520話 近づく別れ
久々の更新で申し訳ありません。
ちょっと短いですがよろしくです。
◇◇◇
「「……」」
静まり返った一室で二つの息遣いが止まる。
機を見計らっていた俺にタイミングを合わせてアスカさんが察してくれたのだろう。机に置かれた小さな丸太に手を添えたまま、俺は構わずに集中を開放した。
身体の芯から緩やかに力が溶けて流れ出し、目標へと接触する。
「っ――!」
形容し難い手応えを感じた瞬間、丸太が四方に弾け飛ぶ。木片が僅かに宙を舞い眼前で粉と共に床に散らばった。
乾いた弾ける音が止むと大きく息を吐き出している自分がいる。
――成功だ。
「――お見事。まさか一週間でここまでできるようになるとは思わなかったな……」
背後で監督してくれていたアスカさんの拍手が部屋に響く。
「あるもの全部使って無理矢理、ですけどね。俺が色んな力を使えなかったら雲を掴むようなものだったと思いますよ」
「それでもだよ。知覚できるだけで精一杯の人が大半なんだ。残った人も殆どが初伝止まりのことを考えるととんでもないことだよ」
お褒めの言葉をもらったことに俺は若干気恥ずかしさを感じた。アスカさんは変に過剰な評価とかをしたりしないのでちょっと自信になる。
今この瞬間、俺の『気』の扱いについては中伝相当へと相成った。
転機はまさしくあの日。アスカさんが俺の中の『気』が洗練されてると言った日からだろう。
あの日以降から自分でも驚くほど何故か不思議と扱うことができるようになり、ようやく意識して今日形として成功させることができたわけだ。
ちなみに初伝は『気』を知覚し一人で万物に何かしらの作用を起こすことができるようになるまでだ。これは絶華と冥華のどちらにも共通する事項である。中伝から本格的に会得するものが変わっていくとのこと。
そして冥華の中伝はというと、『気』を内包した万物に対し『鎮静』、『中和』、『発散』の三つの作用を起こせるようになることが認定の条件となる。
『鎮静』は文字通り『気』の力を減退させることを指す。人は一般的に魔力と『気』を保有しており、無意識に人体の表層に漏れ出たものが膜を形成するようになっている。
この部分を取り除いたり脆い強度に低下させることで主にデバフ的な効力を操作するのが『鎮静』の主な能力だ。
『中和』は『気』同士の干渉に関わる部分の能力で、特に力の均衡を保つための能力のことを指す。
『気』は非常に身近にあって繊細なものである。一分一秒で千差万別に変化し一秒前の状態はもう訪れることがない。絶え間なく変化する環境に常に対応するための力だ。
この『中和』を会得することによりそれぞれ落差のある『気』に対し外部の影響を受けず与えずの状況を作り出すことができるようにもなるため、『気』を自由に扱う者にとっては自分の能力を如何なく発揮するためにも極めて重要な部分となる。
この三つの中では最も習得が難しいと言われているそうだ。練度が増すと気配を断つことができるようになるのもこの部分の精進によるものらしい。
そして最後は『発散』だ。内包された『気』に直接働きかけて作用を起こし、意図的に起爆させる。今最後の試験として俺がやったのがこれに当たる。ちなみに残り二つは既に修了済みだ。
『鎮静』がガス抜きのように『気』を減退させるならばこちらは衝撃や破壊といった側面が強い。瞬間的に強力な威力を生み出す攻撃的な側面の強い技術となっている。
生半可な身体強度では体の内側から壊されて傷を負ううえに武器や防具を対象とすることで破壊や阻害にも応用が利くという、俺が思うに『気』の一番ヤベー部分である。
これは絶華の中伝にも共通している部分だ。
ちなみに上伝は『凝縮』と『活性』。奥伝や免許皆伝になると『転用』や『覚醒』とかになるそうな。
語録が増えすぎてもう俺の頭パンクしそうっすわ。単語だけでなんとなく想像できるけどこれ全部マスターしてるアスカさんはまじもんのバケモンだわ。というかこの流派が怖いよ。
「さてと……ここまでできたんだ。もうその目隠しは要らないんじゃないか?」
「そうですね。ここらでこれとも卒業と――」
アスカさんと一緒に床を綺麗に掃除して一息つくと不意に忘れていたことを聞かれた。
習得しなければ生活もままならない状況下に自らを敢えて追い込み、『気』の習得のためにとずっとしていた目隠しをようやくかと俺も取ろうとし……そこで一瞬踏み留まる。
いや待て待て、中伝になって浮かれるな俺。
それは油断の極みだろ。ここで死ぬつもりか?
