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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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529話

「ぼ、僕が……?」


 アスカさんが心底驚いた顔で呟いた。嘘偽りが一切感じられない呆然とした呟きは虚ろでもあり、リンドウさんの発言を想像していなかったと思わせるようであった。


 まあ元より嘘をつけるような人じゃない。アスカさんの場合本気でそう思ってたんだろう。

 謙虚が過ぎるのも大変である。


「私がお前をここへ呼んで説得したかったことの一つがコレだ。レンカ亡き今、冥華に最も通ずるのはお前を置いて他にはおらぬ。その類まれなる『気』の才能……。お前の中だけで腐らせるには惜しすぎるというものだ。恐らく東全土を探してもお前に並ぶ者などいない」


 うんうん。これについては俺も激しく同意したく。


 リンドウさんのキッパリとした断言には隣で聞いている俺も頷かずにはいられない。

 俺もなんやかんやあって今は中伝相当には『気』を理解できる身にはなったわけで、そうすると自ずと更に上の段階が見えてくるのだ。段階を経て次にステップアップを続けていく要領みたいなもので、今の時点から成長するために次はどのように自分を高めていけばいいのかという風に。

 門下生の人達を見ている時なんかがよく分かりやすい。練度が近しい人、少し自分よりも練度が高い人であれば真似してみようと思ったり技を盗もうと思ったりもできる。


 しかしアスカさんに対してはその感覚を抱けない。本当に同じ『気』を使ってるのかと疑いたくなるほど、技量の底がまるで見えないのである。

 アスカさんがいくら技を披露しようとも、俺はその技を真似しようとするのではなく真似しようとすら思わないレベルで他と隔絶していると言ってもいい。理屈では分かっていても理解ができないのだ。


 見えず抱けずでは未来の自分の姿などイメージできない。


「実際隅々まで確認したってわけじゃないし、全土って流石にそれは言いすぎじゃ……。世界って思ったよりも広いし」

「……」


 アスカさんがチラっと俺に視線を移したのに対し俺も視線を逸らして対抗する。


 そこで俺を見ないでおくれよソードマスター。

 確かに俺は例えとしてはアリかもしれないけど『気』とは無関係ですよ? 縋っちゃイヤン。


「馬鹿を言うでない。これでも私はお前の倍以上は生きているのだ。世界を広く見るのは構わんが逆に浅く見過ぎでもある。どちらにせよお前は上澄みの中の上澄みだ」


 そうだそうだ。アンタ世界でも有数の化け物クラスだよ。俺が言うんだから間違いないって。

 アスカさんは素直にハイって頷くべきや。


 呆れたようにリンドウさんがこぼす愚痴染みた吐露は切実さを滲ませていた。その心境たるや俺も同感しかなく、またアスカさんに面倒というか手強さを感じざるを得ない。


「……はぁ。まあその性分が災いしカリンの方が目立ってしまったのだがな。『気』に関してであれば本来ならお前が注目されるべきだったであろう。お前にもう少し自己主張性があれば結果は変わっていたはずだ」

「僕としては注目とかはどうでもいいんだけどな。絶華流が多くの人に知れたのは単にリンドウさん達の努力の賜物じゃないか」

「……どうでもよくなどない。絶華が今栄えておるのもその影響が無視できぬのだ」


 これは恐らく流派の盛況の度合いを言っているのだろう。絶華と冥華の門下生の数が余りにも極端に差が開いているのは俺も知っている。

 勿論これまで冥華には師範がいなかったという原因もあるし、身に付ける技術が絶華に比べ高いという理由で人が離れたという要因は分かる。


 ――だがそれにしたってだ。アスカさんが最高峰の『気』の使い手として注目を浴びるかどうかで今と違う結果になっていたと、リンドウさんは言いたいのだと思う。まず周りに知られなければ話にすらならないと。

 話題になるかどうかは集客効果的にはかなり重要だ。人が行動を起こすのはいつだってきっかけがあるからである。そしてその入口となる部分を絶華が占有して潰してしまったとリンドウさんは思っているのだ。事実結果がそれを物語っている。


 リンドウさんなりにそれぞれの流派の現状について思うことがあるのは元々聞いていたから俺も気持ちは分かる。同じ立ち位置で並んでいた流派が一方的に落ちぶれていったらそりゃ多少なりとも引け目を感じるだろうと。


「影響ねぇ……。どのみち僕はそういうことに力を入れてきたわけじゃないし、結果は変わらないと思うんだけどなぁ。そもそも教える人がいないんだから学びたいって言われても受け入れもできなかったわけだし?」


 ――が、ここでアスカさんの良いところというか悪いところというべきか。本人的に本心から気にしていない発言がなぁ……。

 まあアスカさん的には正式に責任を問われるような立場ではないから分からんでもないけども。


 しかし仮にも元師範の息子で唯一の冥華の体得者だ。リンドウさんからすれば伝えないわけにもいかない。


「まあ取り合えず聞け。ここ最近の冥華の門を叩く声の件数を知っているか? 元々月に数件もあれば良い程だったが今ではほぼゼロだぞ。ただでさえ冥華は使い手が限られるのだ。本来得られるべきものを享受していないことが影響しているのは明白だ」

