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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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504話 共闘戦④

 

 肯定の力の影響により、まだごちゃごちゃした『気』は掴みづらいが綺麗に整った『気』はなんとなく掴み始めた。

 またアスカさんの『気』は非常に見やすく、絶華の技に冥華の力を取り入れているのが俺にもよく分かる。その『気』の性質の切り替わりと流れはまさしくお手本のようで、見るだけでどういうものなのかが自然と理解できたのである。


 アスカさんが魔力をちっとも扱わないのが決め手だったな。


「――オリャッ!」


 俺は『転移』で奴の背中に移動し、大剣を片手に強襲をかける。反撃する暇など与えはしない。

 今度は背中を斬り付けて毛皮ごと吹き飛ばし、巨狼がこちらを認識しようとするタイミングで真下の腹下へと即『転移』する。


 奴からすれば消えてはまた現れる俺の動きは厄介なはずだ。対応しようにも『転移』は対抗策が殆ど存在しない半チート魔法。その分魔力の消費もかなり大きい。

 だがその魔力消費も、この肯定の力を使っている今なら解決される。

『転移』で魔力が枯渇する心配は皆無だ。


「ッ――! 『雷崩拳』!」

「ヴォフッ!?」


 む? やっぱデカいだけあってクソ重い。

 少しはダイエットしろこの野郎。


 がら空きの腹に紫電を纏う拳を振り上げると、一瞬微動だにしない重みが腕全体に伝わってくるのを感じた。身体からもっと力を捻りだして拳をそのまま突き出すと、巨狼の身体が僅かに地を離れ、途端に勢いを増して天高く吹き飛んだ。


「『斬破』! ――アスカさん!」


 追い打ちを含めた『斬破』を放ち、その爆発で視界が閉ざされる中俺はアスカさんの名を呼ぶ。

 向かう先は頭上の巨狼だ。空へ続く氷の階段を作って俺は仕上げのアシストをすると、アスカさんが軽快かつ俊敏な動きで最上段まで上り詰める。

 最上段で身を投げ出す形で巨狼の胴体に飛び込むと、発生した爆炎と紫電をアスカさんは携えた刀に取り込んだ。


 打ち合わせ通りの流れならば成功するはずだ。

 アスカさんならやれる……!


「冥華転用。『絶華・紅葉』!」


 途端、一瞬にして晴れた眼前でアスカさんの絶華が炸裂する。

 名を聞いてすぐ理解した。先程俺が完全に食らうことのなかった技。その一部始終がこれから完全な形で再現されるのだと。


 現に今、俺の魔力が全て『気』に変換させられていた。

 アスカさんの技は一振りで複数回振ったのではと思う斬撃を同時に生み出し、それがアスカさんが直接握る刀の一点へと集中する。

 斬撃の音が巨狼の胸部から小刻みに鳴り響いた様子から斬撃を重ね合わせているらしく、それがより深い斬撃を作るのだと思われる。


 これがさっき俺にぶつけようとした技なのか……!

 こんなの一刀を防いでも防ぎきれないぞ。多分、これ任意であらゆる方向に変えられると思う。

 そうやって相手に『気』を刻み付け……『紅葉』とくれば次にアレが炸裂するわけか――!


「『絶華・楓』!」


 依然刀を巨狼の胸部に押し当てたまま、アスカさんが叫ぶ。

 それと同時に押し込めてアスカさんが刻み付けた『気』が巨狼の内側で弾けたのだろう。破裂するかのように皮膚が弾け、全身から黒い血であり瘴気を噴出させ始めた。

 黒い雨のように血が地面へと降り注ぐ。


「凄い……! 内側で『気』が暴れまわってんのか……!」


 氷で屋根を作って雨を凌ぎながら俺は観察していた。

 内部で夥しい量の『気』が制御を失って乱れ狂い、巨狼の身体に目に見える形で変化をもたらしている。アスカさんの流し込んだ『気』の一連の流れはほんの一瞬の所業と言っていいだろう。

 その光景と技量に圧倒され、俺は頭上で繰り広げられる展開に目が釘付けとなってしまった。


 奴に回復させることもなく、余すことなく俺が敢えて与えておいた魔力を使ってくれたみたいだ。

 流石アスカさん。有言実行できる男はやはり違う。


「ッ!? オ゛……ォ゛……!?」


 このアスカさんの一撃に、これまでひたすらに耐えて回復してみせた巨狼であるが、これまでとは違う反応をようやく初めて見せた様だ。

 痛みに動けなくなっているのか、そもそも身体が既に自由が利かなくなっているのか、どちらの理由であるかは不明だ。しかし巨狼は動きを完全に止めて地上へと落下すると、轟音と共にその巨体を瘴気へと変えて身体が空気中に溶け出す様に崩れていったのである。

