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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
516/531

514話 裏の意思②(別視点)

 

 ◆◆◆




 東の地より遥か彼方。

 ヒュマスの北端に位置し、海辺と内陸を遮るように連なる連峰の麓。そこにある一座が野営を張っていた。


「オイ起きろセオドア」

「……どうした兄貴?」


 消え入りそうな薪の匂いと僅かな火種を残して火の番をするのは頭部から一本の角を生やした男だった。

 布を天幕にしただけの簡易テントに向かって背中越しに話しかけると、同じく角を生やした弟であるセオドアと呼ばれる男が怠そうな声で返事をした。


「先程から嫌な予感がする。肌がチリチリと反応して止まらん」

「なんだって……? 分かったよ。すぐ支度する」


 兄の固く張り詰めた声に只ならぬ気配を感じたのだろう。セオドアは意識を切り替え身支度を瞬く間に整えてテントから這い出ていく。

 兄であるマクシムはこの一座のリーダーだ。その兄の指示はいつも的確であり、危機に対する予測も殆ど外れたことがない。そのことをセオドアはこれまでの人生の中で身を持って知っており、絶大な信用を置いていた。


「確かに嫌な気配を感じやがるな……。それにえらく静かだ」

「ああ。明らかにこれは異様だ。セオドア、皆を起こせ。最悪この場から離れることも視野に入れる」

「おう」


 マクシムの指示に頷きセオドアが周囲に並ぶ仮のテントへと駆けていく。


 マクシム率いるこの一座は世に数多くある傭兵団の中でも非常に悪名高いことで有名な鬼族の集まりである。金払いさえよければ非人道的なことでもなんでも平然とこなす彼らを、知る人は皆その風貌と重ねて悪鬼と呼び恐れているほどだ。

 十数年前までは魔大陸の地域でのみ囁かれていたはずがここ近年では魔大陸から活動規模を全大陸に移したということも加わり、悪評の広がりは今もなお留まることを知らない。


「なんだアレは……!?」


 これまでにこなした依頼は数知れず。殺め辱めてきた者の数など覚えてはいない。鬼族の長寿体質と積み上げた経験は最早彼等を歴戦と呼ぶに相応しいまでに鍛え上げてしまっていた。

 しかし、その中でも筆頭であり飛びぬけた能力を持つマクシムとセオドアの二人でさえこの事態は予測できるものではなかった。


 ふと、夜空を浮かぶ星々の中に一筋の光を捉えた。流れ星にしては妙に距離間が近く、かといって近くもない。煌々とずっと光り輝くそれは他の星々と違って奇妙な躍動感があり、誰の目をも吸い込ませるような美しさがあったのだ。


「っ……!? 全員今すぐここから離れろ! 急げ――」


 だがその美しさはまやかしであった。

 静かな夜がざわめきを帯び始め、目を覚ました団員達がこぞって一様に空を見上げ始めた頃、マクシムは目の前に一気に詰め寄ってきた危機を前に声を張り上げた。――が、その判断は既に遅かったようだ。


