63話 凶報
「お~いツカサ君!」
「あん?」
「んー?」
「お?」
演習場で模擬戦をしていた俺とアレク君。そしてそれを観戦していたナナだが、俺を呼ぶ声が聞こえてきたので全員がそちらの方へと首を向ける。
俺は夕方まで昼寝をしたあと、アレク君との約束があったので演習場へと来ていた。
「クルトの爺さんか…。オイ…師匠呼ばれてんぞ」
「うん…そうみたいだね。どうしたんだろ?」
声の聞こえる方を見てみると演習場のフェンスの近くまでクルトさんが来ており、こちらに手を振っている。
ふむ、何事ですかいな。面倒ごとは勘弁よ?
「ちょっと行ってくる」
「…おう」
「行ってらっさい~」
アレク君とナナにそう言い、クルトさんの元へと駆け寄る。
「クルトさん、そんなに慌ててどうしたんですか?」
「さっき学院長が寮へと来てな…君を探していたようなんだよ」
「学院長が?」
はて? 今日は何かあったっけ…? 休日だし特に何もないはずなんだけど…。
明日の連絡だって昨日の内に全部聞いていたし、思い当たることがないぞ。
クルトさんの言葉に疑問を浮かべていたが…
「何やら深刻そうな顔をしていたから、何かあったのかもしれない。すぐに学院長室に行ってくれるかい?」
「深刻そう…。分かりました。すぐに行きますね」
「ああ、確かに伝えたよ。それじゃあ、ワシは寮に戻る」
「ええ、ありがとうございました」
深刻そうな顔というのを聞いて何かあったのをすぐに察し、とりあえず学院長室に向かうことをクルトさんに言う。
そして、用件を伝えたクルトさんは寮へと戻っていった。
…にしても。
学院長の深刻そうな顔なんて見たことないんだが…。何かあったのは間違いないだろうな。
早く行って確認しないと。
「アレク君ごめん。何か学院長が俺を呼んでるみたいだから、今日の稽古はここまででもいい?」
「…オイオイマジかよ。これからが本番だってのによー」
「ふ~ん?」
んなこと言われましてもねー。しょうがないじゃんか。
明日もちゃんとデート(稽古)してあげるからさぁ…。
「えっとゴメン…。急ぎの用みたいなんだよ」
「…まぁ学院長だってんならなぁ、仕方ねぇか…、わぁったよ。明日は頼むぜ? 師匠」
「うん。…じゃあそういうことで! ナナ! 行くぞ!」
「あいあいさ~」
アレク君と話をつけ、学院長室へと走り出す。
ちなみに、この4日間でアレク君の俺に対する呼び方がなぜか師匠になってたりする。何の前触れもなく突然言い出したので最初は驚いた。
なぜなのか聞いたところ、『稽古では師匠と呼ぶのが礼儀だろ?』らしい。
…ゴメン、意味分かんないです。
それがそうだと言うなら別に否定はしないけど、そうなると先生に対する敬語は礼儀じゃないのか? というのが疑問として上がるんですがそれは…。
…気にしたら負けですね、コレは。
そういうことにしておきましょうか。
◆◆◆
コンコン
「失礼します」
「…ツカサ君か、よく来てくれた」
「彼がか…」
学院長室に入ると、学院長はもちろんいるが、もう1人、見知らぬ男性がそこにいた。
年は…40手前くらいかな…? 多分その辺。
見てすぐに位の高そうな人と分かる服装をしていて、イケメンでありながら渋い一面も垣間見えるような…そんな顔をしておられる。
つまりシブメンですな。ふむふむ…。
まあ! なんて素敵なおじ様なんでしょう!
私を見つめて抱きしめて! そして愛を受け取って~。
………っていう、マダムの声が聞こえてきそうだ。
今のは断じて俺の声ではない。
…ガチだからね?
やだな~もう、俺がガチでそんなこと思ってるわけないじゃないですか~。
勘違いしてもらっちゃ困りますよ~。
と、それはさておき…
「クルトさんから聞きしましたよ、一体どうしたんですか?」
「うむ。それなんだがな…少々マズイことになった」
「マズイこと?」
「とりあえずこちらにきたまえ、事情を説明するから」
「あ、ハイ」
とりあえず学院長が座っている机の前まで移動し、シブメンの人と隣り合わせになる。
「ところで…こちらの方は…?」
「お初にお目に掛かる。私はセグラスで領主を務めるヴィクター・アルファリアという者だ。以後お見知りおきを…」
学院長に聞こうと思ったんだが、シブメンの人がすぐに反応し自己紹介してくれた。
「これはどうもご丁寧に。…あれ? でもアルファリアって…まさか…」
むむむ?
「そのまさかだ。このお方はヴィンセント・アルファリアの…父上だよ」
えええええええっ!? やっぱりそうなのかよ!?
何でヴィンセントの親がここにいんの!?
「えええっ!? えっと…その…、ツカサ・カミシロです。よろしく…お願いします…。それと、こっちの奴は…」
「ナナだよ~」
今まで黙っていたナナだが俺とは違い、のほほんとした声で言う。
コイツの神経マジパネェ…。
「ああ、よろしくお願いするよ。…とはいったものの、君には大変迷惑を掛けているから、私がそんなことを言えたことではないのだがね」
「へ?」
「愚息が大変申し訳ない。謝罪で済むものでもないが、それでもさせてくれ」
ヴィンセントの父親…ヴィクター様が、いきなり俺に対して謝り、顔を下げる。
「いやいやいやいや!? 顔上げてくださいよ! 別に過ぎたことですから…」
「愚息が君に対して行ったことは、私がしたことと同義だ。ならば当然のこと」
「…が、学院長~」
「だから言っていただろう? この方はそういうお人なのだ。諦めろ」
「うんうん」
学院長のあの言葉は本物だったのか…。ぶっちゃけ内心少しは疑ってたんだが、それも目の前でこんなことをされたら信じるほかない。
どうやら俺の考えは杞憂だったようだ。
てかナナ、お前なに頷いてんだよ。何も知らねぇハズだろ? 変なとこで空気読むな!
「…みたいですね。学院長の言葉が今分かりましたよ」
「それは何よりだ」
「あの…アルファリア様? 本当にもういいので、顔を上げてくれませんか? …なんかこっちがいたたまれない気分になってしまいますから…」
「む、そうか…」
俺が言うと、顔を上げてくれた。
少々納得のいかない顔をアルファリア様はしていたが、もう堪忍してください。
貴族様の…それも当主様が簡単に頭を下げるものではないと思いますよ?
「それで、なぜこの方がここに?」
「それなんだが…この場にいるのは今回のマズいことに関係するからなんだ」
ほうほう。それ、教えてくださいな。
「…そのマズイことというのは?」
「…ヴィンセントが…」
…嫌な名前が出たなぁオイ。ま~たアイツかよ…。
「消えたんだ」
「は?」
やっぱり面倒事でした。




