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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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511話 修業の日々③

 

「セシリィはどうする?」

「私は……午前中はカリンさんと一緒に織物を進めたいな。あともうちょっとで出来上がりそうだから一気にやっちゃおうと思う」


 巻藁を取りあえず部屋の脇に寄せてから戻ってきたセシリィに俺が聞くと、セシリィが一瞬何か迷った末にそう答えた。


 近く迫る旅立ちと冬の到来に備え、俺らも冬を過ごす準備は既に始まっている。セシリィが進めている織物もその一環の一つだ。カリンさんも一緒に手伝ってくれている。


 これまで大して服装を変えたりしてこなかったが、幾ら魔法で火を起こしたりはできてもやはり寒いものは寒い。服の衣替えは必須だろう。

 野宿時なんかはずっと火を起こしていられるわけでもないし、魔法に頼らないに越したことはない。

 また食料についても冬は調達が難しくなりそうな時期と思われるため、備蓄はかなり溜め込んである。当面は生活には困らないくらいは確保済みだ。これについてはセルベルティアで時間がある時に買い込んでいたのは正解だった。


 まあ余程の僻地でもない限りは最悪現地調達でもなんとかなる……とは思う。なんたってこっちには狩猟の達人こと名人であるセシリィがいるし。


「大分進みましたからね。あと3日もあれば仕上がると思いますよ。セシリィ様はとてもお上手なので教えることがあまりないくらいです」

「ま! カリンさんってばよく分かってらっしゃる。ウチの子本当に凄いんスよ。お兄ちゃん鼻高いわ~」

「やめてよもう。出来ることしてるだけなんだから」


 セシリィの裁縫術を褒めるカリンさんに俺はおばちゃんのように片手を口元に当てながら照れ隠しする。セシリィが止めてくるが気にしない。


 オホホ。だって嬉しいものは嬉しいんだからしゃーないザマス。




「それぞれ大体いつも通りの動きか。――それじゃ、ぼちぼち準備しようかな」

「そうですね」


 重い腰を上げるようにアスカさんが立ち上がったのでそれに合わせて俺も出掛ける準備を始めることにする。


 ヴェントさんも既に畑に繰り出しているはずだ。農夫の朝は早い。

 あんまり待たせるのも嫌だから準備が出来次第早めに行きますかね。


「あ、そうだカリン。何か家で必要なものはあるかい? 買い足すものがあれば補充しておくけど」

「そうですね……でしたら紙に書いて渡しますね。急ぎのものはないので無理のない範囲で大丈夫ですよ」

「ああ分かった。任せてくれ」


 あ、これ全部ちゃんと買ってくるやつだな。

 根拠はないけど、男ってのはそういう生き物なんだ。俺には分かる。


 ついでにという感じで、カリンさんとアスカさんのやり取りが耳に入る。そこで内心やっぱり夫婦だなと再認識する。


 ここ……アスカさんの家なんですけどねぇ。こんなナチュラルに他人の家の用品について把握してるって普通の間柄じゃないんだよなぁ。

 こんなの新婚だろ。はよくっついて欲しいわ。こんな常時糖分過多な空気出しといて近すぎて遠いみたいな展開は周りがついていけまへん。


「それじゃ行ってくるよ」

「行ってきまーす」

「「行ってらっしゃい」」


 セシリィとカリンさんの見送りを受け、俺とアスカさんは同時に家を出る。

 道場と畑は反対方向の為家を出てからすぐにアスカさんとは別れ、俺も畑へと足を向けて歩き出す。


 さて、修業再開だ。着くまでに何回のすっ転びで着くかな……あはは。


 早速目を閉じ、魔力の感覚を俺は絶った。再び真の暗闇に囚われたような感覚に包まれ、四方から微かな息吹が漂ってくる。


 ――ただ、自分が晒すであろう未来の醜態に自虐的になっている自覚はあるが、これを敢えて前向きと考えていこう。だってまだ修行中の段階なんだから。

 ここで躓く分には大いに結構なはずだ。成長とは七転び八起きの連続。それに失敗は成功の母とも言う……。

 それなら確実に前に進んでいるハズだし、俺は失敗を笑って受け入れていけばいい。結果は必ず後からついてくる――。




 ◆◆◆




「――ふぅ。近いはずなのに、えらい時間食っちゃったなぁ……」


 やがて緑の匂いが濃くなってきたところで、俺は多分だがようやく畑の入口に辿り着いたらしい。

 一人で勝手に痛めつけた身体の悲鳴の多さに辟易を覚え、一瞬ここに来ただけで満足している自分がいたような気がしてしまう。


 ……十分前に息巻いてた俺、スマン笑えないわ。俺自分がカスすぎて泣きそうだ。

 アスカさん達が俺の中の『気』が変わったとか言ってたの聞いて変な淡い期待を寄せていたのは思い上がりもいいところでした。今朝と何も変わりませんでした。ぐすん。


 折角汚れを落とした服を再び汚してしまったまま、気落ちしたまま左右に展開する畑の道を歩いていく。

 昨日の内に覚えておいたヴェントさんの『気』を探りながら進むと――。


「あ、いたいた! ヴェントさんどーも」

「んあ? ……お、フリードか! 来んのはえーな!」


 番長ちぃーッス。


 畑の奥の方から微かに『気』を感じて声を掛けたがやはり本人だったらしい。向こうも俺の姿を見つけて反応を返してくれたらしく、こちらにゆっくりと近づいてくる。


「朝イチで来るとか真面目ちゃんかよ。でもやっぱりお前なら来てくれると思ってた部分はあるけどよ」

