493話 散策
久々の更新になります。
バタバタしてましたがぼちぼち更新再開していきます。
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「セシリィ様は修業の方は順調ですか? 朝からずっと道場の方に篭っていたようですけど」
「どう、でしょう……? でも、少しコツは掴めてきたような気はします」
セシリィと一緒にカリンさん宅に戻り、四人で四角形の机に並べられた料理を囲む。
東の地域は外との交流が薄く、基本的に自給自足によって大部分の生活を賄っている。
そのため昼食は川魚をメインに、近場の山で採った山菜と畑で採れた野菜を使った料理が用意されていた。
各々のペースで箸を進ませつつ、何気ない会話を逐一挟んでいく。
「道場は……弓を学ぶ人が少なくて練習がかなり限られてしまいますが、何か不都合はありますか? 要望があれば可能な限りお応えしますよ?」
「いえそんな。私まだ始めたばっかりですし、大丈夫ですよ?」
「そうですか? 何かあればいつでも言ってくださいね」
「はい」
セシリィは頬張った山菜を吞み込むと、カリンさんの申し出を受け流した。
相変わらず子どもながらに礼儀正しさは崩れない。それはテーブルマナーも然りである。
初めはこの東の地域特有であるという、食事の際に使う箸。その扱いに大分苦戦しているようだったが、徐々にコツは掴めてきたらしい。一日足らずで上手く煮物を掴んで口へと運ぶのもお手の物になっていた。
個人的には普段行儀の良いセシリィが食事を落としたりして粗相をするのは見ていて楽しかったりするんだが……これはちょっと食材に失礼か。
だけど一瞬あたふたした顔になって驚いてるのは見ていてめちゃんこ可愛いんですもん。うん。
「フリード君から見て実際どうなんだい?」
「めちゃめちゃ上達してましたよ。さっき見に行ったらとんでもない数の的の残骸ありましたし」
「そんなに? ならあとで整備がてら備品の補充もしないとな……」
俺も魚の身をほぐす手を止めてアスカさんに答え、先程見てきた練習風景を脳裏に浮かべた。
恐らくは様々な状況を想定しての、実践を意識した独自の練習。セシリィが反復練習によって動きと技術を早くも身に付き始めているのは確認済みである。
道場に入って真っ先に視界に入ってきた死屍累々とも言える的の数は恐らくかなりの備蓄を消費しているはずだ。補充は必須だろう。
「手伝います。場所を借りるだけでなく備品も自由にって言われて、それは流石に悪いと思ってたんで」
「あう……。ごめんなさい」
アスカさんの家が管理している道場を使わせてもらっている身として、本人がいくら快く好きに使ってくれとは言ってくれても限度というものはある。俺もその辺は一応弁えているつもりだ。
俺がそう言うと、セシリィがやってしまったというような顔でしょんぼりとしてしまった。別に当てつけのつもりで言った訳ではないので悪意は当然ながら俺にはないが、これは少々言葉が悪かったかもしれない。
「いいんだよセシリィちゃん。修業で消費したんだからこれは必要な消費だよ。二人には返しきれない恩があるんだから気にしないでくれ」
「でも……」
「ま、セシリィは折角好きなだけ練習できる良い機会だから気にしなくていいよ。この先もし弓の練習をするとなったらほぼ実践か……それかかなり限られた状況の中でくらいなもんだ。出来る内にしっかり勘を掴んでくれればいいさ」
「そう? ――分かったよ。ありがとう」
あまり気にしないように声をかけておき、一先ずはこの話に区切りをつける。
暫くはここに厄介になるつもりである以上、その間の時間は有効に使う方が有意義だ。
普段できないことに思う存分時間を割けるのだ。次はいつ落ち着いた時間が取れるかも分からないため、集中的に鍛錬するには丁度良い。
セシリィに鍛錬に集中してもらって、俺がその補助や準備を担えば良いだけだ。
俺に弓の心得はないが、幸いここには弓の扱いに長けた人が別にいる。
「……」
食事に目を移しつつ、セシリィの箸を持つ指を見てみる。
これまで傷らしい傷もなく綺麗だった指先がかさついて切れており、滲んで拭き取って尚残った血がやや黒く変色している。
