506話 封印②
「凍てつけ!」
『銀槌の矢』が一瞬にして核にぶつかると同時に、俺は別の魔法を即座に展開する。
俺が銀シリーズと呼んでいるその三つ目。その名も『銀錠の棺』だ。これは対象とその周囲の空間を丸ごと氷漬けにすることで動きを封じるための魔法に当たる。
展開した直後、奴の身体とその周囲の空間が時を止めるように氷漬けにされて固定した。
「何をする気だい?」
「奴は消滅させるよりも封印した方が無難と判断したんです。今から実行に移すってだけですよ」
「封印?」
「見てりゃ分かる……!」
核に矢を突き立てたままの状態で氷漬けの標本となった奴を見て、アスカさんが困惑した様子で俺に言う。
そりゃそうだ。今のままじゃ俺が何をするつもりなのか分かる訳がない。
それでも説明するよりも見る方が早いだろうし、答えなくても問題ないだろう。
「――『リブート』」
「ッ!?」
そんじゃこれより封印を開始する。
コイツを俺が管理できるようになるレベルとなると相当厳重にしないといけない。当然手加減は無用だ。
この俺の持てる全てをつぎ込んでとことんやってやろうじゃないか。
意図的に止めていた『銀槌の矢』のみを再び動かし、止まった奴の核を破壊するために爆心を再開させる。矢が爆ぜる度に強烈な振動が核を通して地を這い、地面と空気を震わせた。
だが氷で協力に固着された姿がそのまま変わることはない。奴の核も姿もそのままに、変化するのは『銀槌の矢』のみである。
「どうなってる……? まるで矢以外の時が止まってるみたいだ……!」
アスカさんが魅入られたようにポツリと呟く。
俺がこんなやり方をわざわざしていることにはちゃんと理由がある。それは奴の核を一片たりとも他へ逃さないためである。
『銀翼の盾』や『結晶氷壁』が外側からの攻撃を防ぐ用途で使われているのに対し、こちらはその真逆である内側への強化が施されている。
外側の衝撃にはそれほど強くないが内側に対しては抜群の性能を発揮するのだ。例え『銀槌の矢』が暴れても崩壊しない程のため、だからこそ閉じ込めるにはうってつけである。
「……粉砕までとなる流石に厄介だな」
何も変化のない爆発が起こる度に奴の核の状態を確認し、来たるべき状態まで待つ。
コイツの……ノーデッドスライムもといルキフグスの再生力は異常だ。例え爆発四散しようと核が欠片でも残れば必ず再生を果たす。長い時間を掛けてでも必ずだ。
アスカさんがさっき話したこの東の地を何度も定期的に襲ったと言う災いの話。その正体は恐らくコイツだ。それも同一個体の。
現れる度に何度も討伐はされてきた。だが実際は完全に討伐されていたわけではなかった。
時間を掛けて何度でも再生して舞い戻り、同じ力を使って災いをもたらしてきた。だから伝承は毎回被害内容が酷似していたんじゃないかと。
それが俺の現時点での見解。
この考えもあるから封印の手段を取ったという側面もあったりする。
「……よし! これで次に行ける!」
今、最後の爆発の感触で奴の核が完全に粉々になったのを感じた。
ここで『銀槌の矢』は解除し、元となっていた『羽針』だけを核に置き去りにしておく。
奴が内側から喰らうおうとする力の否定はこれで対策ができるはず。
となればフェーズを次に以降。その準備に入る――!
