476話 『剣聖』救出作戦:最終段階⑩(別視点)
「……ッ――カハッ!?」
「……」
一転攻勢――アスカの力に屈することとなったロアノーツの口から血反吐が飛ぶ。
腹部の出血は抑えられても身体が受けた損傷はなくならない。ロアノーツの身体が瀕死に近づきつつあり、次第にその意識も薄らいでいくのは誰でも予想できる状態だった。
「どうかここで手打ちにしてもらいたい。もしこのまま引き下がってくれないなら、僕は貴方の命を保障できない」
ここまで追い詰めたからなのか。そこへアスカが刀に付いた血を振り払いながら、これ以上の戦闘継続は厳しいと判断してロアノーツへと進言する。
「……ぶ、武人に……情けなど無用……だ……!」
――が、アスカ自身戦い好きでもないため自然な申し出ではあったものの、それは見事に断られてしまう。
得物も失い、戦いを継続するだけの力も残されているようには思えない中、ロアノーツの意思だけがひしひしとアスカにぶつかる。
「それには大いに同意したいと思う。でも、もし死んでしまったらこの国を守ることは叶わない。それは貴方の望むことではないはずだろう?」
「フッ……言われずとも、分かっている……! だが、理屈だけで人は、動かん……のだ……! 一度でも逃げた身で国を……この国を守れるとでも?」
「……やっぱり意思は固そうだね」
屈強な精神力が折れることを許さず、ロアノーツの姿勢が在り方の全てを語っていた。
ここで折れて欲しいと思っていただけに、アスカは最早このある意味無意味とも言える戦いから手を引けなくなり、複雑な気持ちを抱えることとなった。
ロアノーツがアスカを殺そうと決めるのを惜しんだように、アスカもロアノーツを殺したくないというのが本音なのだ。刃を交えたからこそ、そこから伝わる意思はアスカの心をその度に打っていた。そのためアスカは血だらけになるまで攻撃を見舞われていても、ロアノーツに本気の敵意を未だ抱いていなかったりする。
「(マナのことはよく分からないけど、まだそれなりに健在っぽいか……。ある限り風は恐らく無限にあるようなもの。対する僕の方の『気』は有限だ。貯めるのも時間がかかるし、多分長引くと僕の『気』の方が先に尽きるな)」
『神華黎明』によって潜在能力を引き出しているアスカだが、当然普段以上の力にいつまでも浸っていられるわけではない。
あくまでも自身が周りに同調させている『気』が尽き果てるまでが制限時間なのだ。また当然ながら急激な肉体の変化による疲弊は著しいという他なく、この状態を解いたが最後従来の動きすら行うことはまともに出来なくなるデメリットも存在する。
よって、『神華黎明』を使っている今ケリをつける必要があったのである。
「(まだ大して『気』の減りは見えん。この見える『気』の全てを使われては私の身が保たぬ。まともに振るえたとしても、あと一発か二発が精々、か……)」
一方ロアノーツもただ苦しんでいるばかりではなかった。命を拾うまたとない機会に恵まれたことに感謝し、次なる手を講じるために戦略を練る。
自身の傷口を見て己と相談しつつ、残された方法を可能な限り模索しながら選りすぐりの案を採用してまとめていく。
「「(時間は掛けられない……! 次で決めるしかない!)」」
お互いに残された時間は驚くほどに少なかった。故に導き出した答えが一致するのは不思議なことではなかった。
「っ!? ハハ……」
「む……?」
フラリと立ち上がったロアノーツの表情を見たアスカは目を見開くと、一瞬困った表情を浮かべて全てを汲む。その様子を見たロアノーツも似たようなことを感じた様だ。二人の間に不思議な一体感が生まれる。
「お互い、同じことを考えてそうだね?」
「フッ……どうやら、そのようだな……! わざわざ私に合わせる必要は……ないぞ……?」
「別にそんなつもりはないよ。ただ……僕がそうしたいだけだから」
「そう、か……」
刀を両手で握りしめ、居合とは反対側の方に低く構えてみせるアスカ。