「まあお世話になってますんで。このくらいはさせてくださいよ」

「おう悪いな……。つーか、どした目なんか瞑って。それにもう泥だらけじゃんか。なんだ、この世に絶望でもしたのか?」


 いきなり何を言い出すんだこの人は。まああながち絶望云々は間違ってなくはないけどさ。


 やはりというか、自分の身なりについて早速突っ込まれてしまった。まだ自身の身なりは直視で確認していなかったが相当目に余る状態であるようだ。


 そりゃ畑に来るまでに5回も転んでりゃなぁ……。その内の一回は顎から思いっきりいって舌噛んだのは結構堪えたし。口も切ったから口内炎にならないといいな。

 服は後で『クリア』の魔法使っといた方が良さそうだ。


「まあそんなとこです。それより、俺は一体何をすれば? 昨日も言いましたけどあんまり大したことは――って、その前になんですあのでっかいの?」

「ん? アレか?」


 それはさておき。来たからには早速手伝いをと思ったところで、俺は思わず固まってしまった。

『気』がほぼ薄れていた為気が付けなかったが既に畑には俺以外の先客がいたのだ。目を開くと目の前にいるのは短髪で爽やかな印象のヴェントさん。その後ろからはみ出す形で見えていた。

 顔を横にずらして全容を覗くように確認すると、後方には茶色の体毛を持った何かが仰向けに倒れている。


 オイ番長。何アレ……。結構デカいぞ。


「絶望してるところ朗報だ。コイツは今さっき仕留めたんだけどよ、ここ最近開拓途中の畑を荒らし回ってやがったグリズビットってやつだ」

「えっと……一体何があったんです?」


 頷いちゃった俺も俺だけどその設定続けるのね。まあ今はそんなことどうでもいい。

 それより何がどうしたらあんなのが倒れてんのよ? 


「ああ。前々から警戒はして対策もしてたんだけどさ、今日畑を見に来たら仕掛けた罠全部壊して堂々と荒してやがったんだ。だからムカついて正面からぶちのめしてやったぜ!」

「えぇ……」

「俺の畑を荒らすんなら俺を喰ってからにしやがれってな。何でもかんでも食って性質が悪かったんだよコイツ。見ろよ、この巨体であちこち跳ね回るから畑も無茶苦茶になっちまったよ」


 死体に近づきながら状況説明を求めるとヴェントさんは鼻を鳴らしながら話してくれた。

 多少愚痴っているのは聞き流しつつ死体の傍まで寄ると、獣臭と惨状がより確認できる。どうやら頭部に複数の刺突の跡が見られそこから血が流れ出しているようだ。恐らく即死だったのだろう。


「へえ……これがグリズビットですか。名前くらいは聞いたことありましたけど……」


 このグリズビットとかいう獣。なんと言いますか兔が熊みたいになったようなモンスターというのが俺のパッと見の感想だ。

 兔みたいな出っ歯で耳も兔のそれなんだけど、毛並みとか足の蹄とか体格は熊の特徴が見られる。

 ……うん。全然可愛くねーッス。むしろ不気味。混ぜるな危険ってやつですね。


 俺も実物を見るのは初めてだ。確か基本雑食だが普通に人も襲うし、なんなら喰われるって聞いたような……? 

 冬眠して冬を越すって言うし、季節的にも栄養を蓄えていて人里に下りてきたってところか……。

 それはともかくとして生態系で言えばそこそこ上の部類になるから結構危険なはずなんだけどなぁ。


「あの、これを一人で?」

「おう。この程度なら俺一人で十分だからな」

「武器もなしに?」

「武器は農具があるだろ。急所狙えば十分通用するから狩猟具はわざわざ要らねーし」

「それはどんな具合に?」

「こう……動きを見極めて一発よ」


アンタ何者や。

 普通のことのように言ってのけるヴェントさんが手に持つ鍬を俺は凝視する。確かに鍬の鉄部分にはまだ血が付着しているようだった。

 鍬は武器として作られているわけでもない。そんな何の変哲もない鍬なのだが破損したような形跡は一切見当たらない。それはつまり、過度な使用はされていないことの証拠である。


「……それで脳天かち割れてるってわけですか。よく戦えますね……てかよく戦う気になるというか。しかも一撃かあ……」

「そうか? これくらい普通だろ。それに害獣は早めに駆除しないと面倒だろ?」

「それはそうかもしれないですけど、これが普通なんですか」

「普通だな」


 逃げるって選択肢ないのか。それに普通とは一体……?

 この動じなさ……これは畑という舎弟を従える番長の風格ですわ。というか生産者の鏡か?

 こんな番長が上にいてくれたらそりゃ農作物達も張り切って美味しくなろうとするわな。一生付いていきます! って。


 連隊長

『ボス、今回の評判も任せときな。アンタに泥を塗る真似はしない』

 特攻隊員

『頭ぁ! 言われていた規格は調整済みですぜ! 味も自信作でさぁ!』

 参謀

『ヴェントさん。当初の予定通りの収穫量準備完了しました。いつでも出荷できます(メガネクイ)』


 こんな具合に。なんてカッケー農作物(しゃてい)達なんだ。

 実際番長の作った農作物ってガチで美味いらしくて他所から買い付けに来る人もいるって話だしな。




 今朝から驚かされてばかりなんだけどさ、ちょっと言わせてくれ。

 アスカさんといいカリンさんといい、なんか東の人ってやたらと強くね? 師範であるリンドウさんもそうだけど。

 こっちは家系ってことで一応説明がつきそうだけど、ヴェントさんただの農夫っぽいし……。


 会う人全員が強すぎてどうにも感覚が狂わされている気がすると、俺は内心で不思議に思った。


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