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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第一章 グランドルの新米冒険者
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61話 恋人のような時間

「…どうすっかな~」


 このまま本を読むのか、それともやめにして寮に戻ってゴロゴロするかで悩む。

 確かに貴重な時間だから大切にはしたいんだが、俺の知りたいことを記述した本がないと言われてしまっているので、ここにいる意味があまりない。

 他のことを調べてもいいかもしれないが、一番知りたかった内容の本がないという事実に結構な脱力感を感じてしまったのでそれもあまり気が進まない。


 う~む、困ったな…。


「あ、あのっ! 先生!」

「ふぇ~? …アンリさん!?」


 だらしない顔で机に突っ伏していた俺だが、突然呼ばれたことに反応できずに間抜けな声を出してしまう。

 後ろを振り向いてみると、そこには制服姿のアンリさんが立っていた。


 は、恥ずかしい声出しちまった…!


「こ、こんにちは!」

「う、うん…こんにちは。一体どうしたの? 休日にこんなところで会うなんて珍しいね?」

「えっと…たまたま私も調べることがあって…」


 お? 特に気にしてない感じ?

 ふ~…危ない危ない。頼れる先生の面子が崩れる所だったぜ…。

 

「へ~、勉強熱心だね」

「そっ、そんなことないですよ」

「謙遜しなくていいのに…。というより、なんで制服なの?」

「学院内は基本制服じゃなきゃいけないんです。学外に出るなら私服でもいいんですけど…」

「ふ~ん、そうだったんだ」


 ほう…その校則は知らんかったな。ぶっちゃけアンリさんの私服を見てみたかったんだが…残念だ。

 まぁ、いつものポニーテールは白のシュシュで留めてるみたいだ。昨日までは黒の紐で留めてたし…。若干の変化は見られる。


「それでそのっ…先生、何かお昼の予定とかってあったり…しますか?」

「え?」


 お昼…? 特に何にもないけど、朝からまだ何も食べてないから…腹減ったな。

 …まぁちょうどこれからどうするかで困ってたところだし、空いてるっちゃ空いてる。


「…いや、どうしようか悩んでる最中だったんだけど…」

「あ、そうだったんですか。…良かったぁ(ボソッ)。あの、良かったらなんですけど…お昼一緒に食べませんか?」









 ………………マジで?









 食べませんか? …食べませんか? …食べませんか? ………アタシを食べませんか?


 アンリさんの言葉が頭で繰り返される。


 女の子にご飯に誘われるとか今まで経験したことがないから、結構な衝撃だ。


 こんなに嬉しいものだとは…。ポポ、ナナ、俺にも春が来たようだよ。

 今俺の心は春模様に衣替えしてる最中です。




 ただ…最後のは流石にないね。

 アタシを食べませんか? なんて、ムードのぶち壊しだし人としておかしい。一瞬思考がフリーズしたとはいえ、あんな風に勝手に妄想変換するとか、自分の正気を疑うわ。

 俺の頭よ、静まり給え。オーバーヒートにはまだ早いぜ? 春から灼熱の夏になっちまう。思考は冬みたいにクールに。心は春の暖かさをキープだ。

 これ鉄則。OK?


「お昼? …うん、いいよ」

「ほ、ホントですか? じゃ、じゃあ中庭の方で食べません? そ、そのぅ…」


 そこまで言って、アンリさんが声を止める。


 そして…


「アンリ…頑張ってください!」

「ファイト!」


 クレアさんとナナがアンリさんの後方、曲がり角から顔を出し、なんか小さな声で言っている。


 クレアさん…。一体何やってんですか…しかもナナまで。俺からは丸見えなんですがそれはいいのか?


 でも、貴女がいるってことは…そういうことですよね? 分かりましたよ…。


 あと、なんとなくこの状況分かってるから言いますけど、多分それ逆効果だと思いますよ? こういう時は何も言わない方がいいと思います。

 …まぁ、アンリさん見る限りだと聞こえてなさそうだけど。


 アンリさんはというと、頬を赤く染めてなにやらモジモジしており、声が聞こえている気配がない。




 ぶっちゃけた話、自惚れだったら恥ずかしいんだけど、アンリさんが俺に対して好意を持っているんじゃないかなぁと俺は思っている。

 この4日間の間で、アンリさんの俺に対する対応が明らかに変なのは気づいていたし、クレアさんを始めとする仲の良い友達の発言からもそれっぽいことが聞けていることから、そんな結論に至った。

 原因という言い方はあまり良くないかもしれないが、多分初日の学食の時に、ヴィンセントの魔法を防いだのがきっかけだと思う…。というか、それ以外考えつかない。




 俺の考えを他所にアンリさんは…


「あ、アタシ、お弁当作ってきたんです! 良かったらそのぅ…」

「え? そうなの? もしかして、食べていいの?」

「(コクコク)」

「…じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「「キターーー!!!」」


 だそうです。


 てか…。

 外野うるせー! キター…じゃねーよ!

 お前らの考えていることがまったく分からん! 邪魔したいのかそうじゃないのかハッキリしやがれ!

 まったく…。


 ナナお前、昨日からいなかったのはこれのためだろ!