ロアノーツからしてみればこれも情けを掛けられているように感じたらしい。だがこの瞬間だけは情けではなく厚意として受け取ることに決め、真の意味で腹を括るのだった。
「僕も一度真っ向から貴方を打ち破ると宣言した身だ。……ここで引くわけにはいかない。一人の剣士として、この誇り高き武人に全身全霊でぶつかるのが礼儀ってもんだろう?」
ロアノーツが本音では言葉をどう受け取っているかはアスカには実際のところ分からない。ただ、ロアノーツを言葉で屈させることができないことくらいは既に見抜いていた。
「……その心遣い、恩に着る。――だが、決して後悔してくれるなよっ!」
叫びと同時に再びロアノーツの手に霧散した風の槍が一本舞い戻った。頭上に掲げた手に槍が渡り落ちると、それを合図にナリを潜めていた周囲の空気が振動して震え始め、四方八方から膨大な風を引き寄せ始める。
「っ……。(さっきよりも一段と強い風が吹き始めた……! 正真正銘最後の一撃ってことか!)」
地面に根強く足を踏みしめて引力に耐えるアスカは、表情を変えぬまま気を引き締める。すぐに行動を止めたいところではあったが、そうもいかない状況がアスカの足を止めていた。
『神華黎明』は自分だけの力で発動を可能にするのではなく、一番は周りの『気』の管理が重要な技術である。そのため最大の効果を発揮するためには、常に相手の『気』を注視する必要があり、そこへ自身の『気』の大きさを合わせる必要があるのだ。
同調した力は例え相反していても互いを受け入れ合い、相殺して最後は無を作る。それが『神華黎明』の真骨頂であり、むしろ身体能力の上昇はオマケのようなものなのである。
そして、ここでアスカが懸念していたのは、ロアノーツの抱える『気』の大きさが最後に大きくなり始めている点であった。不安定な『気』に合わせることができなかった場合、被害を被るのはアスカだ。自身が合わせている『気』は精密機器のようなもので、扱いを間違えれば途端に暴発する。そうなってしまえば折角溜め込んだ『気』はなくなったも同然のため、迂闊な真似に出るに出られない。
「(――後はもう、この流れに身を任せるのみだな)」
今アスカにできるのはロアノーツが落ち着くのをただ静観することのみだ。落ち着きを見せ始めたその時が決着になるだろうと、アスカはこの神経の磨り減るような時間をひたすらに待ち構える。
「(周囲の風だけでは足りぬ……! もっとだ……! もっと風を掻き集めねば……!)」
ロアノーツの掲げた槍には圧縮された風の帯が幾重にも巻き付けられ、その度に風を締め上げて凝縮を重ねていく。風が原料となっているとは思えない引き締め上げる音が金切り音のように巻き起こり、一本の槍が徐々に重槍へと変化を遂げていく。
当然アスカの不安も止まらない。だが風の勢いは留まることを知らず、小部屋だけでは足らずに広大な地下と外にも波及していく――。
◇◇◇
「危険だ! 関係者以外は下がれ! 巻き込まれた者がいないかすぐ確認しろ!」
「これでは人手が足りん! 各所に出ている兵をすぐに掻き集めろ! 急げ!」
セルベルティア王城正門にて。突如として崩れ落ちた城門の対応に兵達は追われていた。
兵達の浮かべる表情には一切の余裕はなく、この前代未聞の事態に対する焦りや不安、そして恐怖の色が感じられる。
「今の音何!? 凄い地響きがしたけど……」
「お、オイ……? 城門が……」
「何が起こってんだ……!?」
城の方から聞こえる喧騒により不穏な空気がセルベルティアの街には蔓延り、轟音を上げて崩れ落ちた城門は人の目を隠せるような大きさでも規模でもない。遠目にでも確認できてしまう光景に気が付いた通行人の誰もが足を止め、その瞬間から一様に城に視線を向けるという異常な光景を作り上げていた。
各地点の門は既に機能を失っており、城を中心に騒ぎが街中へと拡大していく。
――その中に、一陣の風の奔流が訪れた。
ほんの些細な風だ。ただの風と誰もが思い込み、それは日常にある自然現象だと気にもしない程度のもの。それもこの騒ぎの中とあっては誰も意識すら割こうとは思わないものだ。
