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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
515/531

513話 裏の意思①(別視点)

 

 ◇◇◇




「……」


 夜も更け月明かりが最も強くなる時間。それに合わせたかのようにフリードは目を覚ました。

 仰向けの状態から意識が突如として覚醒したのか目を思いっきり見開くと、やがてその目に込めていた力が徐々に抜けていく。


「(……身体に疲れはなさそうか。ま、そりゃ大したことしてないから当然か、って……)」


 全身に感覚を集中したフリードは真っ暗闇の中で自身の意識を安定させる。そして気だるそうに布団から抜け出そうとしたところで、すぐ隣にいた存在にどうやら気が付いたらしい。


「(当然とはいえ相変わらず無防備だなぁ。毎度和ませてくれる)」


 記憶のない内にいつの間にか布団に潜り込んだのだろう。安らかに寝息を立てるセシリティアを慈しむ眼差しで見つめ、フリードはその頭を優しく撫でる。


「ちょっと行ってくるよ」


 フリードは少しばかり名残り惜しそうな様子ではあったが布団から抜け出すと、セシリィが起きていないことを確認して部屋を抜け出す。

 襖を開けた縁側には月明かりが差し、晴れた夜空には雲がくっきりと浮かんでいた。


「……?」


 東の地域では見慣れない靴を履き、コソコソと音を立てぬようにそっと玄関から外へと出たフリードはふとある気配に気づく。そしてすぐにその気配のする人物を視界に捉え、少々迂闊であったことを内心では反省した。


 理由は定かではないが玄関先にはアスカがおり、腕を軽く組んで月を眺めていたのだ。

 気配を絶っている様子は微塵もないが、あまりにも自然な平常時の在り方がその存在を感知出来なくさせていたのである。言わばそこに居るのに居ないようなもので、自然とほぼ同化していた。


「アスカさん? まだ起きてたんですか?」

「フリード君か? 君こそどうしたってこんな時間に――っ!?」


 脅かさぬように声量低めにアスカに話しかけたフリードであったが、その対応とは裏腹にアスカの反応は過激かつ過敏なものであった。

 一瞬は気の抜けた反応であったものの、途中から一気にその顔を緊迫したものへと変え、フリードから飛び退いて距離を取ったのだ。そして着地と同時に腰を低く構えて臨戦態勢へと移っており、その一連の動作はまさに一瞬の出来事であった。


「いきなりどうしたんですか?」

「……いや、違うな。誰だ君は(・・・・)?」


 フリードの困惑もお構いなしにアスカが静かに言った。

 敵意の籠った眼力は『気』を伴いまるで刃物のようにフリードへと鋭く突き刺さる。

 すると――。


「ハッ……! やっぱり世界一の使い手には敵わないか。流石は現代でも最高に君臨し続けたままのアスカさんだ。本当に恐れ入る」

「……」

「一応正真正銘フリードですよ。ま、貴方の知るフリードとは大分違いますがね。いやーそれにしても……流石流石」


 降参とばかりに両手を挙げてフリードが笑った。そして自らが偽りの身であることを早々に明かすのだった。

 そして一度明かしたらというものアスカをベタ褒めするフリードだが、これは不覚にも出くわしてしまったアスカ相手に取り繕うのは厳しいと判断したためでもある。


「もしかして……前にフリード君が言っていた彼の中にいるという誰か、か?」

「ああ、そう言えば俺はそんな話もしたんだっけ? うん。その認識で合ってますよ。それなら話が早い」

「やっぱりか」


 今のフリードが誰であるのかを察していたアスカはすんなりと事態を呑み込んだ。


「――つっても、警戒までは解けないよなぁそりゃ」

「そりゃね。フリード君以上の得体の知れない化物と聞いてる以上は無理ってもんさ。さっきから冷や汗が止まらないよ……!」


 しかし理解と許容は別問題だ。存在を理解しただけでその危険性までは図れない。

 現にアスカは今のフリードが内に抱える『気』のおぞましさを理解出来ずにいた。表面上では笑っていて友好的に見えるにも関わらず、その実『気』は今にも我が身を喰らおうとするかのようだったのだ。


