50話 完封
あーウゼェな、本当にウゼェ…!
こういう奴は俺嫌いなんだよ…ったくよぉ。
「あれ…? なんとも…ない…!?」
アンリさんは自分に何も危害がなかったことを不思議に思っているのか、自分の体をペタペタと触る。
「…アンリさん、大丈夫?」
「ぁ…。先生…」
俺はアンリさんの前に立ってそう声を掛ける。
ふぅ…。なんとか間に合ったみたいだな。一瞬焦ったけど…。
アンリさんは…どうやら怪我はなさそうだ。他の3人も多分大丈夫…。
良かったぁ。
ヴィンセントの『ファイアバースト』がアンリさんに直撃する前に、俺はなんとかそれを受けとめ、防ぐことができた。
魔法で『障壁』を作り、奴を閉じ込めて自爆させても良かったんだが、閉じ込めるのは展開に少し時間が掛かるため、被害が大きそうなこの3人に簡易版の『障壁』をとっさに張るのが限界だった。
アンリさんが一番危険だったため、俺が直接前に移動したわけだ。
『転移』がなかったら本当に危なかった。
それくらいギリギリの状況だったと思う。
つーか俺油断しすぎ、常識なんてこの世界じゃ通じないのはもう分かってると思ってたのにこの体たらくとか…。
情けねぇ…。
――『転移』
無魔法に分類する上級の魔法。
自分の魔力が届く範囲なら一瞬で自分が望む場所に転移することが可能で、敵の不意を突いたり、欺くのに最適である。使える対象は自分自身と装備したモノのみであり、他者に対して発動しても効果はないのが特徴。
魔力消費が少し多いため、連発すると並の人ではすぐに魔力切れを起こす。
また、魔力操作が不安定な『魔滅の山』などでは発動が非常に困難になることから、外部の影響を受けやすい魔法でもある。
転移の説明終わり。
「な…一体どうやってっ!?」
ヴィンセントは目の前の光景が理解できていないらしく、驚愕の顔を浮かべてこちらを見ている。
見たまんまが全てだよ。このバカ野郎。
「…んなもんは今はどうでもいい。…なんでそんな中級の魔法をこの場で使った? 答えろ!」
「っ…くそっ! そこを退けっ!!」
答える気はなしか…。いや、混乱してるのか? …まぁいい。
今のでお前がどれだけ愚かなやつかが分かっただけでも収穫だ。
こんのクソガキが。
「退かねぇよ。臨時とはいえ俺は今この子達の講師…先生だからな…。守る義務が俺にはある」
「くっ!? ふざけr…!」
「いい加減にしろよ?」
ヴィンセントが言い切る前に、俺は奴の背後に『転移』で回り込み、『アイテムボックス』から一瞬で取り出したナイフを、ヴィンセントの首筋にあてる。
声はすごく低くして…。
魔力循環に関してはもう無意識に出来るようになっているから、魔法はいつでも即座に発動できる。
周りを横目で見てみると、生徒たちは呆気にとられているかのようにこちらを見ている。
何が起きたか分からないといった感じだ。
「…っ!?」
「お前の勝手な癇癪で周りに迷惑掛けるんじゃねぇよ。それとも…それが貴族様がやることなのか?」
…自分でも驚くくらい低い声が出たことに俺は驚いてたりするんだが…さて、どうするか?
学院長の所にコイツを連れていくか?
殺人未遂だし…最悪…いや、退学になるだろ。
この状況をどうするか考えていた俺だが、ヴィンセントはというと身動きが取れないようだった。
…そりゃそうだ。首筋にナイフを当てられて暴れるやつなんかいないし。
いたらそいつはただのバカだ。
それにしても…本当にどうしようか?
「お、お前らっ! コイツをなんとかしろ!」
「えっ!? しかしヴィンセn「はやくしろっ!!」
ヴィンセントが取り巻きに対して命令する。
その時…
「今の音はなんだっ!!!」
髭を生やした先生らしき人が、焦った顔つきをしながら大声で食堂へと入ってくる。
あの音はやはり外にも丸聞こえだったらしい。
グッドタイミングだ。
「!? 何だこれは…!」
ですよねー。
俺たちの周り酷い状況だもん。その反応、それ分かります。
焼けたテーブルと椅子。伏せている大勢の生徒。
ヴィンセントを押さえつけている俺。
…。
あれ? 今の俺マズくね?
第3者から見たら俺が悪者みたいになってんじゃね?
もしかしてピンチ…?
