91話 別れ際の告白
◇◇◇
「さて、これで終わりか…」
「なんかあっさりだったねー」
最終日を終え、現在は最終報告として学院長室へと向かっている。
その後は学院を出てグランドルへと戻るだけなので、寮の私物等は既に整理を済ませてある。
クルトさんにもお世話になったとお礼を言っておいたし、今日の午前中から今に至るまでに、今回の依頼で関わった職員の方々にも挨拶は済ませてある。
「あっさりって言えるか分からんけどな…」
ヴィンセントとの騒動、グランドルの災厄、謎の仮面の男との遭遇。…さらに俺への抹殺宣言。
結構内容は濃いめだったんじゃないだろうか?
…いや、間違いなく濃すぎると私は思いますけどねー。
「まぁ、私たちは私たちにできることをやりましょう。後は学院長に任せて、情報を待つのがいいかと…」
「そうだな。まぁ来週からバタバタしそうなんだがなぁ…」
ポポの言葉に同意しつつも、今後のことを考えてため息が漏れたが、報告のため学院長室の扉を俺は叩いたのだった。
◆◆◆
学院長に報告を済ませ、門へと向かって歩く。
ちなみに学院長も一緒だ。門まで見送るとのことらしい。
一応別にそこまでしなくていいと断ったんだが、迷惑を掛けたからせめてそれくらいのことはさせてくれと言われたので、頷いておいた。
社交辞令みたいなもんだし、もし俺がそちらの立場だったらその行動に出るはずなので、気持ちは分からんでもなかったしね。
門付近までやってくると…
「ん?」
壁に寄りかかりながら、腕を組んでいる生徒がいる。
初日の朝に俺を学食まで拉致…改め案内した、ハンス君である。
向こうもこちらに気づいたのか、顔を上げて歩み寄ってくる。
そして…
「これから戻るのか? アンタ」
「うん。そうだよ、これからグランドルに戻るところ」
「そうか…。アンタ…あの時の言葉は嘘じゃなかったんだな」
と、少し微笑しながらハンス君。
これは…実力のことを言ってるんだろうな。
あの時は頭に血が上ってたから結構強気な発言しちゃったけど、結果として嘘はついてないことになったから良かったなぁ。
「…まぁ、そうなるかな?」
「最初は自信過剰な奴って思ってたんだけど、俺…見る目なかったな。すげぇ人だよアンタは。来年もアンタみたいな人が来てくれると良いと思ってる」
ふむふむ。
そういえば君はまだ2年だったね。
そう思ってくれてんなら良かったかな?
…それよりもハンス君や。腕組んでそこで待っててくれたみたいなんだが、俺がそこ通らなかったらどうするつもりだったんだ?
夜までずっとそうしてる可能性だってあったんだよ?
まぁそれはそれで面白いんだけど(プークスクス)
頭ではそんなことを思ってたりしてたのは内緒だ。
「…俺は知識とかは教えられないけど、戦闘に関してなら今回みたいに教えられる。来年また声が掛かったら、来るよ」
「じゃ、またよろしく」
「ってちょっと!? 決断早くないッスか!?」
学院長が俺の言葉に対して間髪を入れずに答えたので、俺も間髪入れずに反応する。
いやいやいや!? 早すぎるって!