セシリィが本気で取り組んでいるということは聞くまでもない。どんな意図があるかはともかく、それを俺の意思だけで邪魔してしまうのは良くないように思う。
今俺が見守る立場として言う事があるとすれば、それはやりすぎと感じた時に止めさせる制止の言葉だろう。
この娘の可能性の芽を潰すことだけは絶対にしたくない。
「フリード君のことだからてっきり修業は止めさせるんじゃないかと思ってたんだけど、意外だね?」
「セシリィが自分からやりたいって思ったことを止めるつもりはないですよ。これまでも窮屈な生活で我慢の連続でしたし、羽を伸ばす意味でも良い時間が取れたと思ってます」
俺の反応が検討違いであったことにアスカさんがツッコむものの、俺自身それは自覚があるのでありのままを答えるだけだった。するとアスカさんは意外そうではあったが納得はしたようで、俺と同じく食事に戻っていくのだった。
まぁ、いきなり鍛錬したいなんて言い出した時は正直何で急に? ってのはあったけどな。
だから弓の練習をさせてほしいとハッキリ言い出したことには驚いたくらいだ。それもいつもの恐る恐るとした様子ではなく、芯の通った固い意思で言われたら……そら否定できんわ。
「「「「ご馳走様でした」」」」
東の習わしに従い全員で両手を合わせて食事を終えると、使った食器を手に皆一斉に立ち上がった。
午後はセシリィはカリンさん付き添いで引き続き道場にて自主練。アスカさんにはこれまでバタバタしていたために出来なかった村周りの紹介や案内を俺はお願いしている。
セシリィとは別行動になってしまうがそこまで広い村ではないので気配は辿れるし、カリンさんだっている。心配しすぎは杞憂であろう。
それに村の全容をまだ知らないから早めに知っておきたいというのが本音だったりする。
これも今後を考えれば必要なことだ。生活する上でその土地を知らないのは些か問題であるし、それこそ不安を感じることである。
少し時間を置いてから、鍛錬に戻るセシリィを見送って俺とアスカさんも村へと繰り出した。
◆◆◆
「のどかですね。空気もおいしいし澄んでる」
「ここらは人口も多いわけじゃないし、そもそも周りに自然しかないからなぁ。その点セルベルティアと比べると差はハッキリしてるかもね。あっちはなんというか……濁ってた気がする」
地域差を感じながら、アスカさんと共にアネモネの村をぐるりと一周するように歩いて周る。
村の中に大きな建物は早々ない。あるとすれば民家の立ち並ぶ一帯に在る、広場の櫓が最も高い建造物と言えるだろう。それ以外は北にそびえる山を除き平野のように起伏は少なく、かなり遠くの場所まで見渡すことが出来る程だ。
多分だが、以前アスカさんが話していた獣やモンスターを時々狩っているという山はこの北の山のことを言っていたのだろう。
畑も比較的山に近い場所にあるし、人里に下りて作物を荒らす光景が想像できてしまう。
その開けた立地の影響もあるからか、近隣からは良い空気が運ばれてきているのかもしれない。澄んだ空気を吸うたびに自分の身体が喜んでいるのが分かり、まるで浄化されたような気になってくる。
「あ! おーいアスカ! さっき良い山菜採って来たんだ。たくさんあるから夕飯用にもらってくれよ!」
「あとで寄らせてもらうよ! ありがとう!」
「おー! 腐る程持ってけよー!」
民家を離れてちょっとした雑木林の一本道を越えると、多くの水田と畑が広がる一帯へと景色が変わった。
どうやら農地一帯であるようだ。
そこで土に塗れて農作業をしていた一人の青年がこちらに気が付いて声高々に話し掛けてくると、アスカさんも大きな声で感謝を返した。するとその拍子にあちこちで姿勢を低くして作業をしていた人達も一斉に立ち上がり始め、皆で手を振って俺らを見送ってくれるのだった。
恐らく全てはアスカさんに対してではあるのだろうが、隣に並んでいる以上俺も無関心でいるわけにもいかない。
愛想よく手を振り返したりはしたが、大勢の人から敵意を持たれないのは久々だったこともあり多少はぎこちなかったかもしれない。
ぶっちゃけ、好意的な態度に対しては戸惑いの方が強かったりする。慣れって怖い。
「それでここがこの村の水場になるね。井戸があるから生活用水は別だけど、洗濯や洗い物で使ったりするし、隣の村まで続いてるから小さな船で物を運んだりすることもあるよ」