「……っ……なんかごちゃごちゃしてんなぁ……!」
両手を合わせ、目を閉じながら意識を掌に集中させる。一人暗闇に取り残されたような感覚の中、魔力を通して目に見えない地中を手探りで押し広げていく。
少々無防備を晒してはいるが、正確に範囲を指定しなければならない上に非常に強大極まりない魔力を扱わないといけないのだ。この手順で手を抜く真似はできない。
――が、そうだというのに奴がこの地に巣食っていた影響なのだろうか。時折魔力探知が阻害され、想像以上に把握しづらく感じるのは少々厄介と言わざるを得ない。
奴を最初に補足した時と同様の現象であり、この一帯の大地に奴の意思が溶け込んでいるかのようだ。
これは本来の状態戻るまでに相当な時間がかかるだろうな……。奴のいた年月を考えれば当然なのかもしれないが。
「地表近くはついでにやるとして……地下深くは自然回復に期待するしかない、か」
奴によるこの一帯の汚染の深刻さ。俺はある程度は妥協して匙を投げて次へと進むことにした。
無理なものは無理だから仕方がないことだ。こればかりは割り切る他ない。
「――世界よ。禁忌を犯す我を許したまえ……!」
そして、把握した地形を元に練った魔力が最大まで高まるその瞬間。俺は両手を地面に押し当て一気に大量の魔力を地中へと流し込む。
多少魔力を削られようと関係ない。どのルートが魔力を通しやすく伝わりやすいのか。最適であるルートをなりふり構わず一方的に辿り、ある程度下まで送り込んだ所で間隔を頼りに魔力を操作して拡散させる。
後はもうこの盆地事体を対象にするイメージのもと、丹念に練った魔力を解放するだけだ。
一気に身体から抜けていく魔力に一瞬視界がブレるが、構わずに俺は解き放った。
「『グランガイア』!」
足裏から駆け抜けるような振動が抜けていった後、周囲を轟音が支配し景色を変えた。
大地は空と地中の両方に散らばって崩壊し、盆地の全ての大地が宙を舞ったのだ。その場にいた俺らの足場までもが無くなり、足場を作ることでその場に留まることができる状態へと早変わりする。
土属性の超級魔法『グランガイア』。この魔法は大規模な地形変化をもたらす環境魔法に分類される。
対人に対して使うものではなく、単純に地形の破壊を目的に使われる魔法だ。大まかな効果として自分を中心に存在する一定範囲内の大地に干渉し、巨大な大穴を作り上げるのだ。
ただその破壊力と規模故に使うだけで大半の万物が巻き込みを受けることになるため、他の超級魔法同様に扱いには細心の注意が必要である。
対応策のない者が巻き込まれれば地下何十メートルの深さにまで落とされ、崩壊した大地の瓦礫の山に埋もれて果てることとなるだろう。そこから生きて生還することはほぼほぼ不可能だ。
遥か昔の言い伝えでは巨人の土葬に使われていたなんて逸話もある程である。
まあこれに関するソースは一切覚えちゃいないんですけどね。
「あーらら。もう滅茶苦茶だわこりゃ……!」
舞い上がり降ってくる地面の欠片を手で弾きながらこの惨状に自分でも苦笑いした。
これでも数ある超級の中では比較的扱いやすい部類ではあるんだけど、こうして使ってみるとそうは思えなくなるから超級は怖い。
それに後始末もとんでもなく時間掛かるしなぁ。元に戻すにしたって手作業だったら何十年掛かるんだって話だ。
ただ、この破壊の限りを尽くした『グランガイア』だがこれはぶっちゃけ準備のために使用したに過ぎない。俺が本当にやりたいことはここからで、この砕いて作った大地の全てがその材料に必要だったのである。
次に展開する魔法は超級など比ではない。それだけ桁違いの労力を必要とする。
俺単体では決して成し得ず、発動することもできない。これこそ禁忌と呼ばれるべきものだ。
「まだ名前分からんけど、ありったけ力貸してくれよ……!」
俺は肯定の力の根源に語り掛け、そこから更に力を引きずり出す。
ただ超級に大量の魔力を込めるのとはわけが違う。洗練された魔力をとにかく圧縮し、上から何度も重ねて圧縮を繰り返す。
そうして一つ一つ完成された魔力の複合体。それが形としてようやく露わとなるのだ。
「っ……チンタラしてらんないか……!」
……ハッ。自分の力にやられそうになってちゃ世話ねぇな。
この身体を維持するのがいよいよキツくなってきやがった……!
前へと伸ばそうとした自分の右手の指先に一筋の亀裂が走る。拍子に身体中の至る部分にも同様の現象が起こりつつあるのを感じ、俺は気合を入れ直した。
何せ力を御することで起こる反発が凄まじいのだ。消費し続けて抜けていく力とは対照的に、身体が熱を発してやまない。
「……」
視界がまたブレて安定しなくなりかけているが、ずぶずぶと肯定の力に染まっていく右手を奴に差し向け、構わずに核に向かって狙いを定めた。
俺の残量は大体計算通り。後はもうありったけ力を使い果たすだけ。
オリジナル魔法の極み……とくと味わえ!
