筋肉がついてないことがわかる細い腕をのばして制服一式をクローゼットから出して着ていたスエットを脱ぎだす。
学校に行く以外は、陽に当たることはない眞藤の肌は日本人とは思えないほど青みを帯びていた。黄色い要素がほとんどない白磁を通り越した――真珠を磨いたような不思議な艶を持った肌には、一か所だけ欠陥がある。
右脇腹に裂傷がひとつ。
細いウエストに縦に走る裂傷が、そこだけ存在を主張しているようで目に痛い。
幼いころついたとわかるほど、傷は薄くなっていたがそれでも。
傷は一生消えないぞ!と主張しているのがわかるのは、事情を知らない人間でもわかるだろう。
眞藤は、身長が高一でぐーんっと伸びてしまった己を呪いながら、たどたどしく着替えを終えていく。・・・ズボンまで履いたところで、自身のウエストがあまりに細すぎるためズボンが落ちたことに気付いて唖然とする。膝の上あたりでギリギリ止まっている姿を見て、
情けないと思うよりもまず、怪訝に思う。
なんで?また、こんなに細くなったんだ?
栄養不足に運動不足。生活習慣病に入るか入らないかでさ迷っていることになぜ、気付かない?
疑問に答えが見つからないことに早々に気付いた眞藤は、財布をブレザーのポケットに突っ込んだことを感覚的に確認して革靴を履いて玄関のドアを開けた。
眞藤が外に出るのは、実に1か月ぶりだ。
**
日中ってこんなに眩しいものなんだな。
ちゃんと目をケアしているはずなのに外に広がる光が輝きすぎて眼球を潰さんとしているんじゃないかと邪推してしまう。
しまいには、オレを殺そうとしているのかとイライラする。
制服のズボンのポケットに手を突っ込んで最寄り駅の近くにあるはずの電気街まで歩いていく。
駅2つ分離れているけど電車賃がない。
さっきちゃんと確認したらクレジットカードしかなかったんだけど。
ブラックなんていまは必要ないんだよね。
高校生の財布に入っている必要のないカードの色がたくさんあるの、不思議。
持たせた親の性格が歪んでいるっていうのを証明しているとしか考えられない。
眞藤が若干イライラしていることは財布に小銭がなかったこと以外にもうひとつ。
それは、
「今日だったんだ。初心者用のモジュールが配布される日って」
駅前に配置されている大きな電子画面に宣伝された内容が頭にこびりついて離れない。
そのことを思い出すたびに、脇腹にできた裂傷が痛む。
ジクジクと膿がいまもできている様な気がする。
悶絶するような痛みを幻だと思いながら足を進める。
誰かに後ろから足首を握られているような感覚が昔のストレスで出されていながら歩いていく。
**
「今日21時限りで-す☆VRMMO“バイスキル”のモジュールを無料で配っちゃいますよ~。
体験しちゃいたいなって思う人でも構わないっすよ。ほらほら、こっちのブースに来ちゃいなよ、YOU」
変な人だと思う。
でもこれでも正社員なんだ。
原色しか使っていない制服を着ている女性たちが大きな道路の真ん中で人を呼んでいる。
原色が目に痛いことを上の人間はわからないのかな?
そんな女性たちが白い天幕に興味を持った人間たちをつれていく。
この女性社員たちは、正統派から格ゲー、R-18どエロまで。幅広くゲーム製作をしている株式会社ソクラテスに勤務している人たち。
“バイスキル”はモジュールと呼ばれる色付きガラス玉をはめこんだ指輪を指定した指に嵌めてゲームをするタイプのMMOだ。
ゲームをプレイするためのパスワードも持ったときに決めておくと尚更いい。
オレはぼーっとその人波を見ていた。
離れていたところから高みの見ぶ「そっこのおにぃーさぁん!!ゲームしたいですよね!」捕まった。
ニコニコと可愛く微笑むピンクの服装をしている女性社員がオレの目の前にいる。
にこにこ
にこにこ
にこにこ
にこにこ
にこにこ
にこにこ
にこにこ
無言の攻防戦が行われる。
さすがに、強いなこのピンク。
優しい笑顔のはずなのに、内面に鬼がいる錯覚が。
いや錯覚じゃない。
営業の鬼が女性の瞳から爛々とオレを見ている。
そりゃもう。桃太郎が斬れないほどの凶悪な鬼が、二体。オレを喰おうと機会を伺っているのだ。
オレは根気があるほうじゃない。
しぶしぶ口を開いた。
「・・・オレ、初心者じゃないんです。今までやってきてます」
「ほうほう。そうなのですか」
ふんふんと頷くピンクは腕を組んだ。
「でも、体験版をやったことなんてないですよね?この機会にご利用してみませんか?」
「いえ。体験版をやったことがあるとかの話じゃないです。
このゲームが発売される前にモニターをやってますから。あなたよりもこのゲームに詳しいですよ」
はなじろいだ。
