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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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527話 最上級の贈り物

 ◆◆◆




 一時間後――。


「改めまして、このような不甲斐ないご協力を承諾していただいてありがとうございます」


 一度昼食込みの休止を挟んで再び道場へと足を運ぶ。

 シェーバスさん達と門下生のいなくなった道場の端に座布団を用意してちょこっと陣取ると、対面するリンドウさんが正座のまま深々と頭を下げてくる。

 その少しの乱れもない所作がこの一件についての真剣な表れとして映り、事の重大性というものが垣間見えるものであった。

 一対一の会話だからこそ強くそう感じたというのもある。


「あーお気になさらず。俺もあの二人の関係にはすっごいヤキモキしてたんで。お気持ちは凄く分かるというか」

「分かってくれますか!」

「おおぅっ!?」


 あの二人に対して素直に感じていたことを伝えると、急に顔を上げて目を見開くリンドウさんに俺は気圧され背筋がピンと伸びてしまった。


 急に顔近づけるのやめてけれ。


「ずっとあの調子なのです……! いい加減見守るこちらの身にもなってくれとどれ程思ったことか……!」


 これまでの年月を懐かしみ省み、リンドウさんは拳を震わせながら胸の前で強く握る。その姿は長き焦れったい日々を想像させるには十分すぎるくらいに説得力が感じられた。

 俺も触発されて想像の中で見たことがない光景を思い浮かべながら、だがきっと二人の間には実際にはあったのだろうという展開をリンドウさんと共有できた気になってしまう程だ。


 ただ普通に見てるだけで想いが通じ合ってる雰囲気を巻き散らすほどだからなぁあの二人。多分無意識に色々やらかしてるんだろうな。

 だって見てて普通に夫婦してるんだもん。会話がもうまんまだし、セシリィ間に挟んだら普通に家族みたいやし。


「何故ああも仲睦まじくしておきながら今のままでいられるのか? 親の立場から考えても筆舌にし難い。今回娘が無事戻ってきたことであわよくば何か進展もあったかと期待したりしてましたが――何故……!」


 熱弁を振るい俺の両手を取ってぶんぶん縦に強く振ってくるため肩が若干痛い。

 これ多分俺に同意を求めてきてるようなものなんだろうけども。


 でもまあ……リンドウさんから見てあの二人は今回の騒動を経てもあまり進展はなかったと。

 俺やセシリィがセルベルティアから今日に至るまでに見てきて感じていたものは過去に何度も似たことがあったってことか? それは熱弁したくもなるって話ですな。

 レベチにも程がある。ぶっちゃけ同情するよ。


「娘も娘ですがアスカもアスカです。アイツもこれまで何度も機会があったというのにことごとくその天啓を逃してますから。娘の気持ちにも自身のことも気づいているでしょうにあの小僧……! これではレンカの奴に顔向けができませぬ……!」


 レンカさんとはアスカさんの今は亡き父親のことである。

 アスカさん曰くリンドウさんとレンカさんは別の流派ではあったが師範同士大層仲が良く、家族ぐるみの付き合いだったらしい。元を辿ればアスカさんとカリンさんの関係もそこから始まっているので、その時点で親同士はこの未来を想像していたのだと思われる。


 ……まさか子二人がここまで手強いとは思ってなかっただろうけどね。

 というかパパン、指もう真っ赤ですよ。爪も割れそうですから抑えて抑えて。


「ああ、考えれば考える程ムカついてきました。あの二人並べて説教していいですか? 夫婦とは何ぞやと!」

「リ、リンドウさん落ち着いて。これから祝福する側の親の言葉とは思えないこと言ってますよ?」

「……ゴホン! これは失礼。少々本音が漏れてしまったようです」


 あ、これパパンもう駄目かもしれない。火山噴火直前ですわ。既に火口からじゃなく麓から噴出が始まっとる。


「なんにせよあの二人もとうに適齢期に入っております。ここ近年に関しては早くあの二人を夫婦にしろと周囲も小煩くなってきました。――ならば! この長きいじらしい日々に今日終止符を打つしかありません! ええそうでしょうとも!」


 パパンの暴走、臨界点突破中。この勢いは最早止められんだろう。

 これが父親かぁ……しゅげ~。


 急に立ち上がって声高らかに宣言するリンドウさんに俺はただただ圧倒されるのみであった。


「どさくさに紛れてアスカの別件も抱き合わせで覚悟してもらいます。これに関しては奴以外に適任が存在しないので決定事項です。というか村の決定です! のらりくらりの拒否はもう認めませぬ!」


 ふんすふんすと鼻から蒸気でも出しそうなくらい息巻くリンドウさんがとにかく熱い。もう激熱である。

 一世一代の大勝負的な場面が控えているから高揚してしまうのも無理はないが、そこに鬱憤も溜まっているから手に負えない。正直軽い気持ちで頼みを引き受けてしまったことを若干後悔しそうになったとは最早冗談でも言えなさそうである。