「――『塵滅圧』――」
ドクン――!
一瞬、世界が停滞する。
思考速度と認識速度が一致せず、自分だけが誰よりも時を先行するかのような感覚。後追いで世界が追い付いてくる中、再び時が重なる僅かな瞬間を俺は感じた。
あぁ……成功だ。
「――ハッ!? 今のは……!?」
アスカさんが何かに気付いたような反応をしたが、この近距離だったためにアスカさんも感じたらしい。
これはアスカさんが強者である証とも言える。弱者ならこの感覚にはまず気づかない。
「大地の檻に囚われろ……!」
アスカさんと一緒に再び時間が俺に追いつくと、崩れ落ちる大地が崩落の動きを止めて静止する。
これは『塵滅圧』で重力を支配して崩落を強制的に止めているからだ。『塵滅圧』は環境魔法ではあるが、魔法自体の構成としては重力と引力を同時に扱うものなのだ。
重力操作によってこの一帯の万物を無重力に変え、その全てを引力によって一点へと集中させることで押し潰して圧縮するのである。
そして引力の座標として指定したのは奴の核だ。それにより今ここに浮遊する膨大な大地の質量。その全てがそこへと一気に向かうこととなる。
解き放ったが最後、大地はぶつかり合い、重なり合い、歪な形同士で作った隙間を埋めようと形を崩してまで潜り込んでは密度を増していく。
苛烈さはとても似つかないものの、その光景はどことなく砂時計の砂が落ちていく穴を見るのと似ている。
やがて視界を埋め尽くす程に満ちていた大地が家の出入り口を塞げる大きさの黒い塊にまで圧縮されると、静かにその場を漂うように浮遊する。
魔法で質量を抑えつけて重量を減らしてはいるが凄まじい重さだ。生身での力のみではとても動かせるものではない密度と質量を誇った超物体である。
ここまで施してしまえば十分ではある――が、念には念を。
何があるか分かったもんじゃないし、やるなら徹底的に。
二重なんかじゃ生ぬるい。否定と肯定で三重に封印してやる!
「――世界よ、禁忌を犯す我を許したまえ!」
限界である身体に鞭打つように声を張り上げ、俺は世界に再び呼びかける。
この時ばかりはこの悪しき存在を封印するために純粋な祈りを込め、目の前の物体の中に潜む奴を見据えて。
「『モルス≒ルクス』!」
俺が両手の指を突き合わせて輪を作ると、奴を封じた物体の周囲を光の粒子でできた十字架が取り囲む。
十字架が両脇同士で光の線で繋がると一つの大きな魔法陣に似た輪を作り上げ、壁の様に様々な紋様を浮かびださせる光で周囲を覆い、暗転して不気味な蒼さへと変化していく。
構図は天使が使う『ホーリースフィア』に近い。
超級魔法である『モルス≒ルクス』は光と闇のどちらにも属する変わった魔法だ。
発動準備と条件はどちらも同じ。ただ、効果は望んだ方向性によって変化する。
封印を解くならば光に属し、白く光り輝く。逆に封印を施すならば闇に属し、くすんだ蒼さを放つのである。今使ったのは闇属性の方となる。
とてつもなく強力な封印魔法であり解呪魔法。ひとたび掛ければ全ての解呪を無効化し、全ての結界から解放するとさえ言われる。
封印や解呪における最高峰の手段と言っても差し支えなく、俺が扱える中でも他に並ぶ魔法が存在していない。封印や解呪の魔法が数少ないということも理由としてはあるのだが。
「くっ……ってオイ!? フリード君身体がっ!?」
「……ここまでか……」
細く鋭くなっていく鈍い光が膨らみ、突き刺してきて目が眩む。
アスカさん同様に目を細めようとした直後、自分の視界のブレが異常に大きく変化する兆候が見られ俺は全てを悟った。もうこれ以上ふんばる必要はないのだと。
アスカさんが驚愕に満ちた表情へと変化する様を場面が逐一切り替わるような思いで傍観しながら、この中で十分な結果が得られたことに満足を抱くと身体があるがままに委ねられる。
「成功だ……!」
鈍い光に身体を包まれる中、一際大きな乾いて割れる音が鳴る。
砕け散った破片と一緒に、俺の身体と意識は一緒に暗闇の底へと落ちていった。




