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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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505話 封印①

 

「ルキフグス……? そんな名前――くっ!? マズイ、これ以上は限界、か……!」


 アスカさんが俺と同調し纏っていた神気。それが制御を失って途端に消え去った。


 やはり身体は限界だったようだ。強い精神力で無理して持ちこたえていたらしい。


「アスカさんは下がって。身体を酷使しすぎたんだ、立ってるのも辛いでしょう?」

「不甲斐ないね……! そうさせてもらうよ……!」

「んなこと思いませんって。それにこんな奴……俺一人で十分だ」


 アスカさんを手で制して後ろに退かせ、念のため周りには二重構築に作り変えた『障壁』を張っておく。

 目の前の軍勢からも目が離せないが、背後や足元の死角にも注意を払う必要がある。

 これは奴が微細な欠片からでさえ何かしらの複製を生み出すことのできる可能性があるためである。そのため全方位を警戒するのは必須であり、勿論魔力を食われてしまわぬように否定の力も織り交ぜてある。


 防御魔法に否定の力を組み合わせればその性能は『銀翼の盾』をも超える。

 肯定と否定の力は確かに強力だが、これらに限らず力とは元来組み合わせることでその真価をより強く発揮するのだと俺は考えている。

 なにより、実際にその事実はここに形として在るのだから。結果が語るならそれが真実だ。


「……!」

「ん? まーた性懲りもなく真似事か? どうせ結果は……」


 俺が態勢を整えた直後、そこで奴が動いた。

 ビクンと身体を弾いて震わせたかと思うと、いつの間に忍ばせていたのか身体の一部を地面から天に向かって伸ばし始めたのだ。そして身体の一部は体積を増やして人の形を造り上げると、まるで正確に測ったかのようなタイミングで形成を止める。

 俺はその浮き彫りになっていく人相に対し、若干の戸惑いを覚えさせられてしまった。


 まさかここまでの完成度を誇るかよ……! 瓜二つにも程がある。


「これはまた、上手く作れるもんだなぁ……。やり辛いわー」

「っ!? ハハ、今度は僕らのお出ましか……!」

「「……」」


 二人揃って目が丸くなっていたはずだ。それと、苦笑いも。


 どうやら奴は俺とアスカさん瓜二つの実物を作り出したらしい。

 その精巧な見た目は本物と言われれば誰も疑わない程と言っていい。髪の毛や服装、装備品。細部に亘って忠実に再現されているとしか言いようのない出来栄えの複製が出来上がっていた。