ドラフト会議が1秒で終わっちったよ? そんなんじゃ選手はたまったもんじゃないぞ。
「それよりも…だ。ホラ、来てるぞ?」
クッ! もう決定事項みたいになっちゃってるな…。
それよりもで片付けられてしまったが、取りあえず学院長の視線の先を見てみると…
「え?」
「あ! 皆~」
「これはこれは…」
さっきお別れは済ませたんだけどな…。
「先生…さっきので終わりとかはないですよ?」
「見送りくらいはさせてくれよ師匠」
学院で一番長く接していた5人が、そこにはいた。
「皆…ありがとね」
皆がこうして見送ってくれることに対して、素直に嬉しく感じる。
ちょいと恥ずかしくもあるが。
「アンリ…ほら」
「う…うん」
クレアさんに促され、アンリさんが前へと出てくる。
「先生。アタシ…卒業して落ち着いたら、冒険者になります」
と、真剣な顔でアンリさんが話す。
ああ…やっぱり冒険者になるのね。てかここにいる子達は全員そうだっけか。
頭良いんだし他の事やってもいい気がするんだがなぁ…。
正直今までは、冒険者はどんな人でもなれる、お金を稼ぐ手段としては万能な職種っていうのが俺の認識だったが、それは変わりつつある。
もちろんそれは、ハッキリ言って危険だからってのが理由だ。グランドルの災厄が起こってからは、そう思わざるを得なかった。
突発的な異常事態。それの対応にほぼ必ず加わらなければならない冒険者に、安全などない。
自分で言うのもアレだが、グランドルの災厄は…俺がいなかったら間違いなくグランドルの町は消滅していただろう。こればっかりは断言してもいい。
人の将来だからとやかく言うことは極力しないが、個人的にはオススメはしない。…というかできない。
他にできることがあるならそっちを選んでほしい。
俺と関わりのある人ならば尚更だ。
「そっか…アンリさんの出身ってトレンゼだったよね?」
「はい」
トレンゼは王都を南に向かった先にある町だ。
土壌が豊かで作物の成長が早く、採れた作物の質も申し分ないそうで、地下から湧き出る水が有名だと聞いた。
それらを求めて訪れる人もいるらしいので、観光客も一定数はいるため経済も安定している。そんな町である。
セグランとも比較的近い距離関係にある。
「色々と危ないからオススメはできないけど、頑張ってね。アンリさんなら高ランクを目指せるよ」
「ありがとうございます。…ただ、私はトレンゼで冒険者になるつもりはないです」
「…へ? じゃあ、他の場所?」
ん?
「はい。アタシ…グランドルで冒険者をやりたいと思ってます」
「………? なぜに?」
「……先生が…いるので…」
おっふぅ。マジか…。
まさかこんなに大胆な行動に出ようとしてるとは思わなんだ。
「ハーベンスも中々大胆だな。いや~若い若い」
俺の目が点になっている横で学院長がニヤニヤしながら言ってくるが、その声で元の状態にすぐ戻る。
カチン…。
「…貴女だって、恋する乙女みたいに大層誰かさんのことを心配してたくせに」
「…な、なんのことかな?」
俺が仕返しとばかりに言うと、学院長が少々取り乱す。
お? 反応ありか? 自分がやるのは慣れてるけど、その逆には耐性がないパティーンですね。
畳みかけるぜ!
「『良かった…生きててくれたのか…!(うるうる)』…って、言ってましたよね?」
「あったね~。ご主人真似上手い!」
当時の学院長の状態を真似た俺だったが、その時一緒にいたナナから高評価をもらう。
「…学院長も好きな人いるんですか?」
「いいやいやいやいや!? いないからな!? 違うからな!?」
「ギルマス(ボソッ)」
「っ!? そんなわけないだろう!」
「あれ? もしかして慌てちゃってます? 学院長ぉ」
図星ですよぉ学院長ぉ。
すんげーゲスい表情で学院長を煽る。
最後だしまぁいいでしょ。
にしてもやっぱりそうでしたか…。ギルドマスターの方はどう思ってんのかは知らんが、こっちは確実だな。
こんなに慌てた学院長も珍しい。もしかしたら結構初心なのかもしれない。…俺も人のことは言えんが。
まぁ…ラッキーショットいただきましたぜ!