 クレアさんはそんなキャラじゃないと思っていたのに…。なんか残念だ。


 にしても、お弁当を作ってきてくれているとは…。

 これはさっきまでの予想…間違ってないよなぁ多分。


 でもなぁ……。




 そんなことを思いつつ、図書館を出て中庭へと移動する。




 ◆◆◆




 中庭には俺たち以外に誰もいないようだ。




「…ここらへんにする? 日差しが当たって暖かいし」

「そ、そうですね。ここにしましょうか」


 もうほぼ春になっているとはいえ、まだまだ寒いと感じる日は少なくない。俺がこの世界に来たときはもっと寒かったし雪が降ることもあったから、それと比べたら暖かいけど…やっぱり寒いもんは寒い。


「えっと…口に合うか分からないんですけど、どうぞ!」

「あ、ありがとう」


 テラスに置いてあるようなテーブルスペースの一角に座り、アンリさんからお弁当を受け取る。そして蓋を開けた。

 お弁当の中身は、肉、野菜、魚、果物で綺麗に彩られている。

 それぞれの味が混ざってしまわないように仕切りが敷いてあり、お店で売ったら売れるんじゃないかと思えるほど。それくらい丁寧に作られていた。


「それじゃあ…いただきます」


 手を合わせ、食べようと思ったのだが…


「あの…それなんですか? 」

「ん? これのこと? 食事前の挨拶みたいなものなんだけど…」

「へ~、初めて見ました」


 やはり食事前の作法はこちらの世界にはないようで、俺がいただきますの挨拶をするとアンリさんがキョトンとした顔で聞いてきた。


「…俺の住んでいたところではほとんどの人がこれをやってたんだ」

「そうなんですか…、先生は東の方の出身でしたよね?」

「あー…うん。そうだよ」

「そっちにはそんな習慣があるんですねー」

「ハハ…まぁね…」


 久々にやってみたが、やはりこういう作法は珍しい様子…。

 異世界人達が有名だから、もしかしたら少しは知っている人がいるかもしれないが、それはまだ分からない。


 ちなみにだが俺の出身は東の地域出身ということになっている。実際には行ったこともないし、あまりどういう場所かも知らないが…。

 ただ、異世界人に馴染みのある地と言われており、いずれは行ってみたいと思っている。


 何度も俺の名前でそう判断する人が多いから、内心そうなんじゃないかとは薄々感じていたんだけどね…。


「じゃあ…改めて、いただきます」


 肉をフォークで刺して口に運ぶ。


「ど、どうですか…?」


 アンリさんが若干上目遣いでこちらを見て聞いてくる。


 う…! それは反則でしょうに…。

 ウルルさんの時も感じたけど、女性のこれって破壊力すごくないか? 一発KOの可能性すらある気がする…。


 そんなことを思いつつ…肉を咀嚼。


「うん。すっごくおいしいよ」


 そして素直な感想を述べる。


 文句なしにめちゃくちゃ美味いや。

 デリ~シャス。☆3つだねコレは。


「(ホッ)…良かったです」

「普段から料理はするの?」

「週に3~4回くらい…ですね。学食だけだと金銭的に辛いですから、こっちの方が安上がりなので…」

「そっか~、料理できるのはすごいなぁ。俺全然ダメだからさ」

「そうなんですか? できそうに見えるんですけど…」

「いやいや、家族からはセンスがないだの不器用すぎるだのと言われまくってたくらいだからね。これはもう全く才能がないと言っていいと思うんだよねー。だって………」




 ◇◇◇




「中々いい感じですね。アンリのあんな姿あまり見ないですからちょっと新鮮です…」

「緊張もだいぶほぐれてきたね~」


 司とアンリが楽しそうにお昼を食べているのを、茂みから覗いている者がいる。

 言わずもがな、クレアとナナである。

 図書館から中庭まで、ずっと尾行を続け見守っていたらしく、2人が仲良くしているのを見て満足げな表情をどちらもしている。


 …といっても、図書館の時点で司にハッキリと顔を見られているため、その時点で尾行ではなくなっているが、2人はそんなことは気にしていない。

 もっと言えば、現在距離にして約30mくらいの距離で見守っているわけだが、司は【従魔師】の効果でナナの居場所を把握できるため、ナナたちがどこにいるのかを知っていたりする。

 なんとも気楽な覗き魔たちである。


「あ! ナナ見てください! アンリが勝負に出そうですよ!」

「お~大胆だね~。ひゅーひゅー」

「アンリ! そのまま一気に落としましょう! 貴女ならきっとイチコロです!」


 クレアが言った丁度その時、アンリがフォークを司の口元へと運ぶ。


 いわゆる、ア~ンと呼ばれるアレである。

 なぜその流れになったのかは分からないが、非常に甘ったるい雰囲気が2人を包んでおり、ピンク色のオーラが見えてもおかしくない状況と言える。


「…なんかクレアって、今まで思ってたのとだいぶイメージが違うねー…」


 興奮しながらアンリと司を見るクレアを見て、ナナが意外そうな顔で呟く。


 …クラスでは委員長を務め、容姿端麗、成績優秀。加えて誰に対しても分け隔てなく接する彼女が、こうまで豹変するのを誰が予想できるのかと言われたら、それは無理な話だろう。

 それくらい、今のクレアは普段の姿とはかけ離れている。


「え? …まぁそうかもしれませんね。でも…親友の恋路を応援するのは当然のことですから。アンリの幸せは私の幸せですもん、そりゃ本気になりますよ」

「…アンリは幸せ者だね~」

「…あああっ! 素晴らしいですアンリ…! そのまま攻め落としましょう!」

「………やっぱそうじゃない…かも?」


 一度は2人の絆に心打たれたナナだったが、それも束の間。クレアの急変にその考えを改める。


「でも、成就はしないだろうね~(ボソッ)」

「…ナナ? 何か言いましたか?」

「ううん、別に~?」


 何かを悟ったようにナナが小さく呟くが、どうやらクレアにはよく聞こえなかったらしく、不思議そうな表情をしている。

 それに対してナナは何もないかのように振る舞うことで、その場を凌ぐ。


「(…これが、地球での話だったら良かったのになぁ)」




 そんなナナの考えは、誰にも知られることはなかった。

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