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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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492話 東方の異郷

 

 ◆◆◆




「……」


 ゆっくりと大きく息を吸い、そして大きく長く吐く。

 静まり返った畳の上で座禅を組み、俺は目を閉じて自分の内側の感覚のみに意識を集中していく。

 数秒と経たず、身体が宙に浮いた気がした。漂う井草の香りが自分の息遣いの度に情報として思考を埋め尽くすほどに強く、良い意味で集中を邪魔してくる。

 視界を閉じたことで、他の五感が一層強く主張をしてきているようだ。


 ――だが、今はこの五感全てを感じる必要はない。

 今は全てを感じず、ただ無を感じなければいけない。


「……」


 外から入ってくる情報を全て無視し、自分の存在のみの力を全てとして俺はあるものを探っていた。


 身体の内側……胸の奥……心臓付近。そこに封じられ滲み出ているのは魔力だ。いつも俺は魔力を使う時、ここから力を必要な場所に引き出して扱っている。

 それは意識して行うことが大半だが、無意識に行うこともある。

 力の引き出し方の原点であり、基本中の基本である感覚。言わばそれ程当たり前の感覚とも言えようか。


 そして今探しているものは、それとは別の力だ。


「……う~ん……」


 ただ、暫くの間全集中で全身隈なく確認してはみたものの、思う結果は得られなかった。

 今はこれ以上のものを得ることが出来なさそうだとしか思えず、諦めの唸りでギブアップすることに決めるしかなかった。


 いやーちっとも分かんねーわ。俺の身体こんな小さいのに、その中身は無限大なのかってくらいに微塵も掴めやしないんですけど。

 参ったな……一体どういうものなのかさえ分からないんだもんなぁ。あれだけ近くにいて体感してたはずなのに。


「――フリード君」


 ほぉあああッ!?


 俺が集中を切らしてボーっとしていると、すぐ真後ろから名前を呼ばれ一気に覚めていた感覚が電流のように全身を刺激する。


「っ! アスカさん?」


 恐る恐る後ろを振り返ると、俺の入り浸っていた部屋の入口にはアスカさんが立っていた。

 いつの間にか部屋の襖を開けていたのだろう。若干何かを躊躇するような表情で俺を見ており、俺は心臓が暴れるのを隠して応対する。


「悪いね。邪魔しちゃったかな?」


 どうやら俺が何かに集中していたことは分かっていたらしい。それ故に声を掛けづらかったようだ。


 正直心臓が止められてしまうところだったのが実情だが、仮に止まっても俺の場合どうせすぐに自力で蘇生してそうなのでそれは気にするようなことじゃない。

 まぁ驚きはしましたけども。


「い、いや、そんなことないです。それでどうしたんです?」

「そろそろ昼食にしようと思ってね。カリンに呼んできて欲しいって頼まれて見に来たんだけど……」

「ああ、そういえばもうそんな時間でしたね」


 アスカさんが何故俺を呼びに来たのか、その説明を聞いて俺はすぐに納得する。


 縁側から臨める庭園を眺めると、影が東に向かって一斉に向きを変えて伸び始めている。

 既に陽は真上を通り過ぎており、それに伴い大分腹も空いてきているのが分かった。腹を摩ると腹の虫が今にも鳴りそうになり、食欲が沸々と内側から込み上げてくる。




 ――俺達がセルベルティアから逃げて、あれから半月が経とうとしていた。




 逃避行はカリンさんの要介護を想定し、終始慎重な行軍が求められるとばかり考えていた。

 しかし、逃避行を始めてから数日後、思いのほかカリンさんは容体の回復が早く、多少の無理なら許容できるというところまで回復できたことは予想外であり、俺らにとっての幸運だった。

