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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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509話 修業の日々①

 

◇◇◇




『――夜明けか。今日のところはここまでだな』


『進捗? 良くはないがどうにかしないといけないさ。セルベルティアももう動き出してる。こっちが出遅れる訳にはいかない』


『数ヵ月早まった分、こっちもそれに合わせて帳尻を合わせるしかない。全ては必ず紐づいて連動してるんだから。それはお前が一番よく知ってるだろ?』


『あーそうそう。明日から消されない程度に実戦を兼ねて因子共を狩る。それが成長には一番手っ取り早いからな。付近の対象の洗い出しは頼んだぞ』


『大分詰め込んで疲れたよ。じゃ、俺はもう寝る。また明日な――』




 ◇◇◇




「……んぁ……!?」


 まだ多くの息吹が息を潜める静かな早朝。薄っすらとした視界の既に見慣れた光景を見つめ、俺は何かの拍子に眠りから目覚めた。

 身体が起動するまでの数秒の硬直の後、温もりが名残惜しい敷いた布団から無意識に抜け出すと、室内の冷気に晒され身体が少し縮こまるのが分かる。

 もう秋も終わり季節は冬本番へと差し掛かっているのだろう。日中はまだ日差しもあるため僅かに過ごしやすいが、朝と夜はそれなりに堪える寒さを身に染みて感じるようになっていた。


「う゛~……さぶっ……!」


 この地域の近くに連なる山脈も既に遠目からでも分かる程に雪色に染まりつつある。

 次の目的地である魔の地に向かう際には必ず山を越えて通ることになるので厳しい旅路が予測されるはずだ。


 両手で震える肩を抑えつつ、光が漏れている襖を足で開ける。するとその次には目一杯の光が客間に飛び込んで照らし、俺の全身に僅かな温もりを与えるのだった。


「っ……まっぶしー………」


 急な強い光に目を細め、まずは光に目を慣らすことに努める。

 僅かな視界を確保しながら縁側から庭に出るために草履を履くと、数歩歩いて俺は身体の要求するままに思い切り身体を伸ばした。


「ふんっ……! くぁ~っ……!」


 くぅー! 朝のこれが気持ちええんじゃ。

 錆びついた身体が生き返るような感覚。寝起き特有のアレですよアレ。名称は知らんけど。

 なんか変な夢見たような気がするんだけど……うん。それもどうでもよくなってくるわ~。だって夢だし。



「……んし、そんじゃ今日も頑張っていこうか――」

 


 流石に起きてからまだ間もないため若干の寝ぼけは残ったままだ。それでもここ最近は日課にし始めた確認を取りあえず行っておく。

 俺の中に眠る力の一つ、『否定』。これを消費してしまわぬよう上澄み部分のみを手に取るように救い上げて抽出し、俺自身の中心へと流し込む。その瞬間、五感からそこに起因していた意識に至るまでが停電のように暗闇に閉ざされ、身体が呆けてしまったような感覚に囚われた。

 今の状態こそ虚ろな状態と言ってもいいかもしれない。


「……2……3……。距離的に鳥が一匹に野良猫か何かが二匹?」


 まだ扱いに慣れない力の感覚に弄ばれるのを感じながら、それでもなんとか言う事を聞かせるように制御して答え合わせをする。

 流し込んだ『否定』の力を元の場所へと戻すとそれに合わせて俺の元の感覚も一緒に戻っていく。今度は馴染みある魔力を使って同じように感知を行うと、俺の答えと現実は大分異なっているようだった。


