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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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521話 行商人①

 ◆◆◆




「そうですか……遂に行かれてしまうのですね」

「ええ。このままずっと長居するわけにもいきませんから」

「お二方が決めたのなら私に止める手立てはありません。ですが寂しくなりますね……」


 居間にて俺らの旅立ちが近い旨を告げるとカリンさんは名残惜しそうな顔でそう言った。


 旅立ちは三日後。これはセシリィと相談して一緒に決めた。

 随分と急な日時設定をしたとは思うが俺達は目的のある余所者にすぎない。過度な滞在は新たな厄介ごとの火種となりかねないし、どこかで踏ん切りをつけねばだらだらと長居しそうになる程ここでの暮らしは心地良すぎるという理由もある。


 本来俺達はこんな平穏の中に居ていいような存在じゃない。セルベルティアでの一件を起こした以上は可能な限り動いていた方がいいのだ。


「しかし困りましたね。まだまともに恩返しも出来ていませんのに」

「ホント急だよなぁ」


 カリンさんとアスカさんが困惑と残念さが混じったような表情で視線を交わしている。


「恩なんて十分貰ってますよ。俺もセシリィも。――な?」

「うん」


 俺もセシリィに視線で問いかけお互いの意思を確認し合う。


 二人には悪いがこの二人だからこそ恩返しだなんてものは必要がない。


 何故なら今の俺らには想い以上に必要なものはない。これは俺らにとって物理的に価値あるものよりもよっぽど価値のあることである。

 俺にとってもセシリィにとってもそれは今後進み続けるうえでの大きな希望だ。

 これ以上求めてしまっては欲が過ぎるというものだ。


「魔大陸か……。――カリン、ここら一帯の地図を持ってきてくれ」

「ええ、すぐに」


 やがてアスカさんは観念したのだろうか。声に頷いたカリンさんが一瞬席を外す。そして丸めた地図を手に戻ってくるとアスカさんへ手渡すのだった。

 机に乗っていた各々の湯飲みを端へと寄せた後広げられた地図を俺達は四人で覗き込むと、アスカさんが指差す部分を凝視して追いかけた。


「魔大陸を目指すとなるとここから遥か北を目指す必要がある。ここが僕らが今いるアネモネだ。道なりに北へ進むとセンブリっていう東の最北端の集落がある」


 セルベルティアで見たアイズさんのお手製の地図と違い、どうやら細部は載っていない大まかな地図のようだった。

 流石にアイズさんのあの地図は完成度が高すぎたので比べるのは酷か。それでも地理のない俺にとっては十分すぎる情報源である。


「北を目指すだけなんで道に迷う心配はなさそうですかね? 道って整備されてるんですか?」

「そこは安心していい。集落同士で交流があるから結構人の往来はあるんだ。獣道とかはないしつい先日リンドウさんも出掛けたばかりだよ」

「お父様からは特に問題があったような話は聞いてませんね」


 どうやら道の整備は行き届いているらしい。

 これまで旅してきた経験上時々どっちに行けばいいのか分からない中途半端な岐路があったりしたことがある。途中まで行って行き止まりにぶつかってしまった時はなんとも言えない気持ちになってしまった記憶が呼び起こされたものの、その心配は杞憂そうだとホッとする。


「センブリから更に北へ進むと次第に荒れ地へと変わって峡谷に差し当たるはずだ。そこを越えると山の麓にある炭鉱町に出る。そこから連峰の向こう側の港町に続く山道へ入れる」

「峡谷……はいいとして、これまで幾つか軽い山越えはしましたが時期も相まってちょっと本腰入れないとですね。山だけは。アニムで森の中を進むのとまた勝手が違うでしょうし」


 山越えの時点で覚悟はしていたがその前の段階でも少々険しそうだ。

 未開拓の森を進んだのも大概だが環境の違いがある以上比べるのはまた違う。


「ああ、山を舐めるのは駄目だ。アニムはモンスターの方が屈強で厄介だっただろうけど、こっちは季節的にも環境が辛いだろうね。フリード君達が越える山は特に雪が降り積もることで有名だ」


 アスカさんが念を押す忠告に俺も同意する。


 雪山は俺も経験がないが超危険であるという認識は持っている。

 人が自然に敵わないというのを体現するものの一つと言っても差し支えないんじゃないだろうか?