 俺とアスカさんは早く東にまで逃げおおせたいと考えていたこともあり、一日辺りの移動距離を大幅に増やした事でかなりの時短に繋がったのである。

 もし容体が酷ければ未だに東にはまだ戻って来ることは叶わなかったと、アスカさんはこの地……アネモネ到着時に語っていた。


 カリンさんの回復が早かったことについては私見にはなるが、やはりアスカさんの存在が大きかったのではと思う。

 安心できる人がいるだけで思いもよらぬ結果を生んだのだと、人との繋がりが見せた力だと俺は考えている。




 旅の最中にも思いのほか様々な出来事はあったものの、正直な話、旅路はあまり大変というものではなかったように思う。

 念のため気が抜けなかったのは確かだったが、その中に楽しさや和みを感じていた印象が強い。

 恐らくはロアノーツさんの計らいだろうが追手が来る気配もなく、とにかく人目を忍んで東にまで辿り着くだけというだけのことだったのだから。


 気を付けることがあるとすれば、基本野営をすることになる関係上、害獣やモンスターに気を付けること。また不衛生な環境下での感染症や病気への対策に気を配ることの方が求められていたように思う。

 ただ、それもセシリィの知識と生活術、俺の魔法やらで対策が容易であったため、ただのお気楽な旅と言われても否定は出来なかったりする。




 ――何はともあれ、極力人目には触れずに無事遥か東の地まで帰還出来たのだ。そのことに対する不満などあるわけもない。


 アスカさんとカリンさんも無事に戻ってきたことで、集落全体が喜びで沸き立った光景は記憶に新しい。二人の集落での存在感が知れた他、集落自体が強い家族意識を持っていることは見ていて素晴らしいものだった。

 簡素な言い方になってしまうが、良い村というのが俺の第一の感想だ。帰れば温かく迎えてくれる人達が大勢いる……それだけのことがなんと尊いものか。

 この光景はセシリィには辛く映ってしまったのかもしれないが、改めて俺達のしたことは間違っていなかったんだと思える気持ちになれた気がした。




 ――それらがあったのが実に二日前のことだ。

 現在俺とセシリィはアスカさんの家に居候させてもらっている身である。こうして衣食住全てで世話になっており、アスカさん達の意向もあって暫くの間ここに滞在することになっている。




「そういえば身体の違和感の方はどうだい? まだ痛んだりとかは?」

「もうほぼ万全ですよ。言ってた湯治も効いてるみたいですね。入るたびに回復してるのが分かりましたよ。今朝も入ってきちゃいましたし」

「そりゃ良かった」


 アスカさんの質問に俺は胸を摩りながら答える。

 手で胸板を抑えても違和感はもうなく、ただ触れているという感触のみを感じるだけである。


 あの日……『英雄』であり化物でもある存在と戦った日。俺はかつてない程の怪我を負わされた。

 俺も見てくれの怪我は力を解放した影響でほぼ元通りにまで治ったし、通常動作をするだけなら何も問題はなかった。

 しかし身体の内部のダメージは想像以上に大きかったようで、自然治癒が間に合わず癒しきれなかったのである。明確に痛い、というわけではなかったが特に折れた骨や臓物辺りに感じる違和感が中々消えず、逃避行中もそれが常に念頭にあるような状態だった。


「ここら一帯の温泉は湯治の効能が結構高いからね。フリード君にも効果があるならなんだか自信に繋がるよ」

「ええ。俺でこれなら大半の人には確実に効果があると思います。本当に凄い効能ですよここの温泉」


 しかし、その懸念も今日で終わった。

 この地域に温泉が湧き出ていて薬効までもがある話を聞き、試しにと入らせてもらったところ、これがなんともまあ良く効いた。

 朝昼晩とじっくり浸かったことで今ではすっかり痛みが引き、万全の状態にまでようやく回復出来たのである。

 俺の不甲斐なさが原因の怪我ではあったから、この効果には感謝せずにはいられない。


 しかも同時に風情ある景色を眺めながら熱いお湯に浸かれるわけだからな……。正に至福のひと時とはこのことよ。

 竹林の奥に広がる紅葉の始まった山々を見渡せでもしたら何も言うことはない。身も心もリフレッシュできるとか温泉最高すぎるわ。

 最高度の指数で言えば準セシリィ最高ってトコだな。


「こっちのことはともかく……カリンさんの方は? 今日も元気そうですか?」

「うん。昨日も診てもらってたけど、やっぱり特に身体にこれといった異常はないみたいだ。あとは良く食べて良く寝て……しっかり休養を取れば問題ないってさ。元の生活に戻れるのも早いだろうって」