しかしこれが微弱ながらも街全体で引き起こされ、地下に引き込まれていると一体誰が思うというのだろうか。
これは間接的な立場にいながら最も風の影響を受け、異常に気が付いている二人でさえ思ってもいないことだった。
「な、なに!? 風が地下に流れ込んでる……?」
「これは……」
一足先に地下道を抜け、無事に東の平原へと出ることに成功したセシリィとカリンが、背後に構える地下の入口を思わず振り返った。
やっとの思いで空から陽光を浴び、カリンにとっては久しく浴びる日の光は目が痛い程にまで待ちわびていたような眩しさを秘めている。もう少しこの久しい感覚の余韻を味わいたいと思っていた丁度その時に訪れた出来事であった。
「……ちょっと嫌な予感がします。『剣聖』さん、もう少し離れましょう」
「え、ええ……」
入口に引き込まれていく風が徐々に音を立て、草原を埋め尽くす草木の葉を一斉に集めていることに不安を覚えたのだろう。セシリィがすぐにカリンを連れて距離を取ろうとすると、カリンも素直にそうすべきと判断したのか従う仕草を見せる。
二人は吹きすさぶ風に長い髪の毛をなびかせながら、この普通ではない現象から遠ざかるべく、入り口から少し離れた場所まで退避して事を見守ることに決めた。
「アスカ……」
風が引き込まれていく地下の入口を見つめ、胸に当てた手をキュッと握るカリンの頭にはアスカの姿が浮かんでいた。
残してきた二人の決着の時が近づいていることを察し、カリンはアスカの無事をただ祈るばかりだった。
◇◇◇
「くっ……ぬぅぁ……!」
「これはちょっと無茶しすぎなんじゃないかい?」
少し前よりも着実に厚みを増し、より強固になっていくロアノーツの風の槍が焦点定まらぬようにカタカタと切先を揺らしていた。部屋の前後にある出入り口からは急に押し寄せるように風が舞い込み、アスカ諸共引き込もうと風の渦の中心である槍へと集まっていく。
その勢いは支えがなければ問答無用に全てを引き込んでいたであろう。アスカの流す汗と血も皮膚に張り付いてはいられなくなったらしく、引き剥がされて風に溶け込み吸い寄せられていった。
「ああ。私自身……こんなもの、制御など仕切れんからな……! 恐らく、其方にはこれが最善と、判断したまでだ……!」
「っ!? それは参ったな……!」
アスカの問いに不敵な笑みで答えるロアノーツは、震えて暴れる槍を無理矢理抑えつけるように両手で固く握りしめている。正直なところ受け答えする余裕もあまりない状態だった。
既にロアノーツの形成した風の槍は本人の許容限界を超えているのである。形を成すことはできても制御ができない代物であり、ひとたび暴発すればこの力は誰にも予測できない形での結末を迎える状態となっていた。
しかしこのロアノーツの聡明ぶりな判断にはアスカも引き攣らざるを得なかった。
一見ロアノーツがなりふり構わず力を振り絞っただけのようにも見えるが、実際のところは考えあっての手段だったからだ。
今ロアノーツがアスカに対して警戒しているのは、正確にはほぼ全てのことに対してであるが、その中でもロアノーツはアスカが繰り出す『水鏡』を最も警戒していた。
アスカが『気』を読み取ることで対象の力そのものの流れを変えて反転させる技。『神華黎明』によって身体能力までもを強化された状態ならば、これまでに用いてきた手は尽く跳ね返されて返り討ちにされるのがロアノーツには目に見えていた。
「(『気』とやらが万物全ての力を掌握して初めて扱うというものならば、私自身が扱い切れぬ力を振るい、彼の許容限界を超えてしまえば掌握はできまい!)」
『グングニル』は二度跳ね返され、この程度の力は跳ね返されることを学習した今、初見かつ自身すらも扱えぬ力で対抗するしか術がないとロアノーツは判断したのだ。今や身体能力で確実に劣り、深手を負って残された時間の少ない状況下でできることはそれくらいしかなかったのである。
「――随分と待たせて済まなかった……! では、準備は……良いか?」
ここで、吹き荒れていた風が一斉に止んだ。無風となって音を立てなくなった小部屋に舞っていた小石が床に落ち、乾いた音を弾けさせた。
