497話 VSアスカ②
「そんじゃあガンガン攻めさせてもらいましょっかねぇ……!」
初級魔法である『ブリーズ』を発動し、周囲に幾らでもある石や破片を宙に漂わせる。
少し風を操る程度の能力でも石ころ大の物であれば浮かせられる。魔法のあるなしでは準備の手間もいらないから本当に便利だ。
それに重力を操作する系の魔法は魔力を食うからな。これはちょっとした節約術でもあるか。
「フリード君も風を操れるのか。本当に何でもできるな君……」
「それだけ魔法が便利ってことです。極めた人みたいに精密な操作はできませんけどね」
ロアノーツさんが術式もなしに空中を駆けまわったというのはまさしくそれだろう。ごく限られた人の中には、術式や魔法以外でもそれに通ずる力を持つ人がいることがある。
一般的にはそれをユニークスキルという訳で、これらの能力に一般的に普及されている能力は大抵劣る。
俺にはユニークスキルなんてないからぶっちゃけ羨ましい。
「『属性付与・風――土』」
続けて漂う石ころに二つの付与を施し、風の力で重量を軽減しつつ土の力で強度を上げて耐久性を高める。
石ころの漂う様に重みが感じられなくなると同時に、表面が煌めきを放つようにコーティングされ、準備は整った。
そんで――。
「飛び散れ! 『アトモスブラスト』!」
「っ!?」
そのまま『ブリーズ』のみで放ったところで効果はたかが知れている。俺は両手を合わせ、全方位に強烈な衝撃波を放つ流れに乗せて一気に拡散した。
『アトモスブラスト』の衝撃波に乗った礫がアスカさんの正面を覆い、逃げ場を瞬く間に失わせる。
「『絶華・柳』!」
逃げ場がないと判断したのか、直後にアスカさんが両手で刀を握ると力強く薙いだ。
こちらも巻き起こした衝撃波をもって礫の勢いを止めることでその場を凌いだらしい。乾いた音を立てて礫が地面を転がっていき、力なく静止する。
アスカさんには恐らく『障壁』のような防壁を張るような力はない。というかある人の方が少ないだろう。
そんな人がこのような広範囲の攻撃にどう対処するのかとなると、大体できることは決まってくる。
今みたいに力技で薙ぎ払うのは最たる例だ。一応は予想の範疇である。
「どんどん追い打ちしていきますよ。『グラウンドスパイクウェーブ』!」
「『歩法・葉隠』――!」
おっとまた新しい技のお披露目か? 何やら足捌きが変わったような……。
アスカさんに半ば確信を抱いたところで次の行動へと移行する。
地を制圧する意味で地面から次々に土の棘を生やしてアスカさんを追従させるも、アスカさんの回避行動には不思議と無駄がなくなってこのままでは当たる気配が見られなかった。
不規則に大小様々な棘を生やしても、多少緩急を付けフェイントを織り交ぜてタイミングをずらそうとしても通じる気配はなく、先読みされているのか待ち伏せ染みた真似も看破されてしまっているようだった。
「なんでこんな無茶苦茶な状況で最適解みたいな動きできるんですかねぇ……」
アスカさんの判断能力には恐れ多くなりそうだった。
退路を断とうとすればその前に逃げ道を無理矢理作られ、敢えて緩急を付ければ緩まった個所を見抜いて強引に突破してくるのだ。
まるでこちらの動きが手に取るように分かると言わんばかりの対応には疑問を抱かざるを得ない。
察するにアスカさんは今そのようなことのできる状態になっているのだろう。
だがその分、こちらに攻めてくる意思も下がっているらしい。
先程までの俺が隙を見せようものなら少しでも距離を詰めようとしてきた動きに積極性が失われ、今は回避行動に専念している。
ここで畳み掛けない手はない。攻めてこないなら攻めるのみ!
じゃあ地面の攻撃は継続しながら次は上から制圧いってみようか!
「『メテオバブル』」
「っ!? 今度はなんだ!?」
魔力を瞬時に練り上げ、掌を向けて空へと解放する。
すぐに勘付いたアスカさんがハッと上を見上げ、出来上がりつつある大きな透き通る塊の数々に目を凝らした。
「地上が駄目なら空からだ!」
辺り一面の空に浮かんだ水の塊が光を乱反射して眩しさを増し、目を細めたくなるくらいに目を刺激している。
本来なら射出するのがメジャーだけど、こうやって降り注がせればそれだけでも脅威になる。
ただの水と言えど、シンプル故に扱いやすく効果も高い。広域殲滅魔法の一つになれるくらいだ。
そ~ら落ちろ!