「学院長がねぇ…」
「どんな人なんだ?」
「立派な人なんでしょうね」
男の子連中がその人物を考えているようだ。
…まぁイケメンのナイスガイだな。立派なのはギルドマスターをやってることからすぐ分かる。
そして全員の目が学院長に集中すると、どうやらそれに耐えられなかったらしい。
「というよりハーベンス。『も』と言ったな? それはどうなんだ?」
「あっ…!」
「まぁ…今に知ったことじゃないけど」
エリック君が、今さら何慌ててんの? みたいな顔をして言う。
…さっきもそれっぽいこと言ってたしね。
ただ、さっきの場合はグランドルに俺がいるから安心…って意味での言葉とも取れたからセーフだけど、今のは完全にアウトです。
えっと…やっぱりそういうことですよね…。
というよりこの人、標的を上手く変えやがったな、ちくしょう。
学院長をジト目で見る。
「教師と生徒のいけない関係か…」
「ち、違いますよ!」
何を言ってんだアンタは。
「私としては…ありだな」
なんでやねん。
「以前も言ったが、バレなきゃいいんだよそんなものは」
バレてますやん。
「もし疑われたとしても、適当に言い訳しとけばいいさ。それに…すぐに卒業だろう? 何も問題あるまい?」
問題ありありかと思います。
何をもってそう判断した? 説明を所望します!
「いや、ないですからそんなこと」
「…そう…ですか…」
俺の何気ない一言で、アンリさんの表情に曇りが出る。
あ、しまったあああああ!!? 傷つけるような言い方しちまったああああっ!
こ、ここはすぐ弁明せねば!
司脳内サミットをこれより始める!
身体の全器官に伝達! 左脳、右脳をフル回転。生命維持活動は最小限に留め、全神経を思考に注げ!
議論の時間は2秒間。
ハイ、開始!
□□□
「え~これより、『アンリさんに対してすんばらしい返答を考えた奴優勝』…の議論を開催いたします。発言者に対する質疑等は物理でお願いいたします。…それでは始めてくださいましまし~」
司会者のアナウンスが脳内に響き、議論スタート。
「ここは無難に、『一時の感情かもしれないから、もう少しゆっくり考えて欲しい』とか言えばいいのでは?」
と、背中から白い翼の生えた天使の俺。
ふむ、無難ですな。候補としては悪くない。
お互いの関係を維持しつつ、時間による解決…およびより良い良案の思案に時間が割ける返答ですな。
ただ…これは通称ヘタレとも取れてしまう発言、つまり周りからそう捉えられてしまうというデメリットの面もあるのが否めないですな。
…うん、次。
「俺は…『お前なんか眼中にないんだよ!』って言う風に、冷たくあしらえば良いと思うぜ!」
と、悪魔の俺。
それは…酷くないですかね。
……いや、男女の関係をきっぱり断ち切るためには辛い言葉も必要かもしれん。それがお互いのためとなるのであれば、それはそれで良い候補か…?
ただ、ハートの弱い方は推奨できませんな。もちろん私は弱いです。
…よし、次。
「『俺…実は男にしか興味ないんだ…』で良いと俺は思うぞ」
と、ディープゲイザーの会長。
ふむ、これはこれで斬新な案……なわけねーだろ!
何でお前がいるんだよ! 出てけバカ!
思いっきりぶん殴って吹き飛ばす。
すると…
「あふ~ん♡」
キモイわっ!
『ピピーッ! 時間切れで~す!』
「あ~司会進行さん待ってぇ!!」
『本日の議論は終了となりました。速やかに退出願います。逆らう場合は物理で強制シャットダウンとなることをご了承下さいましまし~』
□□□
思考を止めて、目の前の現実に意識を戻す。
クソッ…貴重な時間を邪魔しおって! 超高速で議論を進めてたのに…。
この中じゃもう一択しかねーじゃねぇか!
「いやいや!? アンリさんに魅力がないとかそういうわけじゃないからね!? ただ、一時の感情かもしれないから、もう少しゆっくり考えた方がいいと思って…。時間を空ければ、冷静に考えられると思うんだ。まだ会ってから1週間だし、勘違いの可能性もあるって」
そう、これは若さゆえの過ちというやつに違いない。
恋に恋する年頃。その考えが…私と言う変人に対する恋心に影響を与えている可能性は高いのです。
中高生が付き合ってはすぐに別れるのを繰り返すのと一緒だ。人によってはいっぱい恋をしろとか経験を詰めとか言う人もいるけど、私はそうは思いません。
なのでココはヘタレ根性まっしぐらな対応をさせてもらおう!