「――取りあえずアスカさんをどうこうするつもりはないからそこは安心してくれ。むしろアンタの安全は俺が未来まで保障するよ」

「いきなりだね。ならその燻ってる『気』をどうにかしてからにしてくれないか?」

「そりゃ無理ってもんだ。……もうこれが俺にとっての通常なんだ」

「これが通常って……。こんなの命を削ってるのと一緒だぞ……!? 自殺行為と変わらない」

「……」


 不安の感情はありつつもアスカはフリードへの心配を口にする。意識は別として肉体はフリードであるため無理もない。

 一方で問題のフリードは黙って目を逸らすだけであり、遂にその返答が帰って来ることはなかった。


「さて、アスカさんと出くわしたのは予定外だったけど、行かせてもらうよ。時間も押してるんでね」

「っ!?」


 やがてフリードが止まっていた足を進めてアスカに向かっていく。アスカはぐんぐんと距離を詰めるフリードを遥か天にまで座す岸壁のようだと思いつつ、押しつぶされる気持ちで足を踏ん張る。

 そして岸壁が自分をすり抜けていくところで微かに吐き出せた声で聞くのだった。


「何処へ、行く……?」

「んー、野暮用。ちょっとお掃除しに」


 お互い振り返らず、言葉のみでの意思疎通。フリードの言う掃除とやらに不穏な気配がしたアスカは増々身体から出る冷や汗を強く感じていた。


「自分の存在については重々承知してる。今この瞬間に居ちゃいけないってのも分かってる。だからさ、アスカさん今見たのは全部黙っといてくれよ。そうしてくれると俺も世界的にも助かる」

「なに?」

「俺としてはアスカさんはセシリィも心を盗み見ないような人だから正直そんなに心配はしてないんだ。だからこれは俺の我儘……嫌だったら断んのは自由ですけどね」


 アスカに表情こそ伝わらないが、内心ではフリードも複雑な状況ではあった。

 これは単にフリードがここでアスカと遭遇する想定をしていなかったのが理由だ。フリード的にも対処は考えていなかった、というのが本音であった。


「もし、断ったらどうなるんだ?」

「……その時は嫌だけど強要するまでだ。そんで記憶の改変をして今の出来事を全てなかったことにするだけだ」

「記憶の改変って……ちょっと待ってくれ!? まさかフリード君の記憶がないのって……!?」

「勿論俺がそうしたからに決まってる。全部自分の身勝手な理由ですがね」


 アスカがここでフリードに振り返った。

 フリードが散々自分自身の記憶がないことに悩んでいるのを知っていたため、まさかここで思わぬことが聞けるとは思わなかったのだ。またフリードもそこまで隠す気もないらしい。


「コイツは俺同様にどうしようもない馬鹿だが、それでもコイツにしかできない役目が待ってるんでね。多少のおいたは勘弁して欲しい」


 同じくアスカに向き直り、自分自身を指差しながらまるで自嘲するように許しを請うフリードだがその行いを悔いている様子はない。


「……一つ、聞いても良いかな?」

「ん?」

「本人も記憶改変については了承済みでそうしたのかい?」


 そんなフリードの態度を見てしまったからか。アスカがフリードへと聞いた。


「ああ。アイツは今記憶になんか残っちゃいないだろうが事前に打ち合わせした上でこの現状は生まれてるよ」

「そうか」

「……どうしようもなかったんだよ。為す術もなく蹂躙されて、守りたかったものも全部奪われて、俺の今まで全てを否定された。あの頃を取り戻そうと足掻いて足掻いて……でも万策尽きて……。結局俺が行きついたのがコレだったんだよ」


