77話 後処理
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グランドルにモンスター襲来の危機は去ったと伝えると、町の住人達に希望の笑顔が溢れかえった。それまでしていた絶望の顔が嘘のように、それは非常にキラキラしたものであった。
戦場に出ていた冒険者と兵士達には感謝の言葉を住人は述べ、俺もまた非常に感謝されてしまいその対応に追われた。
そしてその後、グランドルが無事だったことを祝うために、夜は町全体で食えや飲めやのお祭り騒ぎ状態になったのには驚いた。
疲れていたけど、俺も少しばかりお酒を飲んだりして町の人と喜びを分かち合い、心底グランドルが無事で良かったなぁと改めて実感した。
1ヵ月ちょっととはいえ、結構この町に俺は馴染んでいたようだ。
そんな時にギルドマスターが事前に連絡していた王都のギルドから、応援である精鋭の冒険者らがグランドルへと来たが、普段と変わらぬ姿…いや、バカ騒ぎをしている住人と変わらぬグランドルの街並みを見て不思議そうな顔をしており、状況がつかめていなかった。
学院長と連絡を取り合っていたあの手段。それを使えば連絡はある程度間に合ったんじゃないかと思ったのだが、どうやらそんなに使えるものではないらしく不可能だったとか…。
既に問題は過ぎ去ったということで、彼らの状況説明に追われるギルドマスターだったが、真実を述べても中々信じて貰えなかったため若干ウンザリした顔をしていた。
まぁ無理もない。はた目から聞いても嘘にしか聞こえんからな。
俺がほとんど1人で片付けちゃいました~。…なんていきなり言われて信じられるわけないだろうし…。
精鋭の冒険者の人達はグランドルが無事で安堵している者が大半だったが、わざわざここまで来て何もなかったことに対する、怒りを露わにする者もやはりいた。
まぁ…
『グランドルがピンチだから助けてちょ~』
『任せろベイベー!』
『(グランドル到着)』
『うい~。酒持ってこ~い』
『およ? 何もないでゲス、どういうことでゴワスか?』
『ゴメン、もう危機は去ったわ、テヘペロ☆』
『ファッ!?』
向こうからしたらこんな感じだろうしな…。信じない気持ちも分からんでもないし、怒りはむしろごもっともだ。
スマンね、王都の冒険者さんたち。文句は全部ギルドマスターに言ってくれや。
俺、悪くない。
…。
取りあえず、これが昨日のあの後の話だ。
それからモンスター襲来の翌日。
俺たちは今、ギルドの受付にてマッチさんと対面中である。
昨日は急遽『安心の園』へと泊まることになったが、ミーシャさんやフィーナさんが融通を利かせてくれたお蔭で野宿ということはなかった。
…まぁ元々そんなことをさせるような人ではないが。
ギルドの中は閑散としており、普段のような活気などは微塵も感じられない。
先の戦いで疲弊した冒険者の大半は本日は休んでいるようで、半ばギルドは臨時休業といってもいいかもしれない。
…あれだけの規模だったんだから、それも仕方ないよな。
犠牲者もそれなりに出てしまったし…。
昨日…ある男の子に言われたことを思い出す。
『なんでもっと早く来てくれなかったんだよ! お前が早く来てれば、お父さんは死ななかったのに!』
…。
昨日の夜に、面と向かって言われた言葉だ。
…結構効いたな、アレには。
もちろん最善は尽くしたつもりだ。
王都からグランドルまで、ナナには『才能暴走』を使用して最速で移動して、戦場へと駆け付けた。これ以上の移動手段は俺には無理だ。
ただ、俺がもっと早く来ることが出来ていれば助けられたことも事実だ。
自惚れが過ぎるとは思うが、そう思わずにはいられなかった。
その子の泣き顔が…今も頭に焼き付いて離れない。
これは仕方のなかったこととはいえ…きっと受け止めていかなければならないことなんだろうな。
…キツイなぁ。
「ツカサさん?」
マッチさんの言葉に、暗かった思考から意識を目の前に戻す。
「…なんでもないですよ」
「そうですか…。それよりも体は平気なんですか?」
「はい? どうしたんです…一体? 見ての通り怪我なんてありませんけど…」
マッチさんから急にそんなことを言われ、自分の体を見るが当然怪我なんてない。
「ご主人、他の人が休んでいる中貴方は動けてるわけですから、それは不思議に思われても仕方ないのでは? しかも貴方が本来は一番休んでていいと思いますし…」
「あ、そういうことね」
う~ん。そうは言ってもねぇ…。一晩寝れば魔力は回復するしなぁ。
俺の昨日の疲れって、魔力を失ったことによる脱力感だけだから、実際大したことないんだよなぁ。
むしろポポの方が疲れただろ。傷は回復できても、痛みによるストレスとか相当なものだっただろうし、それは回復魔法じゃ回復できないからさ…。
それに血だって結構失ってるはず。
「いやいや、俺からしたらお前が休んでても不思議じゃないんだが。血…めちゃめちゃ流してたろ」
「私は平気ですよ。むしろ血が減って、少し体がスッキリしてる感じがしますし」
…それってスッキリじゃない気がするんですけど。
まぁ、平気だってんなら別にいいんだけど、無理はしないでよ?
