67話 異常発生は突然に…(別視点)
◇◇◇
時は少し戻り、司が学院長室で凶報を聞いている頃…
学外に出て、町で生活用品や食材を購入していたアンリとクレアは、学院へと戻る帰路についていた。
司と昼食を食べた後、明日またお弁当を作るために買い出しに出ていたようだ。もちろん司には内緒で…。
手には食材の詰まった手提げ袋を二人とも持っており、両手で持っていることから中々重そうである。
「ふぅ…結構買いましたね。流石に重いです」
「生活用品も買ったしね。…ゴメンね、付き合わせちゃって」
「いいんですよ、アンリの頼み事だったらこれくらい当然です。…それに、今回はアンリが初めて意中の人のために自分から動いてるわけですしね」
「そそっ、そんなんじゃないよ!? 先生が好きとかじゃなくてちょっと憧れるなぁって思ってるだけで、そんなこと…」
「…相変わらず嘘が下手ですね、アンリは」
「うぅ~…」
アハハと、クレアが苦笑いをしている一方、顔を若干朱に染めてアンリが呻く。
どうやら図星のようだ。
「そんなしおらしいアンリはあまり見たことないので新鮮ですね」
「だよね。なんかアタシがアタシじゃないみたい…」
「普段も可愛いですけど、こっちのアンリも可愛いですね」
「やめてよ…。恥ずかしいんだから…」
二人はそんなやり取りをしながら並んで歩く。
それから少しして学院の門に着くと…
「ん? よーお嬢さん方、買い物は済んだのか?」
2人に声を掛けてきたのは、門番をしているフロムだった。
休日でありながら出勤しており、軽い言動とは裏腹に勤勉なことが伺える。
「ええ、おかげさまで」
「フロムさん、ただいま」
「おう、お帰り。…結構買ったんだな。なんかの集まりでもあるのか?」
「いえいえ、違いますよ。お弁当の材料です」
「お弁当? …随分と多いな、そんなに作るのか?」
「いえいえ、作るのは1人だけです。それだけ気合が入ってるってことですよ。ね? アンリ」
「ク、クレア! 言わなくてもいいでしょ!」
「なんだ、アンリお嬢ちゃんが作るのか。…もしかして、コレか?」
「いえ…そういうわけじゃないんですけど…(ゴニョゴニョ)」
フロムがおどけた顔で、司に聞いた時のように小指を立てて聞くと、アンリは縮こまって微かな声になってしまった。
「え、ありゃ? 図星か…?」
「フロムさん…それ以上は乙女の秘密です」
自分で言ったことがまさかそうだとは思わなかったので、フロムは少し驚いている。
「む…そう言われちゃあ男は黙って引き下がらねぇとな」
「女の特権です」
「ハハ、そうだな」
フロムがクレアの言葉に納得して苦笑いする。
嫁が既にいることもあり、女性というものをよく分かっているようだった。
「そういやコレ…。少年…ツカサにもやったっけなぁ…」
「(ピク)」
「(…ん?)」
と、フロムが小指を立てながら呟く。
特に意味はないようだったが、そこに反応する者がいたことをフロムは見逃さなかった。
「あ、先生にもそれやってたんですね」
「え…ああ。ツカサの奴が初めて学院に来た日にちょっとな…」
「それで…何て言ってました?」
「(ピクピク)」
「(んんん?) …彼女はいないって言ってたな…」
「(ぱぁぁ)」
「(…あぁ、そゆこと…。なるほどね)」
自分とクレアの言葉にいちいち反応するアンリを見て、フロムはどうやら誰なのかの確証を得たようである。
最後の決め手となったのは、アンリのこの笑顔であろう。
本人が気づいているかは分からないが、実に嬉しそうな笑顔である。
「(嬉しそうな顔しちゃってまぁ…。にしてもツカサの奴、こんな可愛い子を落としたか。何が『俺はこんなナリですよ』、だ。結構やるじゃんか。お兄さんは嬉しいぞ)」
フロムがニヤニヤとした顔でそんなことを考える。
意外にもこういうことには鋭いようである。
そして…
「オイ、フロム! 世間話もいいが程々にしろよ。勤務中だということを忘れるな」
「…へいへい。悪ぃ悪ぃ、ちょっと盛り上がっちまった」
「ったく…」
3人のやり取りをずっと見ていたもう1人の門番が、痺れを切らして声を掛けてくる。
司を学院長室まで案内した人である。
ちなみに名前をアイザ・ファルシオンと言い、フロムとは喧嘩腰で話しながらも意外に仲が良かったりする。
「じゃあアンリ。良いこと聞けましたし、そろそろ行きましょうか?」
「…へっ!? あっ、うん。行こっか」
「お? じゃあ、手続きしてくれや。規則だからよ…」
「ハイ」
話を終わりにして戻ろうとする2人に、外出から戻ってきた旨を記録する書類を2人に書かせる。
それから記入が終わり、フロムがその書類を受け取ると…
「…あん? アイツは…。この前みた坊ちゃんか? 外出の手続きしてないはずじゃ…」
ある人物が、目に入った。
フロムの言葉に、アンリとクレアも後ろを向いて確認する。
そしてその人物を確認して驚愕の表情を浮かべる。
なぜならそこには…
「平民風情がぁ…」
停学になったはずの…ヴィンセントがいたからだ。