「どうしたんだ?」
「……フッ、思わず死ぬところだったと思いましてね」
「……」
英断とも言うべき俺の判断。だが当然のドヤ顔が冷やかな目で見られているであろう視線をアスカさんからは感じてしまった。
まあアスカさんが言いたいことは分かるよ? 急にこんなこと言い出してまた何か始まったよとか思ってるってね。
……おう、その通りだよ。
だが愛と世界平和と並行してよく考えてもみてくれ。
暗闇でずっと生活していた者が急に光を浴びるのと一緒の話ってことですよ。急に解放するのは危険極まりない。流石の俺でもちょっと心の準備が欲しいんだってことくらいは分かるだろう?
「今までのパターン的に聞くまでもないんだけど……一応聞いても?」
パターン言うなや。だがよかろう!
「久々にセシリィを見たら俺眩しくて目がつぶれるかもしれない。ちょっと慣らしが必要だと思うんすよ」
「大丈夫、君のことだから潰れたところでまた変な理屈で再生するから心配するだけ無駄だよ」
ふ、ふ~ん? 言ってくれやがりますねぇ?
――だが一理ある。
「まったくなに馬鹿なこと言ってるんだよ。大体今までずっと見てきただろうに」
呆れではなく小馬鹿にするような口調で盛大に肩をすくめるアスカさん。その表情を見たからには俺も少しだけ反抗心が掻き立てられるというものだ。
「その言い方はいただけませんね。俺が変態みたいな言い方はやめてもらいたいんですが? ちゃんといついかなる時でも見守ってきたと言い直してもらっていいですか? そこ重要なんで」
「重症の間違いだろ。実際セシリィちゃんに対して君は変態を超える過保護っぷりだぞ。何も間違ってない」
「ちょっと半分くらいしか何言ってるか分かんないですねー」
「僕は君が何言ってるか全部分かんないかなー」
そして二人して腕組したまま深く頷き合う。毎回最終的にはこんな感じに行き着くのだ。
これはいつから始まったか分からない俺達なりの恒例行事である。
まあアスカさんとこういうやり取りするのももう何回目だってくらいやってるから最早お約束とも言える。
こうしてみるとお互いに随分軽口を叩けるようになったもんだ。流石アスカさんだぜ。
なにはともあれ、中伝までこぎつける過程で俺なりに『気』について分かったことがある。
『魔力』と『気』についての違い。それは驚くことに性質的には殆ど差がないということ。
どちらも力が湧き出す身体の内側である心臓付近……つまり同じ場所から発生しているのである。これは『肯定』の力をフルに使って解析してみた結果分かったことである。
性質もほぼ同じなのだからそもそも本来同一の力なのでは? と考えるのが自然だ。俺も理解した以上はそれで何も問題ないと思っている。
が、その上で認識的には完全に別物としてしか考えられていない自分がいる。
二つの力は同一のもの。だが別物でもある。――最初はこの意味不明な結論に至る自分に遂に頭がバグったのか不安になった。しかし実際荒業で魔力と『気』とで区別を付けられている俺がいる。
何度も事実を思い返して間違いがないことを確認してまた同じ結論に至る。最早数式の式が間違っているんじゃないかとさえ思った。同じなのに何が違うのかと。
この自問自答の無限ループにはプチ発狂しかけそうになった程だ。実際なりかけてアスカさんに要らん勘違いされたのは良い思い出である。
この件に関して例えるならば嫌だが必要でやらなければいけないことに対し、頭では分かっているのに気持ちが受け入れられないみたいな具合だろうか。
ハッキリ言ってこれは明らかに違和感でしかなく、俺は外部から意図的に認識を阻害もしくは別物に変換させられている可能性が極めて高いという方向性で考えている。
実際試しにと何の意味もなく瞬間的に『否定』の力を高めてみたところ何かしらの力を弾く感覚が一瞬だけあり、半ば確信した。
あ、これ本当に神とかの手が入ってるですやん、と。天理が世を支配している証明だ。
世の天使に対する認識もおそらく同じ理屈なのではと俺は睨んでいる。
神獣の創造者を始めとした俺達人の理解を超えた存在が本当に実在している以上はあり得なくはない話。偽りの情報を植え付けられている可能性は否定できない。
『気』を学び、知れば知るほどに謎は明確に深まっていくばかりだ。世界についても然り。
この世界には殆ど気が付けないだけで日常的に秘密が隠されている。その解明の鍵を握るのはやはり……神獣達の存在か。
此処での目的もほぼ達成した今、名残惜しいがずっと残る理由も薄れてきた。
本格的に冬を迎える前に山を越えるためにも、助言通りそろそろこの地を発つのも近いだろう。