「そうですか。なら、本当にもう安心ですね」

「だね」


 俺の方は何も問題ない旨を伝え、俺もカリンさんの状態について聞いてみるとどうやらこちらも良好であるようだった。


 まあ昨日の時点でかなり血行は良くなってたし、歩き回るくらいは何も問題なさそうだもんな。だから昨日から料理とかの家事全般も担い始めたくらいだし。

 ここで無理のしすぎは良くないんだろうが、アスカさんがいるからそこは心配しなくていいだろう。

 まったく、ほんっと出来た夫だぜコノヤロー。




「そういえばセシリィちゃんは何処に? てっきり一緒にいると思ってたんだけど……」


 と、ここで俺が一人でいたことに疑問を持ったアスカさんがセシリィの所在を聞いてきた。

 俺はセシリィとは普段から一緒にいる時間の方が長いので別々になっているのが珍しかったようだ。実際俺もセシリィ成分が足りなくなってきたことをひしひしと、それはもうひしひしと感じていたところではある。


「一人で弓の自主練したかったみたいで、朝から道場の方に行ってますよ」

「あ、そうなんだ。朝からなんて真面目だなー」


 俺が答えるとアスカさんは感心するように道場の方角に目を向けた。

 一応縁側から道場の佇まいは確認でき、庭園の仕切りの奥には道場の建物が頭を少しだけ出しているのが見えている。

 この家から出てほんのすぐ近くにあるような場所であるため、俺がセシリィを一人にしてもあまり心配していないのはちゃんと気配を感じられる距離を保てているからである。

 何か害のある存在が近づこうものならここからすぐにでも向かえるし、セシリィもそれなりに安心して集中できるだろうということで。


 だってそうじゃなきゃ許可なんて出せませんし。

 束縛気味なのは分かってるが事情が事情なだけに安全は最低限確保しないといけない。



「――俺セシリィ呼んできますね。すぐ行きますから」

「分かったよ」


 さて、折角作ってもらった食事が冷めてしまっては申し訳ない。

 痺れかけた足で立ち上がりながら、俺はその旨を伝えながらアスカさんとすれ違う。


「カリンさんの家の方ですよね?」

「ああ。僕は先に戻ってカリンを手伝ってくるよ」

「了解です」


 玄関を出る直前、大して聞く必要もなかったことだが念のために確認はしておく。

 泊っているのはアスカさんの家である俺達だが、食事の方は毎度カリンさんの家の方で取っていたりする。

 二つの家を行き来して生活しているため、正確には両家の世話になっているというのが正しい。




「……絶華流と冥華流、か……」


 玄関を出て、アスカさんの家の敷地に沿って道場へと向かう。

 道場の全貌が露わになったところで、その先に続いて並ぶ別の道場が徐々に目に入り、道すがらふとまた繰り返し思ったことを再度思い出してしまう。


 絶華流と冥華流。

 この東の地には幾つもの剣の流派が存在するらしいのだが、このアネモネでは主にこの二つの流派が主流となっているそうだ。


 絶華流は護身術から派生した流派で、身を守りつつ反撃に特化した鉄壁の構えを教えている。

 そして冥華流はというと、自分だけでなく相手の力を巧みに利用する合気に特化しており、場の状況に合わせた柔軟な構えを教えているようだ。


 反撃の機を窺う絶華と、的確に相手の力を利用する冥華。どちらも少々似ていると俺は思わなくもないが、そこで二つの流派が別物とされる理由に、この地域特有のものである『気』という存在が関わってくる。


