512話 農民の極意
久々の更新になり申し訳ありません。
「フリードもうちょい右の方持ち上げてくれー。あーそうそうもう十分だ」
「ウイーッス」
初っ端からひと悶着あったこともあり、ヴェントさんが予定していた農作物の収穫は午後に回し午前中は荒された畑の整備と状態確認に変更となった。
ヴェントさんの指示のもと簡単な手伝いを淡々とこなしていると、正午を回る頃にはお互いに腹が減るのを感じて作業は一旦そこで切り上げとなり、半日で全て終わる内容でもないため一度村に戻ることとなったのである。
一応午後は修業がしたいので俺の仕事もここまでだ。力仕事くらいしか力になれなかったが、まあ仕事はそこそこしたと思う。現在進行形で。
「ヴェントさんそっち大丈夫ですか? 少し押しますよー」
「よーしドンとこい! ――ふいーっ! なんとか乗ったな。台車二台持ってきてて良かったぜ」
息を合わせ、半分程乗せ上げたグリズビットの身体を下から持ち上げるように押す。台車が揺れてバランスを取るのが難しかったが、なんとか安定させて山場は乗り切ったようだ。ヴェントさんが額に滲んだ汗を拭いながら一息ついている。
「そんじゃ戻りますか」
「おう。てかその『属性付与』っていうの本当にスゲーのな? 台車マジでビクともしてないなんてな」
「そういう術式ですからね。多分まだまだ耐えられますよ」
「そりゃいいや。俺もこんな便利なモンが使えたらなぁ……」
ヴェントさんが『属性付与・土』で強化された木製の台車を羨ましそうに見る。
しかし、駆除したグリズビットは随分大物だったらしく重すぎて大の大人が数人集まっても動かすのがやっとという程だった。体感だが恐らく500キロは軽く超えているように思う。
今回は一人用の荷車を並べて連結させることで無理矢理乗せて対応こそしているが、そもそもこんな重量に耐えられるような構造はしていないため力技だ。『属性付与』なら強度と耐久性は一時的に引き上げることができる。
「せーのっ……!」
台車を並べて簡易連結させ、固定して乗せたグリズビットを二人で引いていく。
死体である為『アイテムボックス』に入れることも考えたがそれは棄却された。なんでも大物を狩った事実を見せびらかすことで村の人らに今夜は御馳走だとアピールするらしい。
「村の奴等いきなりグリズビット持ってこられたら驚くだろうな。いつもなら人を集めて運んでたからさ。――フリードがいてくれて助かったぜ。その小さな身体のどこに力があんのか気になるけど」
「ハハハ」
ドッキリですか。この村にはちょっとした刺激になっていいのかね? まあ悪いことにはならんだろうけども。
「おおーヴェントや。今日はこれまた凄く活きのいいやつ収穫したのぅ?」
スローペースで農道を進んでいると、脇に幾つかある畑から不意に声を掛けられた。視線を向けると手拭を片手に屈んだ姿勢から立ち上がったお爺さんがおり、こちらを向いていた。
「よおラル爺。本当は作物の収穫予定だったんだけど別のが捕れちまったんだ。後で配りにいくから今日夕飯のおかず要らねーぞ」
「いつも助かっとるよ。悪いのぅ」
「いいっていいって。良いモン食って長生きしてくれよ」
収穫というより狩猟なんだけどな。まあ元々作物の収穫予定ではあったけども。
それぞれで固有の生業もあるが自給自足の面が強い地域の生活だ。常に隣人に分け与える精神が根付いている故かもしれない。
どうやら東の人達は基本的に得たものを独占するような考えがそもそもないようだし。
「なーフリード。お前から見てアスカってどんくらい強いんだ?」
「どうしたんですか急に」
暫く台車を引いてお互いに沈黙が続いていると、唐突にヴェントさんがそんなことを聞いてきた。
「単に聞いてみたくなっただけだよ。俺ってアスカの一個上なんだけどさ、同世代だとどんなもんなのかなってふと思って。意外と比較する対象ってあんまいねーんだよ。周りジジババやチビ達が多いからさ。カリンだって……アレだろ?」
「……言われてみれば確かに」
ヴェントさんの言葉に確かにと思いつつ、同時に同情した。
アスカさんとカリンさんが同世代にいたら比べるレベルが確かに違いすぎる。
「そうですねぇ……。このグリズビットとかいうのを単独で仕留められれば相当強い部類に入ると思いますよ?」
「何言ってんだよお世辞のつもりか? こんなのちょっと厄介な獣くらいだろ。それとも外の方はそんなもんなのかよ?」
「……」
冗談は止せと言わんばかりに半笑いするヴェントさんに思わず閉口してしまった。
これが普通……? アンタの方が何言ってんの?
