7話 初めての魔法行使
外に出ると辺りはいつのまにか少し薄暗くなっていた。
結構話し込んでたししょうがないか…。早く宿屋に行きたい。色々疲れた。
俺は宿屋のある方角に向かって歩き始めた。
狭い路地を通り、ギルドの裏手の通りに出る。
辺りを見回すと筋肉さんの言う通り、緑の屋根の建物が目に入った。
あれはわかりやすいな…。目立つし。
とりあえず早く行こう。腹も減ったし。
俺は『安心の園』らしき建物に近づき、扉を開けた。
中は宿屋なだけあってとても綺麗だった。もう少し汚れているかと思ったのだが…それは杞憂に終わったようだ。
あそこにいる人は宿屋の人かな?
清掃中なのか、目の前で猫耳の女の子が箒を掃いている。まだこちらには気づいていない様子だ。
俺たちが扉を閉めると、その音で女の子はどうやら俺たちに気付いたようだ。俺がお客だと分かると、掃除を中止してこちらに近寄ってきた。
「いらっしゃいませ。『安心の園』へようこそ! ご宿泊ですか?」
その女の子は身長は俺より少し小さいくらいで、髪の毛は少し茶色っぽい色をしている。
髪の毛は肩よりも少し長いくらいかな。
華奢そうな身体つきだが、貧相ではない。どこがとはあえて言わない。
歳は16くらい。なんていうか女性として特に困ることはないような感じだ。
ハイ、すっごい可愛いです。猫耳触ってみたいなぁ。
そんなことを思いつつ…
「はい。部屋は空いてますか?」
「空いてますよ~。何泊されますか? 1泊銀貨1枚、朝・夕食付きです。3泊以上で少しお値段が割引になります」
「えっとじゃあ3泊でお願いできますか?」
「分かりました! ではカウンターで手続きをしますのでどうぞ」
お金のことで悩んだがとりあえず3泊することに決めた。
お金は…頑張って稼ぐしかないな。野宿は嫌。
異世界初日で野宿とか…幸先悪すぎるし…。
そんなことを考えつつ手続きを済ませる。
部屋は二階らしい。
「はい、これで大丈夫です。ではコチラが部屋の鍵になります。ごゆっくりどうぞ~」
「あの、身体が汚れてしまっているんですけどお風呂とかってあります?」
「フフフ、お兄さん変なこと聞きますね~。お風呂なんて貴族様が入るようなものじゃないですか~」
お風呂が無い…。日本人の俺にとってこれは結構死活問題だ。
今までそれが当たり前だったからなぁ。
…さて、どうしましょうかねぇ? 俺、匂わないだろうか?
「ハハ、ハ…。言ってみただけですよ」
女の子にそう返しておく。
「お湯とタオルは出せますから、必要になったら言ってください。コチラは無料です」
「分かりました。ではすぐにでもご用意できますか?」
「分かりました! それじゃあすぐに部屋に持っていきますね。あ、私ミーシャって言います。お兄さんのお名前は?」
「司。ツカサ・カミシロって言います」
「分かりましたツカサさん。私のことはミーシャって呼んでください。あと敬語は使わなくてもいいですよ?」
う~む。それはちょいとなぁ…。
なんか高校生くらいの頃から女性の人にはさん付けでしかよばなくなったから、少し言いづらいというかなんというか。少し抵抗を覚えるんだよね。
「ならお言葉に甘えて…。よろしくね、ミーシャさん」
これが俺の限界だ。すんまそん。
「さん付けしなくてもいいのに~。それと…その肩に乗っている鳥さんたちは?」
「ああ、コイツらは俺の従魔なんだ。黄色いのがポポで白いのがナナって言うんだ」
「ミーシャさん。お世話になります」
「よろしくね~」
「わわわっ!? 喋れるんですか!? スゴイです~。そしてカワイイですね~」
ミーシャさんは興味津々だ。
コイツら…。もうミーシャさんをおとしやがった。
これから先何人が犠牲になるんだろうか…。
そんなことを考えていると…
「それじゃあすぐにお持ちしますね~」
ミーシャさんはそう言って何処かへと行ってしまった。
準備しにいったのかな?
俺たちも早く部屋へ行こう。荷物重いし。
◆◆◆
部屋は6畳間位の大きさだった。
1人だったら十分なスペースだ。正確には1人と2匹だが…。コイツらは小さいから問題にならない。
狭すぎなくてよかった。
あ、ベッドがあるじゃん。ヨッシャッ!! 日本では布団だったからなんか新鮮。
とりあえず荷物を床に降ろす。
…ふぅ~。やっとリラックスできる。
「ご主人。今日はお疲れでしたね。ゆっくりお休みください」
「お~。でもなー…まだやることあるんだよね。この本読んでおかないと」
「…魔法の本ですか?」
そう、今日ギルドで借りた魔法の本だ。
よく見ると随分古いのか、汚れが目立つ。
まぁ、魔法が使えりゃ古くても関係ないが。
ベッドに突っ伏しながら俺は本を開く。
…うん。普通に読めるな。
ちょっと読んでみる。
………。
ふむふむ。
ほほぉ~。
な・る・ほ・ど。
~5分後~
……………。
うん?
