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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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517話 裏の意思⑤(別視点)

 

 ここで夜空に立ち昇っていく闘気を目撃したナナが指を指す。その闘気の真下にはマクシムとセオドアの二人がおり、明らかにこれまでとは違う様相にナナは息を呑む。


 二人が頭部に生やした角は限界まで肥大し不気味に蠢いていた。更には歯が鋭利に伸びて牙となっており、人であるかの区別も難しくなっている。

 遠目には人型であるオークと勘違いしてもおかしくない。


「アイツ等鬼人族は肉体が死に近づくと第二段階の姿に変えられる選ばれた奴等がいる。特に純血統の場合は更に厄介でな……奴らは残念なことにその部類だ。魔族ってのはこうタフだから困る」

「死にかけて覚醒するって……なんか物語の主役みたいだね」

「本当それな。でも誰にでも備わっているシステムのバグと違って正式に定められたモンなのは確かだ。……純粋に強いぞ」

「うへぇ面倒なんですけど」


 溜息を吐いて辟易した様子を見せるフリードを見ながらナナが言う。

 既にシステムという概念をナナは理解し知っているのだ。そのため二人を純粋な脅威として捉えるに至る。

 多少の弱体化を受けているとはいえ、先程の攻防でゴリ押しによる突破では太刀打ちできないことを知ってしまった以上、自分のように搦手を得意とするタイプでは対抗策にも限度がある。現にナナは今のままでは自分に有効な対抗策はないも同然と考えていた。


「よもやここまでとはな……!」

「ア゛ァ゛ー……! 殺ス……!」

「兄の方はともかく瀕死の状態からもう回復しやがったか。意識は……混濁してんのか?」


 マクシムが先程同様に流暢に言葉を話すのに対し、セオドアは目の焦点も定まらぬ虚ろな瞳でフリードを見ていた。

 今にも倒れそうにふらついてはいるが、向ける殺意だけは真っ直ぐにフリードを捉えて離さない。意識はハッキリとはしていないがあるようであった。


「(『気』と魔力の圧が更に上がってる。さっきまでとは別人になってんな……さてどうしようかね?)」


 所詮は仮初の肉体。理想とは程遠いとしか言えない力だけでは若干の不安要素は拭えない。

 だが焦りを感じさせぬままフリードが考えを張り巡らせていると――。


「ッ!? ナナ、振り落とされんなよ!」


 思考を読み取られたのかは定かではないが、僅かな隙を狙ってマクシムがフリードに先手を取った。

 得物は先程の攻撃によって手放しており、生身による高速の手刀だ。牙と同様に鋭利に伸びた爪は十分な殺傷性を持ち最早凶器と変わらない。

 このマクシムの明らかに先程とは異次元な身体能力の上昇に対し、フリードはナナを完全に気遣うことが出来ないとすぐに察して伝える程であった。


「ガァッ!」

「うおっ!? 『鉄身硬』! 『棘氷柱』!」

「そんな薄氷など効くものかっ!」


 フリードは『鉄身硬』で防御を強化しつつ、地面と空中の二方向による攻撃でマクシムの足止めと距離を離しにかかる。しかしマクシムはその攻撃をものともせず、氷の棘を弾き飛ばしながら肉薄していく。


 その皮膚は鋼のように硬質化しており、全身に鎧を纏っているかのようである。


「増々獣染みてきやがったな……! ならこっちも――ッ!?」

「『極式・王牙』!」

「ちぃっ!」


 マクシムの突きを組み手であしらうフリードが反撃をしようと試みると、後方に控えていたセオドアによる術式が既に展開されていた。器用にマクシムを避けつつフリードに覆い被さるそれは意思を持つかのようであり、研ぎ澄まされた風の刃は距離を取るフリードを追尾し執拗に追っていく。


「誘導性能高ぇな……! 『炎熱衝波』!」


 逃げ続けても無駄だと感じ、しびれを切らしたフリードが右手に炎を纏わせ振りかざす。

 発生させた爆炎で術式ごとかき消す魂胆の攻撃だが、視界を失ったことが裏目に出た。


「『獄式・破邪』!」

「ッ――!」


 寸での出来事であった。

 轟音と衝撃波と共に、爆炎をかき消して放出された極太のマナの塊がフリードを直撃する。

 フリードが攻撃を回避している間に既にセオドアの次の攻撃は整っていたのだ。その圧倒的な展開速度はナナの感知能力すら追いつけず、フリードの速度を上回った。


「ご主人大丈夫!?」

「ああ、これくらい掠り傷だ。問題ない。……油断すんなって言っておいてこれじゃあ世話ねぇな」


 攻撃に弾かれたように脇へと逸れたフリードがたたらを踏みながら態勢を整えると、ナナは焦った顔でフリードを心配する。その頬からは肌を削られたような傷跡が残り、血が染み出していた。