「……なんだよその顔は。俺なんか変な事言ったか?」
「ええ、そりゃもう。番長がやっぱり番長なんだなって……」
「あん? 番長? 誰が……?」
俺の呆れに首を傾げる番長を見て言うだけ無駄だなと思った。
さっきから変なことしか聞いてないし見てませんが?
こんな獣が当たり前のように現れたら軽くパニックだわ。少なくとも専門家の判断仰いで対処する案件ではあると思うぞ。
セルベルティアなら連合軍の駆除隊が動くだろうな。
「だってよく考えてみろよ。ゴブリンの方がよっぽど厄介だぜ? アイツらすぐ増えるし常習的に荒してくるし。そんで血は汚いわ周辺の動物も根こそぎ狩るわでたまったもんじゃない。数の暴力の方がよっぽど面倒だ」
ゴブリン>グリズビット
ふむ。なんか既におかしいよなぁ?
よく考えたってゴブリンの方がマシって考えには至らねーよ!
「いや待て……そう考えると害虫とかの方がもっと厄介か……? アイツ等の隠密性はとんでもない。敵を分析し知識を積み重ね、それでも尚この目をも掻い潜ってくるのが奴等だ。葉を食い荒らしたりするただのならず者集団なら対策の立てようはあるが、隠密性特化の目に見えない奴等には毎度手を焼かされるしな」
オイオイ何か言い出したよこの人。番長気を確かに。
というか害虫>ゴブリン>グリズビットって……。
「言うなれば奴等は影の暗殺者。畑に巣食う闇の住人だ。忍び寄る奴らにかかれば俺らなどひとたまりもない、か……。」
暗殺者=害虫>>>ゴブリン>グリズビット……?
んんん? 何だこの出来上がっていく変な図式は。
俺の常識と図式の説明が噛み合ってなさすぎて頭バグりそう。
なんか常識と認識が反比例しとる。
「ま、まあヴェントさんの認識は置いといて……。アスカさんって真面目ですから才能がなくても力をつけるでしょうけどね。よく素振りとか足捌きとか反復練習してましたし。ああいう地道な積み重ねが出来る人なんだから納得しかないです」
「おおそれな。アイツ暇さえあれば修業してっからなー」
自分の中で何かが変わってしまいそうな、または悪影響を受けそうな予感がしたので一度俺は話を元の路線へと戻すと、その意向に特に気にした様子もなくヴェントさんも乗っかってきた。
素振りしてると気持ちが落ち着くって言ってたっけか。雑念が消えるとも……。
俺なんか集中が長続きしないから修業中でもお構いなしに雑念だらけだ。悪魔に常に肩掴まれてるレベルでよく本題からズレるからアスカさんのその感覚には尊敬するばかりである。
特に最近なんか悪魔を小悪魔風セシリィに置き換えてたりするしなぁ……。
ただでさえ俺に甘いセシリィが悪魔の囁きをしてきたら……そりゃね? 抗えるわけないッスわ。
……まあこんな大分ヤバい思考回路の自分には流石にキモいとは思うけども。でも自覚出来てる分まだマシ? ですな。
「アスカはな~……ありゃ相当な狂人の類だと思うぜ? 武の精神もだが才能に甘えず努力し続けるひたむきさが普通の奴とじゃ別次元だろ。そりゃ俺も素振りくらいするが……」
「ヴェントさんも十分狂人……というか、え? 素振りするんですか? なんか意外……」
自分の事を棚に上げて何を言い出すのかと言おうとしたところで、俺は思わずヴェントさんに聞き返してしまっていた。
素振りという単語があまりヴェントさんに似つかわしくないと思ったのだ。
「そんな驚くことか? 失礼だな。――そりゃそうだろ。正しいフォームじゃなきゃ畑は上手く耕せないじゃねーか」
「……デスヨネー」
そんな「何言ってんのお前?」みたいなこと言われましても。それ逆質問させてもらってもいい?
