515話 裏の意思③(別視点)
「フンッ!」
セオドアの盾として守るようにマクシムが一歩前へと踏み出し、地面を踏み砕きながらフリードへと肉薄する。
ハルバードを大きく振りかぶった一撃は鈍重さを感じさせず素早く、一瞬フリードを頭から叩き割るかのように見えた。しかしフリードも残影を残す程の速度で横へ一回転しながら躱しており、続いたマクシムの連撃を華麗に身を翻しながら躱していく。
「逃がさんっ!」
フリードが僅かに宙に跳んだ隙を見逃さずマクシムがハルバードを横薙ぎに払った。すると流石に回避は間に合わないと判断したのか、フリードも担いでいた大剣を持つ手に力を込めて応戦する。
真正面からぶつかり合う鈍重同士の得物によるぶつかり合いの衝撃は凄まじく、まるで鉄球が思い切りぶつかり合った音が胸を叩くような衝撃を生んだ。
「(流石は最強クラスの傭兵、武器はアルテマイト製か)――『属性付与・土』」
強烈な一撃を受け流しながら空中で姿勢を整えたフリードは着地しながら手に残る感触を噛みしめていた。そして今の一度の鍔迫り合いの際の僅かな感触、刀身が光を反射して分かる煌めき具合から互いの武器の性能差を見抜き、即座に大剣の強度を引き上げる。
大剣を橙色の淡い光が一瞬覆い、魔力で満たされた。
如何に愛用している大剣が竜の素材を用いた強力な武器であっても最大硬度はアルテマイトが勝っている。これはまともに受ければ削られて折られると判断したためである。
「これで武器の性能差でのアドバンテージはない。純粋な比べ合いといこうや」
「望むところだ……!」
大剣を左手で叩きながらフリードがマクシムに挑発の如く次を催促する。
顔には出ていないが頭に若干血が昇っているマクシムはその誘いに乗ると、再び蹂躙染みた勢いでの連撃へと乗り出した。
「この勢い、ジークを思い出すな。いや、どっちかってーとアレクの方が得物も近いか?」
「何をごちゃごちゃ言っている。随分な余裕だが舌を噛み切っても知らんぞ!」
桁外れな膂力で振るわれるハルバードを最小限の力で受け流し続ける傍ら、フリードは記憶に残る者達を思い起こす。だが戦いの最中での舐め切った緩んだ表情を見たマクシムには反感を買ったようだ。
マクシムは歯を食いしばりながらキツイ眼差しでフリードを人睨みすると、その姿を眼前から一気に消した。
「砕け散れっ!」
「っ!?(『瞬天』か!)」
すぐに状況を察したフリードが頭上を見上げると既に振り下ろしの動作に入ったマクシムの姿が映った。ギラついて光る眼光は野獣のようであり、今まさに獲物を狩ろうとしている。
『瞬天』は近接特化のスキルを持つ者が扱えるようになる上位技の一つである。『縮地』と違って用途は限定的だが、相手の頭上に瞬時に移動して奇襲することが可能な効果を持つ。
「俺を忘れてねぇかテメェ? 術式連結――」
「(ハッ……手ぇ出してこなかったのはコレが理由か。こっちは『転移』だな)」
フリードはマクシムの対処にすぐにでも入りたい所ではあったものの、自分をつけ狙うもう一つの視線に気が付いて自分の立場を更に危うく捉えるに至った。
「『トリプルランス』」
火と水と風による三つの槍。三属性を合わせ持つ複合術式が矢の如くフリードに迫っていた。
これまでマクシムの後ろに位置取るように動いていたはずのセオドアだが、いつの間にか何の素振りもない間に背後に移動していたのだ。最初から不自然なくらい攻撃に加わってこなかった理由をフリードが理解した時には既に遅く、逃げ場は絶たれてしまっていた。
「――『身体強化・小』」
そんな致命的な状況下にあるというのに、二人の攻撃が直撃する間際にフリードは薄く笑みを浮かべて小さく呟く。
「は?」
「なに……!?」
「いいね、久々に震えるよ……! やっぱこの時代の方が強ぇ奴が多いし歯応えあるわ」
一瞬、三人の攻防が停止する。それは状況としても心情としても、おおよそ予測できるものではなかった。マクシムとセオドアの二人にとっては。
二人にはフリードの動作が見切れなかった。マクシムからすればフリードが大剣を咄嗟に逆手に持ち替え、刀身に腕部を押し当てながら易々とハルバードを受け止められてしまっていた。
対してセオドアからすればいつの間にかランスへと向けられていたフリードの左手の前に現れた白い盾のような存在に攻撃を阻まれ、完全に術式を消失させられてしまっていたのである。
「(馬鹿な、我とセオドアの二人で微動だにせぬだと……!? 人族にこんな力があるはずが……!?)」
「(なんだこの白い結界、三属性を打ち消しただと……!? こんなもん見たことがねぇ……!)」
どちらも息を合わせるタイミングも攻撃の質も妥協など一切していなかった。その手応えがまるでないとなれば驚愕してしまうのも無理はないことである。
「何ボケっとしてんだ。舌噛み切んぞ」
「っ、ぐっ!?」