冷静に考えてみると自分が今マズイ状況なのではと思い始める。
「おいお前!? 何をしている!?」
やべっ…!
「いや…俺はそn「動くな!!」
弁明しようとしたけど、それすら許されませんでした。
…てかその台詞は俺が言った方がしっくりくるのでは?
「生徒を解放しろ!!」
「えぇぇ…」
先生はどうやら俺がこの問題の元凶だと思っている様子。
さらに、興奮して冷静さがなくなっているっぽい。
「オイっ! 早く助けろっ!!」
この状況を好機と思ったのかヴィンセントが叫ぶ。
てめっ! お前が元凶のくせに何言ってんだ!
あと先生には敬語使え!
「カミシロ先生はそのまま抑えていてください! 私が説明します!」
ちょいとヤバい展開だったが、クレアさんが叫ぶ。
「ハーモニア!? なぜだっ!?」
「カミシロ先生は悪くありません!!」
「先生? コイツがか? …まさか今回の臨時講師…?」
「そうです!!」
オイ先生や…。初対面の奴にいきなりコイツはないだろ…。
アンタのその髭燃やしたろか? 嫌なら引っこ抜くでも構わんのだぞ?
「オイ! お前が臨時講師というのは本当か?」
「そうですけど…」
「ならば証明しろ!」
「…ちょっと待って下さい」
『アイテムボックス』を発動。
右手はナイフで使えないので、俺は空いていた左手で手を突っ込む。そしてギルドカードを取り出して見せた。
「これでいいですか? 顔は分かってなくても名前くらいは聞いてるでしょう?」
「!? 詠唱もなしに…!? 無詠唱か!?」
「なっ…!?」
先生とヴィンセントが驚きの声を上げている。
いや、さっきも見せてますけど…。
「それで…どうです?」
「…お前が臨時講師だということは、ひとまず分かった」
「それはよかったです」
「それで…、なぜこのような状況になっている? 説明してもらいたい」
「それはですね、コイツがいきなりその子「ちが…」黙れ(ボソッ)」
ヴィンセントが口を挟もうとしてきたので、魔力を当て黙らせる。
喋らせたらいらない罪を擦り付けられそうだし…。
余計な真似はさせねーよ。お前はもう終わりだ、黙ってろ。
「…?」
「…ゴホンっ! 失礼。コイツがこの子に魔法を放とうとしまして…。いや、正確には放ったんですが…」
「なにっ!? それは本当か?」
先生が周りの生徒に確認するかのように、辺りを見回す。
生徒達はというと、皆一様に縦に首を振っている。
皆さん! ナイスでーす。
そのまま頷いてくれればいいですから。
「…アルファリア。一応聞くが、それは本当か?」
「…っ!」
「アルファリア?」
ヴィンセントは答えようとしたみたいだが、声が出ないようだった。
…ああ、そういや魔力を当て続けたままだった。
…ほれ、これで喋れんだろ。
俺は魔力を抑える。
「…っはぁ!! …冒険者ごときが…図に乗るな!」
………。質問に答えてないだろそれ…。
完全に怒り狂ってるな。
「そうか…残念だ。アルファリア! ついてきてもらうぞ!!」
先生は怒りの形相で俺たちに近づいてくる。
まぁあれじゃほぼ認めたようなもんだしな…。
「くっ!?」
危険を感じたのかヴィンセントが逃げようとしたので、俺はナイフを放し、ヴィンセントの両手を封じる方向にチェンジする。
『バインド』で手首を拘束。黒い帯がヴィンセントの手首を包んだ。
これでもう何もできまい。
「くそっ!? 何だこれは!? 放せ!」
嫌です。
勝手に解けるまでその状態でいろ。
「済まない…助かる。あとはコチラで対処する。…先ほどは済まなかった」
「お気になさらずに…。あとはよろしくお願いします」
「僕を誰だt「うるせぇよ」
対応するのも面倒なので口にも『バインド』を掛けておく。
「んっ!? ん~…!!」
塞いでも若干うるさいが…まぁいい。
そのまま連行されてろ。
先生がヴィンセントを連行する。
嵐のような流れだったが…一応事態は解決したみたいだ。
若干貴族相手にやり過ぎたかもしれないが、そこはまぁ学院長から許可貰ってるしなんとかなるだろう。
こんなに上手くいってしまっていいのか少し疑問だが…。
これは【神の加護】のおかげかね?
そうして俺と生徒たちは、ヴィンセントが連行されるのを見送るのだった。