「船を? それは一度見てみたいですね。これってあの北の山から流れてきてるんですか?」
「いや、水源は別だね。こっちの山も水源があってここに合流してるけど、ここまでの量の水は流れてない」
やがて農道をそのまま進んでいくと、村の端近くまで来てしまったようだ。
失礼な言い方になるがその間にこれといったものは何もなく、正直助かる思いだった。
「……ん?」
村のすぐ近くを流れている河を眺めつつ、アスカさんにこの河で洗濯や魚の調達をしている説明を受けていると、河を下る方向から水音と活気に溢れる声が聞こえてきた気がした。
目を凝らして河の奥のほとりを眺めてみると、人影が四つほど元気よく動いているのが見えた。
どうやら村の子どもが川遊びをしているようだ。
季節的に暑いどころか少し涼しいくらいだが、そこは流石子どもというべきか……。風の子とはよくいったものである。
「あー! アスカ兄ちゃんだー!」
「ホントだー! 一体何してるの~?」
なんとなく様子見がてらその子ども達へと近づくと、こちらが声を掛けるよりも前に向こうがこちらに気が付いたようだ。
アスカさんを見るや指を指し、男女が河から出て犬の様に一斉に駆けてくる。
その速さ、正に風の如し。違う意味で風の子でしたわ。
「ちょっとこの人に村の案内をしてたんだ」
「外の人? どこから来たの?」
「変わった格好してるねー」
ぐいぐいと迫る勢いで子どもにまじまじと見つめられ、いきなり注目の的にされてしまった。
無邪気で純粋なつぶらな瞳が眩しく、対応に少し内心では困っていたりする。
歳は6歳とか7歳くらいだろうか? セシリィよりも一回りは身体が小さいな。
好奇心旺盛な時期だから、外から来た俺は確かに面白そうではあるか。
実際はつまんない奴だけどな。
「はいはい、紹介はまた後日するから。それより元気なのはいいけど風邪ひかないようにするんだぞ? ちゃんと夕暮れ前には帰ること」
「「「「はーい!」」」」
アスカさんが助け舟を出してくれなければ怒涛の質問攻めにあっていたかもしれない。
宥めると同時に子ども達はまた一斉に河の方へと戻っていき、また元気よく遊び始めるのだった。
「元気一杯ですね。けど保護者もなしに遊ばせてていいんですか? 川遊びって結構危険ですし」
「平気さ。雨季に遊べなかった反動もあるだろうから羽目は外してやらないと。水位も今は低いし、そこまで心配は要らないさ」
「そうですか」
一応水場での遊びに不安はあったが、そこはきちんと考えた上での許可が下りているようだ。
アスカさんが言うなら村の認識とみていいだろうし、俺もそこに異論はない。むしろ子ども達のことを考えているくらいのため安心できるというものだ。
「あの子達は駄目な時はちゃんと言いつけを守れる。小さいけど危険なことはもう分かっているし、大人達の雰囲気で察せる能力は備えてるんだよ」
「それは凄いですね……」
「うん。あの子達がどんな風に大きくなってくれるのか楽しみだよ」
アスカさんが屈託なく笑い、子ども達へと目を細めて視線を向ける。
態度も合わせてなんか年寄り臭い台詞だなと思ったものの、俺はそれは内心に留めておくことにした。
それだけアスカさんが若くして村の未来を見据えているということでもあり、見守る立場を全うしているということを示していたからである。
村の子達のこともよく分かってるんだな……。いや、よく見てるって言った方がいいか。
だからあの子達もアスカさんに懐いているし、言う事もちゃんと聞くんだろう。
……カリンさんにも言えることだけど、村に道場まであって家も他の民家と比べて大分大きい。他は殆ど同じ大きさと造りをしているのに、二人の家だけは別物感が浮き出ている。
家の場所も場所だ。少し民家のある一帯から離れてもいる。
明確に根拠があるわけではないが、このような人との繋がりが特に大きい小さな村の場合、力や権力というものは形に現れる場合が多い。その際たる例が家だ。
これは多分――。
「それじゃ次に行こうか」
「あ、はい」
アスカさんはそう言うと、来た道を戻って河に着いた時の三叉路の反対方向へと歩いていく。
一瞬脳裏に浮かんだとある考え事を中断し、一旦忘れて俺も後に続いた。