 僅かに光の大きさが増した時だった。その光は瞬く間に視界を覆う程に膨れると、爆音と共に戦鬼達を一瞬にして呑み込んだ。

 要は光は近づいていたのだ。遥か遠く離れた位置からこの場所まで。


「くっ……!? 何が起こった……?」

「ぅ……あー……」


 砂煙が舞い熱風が肌を焦がす。蒸し風呂に可愛さを覚える熱気に見舞われながら、天地がひっくり返ったような光景が広がる。


「あ、兄貴……無事か……!?」

「どうにかな……」


 爆風を叩きつけられ遊ばれるように地面を転がっていたマクシムとセオドアの二人は、捲れた地面に埋もれた状態から這い出し、何も分からぬままよろよろと立ち上がる。

 身体こそ運よく五体満足だったようだが頭の混乱は避けられなかった。あまりにも突然だったのだ。

 二人は周囲を見回して無残にも破壊されて散らばった野営地の破片が燃えて辺りを照らし、煌々と揺らめいているのを受け止めることしか出来ずにいた。


「はいお休みのところどーも。奇襲の有用性はお前等も十分理解してるよな? さてお目覚めは如何?」


 突然、どこからともなく軽快な声がした。あまりにもこの惨状に相応しくない場違いな声は意識を保っていた者達の耳によく響く。


「あ……? なんだテメェ……!」

「……」


 砂煙が晴れ、マクシムとセオドアの二人は影を伸ばした一人の存在を捉えた。そして地面に残る衝撃波の中心に立つ者。この者こそがこの惨状を生み出したとすぐに察した。

 途端に二人の全身を殺意が満たし、額には青筋が浮かぶ。


「パイル起動……『アイテムボックス』。――兄貴!」


 相手を認識してからの二人の行動は早かった。

 セオドアは首から輪状にして掛けていた小型のパイルを起動すると、術式を展開して虚空から大人の背丈をも超えるハルバードを取り出す。そして重量感ある得物をマクシムへと投げ渡した。

 マクシムも無言のまま重さを感じさせぬ軽快さでハルバードを受け取るや否や、視線は目の前の元凶から離さずに身構えて大きく深呼吸して集中するのだった。


「貴様……我々が誰か分かっての行いだろうな?」

「当然だ。お前らこそ何でこんな目に遭うのか分かってんだろうな?」


 静かに凄むマクシムに言い返すかの如く語尾を強めて男も言い返す。すると男は片足を少しだけ上げると一瞬制止し、その後に思い切り地面へと叩きつける。


「『タイタニックロア』」

「「っ!?」」


 地面を踏み砕くと同時に術式が起動する。

 野営地を中心に円形に地面が大きく裂け大地が叫ぶように揺れる。マクシム達の足裏を伝う振動が何度も身体を駆け巡り、僅かに地面から身体を宙に浮かび上がらせる程だ。

 やがて野営の跡地を大きく囲うように大地には裂け目が出来上がりこの場から逃げることが叶わなくなった状況を見て、二人の脳裏に浮かんだのは驚愕の二文字。周囲までもが破壊し尽くされる光景を前に息を呑む二人に向かい、黒衣を脱ぎ去った男……フリードは言った。


「逃げる選択肢はやらん。お前らクズ共に二つの選択肢をやるからさっさと選べ。一つは『血の誓約』を結んで俺に死ぬまで使い潰される奴隷の道。そんで二つ目は今ここで殺される無駄死にという断罪の二択だ」

「「却下だ。貴様(おまえ)が死ね」」


 あまりに理不尽で無慈悲な要求に対し、二人は即答で一蹴する。

 マクシムも露骨に表情にこそ出ていないが苛立っており、セオドアに至っては額に生えた角が隆起し怒りが最高潮を見せている。


 鬼人族は激しい怒りの感情を覚えると自らの角が肥大する特徴がある。これは角にも多くの血管が通り、流れる血流が増すことによる生理的な現象である。

 その昔、鬼人族の角が大きくなったらすぐ逃げるか下手に出ろと教える地域もあった程だ。少なくとも酷く不安定な状態であるのは間違いなかった。


「即答かよ。でも自分のこれまでの行いを省みてから言えよ? 生かしてもらえる案を提示されただけ有難いと思え」


 どんな猛獣も尻込みしそうな二人に凄まれてもフリードが毛程も意に介した様子はない。肩を竦めて呆れを見せるだけであった。


「と、頭領……! 一体、何が……!?」

「生き残った者は全員戦闘態勢に入れ。敵襲だ」

「あー交渉決裂? そっかそっか。――じゃあ死のうか?」


 三人の間に展開する殺気の中に辛うじて生き残った団員が一人横やりを入れると、マクシムは短く端的に状況を伝えて指示を飛ばす。

 その様子を見たフリードは恐らく期待などしてはいなかったのだろう。元々用意していたかのように自らの意思を伝え。両肩にポポとナナの姿を顕現させる。


「(……高い殺意とは別に『気』は驚くくらい鎮まってるな。アスカさん程じゃないにしろ練度は流石に高いか……。微塵も慌ててないのはまだこっちを測りかねているってとこだろう)」