 地面にも大量の黒い血溜まりができ、その中に沈み込んでいくかのようにも見える。


「上手くいったみたいだ……!」


 アスカさんが刀に付着した血を振り払い、先程と同じ間隔で正確に俺の隣に着地する。


「これが『紅葉』と『楓』の神髄だ。内部から君と僕の『気』を全部外側に放出させた。流石に内部組織を破壊されたら原形は留められなかったみたいだね。自壊が始まったか……!」

「アスカさん怖いなぁ……! こんなのさっき俺に使おうとしてたんですか? 死ぬわこんなん」


 笑い話で済むからいいものの、こんなものを食らったらと思うとゾッとする。

 目の前の巨狼の様に自分が自壊する様など想像もつかないことだ。それが場合によっては爆散して四肢が弾け飛んでいるのかしれないし、同じように身体が崩れていったのかもしれないと考えると、想像するだけでその恐ろしさが分かる。


 でもまぁ『神化黎明』を使ってるアスカさんだからこそ、ここまでの結果を出してはいるんだろうけども。


「――さて、なんにせよこれで本体の顔が拝めそうですね。一体何が出てくるやら……」

「うん。ここまで大量の瘴気を保有しているくらいだ。相応のものが出てきそうだね。……油断しないようにしよう」

「ええ」


 まだ巨狼が崩れていく様子を経過観察してはいるものの、いつどんな動きを見せるのか分からない。俺とアスカさんはその一部始終から目を離さないまま身体ごと視線を向け続ける。