「それに…俺なんかよりもっといい人がいるって。俺じゃアンリさんには釣り合わないよ」
「先生じゃなきゃ駄目なんです」
駄目でした。
俺の会心の一撃は、呆気なくアンリさんの即答という形で無意味に終わる。
「…初めてこんなに男の人を意識したんです。今までこんなことなかったのに…。だから、勘違いなんかじゃないと思います。アタシは…先生のことが好きなんです!」
「「「「「おぉ~!」」」」」
予想してた答えとは違うアンリさんの言葉に、度肝を抜かれる。
周りの人もビックリしたのか声を上げており、ナナに至っては「ブラボ~ブラボ~」なんて言って翼を叩いている。
あの…そんなこっ恥ずかしい発言は大きな声で言われると困っちゃいます。
自分の顔が今トマトみたいに真っ赤になってるのがよく分かる。アンリさんも同様だ。
ドキドキしながらも、なんとかあれこれ考える。
う~む、難しいですねぇ。
まぁ俺だってアンリさんみたいに文句のつけようのない人だったら、付き合いたいとか思いますよ? てかこちらからお願いしたい。
今まで付き合った経験のない俺からしたら、願ってもない状況だ。
でもさ、地球に戻るんだしそれは無理だよ。
仮に結ばれて、その後永遠に会えなくなるって展開は辛すぎるだろ…。
そんなのは嫌だ。だったらそんな考えは捨てた方がいい。
「えっと…あ、ありがとう。…ただ、俺は誰かと付き合ったりするつもりは今ないんだ。だからその…ゴメン」
うわぁ~、出来れば断りたくねー。
グスン…。
「今ってことは…いずれは誰かと付き合うつもりはあるってことですか?」
あれ…? これで終わりじゃない? えっと…なんて言えばいいかな…。
この世界からいなくなるからなんて言えないし…。
いや、待てよ? 考えたくないけど、万が一帰れない場合は…こっちに骨を埋めることになるわけで、その場合はその可能性もあるかもしれない。
となると…
「んー…もしかしたらあるかもしれない…かな」
…嘘は言っていない。
曖昧で酷いことは承知しているが…。
「だったら…その時まで待ちます。その時に先生がアタシを見てくれるように頑張ります。だから…その時にアタシの気持ちが変わっていなかったら、付き合ってくれますか?」
おっふぅ。
本日2度目のおっふぅだ。こんなことは初めてッス。
面と向かって言われて更に顔が熱くなる。
「……いつになるか分かんないんだよ?」
「平気です」
「……俺が別の人を好きになる可能性だって0じゃないんだよ?」
「その時はアタシに魅力がなかっただけです」
俺の言葉は全てアンリさんに即答されていく。
アンリさんの目と俺の目は、お互いの目を見つめて離れなかった。
それくらい真剣だった。
暫し沈黙。
そして…
「……分かったよ。いつになるかは分からないけど、俺のやるべきことが全て終わった時に、俺から改めて言わせてもらうよ」
アンリさんの真剣さに、俺は白旗を上げた。
負けだ負けだ。俺には耐えられん。
一生に一度しかなさそうな運が、今ココに集約してる。これをみすみす見逃すほど、俺は大人じゃない。
「!!!」
俺の言葉を聞いて、アンリさんの表情が真剣なものから柔らかいものへと変わる。
驚きと嬉しさが混じった…そんな感じだ。
……ヤベ、ホント可愛いな。
今更だが、俺の境遇を考えると良くない答えだったことは分かってる。
ただ…ある懸念もあるから、これはこれで良かったのかもしれない。
初めての告白。
これをキッパリと断ることは、俺にはできなかった。
話の区切りがつかず、今回は3話分くらいの長さになってしまいました。
ですので、次話は19日に投稿します。
その間に書き溜めするので、お願いします。