「毎年冬は誰かしら死んでるからな。今の時期だと慣れた人が僅かに行き来するくらいの微妙な頃合いだ。本当なら春を待った方がいいんだけど……」

「それは長すぎるから厳しいです。……ここで立ち止まるわけにはいかない」

「勿論知ってるさ。でも忠告せずにはいられないからな……」


 本来なら絶対行かせないところだがアスカさんはこっちの事情を知っている手前強く言えないようだ。それでもアスカさんの優しさが滲み出る一面は気持ちとして嬉しい。


 まあ俺なら大抵どうにかなるという信頼もあるのだとは思うけど。

 実際後先を考えずに無茶をすれば大抵どうにかできてしまう自覚あるし。


「取り合えず山を越えてー……でもそこからまた船の問題もあるんだよな……。セシリィどうする? また密航する?」

「密航って……えぇ……。それはちょっと反応に困るよ」


 山越えもそうだがその後も非常に大事だ。俺達の移動はすなわち全部が一筋縄ではいかない。

 俺は腕を組んで唸りながら何か案というか方針がないかセシリィへと聞いてみる。


「さらっと子どもにとんでもないこと言わないでくれ。ああいや……確かアニムから来た時も密航だったんだっけ?」

「はい。金貨チラつかせたらすんなりでした」

「オイオイ。セシリィちゃんの前であんまり良くないぞそれは。冗談でも悪そうな顔するんじゃない」

「へーい」


 セシリィに意地悪で話題を振ってみたつもりだったのだが困った顔をされアスカさんからも注意を受けた。指で作ったお金のジェスチャーを広げて反省のポーズに変えはしたので冗談なのは伝わったようだ。


 ちょっと冗談のタチが悪かったかもだが……うん。ちゃんとセシリィが良識を持ってて良かった。ここですんなり頷かれても逆に俺が困る。


 例え俺らが普通じゃなくて取れる道が限られていてもその行いには逐一しっかり疑問を持って向き合う。本当なら駄目なものと理解しているというのは大切なことだと俺は思う。


 これが分からなくなった時はもう後戻りが出来なくなってしまう気がするのだ。

 その点セシリィはまだその心配は要らなさそうである。


「大陸間の距離が短いなら俺がセシリィを抱えて無理矢理海を渡るって方法もあるけど……」

「短くはないぞ。むしろアニムよりも距離があるくらいだ。天候次第じゃ一週間の日程のズレなんてザラだよ」


 案、一つ早々に撃沈なり。

 うへぇ、マジかよ。あの船旅でも長いって思ってたのに。

 更に時間が掛かるのは避けられない、か。


「う~ん……そうなると途中で休憩は必須か。セシリィ、空と海の上ならどっちで休みたい? 一応どっちも三食ベッド付きで」

「……どっちかなら海の上、かなあ? 空の方がまだちょっと怖いな」

「そっかー。なら海着いたらオルディス呼んでみるか。声が届けばなんか手貸してくれるかもしれないし」


 あまり期待は出来ないがやってみるだけの価値はある。助力に問題がないと判断されればオルディス達は手助けしてくれるはずだ。……多分。

 オル君海におるでぃすか? ってな。HAHAHA!


 ……なんでもないでぃす。


「どちらも出来なくはないんですね……。単身で海を越えられる人なんて聞いたことがありませんね」

「フリード君足場作って空も渡り歩けるもんな。……そういえばついこの前村の子ども達が鬼ごっこで水の上を走ってたって言ってたけど……アレ本当?」

「あー、川で遊んでた時にやりましたねぇ。名付けて爆走・アメンボの術。修行の息抜きがてら遊んでたんですけど、鬼やってた時に最短距離で追いかけるためにちょいと本気を……」