あまりの急激な変化であったが、アスカは動揺する仕草もなく静かに構え続けていた。
「随分と、余裕そうだな……?」
「余裕じゃないよ――集中してるんだ」
「っ……」
「……」
大した反応もされなかったためロアノーツが軽口を叩くも、静かに『気』を同調させ、極めて落ち着いて構えるアスカはロアノーツの言葉にピシャリと答えて押し黙ってしまった。
『神華黎明』を使って尚、余裕を感じられなかったからである。
「(恐ろしいくらいに『気』が密集してる。はち切れ寸前だ……!)」
アスカの瞳に映るのは、ただ風が静かに渦巻いて震えるだけの少し大きい槍。しかし感じ取れる気配は、薄皮でできた袋の中に有り得ない程の力を抱え込み、どんな刺激でも破裂してしまう危険性を持った恐ろしいまでの力の塊だ。
アスカは心の中で、触らぬ神に祟りなしという故郷の言葉を思い出している程だった。
「ハァ……ハァ……! (後先など考えん! 今は持てる全てをこの一撃に注ぎ込む!)」
場の静けさとは裏腹に、ロアノーツの持つ風の槍は激しく震えを訴える。更にロアノーツが応急処置として傷口を塞いでいた風の鎧からは、噴き出すように血が零れ始め、今にも止めどなく溢れ出しそうな気配を匂わせていた。
制御しきれぬ力を扱い、大部分をその力の押し留めに費やしている以上、血を塞き止めていた風の鎧の制御がおぼつかなくなっているのだ。意識をそこまで割くことすらできないまでに切り詰めている証拠であり、ロアノーツの最後の賭けを確信付けている。
この己の死すらも受け入れた捨て身の行動力が生んだ力は暴力的なまでに強大な力を孕んで膨らみ、今アスカに向けられ引き金を引くのを待つだけとなった。
「――これがっ! 私の最後の一撃だっ!!!」
「っ! (来る――!)」
そして――引き金は引かれた。
「『双対・雷神槍』!」
ロアノーツが槍の柄を逆手に持ち、大きく振りかぶる。途端に石突からは風による爆発的な推進力が噴き出し、ロアノーツの手から離れた瞬間から加速を始める。
鋭利な切先がアスカの正中線目掛けて突き進み、立ち塞がる全てを貫く究極の威力を込めて解き放たれたのだ。同時に強烈な紫電の発光と共に弾けた力の塊は槍を身体に風の翼を広げ、竜を模した突進となってアスカに肉薄していく。
竜が、小部屋を突き破らんとする勢いで猛進していた。
「(っ!? 途方もない……!)」
アスカは瞬時に出現した竜のいで立ちを思わす槍の姿を力の塊の象徴と捉え、背筋が凍る思いで目の当たりにする。
槍が通過した周りにはかまいたちのような衝撃波が巻き起こり、床は大きく削れて吹き飛ばされている。身体全体を鞭打つ振動に晒され、更に槍が近づく刹那の間際、肌に痺れるような痛みをアスカは感じていた。
槍から発せられている紫電が、槍よりも先行してアスカの肌を焼いているのだ。近づいただけで肌を焦がす勢いは触れてしまえばどうなるか……明白に死のビジョンを浮かび上がらせる。
「(跳ね返す間もなく呑みこまれるがいい! 東の剣士よ!)」
アスカを矮小に錯覚させるほどの対比は力の差を歴然に思わせる。風の鎧で塞いだ傷口からは血が流れ出し、ロアノーツもこれが自身の最大の一撃であるという昂ぶりもあったのだろう。期待を高らかに心の中で叫び、その行く末を見届けるのみとなった。
「――視えた」
「っ!?」
このままではそう間もない内に何もできぬまま直撃する。ロアノーツがそう思った矢先の事だった。不動だったアスカが、ここで動く。
落とした腰に力を入れて踏み込むと、自ら竜に食われようとするように向かい出したのだ。しかしその動きに迷いはなく、決して自暴自棄に走った行動ではなかった。
「万物流転。息吹を力に、力は息吹へと還らん!」
紫電がアスカの皮膚を焦がし、焼け跡を作る速度を速める。そうして肉薄し、アスカは迫る竜の槍を下段の構えから斬り上げ――刃を触れさせた。
「何の真似を……!?」
巨大な紫電にアスカが呑み込まれるという、あまりに滑稽な光景がロアノーツの視界に映り込み、一瞬何が起こったかロアノーツには理解できなかった。