「俺らを取り込みもしないでこの短い間に再現するとはねぇ。それともアレか? 魔力を少しでも喰えば情報として取り込めたり出来んのか? だとしたら手に追えんわー」

「フリード君。どうやら二人共魔力と『気』まで宿して再現してるみたいだ。ということは――」

「ええ、俺にもそう視えてます(・・・・・)。でもこんなの所詮見様見真似……でしょ?」

「うん。君なら恐れる必要はないだろうね」


 アスカさんの忠告に頷きながら、俺も同じであろう意見を飛ばす。

 驚きはするが、対処できないとは微塵も思わない。魔力は当然ながら『気』が目の前の複製体に宿っているのは俺にも理解できたし、それ故にの判断である。


「「……!」」


 次の瞬間、僅かな予備動作の後だった。無言で偽物二人が俺らに向かって突進してくる。

 アスカさんが下段に構えた姿や歩法。俺の粗雑な力任せの足運びまでもが非常に似ており、まるで鏡を見ているような気分になる。

 そんな瓜二つと思える中で唯一似ていないとすれば、それは表情だろうか。人形のような変化のない無機質な点は不動すぎて違和感がある。


 俺も向かってくる二人の前に飛び出し、繰り出される拳と刀に向かって両手で応戦する。

 接触と同時に衝撃によって風圧が生まれ、一気に砂塵が巻き上がった。


「姿は真似られても技術までは再現できないみたいだな。その模擬刀が泣いてるぞ?」


 キチキチと、俺の腕と刀が音を立て拮抗する。

 偽アスカさんの刀が唯一誇るのは切れ味のみだろうか。その一刀には大した『気』が微塵も伴ってはおらず、ただの一振りに過ぎないのが感想である。


「……」

「俺の方は単純に火力不足だな。殴ってくんならこれくらいやってきやがれ――!」


 そして俺の偽物の方はというと、特に脅威に感じる部分が見当たらなかった。

 俺の身体能力任せの戦闘方法には大した技術が必要ない。ただある力をそのままに振るう。それが俺の普段の戦い方である。

 それが受け止めてみた拳の圧が予想以上に貧弱であり、包んでいる掌に痛みが伴うこともないとなれば……後は語ることなどない。


 俺は捉えた拳を押し出し返すと、そのまま逆に拳を作って偽物の顔面に繰り出した。綺麗に捻じ込まれた勢いでついでに偽アスカさんごと巻き添えにし、一気に両方を捻じ伏せて片付ける。


「本物を真似るなんざ100年早ぇ! 付け焼刃の力なんぞ怖くもない!」

「「……」」


 背後に構えていたモンスターの群れの中に吹き飛ばされたことで肉のクッションになったのだろう。巻き添えにされたモンスターもいたものの、偽物二人は原形は辛うじて留めたようだ。

 しかし、霧散しながら身体の崩れていく姿を見るに耐えられたわけではないようであった。


「一発芸みたいなもんでしたね。赤子の手をひねるようなもんでしたよ」

「それは君だから感じるだけだと思うぞ。本物が強すぎるんだよ……」


 後ろからのアスカさんの呆れにも似た呟き、確かにこれには同意する。

 だが俺の力を真似でもされたら終わりでもある。然るべき結果になって一安心と思うことにしておきたいところだ。


 大体俺の馬鹿力を真似しろというのが無茶な話なのだ。簡単に真似されたらこの世界のあちこちが滅んでもおかしくない。いや、マジな話。


「フリード君。また次が来るみたいだぞ……!」

「うわ面倒な……。オイオイ次はなんだ……? 性懲りもなくまた俺らを出すつもりじゃ――っ!?」


 俺らを完全に真似できないなら怖くはない。その考えのみが頭の中を占めていたはずだった。

 次に現れるその姿を見るまでは。


「え……どういうことだ……!? カリンはこの場にはいないのに……!?」


 徐々に出来上がる人物像が完成に近づくにつれ、誰を模しているのかアスカさんがすぐに悟って動揺する。


 接敵し、直接接点のある俺らを真似るだけならまだ分かる。しかしカリンさんはこの盆地の外にいるだけでこの場にはいないのだ。それを再現できる理由が俺も同様に分からなかったのだが――。


「――いや違う! これはカリン……じゃない……?」


 やがて完全に形を成して色も着色されると、そこには俺らがここ数日見ていたカリンさんではない別の女性がいた。


「……」


 その別人は閉じていた目をゆっくり開くと、柔らかな物腰で凛として佇む。

 見た目こそ非常に似ているが、よく見れば髪型や髪色、目の色。服装もまるで違う。腰に下げているカリンさんの愛刀の造りも違っているようで、本人に酷似した別人の姿がそこにはあった。




 ―――××××様―――。




「ッ!? うっ……!?」


 急に、俺は心臓を掴まれるような気配を感じた。内側から込み上げる何かが呼吸を遮り、身体が前のめりに倒れそうになる。


 あの時、セルベルティアでカリンさんと初めて会った時の記憶が次々にフラッシュバックする。

 場面、言葉、人物。肝心のその部分は搔き消されているようだが、以前よりもより強烈に、より鮮明に。俺の中になだれ込もうとする情報の勢いは一気に俺を蹂躙する。

 今は受け止めるだけで手一杯で、それ以外何も考えられなかった。


「くっ……!? なん、だ……急に……!?」

「フリード君!?」


 頭が割れそうだ……! 

 立ってるのもやっとだ。何なんだよ一体……!?