「そうでもないと僕は思うよ。だってそもそも担い手の絶対数からして違うんだから仕方ないじゃないか。冥華は廃れるべくしてそうなったんだよ」

「だとしてもだ。私はそれを良しと出来ぬよ。ただの商売とは訳が違うのだ」

「――なら僕から言わせてもらえばカリンの剣術こそ本物だろ。『気』は目に見えない部分だけどカリンの技術は違う。ちゃんと誰しもに見て伝わるんだから。想像のしやすさが段違いだしそりゃよく分からん『気』の部分なんかよりも遠方に轟くってもんさ」


 それは確かに。

 マムスの方にもカリンさんの名前って知られてたもんな。相手は裏社会の住人ではあったけど。


 リンドウさんとアスカさんの攻防戦。剣の立ち合いを見るかのように言葉でもアスカさんのカウンターが光る。その言い分には俺も頷かずにはいられなかったのが本音である。


『気』のヤバさは初見の人には伝わらないという問題がある。そもそも知覚ができない人が殆どのためそこでも更にふるいをかけられるのも大きいだろう。

 そこで『気』よりも剣の技術に秀でるカリンさんだからこそ大衆には映えてしまったと。要はこういうことである。


 ――ただこの人遂に自分で『気』なんかとか言っちゃったよ。仮にも師範になれるレベルの人なのに。それだけ一般的なものじゃないってことを言いたいんだろうけどさ。


「くっ……」


 パパンはパパンで言い包められとるし。アスカさんってあんまし口合戦強い方じゃなかった気がするんですけど?

 せめて思っても口には出さん努力しいや。くっ、じゃないよまったくもう。


「フリード君もそう思うだろ?」

「えっ? 俺?」


 リンドウさんの劣勢に内心困惑を隠せずにいると急に俺に意見を求めてきたアスカさんに身体がビクッと反応してしまう。


 えぇーっ!? なんでそこで俺に振ってくんですかアスカさん!? 


「フリード君も『気」よりも剣術自体の方が目立つって思うだろ?』

「そりゃまあ……そうですね」

「フリード殿?」


 返答を熟考する時間も与えられぬまま俺が曖昧に返すと、隣にいるリンドウさんの不安そうな声が聞こえてくる。


 あのぅ、大の大人がそんな子犬みたいな目で見んでくださいって。

 だってアスカさんの言い分に俺も納得しちゃってるんだからこれ以外返しようがありませんって。


「君の場合実際に『気』の修行をしたから実感が湧くだろ? かなり地味だなって」

「それは、はい。確かになるべくしてなったと言われたら、そうなんだろうなとは思います」

「フリード、殿……?」


 リンドウさんの呼びかけに含みが乗り始め感情がダイレクトに伝わってくる。


 嘘だよね? みたいに聞こえるのホントやめてください。

 言っとくけどこれ別に俺リンドウさんのこと裏切ってるわけじゃないですからね? そこは勘違いしないでもらいたい。


「だってさ。もう過ぎたことを今更言っても仕方がないし、今後の教訓としていくってことでいいんじゃないか? 多分このまま話していても埒が明かないし」

「ええ、それがいいかと。二人の話を聞いててお互いの感情的な部分が大きいような感じがしたんで、今この場で決めるんじゃなく今後ゆっくり二人で話していけばいいのでは? なんならカリンさんも一緒に」

「フリード殿!?」


 なんで人の名前を呼ぶだけでこんなに迫真的なのこの人。必死すぎんだろ!


 一回目は呆けた感じ。二回目は疑問的で三回目はガチの焦りである。とても短時間に連続で同じ人の名を呼んだとは思えない程の変化であった。


「お待ちをフリード殿! そこはしっかりと後押しするところでしょう!?」

「うおっ!? おおぅっ!?」


 横から急にリンドウさんに襟元を掴まれてガクンと身体を揺さぶられてしまい苦しい。

 俺は思わず舌を噛みそうになりながら上下に視界が乱れる中、取り合えず落ち着いてもらえるように努めつつも説明した。


「いやぁ……だって俺が今回見届けに来た理由って別件ですし? こっちはこの問題にはそこまで関わるつもりなかったっていうか」

「そこは空気を読んでいただきたい!」

「無茶言わんでください!?」


 読めるか! そもそもリンドウさんとまともに会話したのついさっきが初めてでしょーが!

 ほぼ他人にいきなり阿吽の呼吸求められても困りますって。貴方達の『気』ばりに読むのなんて不可能っス。


「くっ、ならば仕方ありませぬ。それならいっそ本題と一緒に――!」

「おわっ……!?」


 俺を振り回すことに満足したのか、或いはリンドウさん自身の我慢の限界が来たのかは分からない。ただ、軽く放られる形でやっとのことで俺は解放されたらしい。

 千鳥足ながらもどうにか楽になった襟元を手直しし、リンドウさんが再びアスカさんと対峙するのを確認した。


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