目元はやつれ、服は所々焼けたようにボロボロ。とても貴族とは思えない恰好をしている。
そんな状態でこちらを見ているが、何やらフラフラとしており、目も焦点が安定していない。
「な、なんでアイツがここにいるの!?」
「停学中のはずじゃ…。それにあの恰好って…」
「え? 停学中なのかあの坊ちゃん…?」
フロムはヴィンセントが問題を起こした日は、非番だったため詳細を良く知らない。
そして、ヴィンセントが現在行方不明となっている連絡も先ほど学院長の耳に入ったばかりであり、通達がされていないため知らないのも無理はない。
「なら確保だな。様子もどこか変だし…ちょっと行ってこよう」
と、アイザがヴィンセントに近づき声を掛けようとしたその時…
「失せろおおおぉぉぉっっっ!!!」
ヴィンセントが手を振るい、その手から…水の弾丸である『アクアライフル』が放たれる。
無詠唱で…。
至近距離から放たれた弾丸はアイザへと一瞬で迫り、そして…
「グハッ…!」
易々と…アイザの腹部を貫いた。
アイザの腹部を貫いた弾丸は勢いを衰えずに、フロムのすぐ横を飛んでいく。
そしてアイザが苦渋に顔を歪めながら、撃たれた勢いでフロムたちの方へと飛ばされ、仰向けに地面に横たわった。
「嘘…」
「え…」
「アイザッ!!!」
一連の唐突すぎる出来事に3人は反応が遅れたが、すぐにアイザが攻撃されたことを理解、焦り始める。
「アイザ!! オイ! しっかりしろ!!」
「ぐっ、うぁ…」
「この出血はヤバい! 早く止血しねぇと…」
フロムがアイザへと駆け寄り傷の具合を確認するが、既に大量の血が流れだしており、非常に危険な状態であるのは誰の目から見ても明らかだった。
アイザの腹部がどんどん赤く滲んでいく。
フロムは懐に手を伸ばし、非常警報の魔道具のスイッチを入れる。
すると学院中に警報が響き渡り始めた。
「変なことをするなぁっ!」
「…って!?」
フロムが警報を鳴らしたと分かったヴィンセントが、フロムに向かって再度『アクアライフル』を放つ。
だが、弾丸は右肩を掠めるだけに留まり、致命傷にはならずに済む。
「ちぃ! まだ上手くはいかないかぁ。だが…ククク…ハハハハハハ! やはりこの力は最強だあぁぁぁっっ!!!」
「また…。なんで無詠唱なんて…先生と一緒じゃない…!」
「ん? …良くみればお前ぇ…アンリ・ハーベンスかぁ?」
「……(ブツブツ)」
「え…気づいてなかったの?」
目の前に先ほどからいたにも関わらず、ヴィンセントはアンリがこの場にいたことに今気づいたようだ。
アンリは、このときヴィンセントに対して違和感を感じた。
「…アイツも忌々しいがぁ、お前もいなければぁ、こんなことにはならなかったんだぁ!! お前も…消えろぉ!!」
「アンリ嬢ちゃん! にげ「切り裂けっ!! 『トライカッター』!!」
ヴィンセントが手を振りかざしたその時、クレアが風の魔法をヴィンセントに向かって放つ。
先ほどから詠唱をしており、ギリギリ間に合った様子だ。
空気を圧縮して作った鋭利な3つの刃が、ヴィンセントを襲い、そして直撃する
「クレア!!」
「っし! 今だ!!」
今がチャンスと言わんばかりに、フロムが再度懐に手を忍ばせ、銃のようなものを取り出す。
そして銃口を空に向け、引き金を引いた。
引き金を引いて出た弾丸は空へと高く上り、光の花火を空に咲かせた。
「これで応援が来るはずだ。アイザ! 意識飛ばすなよ! 持ちこたえろ!」
「ぐ…」
フロムがアイザに声を掛ける。
だが、いつ意識を失うか分からない状況と言っても過言ではない。先ほどよりも、アイザのうめき声が小さくなっている。
一方クレアはというと…
「そんな…まさか、本当に無詠唱を使えるなんて…」
クレアの放った『トライカッター』は、ヴィンセントの前にある炎の壁…『ファイアウォール』により防がれており、驚愕の顔でそれを見つめていた。
「そんな魔法が効くと思ったのかぁ? 馬鹿めぇっ!!」
ヴィンセントがクレアを嘲笑う。
「…クソッ! アイザ悪ぃ! 俺の後ろにいな2人共。これでも少し前まで冒険者やってたんだ。守ってやる」
「フロムさん…」
フロムがそう言い、持っていた槍を構えながら、2人を守るようにヴィンセントに立ち塞がった。
「ハッ! 平民風情がぁ…お前に何ができるって言うんだぁ? 今すぐ殺すこともできるんだぞぉ?」
「へっ、そうかよ! だから何だってんだよ?」
フロムが精一杯の強がりで、強気な発言をする。足は微かにだが震えており、恐怖を感じているのが分かる。
元冒険者と言っても、実力はそこまであったわけではない。この学院の生徒は魔法だけでもそれなりの実力を持っているため、恐怖を感じるのも無理はない。
「…そうかぁ、なら…まとめて死ね!」
ヴィンセントが手を振り上げる。
その時…
「やっぱりお前かあぁぁぁっっっ!! ヴィンセントオオオォォォッッッ!!!」
上空から、3人のよく知る人物の声が聞こえてきた。