ある意味で期待通りの返答には俺も力のない諦めにも似た言葉が漏れてしまうというものである。
やはりヴェントさんはヴェントさんであった。
「それにさ、今回みたいにコイツの脳天かっとばせないだろ?」
「いやいや、使い方明らかに間違ってますって。普通の農夫は農具で頭パッカンしませんから」
俺の前でわざわざ素振りを実演するヴェントさんに俺は手を横に振って否定する。
畑を耕すことと害獣の頭かち割るのを同義にしてるのがおかしいんですけど。
というか重いから台車から手ぇ離さないで欲しい。俺じゃなかったら大参事になってるぞ。
「へっ! これだから世間知らずは困る。記憶がないらしいが田舎もんの俺がちょいと常識ってやつを教えてやるとすっか」
初めて聞いたよ。田舎もんをこんなに得意げに語る人は。
あと記憶なくても多分ヴェントさんより一般感性は語れる自信あるよ? 脳みそ耕そうとするクレイジーサイコと一緒にしないでいただきたい。
「いいか? 素振りは大事だぜ? この動作を極められるかどうかで自分の力量が問われるってもんだ。筋力体力集中力を鍛えるのにうってつけだよな……うん。暇さえありゃやった方がいい。勿論身体の休息と相談しながらにはなるけどよ」
「そ、そうですね……」
※今俺は農民の生の声を聞いています。
「基礎の原点にこそ理あり、ってな。どんな奴も最初は同じ所から始まるわけだ。そこからそれぞれ得意分野を見つけて進み、分岐する。芽吹いて枝分かれしていく作物みてぇにな。だからその起点となる部分を疎かにしちゃお終いだわな。修業ってのは己の肉体への水やりであり肥料みたいなもんだぜ」
「は、はぁ……?」
※今俺は農民の生の実体験を聞いています。
「だから基礎も固められない奴は大抵何をしても駄目さ。畑もそう。何を作るか明確にしてないと上手く育てられねぇ。そりゃ方向性もいつまで経っても定まる訳がないよな」
「……ソーデスネー」
「そして身体も嘘はつかん。サボればすぐに表れてボロが出る。畑も手入れをサボればすぐに害虫や雑草が湧くのと一緒さ。フリードも剣を扱うなら分かるだろ?」
※分かりません。
「力の入れ方間違えれば腕の筋を痛めるし、腰だってやられる。そうならないために基礎を固めて正しい型を覚えたはずだろ?」
「……」
※記憶にございません。(ガチ)
「まー一番困るのは身体壊すことなんだけどな。特に腰なんか一回やったら癖になって大変なんだぞ? もし農民生命絶たれたら――あれ? 俺はどうしていけばいいんだ……!?」
「そんな絶望したような顔されても……。――でもそうですね、その時は培ったノウハウを後進育成に注げばいいのでは? 例えば弟子を取るとか」
さっきヴェントさんが言ってたことを真に受けるならだけど、作物みたいに分岐して新たな道が芽吹くんじゃないですかねぇ? 知らんけど。
「あぁ、それならなんかやってけそうだな。なんだ俺の未来意外と明るかったわ」
「むしろこれまでに描いてた未来が暗すぎるでしょうに。――それより早く戻りましょうよ。重いッス」
「あ、うん」
俺の呼びかけに二つの意味でヴェントさんは我を取り戻すと、再び台車へと戻って引く作業を再開する。
うーむ、なんだかタメになったのかならなかったのかよく分からん時間だった気がするわ。
というかコロコロと喜びと絶望の感情が変わってるけど大丈夫だろうかこの人。まるで電球のオンオフみたいなんですけど。
そもそも農作業一つで自分の世界が作れる人の未来が暗いわけないでしょうに。……頭パッパラパー的な意味で。
「……で? なんの話してたっけ?」
こっちが聞きてぇよ。今の会話なんなんだよ。
アンタ農民という一般を装った武者修行中の風来人か何かだろ。さっき言ってた分岐ってやつがもうあらぬ方向に突き出てるよ。アンタの常識が最早分岐し放題だわ。
でもこれで農夫として成功してるんだから全面否定ができん……。
俺が今見た姿、そして語りを全て忘れたかのような勢いで平常運転になるヴェントさんには心の中で小言を入れておいた。
声に出すと余計ややこしくなるそうな気がしたためである。
しっかし分岐ねぇ……。
もし記憶を失ってなかったら俺の未来も分岐してたりすんのかな? そうなると全く別の人生を歩んでる可能性もある……?
頭にフッと湧いた考えても何も変わらない可能性の話。
そんな有り得たかもしれない別の未来を想像していると、気づけば俺らは村へと戻っていた。