「それでマッチ~。昨日のアレ、どうするの~? まだ処理してないんでしょ~?」
「え? あ、ハイ。まだ手をつけてないんですよね…」
ナナが言うと、マッチさんが何やら眉を難しそうに歪めて唸っている。
…人柄知ってるからいいんだけど、子供が見たら泣きそうな顔してますよ、マッチさんや。
体も大きいしね。
「ツカサさん。ちょっと相談があるんですけど…」
「何です?」
「平原の後始末のことなんですが…」
「ああ…確かに放置できませんもんね…」
1000体にも及ぶモンスターの死骸。
昨日は日が暮れてしまったことと、負傷者や死者をグランドルへと連れて帰らなければならなかったことで後回しにしてしまっていたが、適切に処理しなければならないことである。
一応ドラゴンなどの希少な個体もいるため、戦場だった場所には冒険者と兵士…そしてギルドの職員の見張りを付けてはいる。
…こんな時だが、盗む輩がいた場合にそれを止めるためである。
「一応処理の方はギルドの方でしようとは思っていたのですが、何分規模が今までの比ではないくらいに半端ではないことになってまして…。少々お手伝いをお願いしたいのですよ。町の英雄に頼むのは忍びないのですが、今人手が足りませんし…」
「英雄って言うのやめてくださいよ、恥ずかしいんで」
「じゃあヒーロー?」
「それもなし。ナナ、余計な事言わんでよろし」
「すんまそん」
あんま変わんねーだろそれじゃ…。
「まぁ俺の責任ですから、処理…やりますよ、暇ですし。平原を綺麗にすればいいんですよね?」
「ええ」
ふむ。確かに俺がやればあっと言う間に終わるっちゃ終わる。そんな手段も色々持ってるし。
伝染病とかが発生したら怖いしな…。迅速にやってやろうじゃないの。
適材適所ってやつですな。
だが、これでいいんだろうか?
もっとお気楽に簡単に手っ取り早く掃除する手段はないもんかね?
今回の規模のモンスターの襲撃。次がないことを祈るけど、絶対にないとも言い切れんし…。
「マッチさん。通常はどういった手段で処理してるんですか?」
「あんまり規模がでかくない限りは自然の摂理に任せてますが、疫病等の影響が出そうだと判断した場合においてのみ我々が燃やすなり解体するなりして、使える素材は利用して処理を施す感じですね。…今回は当然その範疇です」
う~む。そうですか…。
仕方ない…。良案が思いつかんので、さっさと片付けてしまいますか。
「…なるほど。分かりました」
「じゃあよろしくお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はいはい」
「すいません、まだ昨日の報奨金もお支払いしていないというのに…」
…あ~、そういえば昨日言ってたっけな。
金は別にいらんのだがね、今それほど金に困ってるわけでもないし。
まぁいいや。
「じゃ、早速行動に移りますね」
「はい」
「行こう。ポポ、ナナ」
「あ! ツカサさん、ドラゴンに関しては手を付けないようにお願いします」
行こうと思った矢先に、マッチさんに呼び止められる。
「ドラゴンの素材は希少ですので…取り扱いをどうするのか決めるでしょうから」
ふむ。なるほどね。
言われてみれば確かにそうだ。普通に処分したらすごい勿体ないし。
「分かりました。ドラゴンには手を付けないようにしますね」
「お願いします」
そして、今度こそギルドを出た。
~1時間後~
「マッチさ~ん。終わりましたよー」
ドラゴンは言われた通りにそのまま放置しておき、それ以外のモンスターに関しては全て燃やし尽くしておいた。これで疫病などは発生しないだろう。
ただ、ドラゴンはなるべく一カ所にまとめるくらいのことはしておいたが…。それくらいは文句は言われないだろう。
「…早いですね。もうやることが規格外すぎてどう反応していいのか…」
「普通にしてればいいと思いますけど」
もう力はバレているので、処理には遠慮なんてしなかった。
いつもだったら変に時間潰したりしておかしく思われないように工作してたんだが…。
「…はぁ、まぁツカサさんですもんね。これの報酬も後日お渡しします。それで帰ってきたところ悪いんですが、ギルドマスターがツカサさんをお呼びです」
「ギルドマスターが?」
お? ようやくひと段落ついたのかな。色々慌ただしく動いてたみたいだし…。
まぁ俺も聞きたいことあったから丁度いいっちゃいいけど。
…ただ、あの人昨日から多分寝てないよな? 体大丈夫か?
「はい。ギルドマスターの部屋にどうぞ」
「了解です」