 激痛に脳が揺さぶられたまま、俺は今一度目の前の女性の顔を上目で覗いた。

 こんな状況でも非常に整った顔立ちをしているのがよく分かる。細い身体つきで華奢に見えつつも、その長年に渡って鍛えられたであろう肢体は武を嗜んでいることを裏付けている。


 佇まいだけで強さを悟らせるには十分すぎる。それが俺が感じた印象か。


「やめろ……! その姿を、お前なんかが見せるな……!」


 しかしそれとは別の何かが俺に訴えかけてもいた。

 よく見れば見る程に頭痛は激しさを増して酷くなっていく。自然と口にしていた無意識の言葉が示すように、俺は確実にこの女性を知っているのだろう。

 だが、喉のすぐそこまで出てきている気がするのに、どうしても最後の一押しが足りない。


 なんで俺はこの女性のことを覚えていないんだ……! こんなにも覚えていなきゃいけないと思ってるのに。


「っ、また……!? 今度はセシリィちゃん……!? いや、似てるけどこっちも違うな。セシリィちゃんの方がもっと幼いか……!」

「ちょっと待て……!? なんでこっちも(・・・・・・・)……!?」


 アスカさんの声で俺も視線を別に一瞬移した。すると俺が怯んでいる間に奴は今度はセシリィに似た人物を造り上げた様だった。

 小柄な身体に長い金髪と眠たそうな目。こちらもセシリィと非常に似た特徴を持っているらしく、この女性同様に元の人物にまた非常に似ているが別人である。


「何がどうなってるんだ……!? フリード君! もしかしてこれは君の知っている人達なのか!?」

「やめ、ろ……!」


 アスカさんの疑問に答える余裕はなかった。

 いつの間にか奴の周囲に次々と造り上げられていく新たな像。そのどれもが俺に何かを訴えかける面影を持っているようだ。


 白銀の鎧を身に着けたエルフの男性。

 浅黒い肌の明らかに危なそうな見た目の男。

 龍人と思しき鱗を持つ長身の女性。

 飄々として余裕のありそうな人族の若者。

 赤髪の血気盛んそうな不良少年。

 頼れる兄貴の印象があるオレンジ髪の男性。

 軍服を着て天使の羽を持った女性。等々……。


 全員の無機質な表情が俺を非難するように見ているようで、この激しい頭痛とは別に俺は非常に耐えがたい気持ちにさせられていく。


「やめろ……」

「……」

「やめろって言ってんだろっ!」


 今もなお新たな人物が生み出され続け、その精製は止まらない。

 俺の言葉など無視して行動する奴に俺はもう我慢ならず、全て振り払う想いで右手を思い切り薙ぐ。

 手刀による一閃が前方の全てを斬り伏せた後、巻き起こった砂塵がその全ての残骸を覆い隠した。


「ハァ……ハァ……! 俺も思い出せない記憶を勝手に掘り起こしてんじゃねーよ!」


 濛々と立ち込める砂塵を薄目で耐え、やがて晴れたその時……前方には奴以外の気配は全て消え去っていた。


 先程までの姿と違って核が露出して崩れた原形を修復し直している奴を見るに、俺の一撃を食らって無事では済まなかったらしい。飛び散った身体が核に戻ろうと集まる光景は気味が悪い。


 しかし、無造作な力をぶつけたとはいえそれでも大概のものは跡形もなく消し飛ぶ攻撃を受けてこれなのだ。相当タフな奴である。


 ――だが、それももう終わりだ。今ので方針は決まった。

 コイツは恐らく、消し去るよりも封印した方が良い(・・・・・・・・)!


「記憶は自分で取り戻す! お前が関与する余地は――ない!」


 ゴメン皆。いずれ必ず思い出すから今は許して欲しい。

 今はまだ……その時じゃない!


 思い出せずじまいだったが、俺が知っていたであろう人達。その偽物とはいえ跡形もなく消し去ってしまった自分の行いは非常に後味が悪い。


 内心でまだ名も分からぬ人らに謝罪を告げ、俺は『羽針』をベースにアレンジを加えた『銀槌の矢』を奴の核に向かって射出した。


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