「地面だけでも厄介なのに……上もか!」
水とは思えない轟音を立て、水球の塊が地面に次々へと向かう。
『メテオバブル』が降り注ぐと、圧縮された水が地面にぶつかると同時に一気に解放され、瞬く間に乾いた地面を水浸しにしていく。
アスカさんは器用に水の落ちる合間を縫うように移動して当たりこそしないものの、回避に余裕さがなくなりつつあるようだった。表情には出ていないが動きに若干の迷いが見られる。
俺的には回避するコースを限定させる目的しかなかったのだが、これは地面がぬかるんで滑りやすくなったことが影響していると思われる。
本来発揮できる動きが出来ないのは歯痒いもので、アスカさんの嫌そうな反応をする仕草が非常に共感できる。
でもこれは思わぬ僥倖だ。
やっぱ戦闘環境を整えるのって大事なんだなぁと思う。環境で優位を取ることの重要性が分かるってもんですわ。
アスカさんに効くとなると説得力高い。
――じゃけんもっと追い詰めちゃいましょうねぇ。(ゲス顔)
「くっ……しつこいな! って嘘だろう!?」
「どっせい!」
意地悪心半分。この天地の攻撃を継続したまま俺は再び剣を手に、アスカさんに向けて無造作に振り抜いて『千薙』を放った。
何も斬っていないその剣からは無数の剣圧が生み出され、小さな刃となってアスカさんに一斉に掛かっていく。
上と下からの攻撃で手一杯のその状況。ここで真正面から制圧攻撃を受けたらひとたまりもあるまい!
「避けられないなら……『金剛華身』!」
「うそん!?」
ってなんだその防御技は!? 【体術】の『鉄身硬』じゃあるまいし!?
俺がどんな行動に出るのか期待していると、『千薙』の直撃は避けられないと見て回避は諦めたのだろう。しかしアスカさんはまたも不思議な技で自身の防御力を高めたのか、『千薙』を回避するどころか気にもしないことにしたようだ。
『千薙』の威力は確かに低い。威力が分散する関係上剣による本来の殺傷性は大部分失われていると思っていい。
だがそれでも剣による攻撃であることに変わりはないはずだ。
だというのに、アスカさんにぶつかる『千薙』は例え直撃していても掠り傷一つ与えられていなかった。むしろ弾かれている始末で、その簡単に割かれそうな肌が恐ろしく固い岩肌の様に変化を見せているのは異様な光景だった。
「かくなる上は――お? 丁度良い所に……」
俺が考えていた手段として最後の最後で追い詰めきれなかったのでは締まらない。
どうしたものかと考え始めた所で、都合よく俺の目の前に絶妙な水の塊が落ちてこようとしていた。
ならこれで駄目押しじゃい――!
「シュート!」
「えっ!? ぐぅっ……!?」
丁度良く俺の目の前に降ってきた『メテオバブル』に『属性付与・土』を掛け、固形に限りなく近づける。それをアスカさんの戸惑いも気にせず思いっきり力を込めて蹴っ飛ばすと、勢いよく推進力を得て飛んでいった。
アスカさんはその摩訶不思議な光景に呆気に取られたように動きを止めたが、気づいた頃にはもう遅かったようだ。回避が間に合わず、勢いよく身体を掠る水球に弾かれ体勢を崩して飛ばされる。
「なんで水が地面を転がってるんだ……!」
「それが魔法の力ってやつです。アスカさんの『気』も似たようなもんでしょ」
泥だらけになりながら身体の勢いを少しずつ削いで殺し、アスカさんが態勢を立て直す。
どうやら後方を見て困惑していたので、魔法を全て解除してから俺も同じように思っていた疑問で返した。
蹴り飛ばした水球は重力に従って地面に落ちると、そのまま遥か後方まで跳ねながら転がっていったのだ。まるで鉄球がゴロゴロと転がるように。
途中にある岩を砕きつつ転がる様は鉄球そのもので、やがて付与の効果が切れる時までは水という気が微塵も感じられなかった。
まぁ言いたいことは分かる。『メテオバブル』が水を圧縮して密度が濃いって理由はあるけども。
それにしたって限度あるでしょうよって話ですよね。
「――で、まだ終わりじゃないですよ?」
「だろうねっ! そう思ってたよ……!」
一瞬静まり返った状況に合わせて息をつく暇が出来たと思ったら大間違いと言いたかったが、それは流石にバレていたようだ。
アスカさんを捕えるためにこっそり『バインド』を足元に仕掛けていたが、発動した瞬間にアスカさんは後方に飛び跳ねてそれを回避してしまった。
即発動できる最短クラスの魔法でさえここまで察知されるんじゃ、馬鹿正直に発動したところで当たらないなコレは。
やっぱりアスカさん相手には何か一工夫入れる必要があるか……!
俺も魔力をフル稼働し、アスカさんの追い込みに更に力を入れるべく次の手へと出た。
「『ファイアウォール』!」
まずは視界を覆う炎の壁を作る! これで意識を逸らして――。
「『バインドクロス』!」
「っ!? くっ……なんだこの数……!?」
同時に足元からさっきの倍以上の数を押し付ける!