驚愕することが無理のないことでもそれは大きな隙であるということに変わりない。
フリードが屠りに来た相手に対してそんなチャンスを見逃すはずもなく、大剣に掛かる体重を身体を捻って逃がしつつマクシムの脇へと移動する。そのまま捻りの動作を回転に繋げて脇腹に思い切り蹴りを叩きつけると、マクシムの身体がくの字になって吹き飛んだ。
「兄貴!?」
「人の心配してる場合かよ」
「つっ!?」
兄が吹き飛ぶ様を目の当たりにしたセオドアが叫ぶと同時だった。すぐさま標的をセオドアへと変えたフリードはその手に持っていた大剣をセオドアへと思い切り投げつける。
重力をものともせずに風を切る刃は触れれば只では済むはずがないのは容易に想像がつく。セオドアは最早反射的に自身の中で最も早く展開できる術式を形も成さぬ不完全な状態のまま展開し、ほんの僅かにだが軌道を逸らすのだった。それでも被弾は避けられず左腕から鮮血を飛ばしており、一度大きく退いて態勢を立て直しにかかる。
「この時代にあるまじき術式展開の早さだなお前。そりゃこの世界でも有数にのし上がれるわけだ。――危険極まりねぇよそれ」
「くっ……!?」
少しずつ歩を進めて距離を縮めてくるフリードの鬼気迫る迫力を目の当たりにし、セオドアが僅かに尻込みする。
セオドアは兄と違い接近戦は不得手だ。先程繰り広げていた兄との攻防から接近戦になど興じようものなら命が幾つあっても足りないのは明白だ。素手の状態など誤差でしかない。
そんな相手が今度は自分に狙いを定めているのだ。万全の状態ならまだしも今は術式も構築できておらず、下手な小細工も通じないうえ逃げることも厳しい状況だと嫌でも理解してしまった。
「っ!?」
「『剛戦斧』!」
いつ動き出されてもおかしくない中、その状況は急展開を迎える。
「おおう、あっぶね……」
「あの程度でやられる程ヤワではないぞ……! 舐めるな小僧!」
大地が砕け隆起する威力の一撃を不意打ちで叩き込んできたマクシムがフリードに向かって凄み、ハルバードの切先を突きつける。
躱されてしまったのは予想の範囲だったのかマクシムに特に驚いた様子はない。向ける目つきも獲物を狩る目ではなく、既に生死を掛けた命を燃やすものへと変化を遂げている。
「悪ぃ兄貴、助かったぜ!」
「全力で行けセオドア! でなければ殺られる!」
「十分分かったっての! 支援は任せろ!」
弟の危機を察したマクシムによりセオドアの首の皮は一枚繋がった。そして改めてフリードと対峙する二人は相手への認識を改めると、決してどちらかでも欠けてはならないと絶対条件を再設定する。
到底一人でどうにかできる相手ではないと判断したのだ。片方でも死ねば漏れなくもう一人も死ぬ。そんな未来しか描けず、フリードをこれまでに出くわした猛者など比較にならない最強の相手だと認めた瞬間だった。
マクシムは吹き飛んで地面を転がったことによる傷でこめかみ付近から血を流していたが、それは軽傷レベルの心配無用なものだ。セオドアの腕の流血も似たようなものであり、お互いに動きに支障は出ないと判断して特に気にすることもなかった。
――が、実際のところはそんな気を回す余裕もなかったのが実情である。
「いいねぇ、ちったぁ殺してきた奴の気持ちが分かってきたか? 精々必死こいて殺しに来い。その分お前らが死ぬとき、殺された人らの無念も晴れるってもんだ」
後悔しろと言わんばかりにフリードは二人を嘲笑する。そして大剣を手放して空いてしまった右手を軽く開き、無数の金に光る羽を宙に漂わせ始めた。
羽達はフリードの右手と連動するように身体をぐるりと一周すると、陣形を整えて形を刃へと変形させていく。
「ナナ、あの口悪い方を適当に抑えろ。奴の術式を妨害するだけでいい」
「あ、そろそろ私も出番? てことはようやく本領発揮?」
「いやまだだな。取りあえず俺はこっちを削ってるから……少しずつどん底に叩き落す。可能な限り楽に殺してたまるか」
「……ご主人こっわ」
背筋の凍るようなフリードの意思を聞いたナナは複雑な心境で、それでいて純粋に戦慄を覚えて身震いする。
フリードが間違いなく人殺しをする者の目をしていたからである。
出来れば認めたくはない、止めたい気持ちがナナにはある。しかしながら人を殺めてしまわないことを最後の一線にしてきたはずの主人をここまで変え、その経緯をある程度把握しこうして目の当たりにした以上それは不可能だと諦めの感情がナナを塗りつぶしてしまう。
この闇の深さは、フリードが奪われたものの重みは計り知れるものではないのだと。
「お前等みたいな死んで当然の悪党だとこっちも楽だよ。殺しても大分気が楽だから、なっ!」
「来るぞ!? 避けろ!」
無数の『羽針』の群れが一斉にマクシム達を襲うため飛来する。足元からは地面から突き出した棘の波が押し寄せ、大規模な攻撃の嵐が二人を呑み込んだ。
※8/23追記
次回更新は本日です。




