86話 学院の秘密の部屋
「それと…ハーベンスとは上手くいってるのかい?」
学院長が急に話題を変え、俺の予想外の質問をしてくる。
「上手くって…どういう意味ですか?」
「いや…男女の仲についてだぞ? 昨日も昼ご飯を二人で食べていたらしいじゃないか。さっきも抱きつかれていたみたいだし、これは疑わざるを得ないだろう?」
あぁ…知ってたんですね。情報回るの早いな。
「まぁ不純異性交遊はあまり関心しないがね…。いや、生徒と講師の禁断の関係かな?」
何言ってんのこの人。正気疑いますよ?
まぁ俺も人のこと言えんとは思うが…。
「いやいや…勘違いしないでくださいよ、そんなことするつもりなんてありませんから」
「「…」」
「なんだ、違うのかい? …でもキミだって男の子だろう? ここで引き下がるのかい?」
そこは男性と言ってほしいんですが…。一応成人迎えてますし。
貴女からしたらガキンチョでしょうけども。
てか…
「貴女一体どっちの意見なんですか!?」
「断然後者だが?」
「それでいいんですか!? 教師ですよね?」
「年頃の男女でその衝動を抑えるのは難しいだろう。私は立場上は止める必要があるが、本音はいいんじゃないかと思ってるよ。だから遠慮しなくていいんじゃないかな」
「ええぇぇ…」
学院長イミフ。
「ふむ…。奥が深いですね…」
別に深くなんてねーだろ、何感心してんだポポ。今は教師としてその考えがどうなのかが問われとるんじゃ。そこからズレちゃ駄目だろうが。
「この前も言ったが、バレなきゃいいんだよバレなきゃ…。そうじゃないと世の中やっていけないぞ? もちろん私は見て見ぬふりをするからお好きにどうぞ」
…教師が言うことには重みがありますねー(棒)
やっぱりこの人…よくわからない。
「さて、ここだよ」
「…書庫のようですね」
ポポが辺りを見回している。
ポポはここには初めて来たもんな。
「ここって学院の地下の書庫じゃないですか? 何か用でもあるんですか?」
学院長が俺を連れてきた部屋は、一度学院を案内してもらった時にも見た地下の書庫だった。今はあまり使われていないらしく、立ち入る人もほとんどいないみたいだが。
「表向きはね…。だが…」
学院長が部屋の中心に行って何やら床をいじくる。
何事かとそれを俺は見ていたが、すぐに床の一部がはだけ、何やらスイッチのようなものが確認できた。
なんじゃありゃ…? 何かの爆破スイッチとかだったら笑えないんだが…。
『学院はもうお終いだ! 皆死ぬしかない…えい☆(ポチッ)』
『(ちゅどん!!)』
『ギャピー!!!』
『(学院崩壊…)』
…なんて展開は嫌だぞ俺。まぁあり得んことだろうけどさ。
ただ、もしそうなったとしても俺は死なない自信がある。割と本気で…。
もう何も効きやしないよ…俺の体は。
俺がいらん考えをしていると…
「(ブゥゥン…)」
床の一部が透けていき、次第にそこには地下へと続く階段が現れた。
どうやら学院長がスイッチを押したらしい。…爆破はしなかった模様。
まぁ当たり前だが…俺のその思考は爆破された方がいいのかもしれんな。
「おおー、すごーい!」
「こうやって秘密の部屋につながる階段が現れるんだよ」
「じゃあこの先にヴィンセントが?」
「そうだよ」
きっと魔道具か何かで作動するものなんだろうな…。
一体誰が作ったんだろう。消える床とか…どういう仕組みなのかね?
「このことは他言しないように頼む。これを知っているのは、本当にごく少数なんだ」
「了解です」
「秘密基地~♪」
ナナがやけに楽しそうに鼻歌を歌っている。こういうのが好きらしく、まるで子供の様だ。
そして学院長は階段へと足を踏み入れ下りていく。
俺は一旦考えを引っ込めて、その後へ続いた。
カツン…カツン…と進んでいき、ただひたすらに地下へと続く階段を下りた。
薄暗いものの、壁に蛍光灯のような光の差す物体があるようで、歩くのにはさほど困らなかった。
そして地下へ降りること3分ほど。突きあたりが見え、終点へと来たことが分かった。
「ここだ。ここにアルファリアはいる」
学院長が、石造りの扉を指さしながら言う。
どうやらここにヴィンセントがいるらしい。
まさか学院の地下深くにこんなところがあるとはな…。
びっくりです。
扉は石造りになっており非常に重そうな印象を受けたが、一般家庭の扉のように簡単に学院長は開けた。
それが気になって俺も扉に触れてみたが、見た目とは裏腹にとても軽く、石でできているようには見えなかった。
重さで例えるならプラスチックみたいな感じだ。
…もしかしたら特殊な石なのかもしれない。この世界にはまだ俺の知らないことがわんさかあるからな。あっても不思議ではない。
中は昼間のように明るく、それでいて意外にも小綺麗な印象という無機質な部屋だった。
部屋の奥には白い結界のようなものが張ってあり、その中にはヴィンセントがベッドに横たわっているのが見える。
そして、その結界の外には白衣を着た老人が立っており、こちらに気づいたのか声を掛けてきた。
「ん? なんだマリファか…。奴ならまだ目覚めておらんぞ」
「そうですか…。特に変化は?」
「ないな。普通に眠っているだけのようじゃ。恐らく…自分の限界を超えた力を行使した反動によるものじゃろう。体は正直じゃからな」
学院長と老人が話をしている。
すると…
「…ところで、そちらの若者は誰じゃ? わざわざここに連れてくる辺り、今回の関係者かの?」
老人が俺のことを見ながら学院長に聞いている。
「ええ。そこのアルファリアを無力化したのが彼です」
「ほう? こ奴が…」
こ奴って…もう少しマシな言い方あるんじゃないでしょうかね? 怒ってるわけじゃないけど…。
まぁいいや。
「初めまして、ツカサ・カミシロと言います」
「うむ。儂はヨルム・ケレニス。魔力について研究しとる者じゃ。マリファから昨日連絡があってのぅ、急遽駆け付けてここにいるんじゃ」
昨日各方面へ連絡を取るようにってリースさんに言ってたしな…。もう来たのか。
リースさん仕事早すぎ…。そしてこの人来るの早すぎ。
「そうでしたか…」
内心でリースさんの有能すぎる仕事ぶりに呆れつつも、口ではそれを出さないように言葉を返す。
そして…
「ヴィンセント…」
ヨルムさんから視線を外し、部屋の奥の結界を見る。
俺の視線の先にはヴィンセントがベッドに横たわっており、表情もなく眠りについていた。
見える範囲で体を見てみるが、特に変化は見られない。本当にただ眠っているだけ。
その姿を見て、昨日のあの姿が嘘のように思えるほどだ。
あれは…一体何だったのだろう…。