明らかにピンクの顔色が悪い方に変わり腰が引けた。
そしてあわあわと手を動かす。
動揺していることが顔以外。体中で表現してしまうタイプらしい。
だんだん無言に、ピンクだけ重い雰囲気になっていくのをおもしろいなと思いながら見ている。
と、
「お話中すまない。こちらに話を割いてほしいのだが、よろしいか?」
救いの神が現れたとばかりに顔を輝かせたのはバレバレ。
ピンクは今、まさに自分を救ってくれた存在に顔だけじゃなく体ごと向けていった。
「はっはい。大丈夫ですよ!この人も社員さんですから」
「そうか」
おい、このピンク。
人を社員呼ばわりすんじゃねぇよ。ソクラテスに入社してるわけじゃねぇんだから。
失礼すぎる。
少し、憮然と思いながら社員を演じることにする。
この場でいきなり逃げてもしょがないからな。
オレは珍しく営業スマイルを浮かべてピンクと対になるように立った。
「!?」
「!?」
相手の顔色と同意見だ。
――同じ年ごろだと思う。
脱色したわけじゃないのに色素が薄い髪色。
細く、切れ長の瞳。その瞳も、墨よりも深いく鮮やかな色をしている。
背はオレも小さかったがしっかりと筋肉がついていることは服越しでもわかった。
骨ばった大きな手を見れば、青年がどれほど健康的な生活をしているか分かる。
その青年・・・男子学生が着ている制服が問題だった。
なんで、オレと同じ学校の学生がいるわけ?
そりゃビックリするわ。
自分と同じ制服を着ているヤツが「当社社員です」なんて紹介されたらわが目を疑うだろ。
それに気づいたらしいピンクの狼狽っぷりがヤバイ。
脇汗を感じるほど冷や汗を汗腺から噴き出してやがる。
そのこの世の終わりのような様子に笑いを堪えながら、オレは珍しくフォローすることにした。
「この制服は、ハロウィン時期に全男性社員が着用したものなんですよ。わたくしめ以外でもこの制服を所持している者は居ります。そして、この制服の元となった縦苗学園の方には余興として使わせていただくことに許可していただきました。そして、今回のことなのですが。
今回のフェアをやるために親しみが必要だと感じ、この制服を着用することをまた縦苗学園の方に許可していただくことを事前にしております。学生のみなさんに声をかけやすく致したのですが、どう、だったでしょうか?」
少し、首をかしげてみせると男子学生は綺麗な顔を茫然とさせていた。
数回瞬きをしてから目もとを淡く朱に染めた。
ピンクは尊敬するような目線をオレに向ける。
(センパイって崇めてよろしい?)
(やめろブス)
アイコンタクトの会話を男子学生に気づかれないように交わす。
さっとオレの方から終わらせる。
不満たらたらなピンクが背中の肉をつねった。
わざと爪を立てたことに舌打ちを口の中でして男子学生につづけて言った。
「わたくしからゲームに関して説明させていただいてもよろしいでしょうか?もし、こちらの女性社員の方がいいとおっしゃるのでしたら、わたくしはブースの方へ戻りますが」
「いっいや。あなたがいい。
僕。その、・・・・・・女性の方が少し、苦手なんだ」
照れたようにピンクの方を見る男子学生。
男に対して胸を張るの、意味分かんない。
オレと張り合ってどうすんだよ。同僚たちと競えあえ、迷惑だ。
オレは男子学生の目に見えない角度で頭を叩き、男子学生をブースの方へ案内する。
会話が詰まって興味がなくなっても困る。
「お客様は、どのような場でバイスキルをお知りになられましたか?」
男子学生はちらっと目線を下に向けてあげた。
その目は、とてもまっすぐしている。
オレは美少年の真面目な表情にたじろいだ。
でも、すぐに復活。
さすがに男を見て照れるような性格じゃないし性分じゃねぇ。
「ひじりと呼んでくれ。僕は、ひじりだ」
ここで実名告白イベって必要なくね。
このときのオレは無敵だった。ネ申だった。
鉄壁の営業スマイルで武装しているオレにはどんな攻撃も効かない。
「では、ひじり様と呼ばせていただきますね。
・・・――――ひじりさまは、VRMMOもしくはMMOにご興味をお持ちでしょうか?」
ひじりは伏し目がちになりむぅと考えこむ。
「ボードゲームしかやったことがないのは考慮するところだろうか」
「いえ。自社製品は初心者向きです。
ですからひじりさまが初めてやるゲームとして選ばれたことを光栄と存じます。
それでは、バイスキルについて説明いたしますね」
ようやくブースが見えてきた。
こんなに遠く感じたのは初めてのことだ。
もっと近くに設置してくれればいいのに・・・。
オレが案内したブースにはブルーとレッドがいた。
ブルーはオレの顔を見て唖然となり、レッドは不思議そう。