 ただ、ちょっと気になって見てしまったのだが、アスカさんは平静を装っているが汗が大量に噴出しているのを俺は横目で見てしまい、そのことも気にかかってしまっていた。


 そろそろ『神化黎明』による身体の限界、か。『神気』が大分不安定になってきてるな……。

 俺の『気』に合わせている以上、これ以上何かしらの展開が続くならアスカさんの身も危うい可能性がある。

 場合によっては『気』の観察は完了するしかないな。いつの間にか『気』ってモンがどういうものか感覚で分かってきたしそろそろいいだろう。

 だがしかし……この感覚が本当なら革命的で信じがたいくらいの盲点だよなぁ……。


「……」


 色んな考えを頭に抱え、心配事や新たな発見の驚きが俺の内側で大きく膨らんで破裂しそうになる。

 正直時よ止まれと願いたいところだ。でもそれは叶うわけもない。

 ――やがて大した時間を要することもなく、ようやく本体と思しき存在が瘴気の中から姿を覗かせる。

 皮肉なことに、その瞬間は時が止まったかのようだったと俺は思う。


「……ギギェ……」

「な、なんだコレは……!? 生物……なのか……!?」

「――やっぱりか。でも聞いた形と大分違うな。ってことは想像の斜め上を行ってやがったってことか……」


 ドロリとした身体から透けて見える景色が歪む。

 朱い培養液のように毒々しい見た目に加え、そこに一際美しく歪に輝く煌めきは不気味さに一層磨きを掛けているようだ。アスカさんがその姿に驚きを隠せずに目を見開く。

 巨狼とは一転。劇的にまで縮小したサイズに変わってしまったことへの驚きもあるはずだ。俺もそこについては驚きを隠せない。


 まさかとは思ってたが、リアルに考えたらこれ系しか思い浮かばなかったのは事実だ。

 でもこんな規模の個体なんて常識的に考えているわけがないと思っていたし、あくまでも少ない可能性の一つとしか思っていなかった。

 俺が知っていることなんて世の中のほんの一握りの情報に過ぎないんだから。


 でもコイツは――。


「アレは恐らくノーデッドスライム……のはずです。弱小のスライムの中でも極めて高い危険性を持つ強食性で、通常種が突然変異した特異個体の一つをそう呼びます」

「やっぱりこれはスライムなのか……!? でも、僕の知ってるのと大分違う気が……」

「大体のスライムはただの雑魚だ。でも一部には雑魚とかけ離れた個体もいるんです。コイツみたいに」


 脳裏に浮かんだコイツに対する情報。記憶を頼りにアスカさんへと俺は伝えられるだけのことを話していく。


 大きさは精々俺達の背丈程度。だがコイツをただのスライムと思ってはいけない。

 数いるモンスターの中でも中々に能力がぶっ飛んでるとさえ思う。


「なっ!? なんだコイツ等は……!? 今度は狼じゃない!?」

「……オイオイ、相当な数を養分にしてきてるな。お前ドラゴンまで食ってんのかよ」


 ――そう、例えばこのように。


 恐らく、過去に取り込んできた個体を再現しているのだろう。奴は自身の身体を震わせて周囲に飛び散らせると、飛び散った身体から新たな姿を模したモンスター達が生み出される。

 俺らと対峙する形でモンスターの群れを侍らせるインパクトは相当なもので、先程の狼は当然ながら陸上型の危険と言われるモンスターが数多く見受けられる。特にドラゴンまでいるとなれば人によっては絶望感が途轍もないはずだ。


「ノーデッドスライムは自ら取り込んで養分にした個体に擬態できる能力を持ってる。しかも意思があるのか徐々に強い個体を求める習性まで会得してるのが厄介なんですよ。まぁその分雑魚には目もくれなくなるみたいですけど」

「堅実に力を増していくタイプってことか。スライムにも努力家のやつがいたんだな……」

「多分、俺達はコイツのお眼鏡に適ったんでしょうね。それで急に現れたのかと」


 アスカさんの軽い冗談で若干肩の力が抜けた。

 一先ずアスカさんも身体の方は心配だが余裕はありそうだ。そこまで気に掛ける必要はなさそうである。


 ――ただ、気になるというか懸念事項はまだある。


「はぁ~。しっかし突然変異しただけの個体だったらまだ良かったのになぁ。まさかその突然変異したやつが更に魔物化までしたとかどんな確立だ。探しても遭遇できるようなものじゃないってのに」

「魔物化してるのか!? だけどマナの気配なんてしてないぞ……?」

「それはちょっと不明ですが多分……。コイツ系統の魔物化を見るのは初めてですが、俺はあの核には見覚えがあるんでね――!」


 モンスターの群れの中心にいる奴の核に目を向け、今一度その歪な核をよく目に焼き付ける。

 本来スライムの核はどれも球形をしているのが常識だ。しかしコイツは見れば見る程に歪で形に法則性が全くと言っていい程にない。紙をぐしゃぐしゃにしたものに木の枝を刺して生け花にした。そんな独創的で適当な形をしている。

 魔物化は見た目や身体の構造にも影響を与えるというが、俺はそれでもこの形に何故か妙に見覚えがあった。


 そのため魔物化しているということについて俺はほぼ確信を持っている。

 それに俺は奴が瘴気と共に放っているこの邪気を知っている。無性に大きな恐れを抱くこの波動を。

 身に覚えて記憶していたであろう恐怖が震えを起こしており、記憶の中の自分が震えているようなイメージが浮かぶのだ。記憶よりも本能的な部分は嘘をつかないはずだ。


「擬態するのも面倒だけど一番厄介なのはそこじゃない。コイツ中々死なないんですよ。通常種と違って核を潰しても簡単に死なないタフさ。身体を一片たりとも残さずに滅しないと完全消滅しないで復活するしぶとさまで併せ持つ。そんな奴が魔物化までしてるんだとしたら、その能力は確固たるものになっている可能性が高い」


 基本的に魔物化は本来の能力を数段跳ね上げると聞く。大抵は別の能力を会得するのが厄介に思うものだが、能力上昇だけでも十分に厄介である。


 この時、奴に対して俺の頭の中にはとある呼称が浮かび上がった。

 途端、塗り替えられるように様々な記憶が俺の中に蘇ってくる。

 

 そもそもが普通の存在じゃないんだ。マナがあろうがなかろうがそれは些細な問題か。


「多分、俺の知る知識にある事例の一つの正体はお前だな? 『不浄の化身・ルキフグス』……!」


 多くの里山を呑み込んで枯れさせた逸話を持ち、後世から語り継がれてきた魔物。

 さてはお前……この東の地に昔から根付いてやがるな? アスカさんの話とも重なりすぎてる。


 身体をグネグネと動かしながら機を伺う奴に向かってそう思い込んでいると、俺の考えに応じるかのように奴は身体を跳ねさせるのだった。

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