52話 バレなければ問題ない
あの後、別の職員が学食に来たことで事態は本当の意味で収束を迎えた。
生徒は職員から通常通りの生活をしろと指示を受け、現在は普通に授業を受けている。
日本だったら即家に帰してるだろうに…。異世界の考えマジすごい。
学食は酷い状態になってしまったのでしばらくは使えないらしく、少なくとも復旧には1週間掛かるとのこと…。
俺の講師期間と見事に重なっている。
俺は期間中どこで飯食えばいいんでしょーかね?
まぁ『アイテムボックス』に色々食い物は入ってるから平気だとは思うけど…。
ちなみに現在の俺はというと、学院長室でさっきの事態について事情聴取を受けている。
なんでも、事の問題についての事実確認だとかなんとか…。
ヴィンセントがあることないことを言っているらしく、その確認をする必要があるらしい。
あの馬鹿が…。舌引っこ抜いたろか?
…まぁ、ほとんどの生徒が俺の無実を証言してくれているらしいから、面倒くさいことにはそうそうならないとは思うが…。
アイツ貴族だし…その権力を使ってなんかしなきゃいいんだけどねー。
その辺りのことは、朝に一応学院長がなんとかするとか言ってたから、多分大丈夫だとは思うけど若干心配だ。
「あらかた情報は集まったかな。…まさかこんな早く行動を起こすとは思っていなかったよ…。君はよく分からない人だね…」
調書が終わり、学院長が俺に対して言う。
「まさか俺もこんな早いとは思いませんでしたよ。でも、向こうから仕掛けてきたんですからしょうがないじゃないですか…。正確には俺じゃないです」
「それはそうなんだが…。こちらも裏で色々と手を回す準備があったんだよ…」
「あ…それはすいませんでした」
「まぁなんとかするがね。なんにせよ、これで多少は緩和されるといいんだがな…。彼が事のシンボルみたいなものだったし…」
「私のクラスの子が迷惑を掛けて申し訳ありませんでした!!」
ガバッと、眼鏡をした若い女性が頭を下げる。
この人はどうやらヴィンセントのクラスの担任らしい。
名前はベネッサ・トレミディア。
担任ということでこの場に呼ばれたみたいだ。
この人がこの部屋に来る前に学院長から聞いたんだが、この人…普段から素行の悪いヴィンセントには頭を悩ませていたらしい。そんでどう更生させようかとずっと考えてもいたとか…。
なんて生徒思いの先生なんだ…。あんな奴に対しても献身的な思考でいられるとか、先生の鏡ですよあなた…。
「いや、ベネッサ先生は悪くない、全ての責任は私にあるよ。それに、あなたの生徒に対する熱い思いは耳に入っている。あなたが最善を尽くしたことは分かっているよ」
と、苦笑をしながら学院長。
「でも、結果が出なきゃ意味なんてないです」
ベネッサ先生は落ち込んでいるようで、声に覇気がない。
まぁ俺は教員じゃないが、どんな気持ちかくらいかはなんとなく分かる。
…えっと、とりあえず元気出して?
「確かにそうかもしれない…。だが限界というものはあるだろう」
「ですが…」
「…とりあえず教室に戻りなさい。急な出来事だったし頭の整理もまだできていないだろう? 生徒も待っているぞ」
「…分かりました。…失礼します」
ベネッサ先生は退出していった。
その背中はションボリとした雰囲気が漂っていたが…。
「…大丈夫ですかね?」
「さぁな。だが、心配はいらないだろう。…彼女は凄いしな(ボソッ)」
「…? …ならいいんですけど」
何か聞こえた気がしたが…気のせいか?
てか…ベネッサ先生の声、どっかで聞いたような気がするんだよな~。
さっき初めて会ったのは確かなんだけど…。思い出せない。
…まぁ、そのうち思い出すか。今はいいや。
「それにしても、まさかアルファリアがここまで愚かだとはなぁ…」
「貴族としてのプライドが高すぎたんですかね?」
「まぁそうと見ていいとは思うが、詳しくは分からんな。それはこの後聞いてみないと…。…彼が1年の頃を考えるととてもそうは思えないが…」
「えっと? ヴィンセントって元からあんな感じじゃないんですか?」
「いや、少なくとも平民風情などと口走るような生徒ではなかったよ…。2年生の頃からかな…彼が変わり始めたのは。それ以前は悪い話など聞いたこともなかったな」
「へぇ…そうですか」
急にグレたってことか?