「う~む……(鳥は合ってるけど、これ猫じゃなくて人か。全然ちげーし)」


 やっぱり『肯定』の力による理解がないと所詮こんなもんか……。俺一人じゃてんで駄目だな。


 俺が猫と感じていたものはどうやら人であったらしい。

 強く意識すればある程度魔力が造形されて人物像が浮かび上がる。畑方面に歩いて行っているのを見るに農家の人であると推測する。


 こんなしっかり人と認識できる人を猫かなにかと勘違いするとは……。

 まだまだ『気』の感知力はゴミ精度もいいところですな。魔力に慣れきっていた分やはり扱いは難しい。


「……」


 既に目は日差しに慣れていたが、瞳を閉じて今度は何の手も加えていない素の状態で(・・・・・)風が運ぶ息吹を肌で感じる。

 空気中に漂う魔力には命の気配が乗っている。これは俺がいつも感じ取っているごく当たり前のものだ。だがそこに、僅かに別のものが見え隠れしているのが今では分かる。その正体についても。

 今までは気にも掛けていなかった部分。ほんの些細なことである。だがその気づきこそが極めて大きな前進であると頭では理解してはいるつもりだ。

 それでも――近づこうとすれば逆に遠ざかっていく。


 この身につけてしまったふざけた魔力が足枷になるとはねぇ……。

 楽な道じゃないのは覚悟してはいた……が、ただでさえ感じ取る才能が無くて苦戦してるってのに……。もう参っちゃうね。

 これでも昨日より大分精度が上がったと思えるから先はまだまだ長いもんだ。昨日はセシリィのことすら上手く感知できなくて割とショックでもあったし。




 ――『気』の修業を始めて、既にあれから一週間が経った。

 今の俺の毎朝は真っ先に『気』を感じることから始まる。朝の体操的なもので、前日までに覚えている感覚を再び身体に叩き込むというのが目的だ。

 やはり日常的に意識しておくことで身体も順応し始めるらしく、意識そのものも身体に馴染むそうな。そのためアスカさんが幼少期に叩き込まれたやり方を俺も実践している形を取っているという訳だ。


 いざ修業を始めてみると今までの自分が如何に魔力というものに依存していたかがよく分かる。

 既に魔力側に(・・・・・・)どっぷりと染まってしまっている以上そこから抜け出すのは容易じゃない。修業はある意味俺がこれまでに積み重ねてきた時間を作り変えるようなものに等しく、当然の認識……常識に逆らうようなもののように思う。


 実戦レベルで習得できるかは不明。どれくらいの時間を必要とするかも分からない。

 それでも『肯定』の力を使って感じ取ってしまったからこそ学ばずにはいられない。この力をものにできれば俺の力は更に自由度を増すと、その確信をもってしまったから。

 だから今は地道に小さな目標を一つずつ達成していくのみだ。元来修業とは小さな積み重ねなのだから割り切るしかない。一応根気はあるつもりだ。


 ちなみに今の俺の『気』の習熟度レベルは冗談抜きでゴミみたいなものである。その前はゴミですらない塵も同然だったからゴミになれただけでもかなり躍進している。誰か褒めて。

 そのため次目指すレベルは栄えあるガラクタだ。その次はポンコツ、不良品、粗悪品、訳アリ品と……。いずれは正規品になれればとゴミ風情が高望みしている次第であります。

 この基準に関しては比較できる対象がアスカさんという国宝しかいないのが悪いんや。そりゃ卑屈にだってなる。




 ◆◆◆




「ただいまでーす」


 さて、なにはともあれ早朝の散歩兼修業から帰宅すると、アスカ邸の玄関からは食欲をそそる香りが漂っているようだった。家に近づくにつれ献立もなんとなく察してはいたが、玄関の戸を開く音と腹の音が重なった。