 この戦いで初めてフリードにできた傷らしい傷だった。


「なんで庇ったの? 私なんて庇う必要ないよ?」

「咄嗟にそう動いちまったんだから仕方ないだろ。些細なことだ」


 ナナに向かって大したことでも変なことでもないように言うフリードであるが、そもそもフリードはナナを庇っていたのだ。

 今のナナに実体はない。仲間の力を借りて顕現させただけのそもそも肉体すらないあやふやな存在である。実体のあるフリードとは訳が違う。

 例え消されたとしてもそれはナナ本体の死ではなく、ただ顕現させた造られた存在のみが消えるというだけのことに過ぎないのだ。

 それを理解した上で、『転移』で逃げることもできた状況でフリードが反射的に取った行動がそれであった。


「(仮初でも嫌なんだよ。俺にとってこの時間自体が本来は仮初だからな……!)」


 その理由は至極単純で、仲間が傷つくところを見たくなどなかったからであった。フリードにとってそれはトラウマ以外の何物でもないのだ。

 それが必要のないことで頭では理解していようとも、フリードの意思はそれを良しとしない。


「それよりもナナ、今の感知できたか?」

「ゴメン出来なかった。アイツの術の展開ちょっと早すぎるかも。相当集中してないと無理だと思う」

「そうか。俺も今のを連発されたら反応すんのは一苦労ってところだ。一緒だな」


 ナナの返答を聞いてフリードの思考が加速する。

 フリードは頬の傷に触れながら背後を一目見て今の術式の脅威を確認すると、マクシム達に視線を戻した。


「(さっき以上の展開速度に加え威力も遥かに上昇してる。防御を上げただけじゃ防げないしもう無視はできないか。というかパイル使ってないのに発動できるのがビックリだよ)」


 セオドアの術式の展開速度はフリードをして早いと言わざるを得ないものであった。

 術式と言いつつも独自に開発したと思しき未知の術式は非常に完成度が高く、またこの時代にはパイルが必須である中でそれも既に必要としていない。

 それが意味することはつまり、この世界を形作るシステムに変化が生じていることを示す。

 フリードは思わぬところで先の時代の原点を垣間見たことに内心では一番驚きを感じていた。


「(まあそれは些細な問題で片づけるとして……一番の問題は俺の方なんだよな)」


 驚きを隠しつつ今の状況を把握したフリードだが、ここで最も重要となる問題点を直視することとなる。


「(相手の強さはこれでも想定の内。でも俺自体がここまで弱いのは誤算もいいところだ。大分潜伏して馴染ませたと思ったが……それでも時期が早すぎたみたいだ。思うように動けなくて嫌になるったらありゃしない。世界さんもうちょっと大目に見てもらえませんかねぇ?)」


 自分の身体が思うように動かせず、フリードの理想とは程遠いお粗末な力。この事実にフリードは乾いた笑みで嘆くしかなかった。

 自らが存在することをこの世界に許されている手前贅沢なことは言えなかったが、それは世界に対しあともう一声と懇願したい気持ちが沸き上がるほどだった。

 しかしながら世界の返答はというと当然の不可である。


「ご主人! 遅くなってすみません!」

「おお、ポポ! タイミング神か?」

「へ?」

「遅いよ~ポポ~」


 そこへ、高速で飛来するポポの声がフリードへと届いた。

 淡い金色で地面を照らし、後方から強い風圧と共にポポが上空から合流すると、フリードは演出、状況、手段全てが揃ったことに気を良くしたのだろう。過剰な反応でポポを出迎えるもポポの方はキョトンと事態がイマイチ飲み込めておらず、歓喜と困惑の二つの構図が出来上がっていた。


「なんでそんなに歓迎されているのか分かりませんが……凄まじい殺気ですね。微力ながら私もお力添えします!」

「「ッ……!」」


 無駄に元気な主人を軽く流し、ポポはマクシム達を一瞥する。

 フリード達に向けられていた殺気は常人なら卒倒する程のものだ。だがポポは臆することなく怯みもしない。

 巨躯に恥じぬ力強い戦意と共に並び立ったポポがマクシム達を牽制するように『羽針』に火を宿して威圧すると、今にも飛び掛かりそうだったマクシム達が一歩身を引いていた。


「おお~。お相手さんビビってるぅ。流石ポポ、存在感凄いね」


 先程からフリードが使用していた力と同様の性質を『羽針』から感じ取ったのだろう。マクシム達は明らかに警戒を露わにしているようでナナの煽りにすら反応しない。

 一時場は膠着状態となった。


「こっちに来たってことは向こうは片付いたのか?」

「ええ。命令通り一人残らず」

「んし、お疲れさん。じゃあ後はコイツらだけってわけだ」


 ポポがやってきた方角を見ても人影はない。それどころか元々あった固形物と言うべき物体全てが消え去っていた。そんな中に残ってあるものは何かの燃えカスと灰のみであり、熱気で空間の歪んだ死の平原が広がっている。