 空を見上げるフリードの姿は哀愁に満ちていた。そして強く握りしめる拳の震えは怒りや後悔、本人も語り切れない感情を露わにしている。

 アスカはそんな状態のフリードの燻る『気』を僅かにだが読み取ることができ、自分の意思を固めるのだった。


「――分かった。君等の総意っていうことであれば、僕は今君が言った見て見ぬフリを貫くよ」

「……助かるよ」


 フリードの要求をアスカは呑むことに決めたのだ。その判断に至ってくれたことに対し、フリードの返事も心なしか安堵しているようだった。


「君の存在については恐ろしさを今でも感じてる。それでも……フリード君を僕は信用してるからね。きっと君のことだ。何かを守る為なんだろう?」

「……ああ。微塵も向いちゃいないがこれは俺にしかできないことだ」

「なら安心したよ。仮に君等の行いを咎めることになったとしても、それでも僕は君等を後押しすると思う。君が無条件に僕に力を貸してくれたように、こんな形ではあるけど僕も無条件で今君の助けになろう。……色んな意味で止められるはずがないさ。護りたいって意思は止められるものじゃない」

「……」


 ここ暫くの自分のカリンに対する行動を踏まえ、アスカは身を持って断言する。そしてそんな自分に自ら手を差し出した人物が同じような行動に踏み切ろうとしている。

 自分自身そのものの在り方をアスカに否定できるはずもなかった。


「血ってのは恐ろしいな。呪いとはよく言ったもんだ。良い意味でだけど」

「血?」

「ああいや、こっちの話だから気にしないでいい」


 僅かに笑みを浮かべるフリードの呟きについてアスカが反応するもそれは遮られてしまう。アスカは少々気にはなったものの、素直に言われた通りそれ以上追及することはしなかった。

 気付けばアスカの身体に既に緊張はなかった。




「念押しだけどアスカさんの今後は保障する。ちゃんと幸せになってもらわないと俺も困るんでね。――じゃないとトウカさんやヒナギが生まれない。そして……『絶』も」

「それって……」

「これもこっちの話。――ま、そろそろ行くよ。朝になったら元通りだから変わらずコイツをよろしく頼むよ」


 内心では久々の知り合いともっと話したい欲求のあったフリードだが、限られた時間に縛られている以上は悠長にしていられない事情がある。名残惜しそうにそそくさと引継ぎを済ませると、アスカも頷いてその姿を見守る。


「あ。そうだアスカさん。今の俺に会うのは最後かもしれないんで、最後もう一個お願いしてもいいですか?」

「なんだい?」

「アスカさんはきっと頷いてくれるんでしょうけど、多分コイツが――」




 そして最後に、フリードはアスカに極めて重要な頼みごとをするのだった。




 ◆◆◆




「『相互融合(ユニゾンクロス)』――」


 暗闇の中、僅かな月明かりを受けて金色の目が反射する。

 二つの金の軌跡が疾風の如く地を駆け、アネモネの地域を後にした後。人気もなく続く野山の中を北へと向かい、フリードは一時的に夜目を効かせ雑木林が入り乱れる中を一気に駆け抜ける。


「(リエルの話では奴らは今野営中のはず。なら今日は逃せない……!)」


 やがて谷底に川の流れている飛び出す様に突き出た崖から思い切り飛び上がると、宙を舞いながら半身とも言える彼等を呼び出した。



「もう出てきていいぞ。――ポポ、ナナ」

『やった! ひっさびさに自由だーっ!』

『ナナ、大声禁止。真夜中ですよ』


 フリードの両脇に白い光が生まれ、それぞれで金と銀の色に変化する。やがて光は形を巨大な鳥の姿へと変えると、ポポとナナの姿が現代に顕現した。


「狩りの時間だ。気ぃ引き締めていけよ」

「「了解!」」


 顕現した傍から騒ぐナナと落ち着いてそれを窘めるポポ。フリードは口では厳しく言いつつも変わらぬ二匹の姿にその表情を弛緩させるのだった。




 闇夜を金と銀の光が走る――。


※次回更新は本日12時です。

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