え!?
マジかぁ~。
……何とっ!?
…。
ちょいと読んだだけなんだが、すんごい面白いわ。
きっと興味があるからだろう。
本は学校の教科書みたいな感じで、絵も描かれているから素人の俺でも分かりやすい。ただ、ところどころ見づらい部分はあったが…。
…とりあえず実践してみっか。
「お前らも読んでみろよ。結構面白いぞコレ。俺ちょっと練習してみるわ」
ポポとナナに本を見せ、俺は立ち上がった。
部屋の真ん中にいき、練習を開始する。
「えっと、まずは体内のマナを循環させるんだったな」
マナの循環。これはどうやら誰でもやることができるようだ。
魔法の発現。身体強化。魔道具の利用。これらには必要不可欠なのが魔力循環らしい。
これだと全員魔法は使えるんじゃないかと思うが、それはまた別の要素が加わってるとかなんとか…。
流し読みしてた部分もあるから詳しくは分からん。
「次に~、心臓の鼓動に意識を集中し、それを体中に染み渡せるように…」
……こんな感じか?
実践してみると、体の奥から何かがこみ上げてくる感覚がしてきた。
なんか不思議な感じ。
「これが魔力循環か…? 初めてだからわかんないけど、とりあえず次のステップに行くか」
そして次のステップ。
使いたい魔法をイメージしつつ呪文を詠唱。最後に魔法の名称を言う。これで魔法は発現するらしい。
うわぁ恥ずかしーーーっ!! 痛い人だよコレじゃあ。
…まぁ、やりますけどね。
魔力循環の安定さと魔法のイメージが鮮明かどうかが重要だと、本には記載されていた。
呪文については人によって違うらしく、その人のイメージに一番合う言葉を紡げばいいらしい。
テキトーだな。
とりあえず実践してみよう。
「…。恥ずかしいな。ってオイ、お前らこっち見るんじゃない! 本でも読んでろ!!」
「いやぁ、きになりますしねぇ(ニヤニヤ)」
「見てて面白そうなんだもん(ニヤニヤ)」
2匹がコチラをジッと見ていた。
2匹ともなんかニヤニヤしてやがる。鳥がニヤニヤするとなんか気持ち悪いな。
まぁ、普通ニヤニヤしないしな…。アイツらがおかしいんだ。
「…勝手にしろ」
2匹のことはとりあえず放置だ。。
咄嗟に思い付いた詠唱を開始する。使うのは光の初級魔法である『ライトボール』だ。
なんでこれを選んだかというと、もし発現できた場合に一番被害が少なそうだと思ったから。制御できずに暴発して事故とか困るもん。
宿泊してすぐに火事とか…嫌だろう? 水漏れとか…嫌だろう?
だからこれだ。『ライトボール』なら光るだけだろうし、安心できるに…違いない。自信はないが。
「…光よ照らせ、『ライトボール』」
魔力を循環させつつ、俺は光の玉をイメージし言葉を紡ぐ。
どうだ?
すると部屋の真ん中に玉が現れ、光を放つ。
成功だ!!
「おおっ!! できたできた! これが魔法か!!」
俺は興奮して騒いだ。
すぐに成功するとは思っていなかったし、何より魔法が使えたのだ。興奮しない方がおかしい。
呪文はどうやらあんな感じでよかったみたいだ。他のも試してはみるけど。
そんな俺を見ていた2匹はというと、口をポカンとしている。
そして我を取り戻すと本に視線を戻し始め、集中して本を読み始めた。
ふふふ、お前らも使いたいんだろう? まったく、カワイイ奴らめ。
俺がそんなことを思っていると、部屋にノックの音が響く。
多分ミーシャさんだな。
「ツカサさーん。お湯とタオルをお持ちしましたよー」
「はーい。どうぞー」
俺がそういうと、お湯を持ったミーシャさんが部屋に入ってくる。
「失礼しますね。…魔法、ですか?」
「ああ、ちょっと練習してたんだけど、えっと、ひょっとしてダメだった?」
「いえいえ、そんなことないですよー。ツカサさんは魔法が使えるんですねー」
「まぁ一応」
「スゴイです! 私も使えたらいいんですけど…」
ミーシャさんは少し俯く。
「ミーシャさんは魔法に適性は…?」
「…ありません。こればっかりはどうしようもないんですけど」
「そっか…。ごめん、配慮が足りなかったな」
「いいんですよー。ツカサさんは悪くありませんって! あ、お湯とタオル、ここに置いておきますね。あと夕食の時間がそろそろですから、1階のテーブルに来てくださいね~」
そう言ってミーシャさんは机の上にタオルとお湯をおくと、部屋から出て行った。
気の利いた言葉を掛けてあげれたらよかったんだが…咄嗟には出てこないもんだな。
アニメとか小説の主人公がうらやましいよ…。実際じゃほぼ無理だ。
それから俺はしばらく立ち続けていた。
『ライトボール』は、いつの間にか消えていた。