だがすぐに状況が詳しく分かるようになると、アスカの成し遂げようとしている行為の凄まじさに放心するしかなくなってしまう。
「(彼の『気』と僕の『気』を……相殺させる!)」
不思議なことに、竜の槍はアスカの刃が触れた瞬間から動きを停滞させ――否、止まっていた。
紫電に吞み込まれたはずのアスカであったが、次第に紫電が散り飛ばされて晴れていくとその姿を露わにする。そこには口元から血を流しながら竜の槍を刀で押し留めているアスカがおり、刀と槍の刃の間に極度の空間の歪みを作っているようだった。
「馬鹿な……この荒れ狂い、絶え間なく変化する暴圧すら読み取るというのか……!?」
信じられない光景であった。
これ程の質量差と圧力であれば本来受け止めることなどできはしない。ただ押し潰されるのが普通の考えである。それとも最悪どちらかの刃が弾かれるかの二択しかないと思うことはあっても、結局は質量に押しつぶされるだけに終わる結果が残るとロアノーツは思っていた。
しかし現実は違った。ロアノーツの予想とは大きくかけ離れ、アスカの刀と槍は拮抗している。
「『冥華・枯吹雪』!」
「っ!?」
そうして……拮抗はそこで終わる。アスカがそのまま槍を斬り上げて一刀両断したのだ。これまで拮抗していたと思えない程、それは鮮やかな軌跡を引いて。
アスカはこの巨大な力に対し、生身のみでぶつかっていたわけではなかった。自身の大半の『気』を使ってロアノーツの『気』を相殺させ、全て中和するために使っていた。
どんな器用な真似が出来ようとも、大きすぎる力に小手先の技術など無意味だ。力には力である。
勢いを失くした力の塊はアスカの刀に両断され、行き場を失って周囲に漂い始めたのか部屋の空間を揺らめかせるだけかと思われた。
アスカが勢いそのままに、竜の骸の身体を突っ切りロアノーツに迫るまでは。
「七つの華弁、揃いて絶華の真理と為せ――!」
周囲に霧散していた『気』が意思を宿したようにアスカの刀に集まり、集約していく。竜の骸を取り込んで高密度に集約した『気』は空間の歪みを落ち着かせて淡い光を放つのみとなると、神気となって在り方を変えた。
攻撃に全てを費やしたロアノーツには今、身を守る堅牢な風の鎧はない。
攻撃を防いだならば反撃の狼煙が上がるのも当然。アスカが自ら作り出した好機を絶華が狙い撃つ。
ロアノーツが究極の突きを披露してみせたように、アスカも究極のカウンターを見舞おうとしていた。
「(あぁ……強いなこの者は……)」
時が止まった錯覚を覚えるロアノーツには、迫りくるアスカのいち動作が全て確認できているかのように映った。でも身体は一切反応しない。意識だけが現実を遅くさせており、身体は全く言う事を聞いてはくれなかったのだ。
だが仮にそうだとして、ロアノーツにはもう抵抗するだけの余力も、ましてや気迫すらもない。何故なら、何もかもが視えてしまっていたからである。
完璧だった。
アスカの流麗にして過激なる動きは命散らす戦いの中でも衝撃的な光景だった。あまりにも美しすぎ、それは今自分が斬られようとしている間際でも本音として零れてしまう程のものだったのだ。
「『奥義・絶閃華』!」
「(これ、が……絶華流、か……!)」
アスカの一閃が――この世界に刻まれた。
斬撃後、僅かな時間差を経てロアノーツの肩と対になる腰を結んで血飛沫が飛ぶ。二人の動きが完全に止まり、二人以外のモノだけが世界に動いていた。
一閃を放ち終えたアスカの刀からは神気は消え失せ、アスカ自身が纏う揺らめきもなくなった。それは戦いの終わりを示し、声もなくロアノーツはアスカの脇を抜けて崩れ落ちていく。
「――ハァッ……ハァッ……!」
血だまりを弾いてロアノーツが倒れると、アスカは盛大に息を吹き返して呼吸を荒くする。
緊張の糸が切れた瞬間である。長いようでいてそれ程長くはない、しかし非常に濃密な時間だった。
頂点同士の争いの果て――その最後に立っていたのはアスカであった。
※3/3追記
次回更新は木曜日予定です。