ぼけっとアホ面をさらしていた。
ブルーは大声をだすように大きく口を開いたが、ひじりを案内している様子を耳で聞きとるとレッドにひじ打ちして零円スマイル。
レッドはまだ、現実に戻っていないがそれでも習慣のにこにこ。
オレはブルーの前に立ち、紹介した。
「この女性は、このバイスキルを作ったゲーム主任の鴇等まりなです。隣に座っているのは、営業課の斉藤ゆかり。さきほどの蛍光ピンクの女性は、江口沙里。もし、何かあればこの3人に相談していただければ、自然にわたくしの耳にも入りますよ」
静かに頭を下げるひじり。
鴇等と斉藤も反射のように頭を下げた。
「バイスキルは戦闘職が優遇されるアクションゲームです。
スキルと呼ばれる能力を極めることも魅力のひとつで、レベルアップに制限がなく100や200などあっという間になってしまうこともあります。
ですが、それでも個人にあったクエストを優先して選択していきますのでレベルが上がるごとに難易度が上がっていきます。・・・年内に10もレベルを上げればいい方だとゲーム参加者にアンケートを取ったときに判明いたしました。
もちろん、戦闘職以外にも生産職、珍しいジョブスキルを持つプレイヤーもおります。
ですがレベルを上げるのは困難で1、レベルを上げるのに相当な時間がかかるので人気がありません」
斉藤は淀みなく答える男子学生を驚きの目で見つめ、隣に立っている同期の袖を引っ張った。
「彼、どういう人なの?」
「このゲームの元プレイヤーでモニターのひとり」
「えっ!?」
大きな声を出して男子学生ふたりの注目を浴びる斉藤。
斉藤に向けるひじりの目線は怪訝。
斉藤に向ける眞藤の目線は絶対零度。
びくっと恐怖で背筋を震わした斉藤は、涙目でモジュールの準備をするためにブースから逃げた。
鴇等は呆れるように息を吐き、会話に加わった。
「ゲーム主任から説明を加えさせていただきます。
このゲームは、実際に生活しているような感覚を味わうことに重点を強くおいていることを特徴としています。たしかにクエストを完了することに醍醐味がありますが、ナイフを使わないクエストもたくさんあり、人の数だけのクエストが存在しています。
もし戦闘に自信がなければ魔法使いの弟子や薬剤師などのジョブスキル・・・資格を習得していただいて楽しむこともこのゲームでは可能です」
「そうなのか」
ひじりは理解するように首を振った。
「それで、どうでしょうか?体験版をやってみませんか」
オレの言葉に。
ひじりはじっとオレを見つめて鴇等に目を移した。
「体験版はどんな内容になっている?それで正規のゲームができるわけではないのだろう」
「もちろんです。
正規のゲームは専門のショップで購入ことができます。これはネットショッピングでも可能ですから通販に登録してみてください。
それでは、体験版は東西南北のひとつの地区に滞在することができます。
ですがその東なら東。西なら西のひとつの地区しか動くことができず地区越えはできません。
その地区でひとつのクエストを完了することが内容です。
ひとりでやるもよし、現地にいるプレイヤーに協力してもらうもよし。千差万別の内容になっています。
そして、モジュールにいれた内容はひとつひとつ違い、ひとつの指輪にはひとつのゲーム内容しかありません。そして難易度もひとつひとつで違います。
滞在期間は1か月。1か月経ったら自動的に消えますのはご了承ください」
「了解した」
ひじりはむっと伸びていた唇の端をゆるめた。
「体験版を貰おう」
「ありがとうございます」
「斉藤さん、わたくしにもください」
「あ」
(素が出てるぞおばさん)
(イレギュラーの塊が何をやろうとしてやがる。後で事務所こいよ、オリャ)
(純粋な消費者に向かって何を思ってるんだよ。こちとらヘビーユザーだろうが。何がなんでも取り込みにかかれっていってんだよ)
(確かにヘビーユザーだな。だが、オレんとこはそんなの要求してねぇんだよ、変態集団のひとりが。後ろに気をつけるんだな、切られるぞ、てめぇ)
(現役時代から毎日だよ、リアルPK)
なんだよ、その疑いの目線は。
ひじりがオレらの不自然さを感じとって眉をよせてやがんぞ。
鴇等は笑みが歪んでしまうのを止められないほどの衝撃を受けていた。
そして、45歳子供持ちの鴇等ゆかりは斉藤に悲鳴を告げるように伝えた。
「モジュール1つ追加!」
その声には、疲れと世界の終わりを予言する預言者の心の痛みが体中からあふれ出ており、鈍感だと生徒会のメンバーからよく言われるひじりでもわかるほどの暗黒雲が鴇等ゆかりを包みこむように。抱き込むように存在しているのが幻視できた。