「なにやってんの君。それになんだその名前」

「あはは」


 アスカさんにとある出来事について触れられてしまい、当時の光景が脳裏に浮かぶ。


 あの時の子ども達の驚きようは面白かったな。披露した時驚きすぎて逃げるのも忘れて突っ立ってたもんな。

 ごっこ遊びも兼ねてたから忍者要素を意識して爆走・アメンボの術ってことにしたけど、久々に童心に戻りましたねぇ。子どもの心って大事ですわ。

 子ども、楽しい。


「まーその話は置いといて。もうこの際どっちが良いかだな。密航してハラハラドキドキの生活を強いられるのと、命綱は俺一人のぶらりガチンコ耐久旅のどっちかしかない」

「本音を言えばどっちも良くないんだよなぁ。普通に船に乗って数日掛けて向かってと言いたいところだ」

「まあ海を渡るのはどうにかするんでお構いなく。俺らの切っても切れない宿命なので」


 大陸を渡る機会は今後もやってくるものだし手段を選んではいられない。その時にあった最善の手を取るだけだ。

 行き当たりばったりになってしまうのは最早仕方がないと割り切る他ない。


「海のこともそうだがまずは山を越えるために麓の炭鉱町に着くことを考えた方がいい。山を登り始めたら碌な補給は出来なくなるからここが最終地点になるね。炭鉱町だからあんまり品ぞろえが良いとは言えないのが難点か」


 アスカさんが地図上の炭鉱町の部分を指差した。

 町の名はどうやらノルディアというらしい。


「食料は潤沢にあるんで最低限の日常品とかの補充が出来れば平気ですよ。後は寝泊まりが出来れば文句ないです」

「休めるところは多いから問題ないよ。……もっとも君達の場合近場で野宿をした方が快適かもしれないけど。人がそこそこいるからそっちの心配の方が大きい」

「……確かに。ちょっと腰を落ち着けてたんで少し気が抜けてましたね」


 アスカさんの一言に俺は意識を改めた。


 危ない危ない。最近は安全地帯にずっといたから感覚がボケてやがる。

 こういうのもあまり同じ場所に長居できない理由の一つだ。

 無意識に生まれるこの慣れというものは本当に怖い。己の認識を狭め危うくしてしまう。


「移動経路や地域情報は今夜にでもゆっくり話そう。まだ三日あるから先にフリード君達はやりたいことをこなしたらどうだろう? 『気』の修行だって途中だし」

「ですね。いきなり本腰入れて計画を練っても仕方ないか。挨拶回りとか俺もまだやりたいことありますね」


 一先ず出立の日は決まった。全員が共有できたしアスカさんの言う通り今日はこれくらいでいいだろう。煮詰めるのは後でもいい。


 この村でのやり残しがないようにだけはしたい。

 ヴェントさんの畑の方は片付いたからいいとして、他には少しでも村の人達の助けになるようなことが出来ればいいが――。


「アスカー? いるかー?」


 と、そこへ思いもよらぬ声が居間へと響き渡った。


 脳内で噂をすればなんとやらである。


「番長?」

「ヴェントか。どうしたんだろ?」


 アスカさんが首を傾げながら足早に玄関へと向かう。

 残った俺達は居間から聞き耳を立てて声だけ拾い、二人の抑えられた声量に集中した。


「あ、いたいた。突然悪いな。ホイこれおすそ分け」

「毎度そんな気を遣わなくてもいいのに……。でもありがとう。美味しく頂かせてもらうよ。――それで、用はそれだけじゃなさそうだね?」

「ああ。久々にいつもの行商人さんが村に来てたからさ、村の連中に伝えて回ってんだ」

「行商が? ……うん分かった。連絡ありがとう」

「いいってことよ。じゃ、俺はこれで。まだ回ってる最中だからよ」


 ……どうやら話は早々に終わったようだ。番長は嵐のようにやってきて去っていったらしい。


 番長普通に良い人だよな。とても畑で鍬振り回して害獣の命を掻っ攫っていくような人に思えないわ。


「フリード君聞いてた?」

「ええ、聞いてましたよ」


 やがて両手に新鮮な野菜を抱えたアスカさんが居間へと戻ってきたので俺も座布団から立ち上がる。

 行商人の来訪があるのは幸運だ。ここで会って話をしない理由が俺にはない。


「なら話は早い。丁度いいし行商人と話をしてみたらどうだろう? 各地を回ってる人だからもしかしたら情報交換できるかもしれないぞ」

「ですね。セシリィ行ってみよう」

「うん」


 旅立ちの話は一旦終わったつもりだったが思わぬ延長戦である。

 俺は早速セシリィを連れて行商人の元へと向かった。


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