「あ、帰って来たね。おはようフリード君」

「……ワーオ。朝からこりゃ目の毒ですわー。色っぽぉい」


 身なりを整えてから戸を開くと、示し合わせたかのようにアスカさんが丁度そこに居合わせていたらしい。急に飛び込んできたアスカさんと視線が交錯する。

 朝だからかいつものシャキッとした雰囲気はなく、若干閉じた瞼に下ろした髪がどこか煽情さを醸し出している。

 寝間着から覗く鍛えられた生の胸板など最早反則級である。違う意味で兵士さんこの人ですと言いたい。誰かこの人を今すぐに隠せ。


 こんな姿世のマダム達が見たら失神するわな。子ども相手ならいいけど、女性は見ちゃいけませんわ。


「毎朝感心だね。今日も散歩してたの――」

「……? どうしました? あ、どっかまだ汚れてました? 結構転んじゃったからなー……」


 俺は脳内開催のアスカさんファンサービス会を一度お開きにすると、一度自分の身体を見回した。

 アスカさんが言葉を急に途絶えさせて放心していたためだ。


 というのも、散歩とは言っても修業も兼ての散歩をしているのだ。その方法はというと、視界を閉ざしたまま集落を回るというもの。

『気』による感知のみを頼りにどれだけ正確に周囲を把握することができるのか。これは『気』の修業における初歩の修練の一つだ。


 俺はまだ魔力の様に色々なものを上手く感知できないため、小さい物程よく見逃してしまう。その結果散歩中に石にはつまずくは溝には落ちるわで散々な目に遭っている始末だ。周りから見たら一人で勝手に馬鹿な目に遭っている危ない人にしか見えないだろう。


 案の定泥んこ塗れになったので『クリア』の魔法で汚れを落としたつもりだったが――。


「え? いや違うよ? 昨日と比べて格段に『気』の流れが綺麗になったなって思ってさ」

「え、うそん。マジっすか?」


 アスカさんの言葉に俺の心配は吹き飛び、自分の身体を思わずペタペタと触ってしまった。

 そんな感覚は微塵もしていなかったし、何か自分の中で明確に変わったという意識はなかったのだ。


「お帰りなさい。朝食の準備出来てますよ」

「あ、カリン丁度いいところに。フリード君の『気』……どう思う?」

「え? ……これは……」


 そこに着物の袖を捲ったカリンさんがお盆を持ったまま顔を出す。アスカさんが確認するようにカリンさんにそう聞くと、カリンさんも放心したように俺を見てしまうのだった。


 あのぅ、そんなに見つめられちゃ照れますよ。

 ウインクでも返した方がよろしいですか? バキュンって。


「その……驚きました。一体何があったのかと思うくらい……まるで昨日とは別人ですね」

「そうなんですか? 何も実感ないですけど」

「それだけ変わってたら感覚で分かりそうなものだけどなぁ……。何かコツを掴んだりもしてない?」

「いやいや、さっきもしこたま醜態晒してきたばっかりですって。相変わらず歩く変質者状態でしたよ」

「そうか……」


 アスカさんが疑問を隠せないまま不思議そうに腕を組んで唸っている。


 あのぅ……そこは否定してくれてもいいんですよ?

 自分で言うのはいいんだけどさ、やっぱり周りからそう思われてたってのはなんか悲しいわ。


「無自覚なのか……。でも『気』の流れはまさしく熟練のそれ。そもそもコツを掴んだにしても身体の順応が早すぎるか……。でもフリード君なら或いは……?」

「アスカ。気になるとは思いますけどまず朝食にしましょう? 考えるのはそれからでもよいと思います」

「……うん、そうだね。フリード君、引き留めてゴメンよ」


 長くなりそうな話題を切り上げ、カリンさんの言葉に従ってアスカさんが居間へと移動していくその背中を俺は見送った。

 そして今の問いかけの奇妙さが抜けず、玄関で少しの間考え込んでしまう。


 アスカさん達が驚くくらいの変化だ。勘違い……ということはまずありえない。なんせ二人共『気』の扱いは達人クラスだし、二人の認識に偽りがあるとも思えない。


 起きてから今に至るここ数十分の間に何かが変わった気は微塵もしない。だが……何か引っかかる。

 もし本当に何かが変わっているとすれば、それは俺が昨日寝てから今朝起きるまでの間の時間くらいだろう。だが寝ているのだから何も出来る訳がないし、俺にそんな記憶が残っているはずもない。


 最近よく何かの夢を見るのと身体の疲れが取れないこと。それと何か関係があったりすんのかな。


 なんとなく根拠もない考えをする程度に留め、俺もアスカさんに続いて居間へと向かった。


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