 あーあ、アスカさん今日だけで相当重荷背負うの確定しましたわコレ。

 別件の方もなんとなく聞いてはいたけど、一緒に叩き込むとかこの人容赦ないな。


 この件、自分から度が過ぎないように見守ってくれと俺に頼んでくれたのはある意味正解かもしれない。

 失礼を承知でアスカさんに心配は要らないと思うが、リンドウさんがどれくらい本気になるか見当もつかないし、その点はやはり俺が適任になるか。

 今は若干怪しいけど理性が残ってて良かった。まだ父親としての威厳は残されている、と思う。多分。


「してフリード殿。アスカとカリンの動きについては問題なさそうだろうか?」

「それはつつがなく。アスカさんにはこの前俺と対峙した場所に来るようにって伝えておきましたし、カリンさんについてはセシリィが付いてるんでバッチリですよ」


 昼食前にリンドウさんから聞いていた事前のお願いについて俺は問題ないと伝えておく。


 仕込みはバッチリでさぁパパン。なんたって適任がいますからねこっちは。


「あの子にも話しておられたので?」

「そこはご安心を。セシリィはカリンさんと仲が良いですから適任かと判断しました。何も聞かずにカリンさんを引き留めておいてくれって頼んだら快く了承してくれましたよ」

「しかし……」

「大丈夫です。あの子は見た目以上にしっかり者ですから。余計な詮索もしないし相手に悟らせるようなこともしませんよ。信用してください」


 セシリィに今回リンドウさんと俺とでやろうとしていることの詳細については一切話してはいない。俺はただセシリィにカリンさんの引き留め役のみを伝えただけである。

 それをリンドウさんは勘違いしたようだが、俺は力強く問題ないことを強調しておいた。


「そうですか。フリード殿がそこまで仰るのであれば大丈夫でしょう。余計なお世話でしたな」

「いえいえ。――あの子凄いんで。超聡いんで。しかもいい子なんで。あと目に入れても痛くないくらい可愛いんで。なーんにも心配要らないんで」

「そ、そうか」


 なんかちょっと俺の方が心配されてんじゃないかって具合に引かれてる気がするけど無視だ無視。

 だって俺事実言ってるだけだもの。じゃなきゃセシリィに顔向けできんし。


「……ふぅ。しかしセシリィ殿にも悪いことをしてしまったな。我々の大人げない目論見に付き合わせるのが申し訳ない」


 セシリィという話題が出たためか、準備確認も終盤に差し掛かった辺りでようやくリンドウさんの昂ぶりが落ち着いたようだ。心の落ち着きと連動するかのように再び座布団に腰を据えると姿勢を楽に崩す様子を見せる。


「それは言わんでください。あの子も二人のことについては気にしてましたからどう転ぼうと理解は示してくれるはずです」


 でもセシリィが一番違和感なくカリンさんを抑えられるのは紛れもない事実だ。今は目前に迫った出立に向けての冬装備の準備でよく一緒に編み物とかをしてるし、とにかくカリンさんと一緒に過ごしている時間が長い。


 今日も午前中に何があったかは知らないがさっき見た時もかなり機嫌が良さそうだったし。

 二日前の夜にここを離れることを惜しむ様子を俺は見ているくらい、仲は深まっている。


「そう言ってもらえると有難い。あの子にも協力のお詫びを考えないといけませんな」

「そうしていただけると嬉しいです」


 セシリィにまで協力してもらうということが少し引っかかったリンドウさんであるが、一応は俺から口添えだけはしてどうにかとりなせたらしい。この点は大人として良識を持って対応してくれているのでこれ以上俺から言うことはない。

 もしセシリィから何か言われるとすればそれは俺の責だ。リンドウさんは関係ない。


「それと――あとこれがさっき仰ってたものかと。確認してもらえます?」

「おお! これはかたじけない」


 残る確認事項を済ませるべく、また会話の空気を変える意味でも俺は『アイテムボックス』に収納していたブツを取り出してリンドウさんへと差し出した。

 すると思い出したかのようにリンドウさんが目の色を変えてブツを受け取ると、まじまじと観察し始める。


「……うむ、間違いない。これはまさしく奴が使っていた得物ですな。この鍔にある小さな傷も懐かしい。意外と覚えているものですな」


 リンドウさんが小さく微笑みながら鍔の傷を指でなぞる。言うまでもなく過去に想いを馳せているようだった。


 俺が手渡した物は刀である。これまたリンドウさんに頼まれていた事前準備の一つであり、アスカさん宅にあったものだ。


 ぶっちゃけこの頼みを聞くのが今回で一番罪悪感を感じた内容だったりする。

 だって当人の許可なく無断拝借だもの。アスカさん宅に居候中という立場だからこそ怪しまれずにできたけど、こんなの普通に窃盗罪で牢屋行きまっしぐらですわ。


「あの日以来使用した形跡こそありませんが手入れは行き届いているようです。これならば奴も本望でしょう」


 僅かに刀身を鞘から引き抜いたリンドウさんだが、全容を確認するまでもなく鞘に納めて状態を全て悟ったらしい。

 恐らくアスカさんが手入れしていたのだろう。刀の扱いについては言うまでもない。


 ――さて、これで確認事項は全て終わった。


「それでは参りますかな? 準備はよろしいですかフリード殿」

「いつでもいけますよ。心の準備はもういいんですか?」

「先程のざわめきが嘘のよう落ち着いておりますよ。――今は」


 全然よくねぇ……。しかも冗談で言ってるのかも微妙に分かんねぇよ。


 そろそろ指定した場所にて待っているであろうアスカさんの元へと向かうべく二人して立ち上がったものの、リンドウさんのボソッと最後に付け加えた一言に幸先が不安になったような気がして俺は面食らった。


 俺が何か割って入るようなことがなければ一番いいんだが……。大丈夫かなホントに。


 心よりこの一件が無事に終わることをただ願うばかりである。ここ最近ずっと近くで見てきた者の一人としては。


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