この年頃の奴らならそれは不思議じゃない気もするが…。
まぁ別にどうでもいいか…。奴がやった事実は変わらんし。
「…それにしても、この学院の職員の方はすごいですね。貴族をものともしていませんでしたけど…」
さっき俺が騒ぎの原因だと勘違いした職員の人は、ヴィンセントに対して普通に接していた。…連行するのを接するというのも変だが、少なくとも貴族とかを意識している感じはしなかった。
「ここの学院に地位や身分などは関係ないからね。必要なのは魔法の才とそれを学ぶ意欲だけだ。それを了承して生徒たちは入学しているわけだし、生徒には皆平等に対応しなければならないのさ。…ちなみにヴィンセントを連行した先生、アーブル・ティーチ先生と言うんだが、この先生は規律にうるさい人でね、規律を乱すのは許せない人で有名だ。…すぐに熱くなるのが玉に瑕だが」
「アハハ…」
おぉー…凄いなぁ。
若干ヴィンセントと裏で繋がってんじゃね? とかちょびっと思ってたけど、そうじゃないのね…。
連行するときに俺に何の指示もしなかったのは、単純に熱くなってただけですか…そうですか。いらん想像しちゃったよ。
「…まぁ流石ですね。魔法学院のトップたる所以ですか」
「まぁね」
フッ、と鼻を鳴らしながら学院長。
ほわ~! カッケーなぁオイ!
『まぁね』…。
カッコよく言ってみて~!!
そんな台詞が自然にできるとか、貴女持ってますよ!!
事務所行ったらどうッスか?
本気でそう思う。
「まぁ、あとはこちらでなんとかしておく。君も早く行った方がいいんじゃないのか? 生徒たちと戦闘演習があるんだろう?」
「え、ええ。そうみたいですけど…」
「なら早く行った方がいい。実力はもう知れ渡っているだろうから、きっと皆待ちわびているはずだ」
「…どうですかねー。そんな急に態度変えてきますか?」
「変えるさ。1流の魔法使いを目指して皆ここに集まっているんだ。そこに1流の魔法使いが来たんだから、教えを請わない訳がないだろう」
向上心があるのは大変よろしいが、皆ずぶとい性格してんな…。
いや、さっきまでの対応については仕方ないし気にしてるとかでもないんだが、もし俺がそちらの立場だったら気まずくて無理だわ。
俺…ハート弱いのよ。
というより、学院長。
俺は1流なのか? ただ単純にバカみたいな魔力してるだけだと思うんですがそれは…。
「ほら、早く行ってあげたまえ。演習場は学生寮の近くだ。高いフェンスが見えるはずだから行けば分かるよ。…一応ここからも見えるな」
言ってから学院長は窓へと歩み寄り、外を指さす。
その指の先には確かにフェンスらしきものが確認できた。
「あー、あのフェンスの所ってやっぱり演習場だったんですね」
「うん? 知ってたのかい?」
「朝に散歩してたとき行ったんですよ。フェンスに触ったら魔力を吸われて驚きましたけど」
「ハハハ…それは驚いただろう? …事前に伝えておくべきだったかもしれないな、済まない」
「いや、気にしてないのでいいですよ。じゃあ行ってきます」
「ではよろしく頼む。…あれ? ココから行かないのかい?」
部屋から出ようとして背を向けたが、学院長から疑問の声を聞き振り返る。
すると学院長は窓を指さしており、どうやら窓から出て行かないのか? と言っているのが分かった。
あのー、ここ3階ですよ? 俺は別に平気だけどさ…。
落下の衝撃も魔法でなんとかできる…てか、何もしなくても怪我しないけど…。
「…いいんですか? 普通そんなとこから行かないと思うんですけど」
「怪我しないなら別にいいんじゃないか? 急いでいるならなおさらだし」
「…ここ学院ですよね? それって風紀の乱れに繋がりそうな気が…」
廊下は走っちゃいけません! みたいな感じで、これはやっちゃダメじゃね?
てかそれ以前の問題な気がするし。
「そんなものはバレなきゃいいのさ」
「それ教師の台詞じゃないですよね!?」
さも当然のことのように、この人、堂々と言い切りやがった。教育委員会もお怒りの発言だろうに…。
貴女俺のことをよく分からないとか言ってたけど、貴女も十分よく分からないぞ。
それにアーブル・ティーチ先生にばれたらカンカンだきっと…。
…ん? 荒ぶるティーチャーって言うと覚えやすいかも…。
名前…イントネーションが似てるし。今度からそう呼ぼう。
内心変なことを考えつつ俺は…
「はぁ…。じゃあお言葉に甘えてここから行きます。こっちの方が断然早いですし」
「うむ」
「ちなみに…この学院内って、授業と非常事態の場合以外は魔法の使用は禁止ですよね?」
「それが何か?」
「…あい」
自分でそれを認めてんのにやれってことかい…。
何なんだアンタは…。
「それじゃ、改めて行ってきます」
「よろしくね」
そうして俺は窓から演習場へと向かったのだった。