 そして次はお前らだと。フリードとポポは視線を共に合わせるのだった。


「皆死んだか……。貴様は我らが鬼の血にかけて必ず殺す」

「舐メヤガッテ……! 許サネェゾ糞ガァアアアッ!」

「そんな言い方すんなよ。それじゃこっちだけが悪役みてぇに聞こえるだろ。――ここには悪役しかいねぇぞ……!」


 周りを気にするどころではなかったマクシム達もポポがやってきたことで仲間達の死を悟ったらしい。そして悔やむ暇もなくそれぞれの殺意がぶつかり合い、互いを殺さんと怨念のように張り付く。

 ただ弔うという気概は嘘ではないが、マクシム達の殺意は個人的な鬱憤が占めている様子にも見える。


「どっちから片づけます? 理性の無い方が厄介そうですが」

「よし! ポポどっちもやっちゃって!」

「兄の方も似たようなもんだぞ。接近戦なら多分アレクと良い勝負だ。今のポポでも押し負けるだろうな」

「なんと。それは困りましたね」

「よし! ポポ一旦待機! 作戦タイム!」

「じゃあナナ。今お前の手札には何がある?」

「なんにもありません! 私の魔法が多分一番の役立たずです!」

「ハァ……ならもう少し謙虚にしててくださいよ」


 三人揃ったことの影響か。本当に殺し合いをしに来たのか疑問なワイワイとした雰囲気の中作戦を立てていくフリード達。

 マクシム達にとっては襲う絶好の機会そのものであるが、フリード達が集結したことで脅威が未知数となったことが逆に手を出せない状況を作っていた。

 また相手が臨戦状態でいる自分らを無視して微塵も眼中にないような態度を取ってこようものなら、馬鹿にされているという考えよりも疑問が先に生じるのも無理はない。


 端的に言えば理解不能である。


「はいそこまで! 作戦タイム終了。二人とも静粛に」


 数十秒後、中身のない会話が繰り返されたところを見計らってフリードが待ったをかける。


「えー、良い案が浮かびませんでしたので……俺としては片方はお前らに任せたいところだけど……流石に俺もお前らもハンデがキツイしなぁ。――うん。一旦二人共俺の中に戻れ」

「あ」

「てことはもしかして?」

「おう。お前らも俺の力を使う良い練習になるだろ? 今日みたいな限られた日はあんまりないし。幸いにも既にこの時代から存在してた力だから実は使えるんよ」


 戻れ――。この言葉が意味することを理解したポポとナナは目を丸くする。

 フリードの説明を聞いて知ってはいたが未だに試したことのないものだったのだ。少なくとも過去の自分達は未経験の。


「でもいいんですか? その……楽には殺さないって。ご主人が一番そうしたいと」

「うん。楽になんて殺すつもりは今もないぞ。でも折角アイツらが命を賭して俺達を殺りにきてくれるんだ。――このくらい適当な扱いで殺されるのも奴らには苦しいと思ってさ。だって自分達の強さに自信でもあんのか意味分からんくらい自信満々だろ? アイツら……」

「「っ!」」


 再び見せるフリードのドス黒い感情を目の当たりにし、ポポとナナは何も言い返せなくなった。

 理由らしい理由を並べていても、やはりフリードは復讐に手段を選ぶつもりがないのだ。自らを苦しめてきた存在とそれに連なる過去と未来の全てに渡り一切の容赦をしない。そこには誰の介在も許すつもりもないのだと。


 ポポとナナはこの時点でこの手段に出ることは既に決定したと確信した。

 この力を最初から使わずにいたのはフリードがただ復讐を果たせなくなるという理由だけだったのだ。でなければ初めから使用して一瞬で全て終わらせるなど造作もないことである。


「それに……もう一人で戦うのは卒業したからな。それじゃあ俺の二の舞になる。俺自身ももうそうしないことを願ってるんだ。――ガチで行こう」

「わわっ!?」

「ごしゅ――!?」


 そこまで言って――ポポとナナの身体は光の粒子へと変化した。

 二人の言葉を遮って強制的に行われた顕現解除に二人は成すすべもなく、気が付けばフリードと意識を共有していた。


「『相互融合(ユニゾンクロス)』――!」


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