 まぁ俺には肝心のその部分が分からんのですけどね。

 一応昨日から『気』ってやつを知ろうと頑張ってはいるんだが……さっきも無理だったようにお手上げ状態なのが現状だ。


「へーい、たのもー」


 道場の門を潜りながら、なんとなく無気力にそんなことを言ってみる。

 そんなことをしたところで誰もいない閑散とした状態のため、ただ虚しさが残るだけであったが。


 敷地を素通りして道場の戸のところまで近づくと、一定の間隔を置いて短く鋭い音が聞こえてくる。


 おお、やってるやってる。


「……」


 音を立てぬようにそっと、少しだけ戸を開いて中を覗くと、弓を構えたセシリィが今まさに矢を放とうとする場面が映った。

 平然としつつも首筋には汗をしたらせ、淡々と反復練習に励むセシリィ。きっと朝から集中して続けていたのだろう。借りていた道着が汗で重くなっているようだった。


 しかし、その疲労の蓄積に対し集中は以前切れていない。セシリィの放った矢が遠く離れた的の中心近くへと当たった。

 周囲にも無数の的があるが、眺めているとセシリィの今日の上達っぷりが垣間見える。始めは的に当てるのが精々だったのだろうが、徐々に的の中心に距離を詰め今ではほぼ中心に当てているほどだ。

 現に、今セシリィが当てた的には既に4本の矢が放たれていた。どれもが中心からほんの僅かに逸れた誤差の範囲であり、ほぼ中心のようなものだ。


 ……もうここまで出来るようになったのか。凄いな……。


「随分狙った所に当たる様になってるな? 上達早いなー」

「お兄ちゃん?」


 一度セシリィが構えを解いたのを見てから拍手して俺が道場に入り声を掛けると、一瞬驚いたセシリィがサッとこちらを振り返る。そして小動物のように駆け寄って来ると、俺を軽く見上げてくる。


 ぶっちゃけこの時点でもう可愛い。それはもう物凄い勢いで頭を撫でたくなるくらいにだ。

 最高の角度。これはセシリィベストポジションですわ。


「カリンさんが昼ご飯の準備出来たってさ。着替えて一旦食いに行こ」

「え? あ、もうそんな時間だったんだ。うん、すぐ支度するね」

「片付けは俺がやっておくから。慌てず着替えといで」

「ありがとお兄ちゃん」


 俺に言われるまで時間すらも忘れていたらしい。セシリィが急いで走ろうとするのを呼び止め片付けを代わることを伝えると、セシリィは更衣室の方に向かっていった。

 後ろ姿が見えなくなってから片付け作業へと移行し、的に刺さった矢の回収をしながらセシリィの鍛錬の証を目に刻む。


 一本一本矢の刺さり方に注目するだけでも、セシリィがどのような鍛錬をしていたのかが分かり更に感心するばかりだった。


 矢の入射角的にこれは動き回りながら。この矢と矢の綺麗な等間隔の隙間は恐らく同時に複数の矢を放ってるな。

 しかも……なんだコレ? なんで平らな的の側面に矢が突き刺さってんだ? まさか的を縦にして当ててた……? いや、それとも動く的に当ててそうなったとかか……?


 想像するだけでもセシリィの上達ぶりは尋常ではない。確かに逃避行中も練習してるのは分かっていたが、ついこの間まで狙った場所に当てることさえ出来なかった娘が、的に当てるのは容易と言えるまでに上達している。

 強く逞しい成長を見せてくれるのは嬉しいが、それが少し不安に思わなくもない。


 なんにせよ、セシリィも頑張ってるんだ。

 ようやく落ち着いてきたところに水を差すようで悪いけど、俺もアスカさんに相談してみるかな。


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