 マクシムとセオドアの内側を探ったフリードも行動方針を定めて動き出し、マクシム同様に指示を飛ばす。


「ポポ。一先ず俺はこっちの二人をやる。一時的に解除させるから周りの雑魚共は任せるぞ。――やり方は任せるけど一人も生かすな」

「はい」

「「「っ!?」」」


 既に先の爆撃によって死んだ者も多数いるが元は50を超える規模の大所帯。怪我の落差はあれど生き残った者も多数いる。いつの間にか周囲に姿を見せ始めた団員達を確認したフリードに従いポポは頷くと、肩を離れて巨大化を果たす。


「え~!? なんでポポなのさ!?」

「ナナの力はこの前それなりに使ったばっかりだから回復してないんだよ。我慢しろ」

「久々なのに!? ぶー!」


 巨大化して指示に従うポポを見ながらナナが文句を垂れる。ぷくっと膨らませているのか頬当たりの羽毛が膨らんでおり、大層不満であることを主張していた。


「ちょ、やめっ……やめろっての! お前は俺のサポートしてくれっ!」

「む~……サポートかぁ。それならまあ、いっか」


 フリードの頬にビシビシ氷の礫をぶつけていたナナだが、鬱陶しそうにしながら言われたフリードの言葉に少し逡巡した後渋々納得したらしい。それと同時に礫を飛ばす行為を止めた。


「今の状態だとまだコイツの力の半分も出せないからな。まともな殴り合いじゃ少し危うい」

「うそっ!? この人達そんな強いの!?」


 ナナが驚愕の声を上げて自身を指差すフリードをギョッと見る。それは単にフリードの強さを十分に知っているからこそであり、まさかそんな評価が下されるとは思ってもみなかったのだ。


「単純な強さなら覚醒したシュトルムやカイルさん相当はあると見てる。特に連携されるのが厄介でな。そっちのが脅威的だ」

「そんなに? めちゃ強いじゃん……。確かにあの爆風でもほぼ無傷みたいだけど。でもご主人よくそれであんな啖呵切れたね……」


 冷えた頬を摩りながら淡々と話すフリードにナナが懐疑的な眼差しを向けて言った。

 ナナがフリードの発した数々の強きな発言が全ては強がりの様に感じたのも無理ではない。ただ、虚勢を張るからにはそれなりの理由があるのだろうなとは内心思っていたのだが。


「そりゃお前達がいるからな。奴等が如何に脅威的だろうが俺達の連携の方が勝る。……行くぞ」

「うん!」

「「っ!?」」


 元々金に染まっていたフリードの両目が銀色に切り替わり、フリードの中を占めていた力の質が変容する。

 左手に魔力を、右手には大剣を担いで携えるフリードからは実体はなくとも圧を感じる覇気が溢れ、マクシム達の殺気を押し流す勢いで流れ出す。


「(この者、やはりどちらもいけるクチか。目の色が変わったのも気になる)」

「(一瞬でマナを練りやがったのか。だがパイルが見当たらねぇ……それに一体どんな能力だ。噂に聞く【精霊師】ってやつか?)」


 帯びるように纏わりついた左手の魔力は紫色に染まり炎のように揺らぎ、小さく弧を描いてマクシム達へ差し向けられる。同じく歴戦の猛者の雰囲気を見せつけながら深く腰を落とすフリードを見て、マクシム達は未知の力の気配を感じ一層警戒を強めるのだった。


「合わせろセオドア!」

「任せろ!」


 最初にマクシム達が動き出した。

 掛け声を合図に二人が同時に腕を振るうと、地面を砕きながら進む衝撃波と風による斬撃の嵐がフリード達を襲う。

 並のモンスターなら容易に消し飛ぶ威力の合わせ技は凄まじい音を巻き散らし、すぐにフリード達の眼前へと迫りくる。


「ナナ」

「うん!」


 フリードとナナも息を合わせて意思を疎通させそれぞれ動き出す。

 特に予備動作もなく風の斬撃はナナが土を隆起させて防ぎ止め、衝撃波に関してはフリードが大剣を叩きつけることで無理矢理消し潰すのだった。


「我等を敵に回した事を後悔するがいい!」

「俺等を超えようなんざ千年はえーよ! 生まれ変わって出直せ!」


 攻撃の音が鳴り止まぬ中、両者の主張がぶつかった。


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