目の前の炎の壁に意識を取られ、僅かに逸れた意識の外からの搦め手はアスカさんに届いたようだ。
やはり処理しきれない物量で押し切るのはかなり有効であるらしい。冥府の底から突き出てくる手のようにおぞましい帯の数が地面から生えているのだから。
それでも足首を一本捕まえるのが精々であったのには驚いたが。
「今度は俺が直接行かせてもらいます! 『属性付与・水』――!」
「なっ!? 炎の中を突っ切って――!?」
アスカさんを捕えた帯は一本のみ。アスカさんならば刀で切り離してすぐに離脱してしまう可能性があった。そのためすぐさま次の行動へと俺は移行する。
着ている服に付与を掛け、潤いを纏うことで燃焼をまずは防ぐ。そのまま炎の壁に向かって突撃し、突っ切ってアスカさんの眼前へと一気に躍り出た。
この自分にも害の及びかねない行動は予想外だったのがアスカさんの反応からは伺える。
不意を突くには普通のことはやってられない。
策士でもない俺にできるのは、この持ち前の頑丈さを活かした馬鹿げた動きくらいだ!
迫る俺に対抗すべく、まずは自由を得るために足元を縛る帯をアスカさんが絶ち切った。
ようやく自由を取り戻したところで、既に俺はアスカさんに有効打を与えられる範囲内へと入ることに成功する。
「ここだ!」
「っ!?」
俺は腰を低く構え、アスカさんの眼下から剣を振り上げる。
当然アスカさんも反応し応戦するも、動作の不十分さは致命的だ。完全に準備を終えた俺の一閃を防ぎきることは叶わず、アスカさんの握った刀を上空へと弾き上げた。
これはもらった――!
「ふんっ……!」
「マジっすか!?」
うそーん。
そのまま振り下ろしの動作に繋げ、直前で止めるのを念頭にアスカさんの眼前へと剣を振り下ろしてフィニッシュ……といきたかった。
だが腹を括ったような顔で、アスカさんが両手で俺の振り下ろしを両手で挟んで止めた。否、止めて見せた。
眼前で止まる刃に間一髪といったところだろう。俺が寸止めするよりも前の出来事だった。
「どれだけ神業披露すれば気が済むんですかねぇ……!」
「無手の型が役に立ったよ……! 今ほど覚えて感謝したことはないかもしれない……!」
力強く剣を挟み込むアスカさんの声が震えている。
天晴としか言えないんですけど……この人マジでなんなん? 本当にやってのけるんじゃないよ。
真剣白刃取りを実際にやる人がいるとは思わんかった。前世はサムライか何かか?
取りあえず仕切り直しだな。
「……」
俺は『転移』で一度距離を取り、次に備えて構え直す。
そこで頭上に弾いたアスカさんの刀が地面へと突き刺さるのが目に入った。
「やっぱり手も足も出ないな、このままだと」
アスカさんが呟く。
突き刺さった刀をジッと見つめ、無防備なまま見つめる姿はどこか達観しているような気がした。
「それなら、例の強化を使ったらどうですか? ロアノーツさんにはそれで打ち勝ったんでしょう?」
「簡単に言わないでくれ。あれは準備とか場を整えるのが大変なんだ。必ずしも毎回使えるわけじゃない」
「え、そうなんですか?」
出し惜しみしていると思っていた手前、アスカさんの発言に俺は面食らってしまった。
てっきり力をセーブしているものとばかり思っていたのだ。だからこそ追い詰めて発揮させようとしていたのだから。
「――けど、今回は条件が揃ったかな?」
「っ!? ってことは……!」
少々残念な気持ちになりかけたところで、アスカさんの周囲の空間が強く揺らいでいるのを見て俺は考えを一旦改めた。
その揺らめきは次第にアスカさんへと収縮していくと、まるでアスカさんに吸い付くように固定する。その影響でアスカさんの輪郭がぼやけたように見えてしまうのは、そういうことなのだろうと察した。
「ようやくだ。大分時間が掛かったけど、多少はフリード君の『気』が掴めてきたよ。それにこれだけ派手に振る舞ってくれたおかげでこの場の『気』も十分に高まった」
「それが例の強化……なんですね?」
「ああ」
アスカさんが刀の元まで歩き、地面から引き抜いた。
一見、その一連の無防備とも言える所作は例え好機と思っていても邪魔できるものではなかった。
神秘的な光景と異質な雰囲気、ハッキリと違いの分かる変化はある種の牽制力を伴っていたのだ。
それくらい動くに動けない、恐れ多い圧力を放っていたのである。
ただ、この気配はまるで――。
「これで少しはフリード君に応えられるかもしれない」
アスカさんが今度は上段の構えで切先をこちらに向けてくる。
その動作と連動し、周りの空間も合わせて揺らいで意思を主張してきているようだった。
「『神化黎明』――!」
遂に来る! アスカさんの本気が!




