472話 『剣聖』救出作戦:最終段階⑥(別視点)
◆◆◆
「「っ……!」」
金属が弾け合う音がすると、その音が何度も繰り返される。その度に躱され、或いは逸らされた各々の攻撃は部屋に刻まれ、今や部屋中の壁と地面には刀と槍による無残な痕が残されていた。
決して焦らぬよう慎重に切り結んでいたアスカとロアノーツは、互いに得物を交錯させながら同じ考えを巡らせる。
如何にして自分の間合いへと踏み込むのか。また相手を引き込むのかと。
どちらも遠距離からの攻撃手段は備えているが、それだけでは決定打とはならない。リスクを承知で至近距離での攻防に乗り出さねばならなかった。部屋に刻まれた痕は膠着状態を意味しているようなもので、どちらも慎重な姿勢が決め手に欠けることは理解していたのだ。
「(このままではジリ貧だな)――『グングニル』!」
「シッ!」
ここでロアノーツは様子見の状態から仕掛けることに決めた。
まだ動きが乱れる程ではないが、手傷の度合いで言えばロアノーツが不利。出血も決して少ないわけではなく、このまま放置すれば身体に支障が出て敗北へと近づいてしまうと予期してのことだった。
そのロアノーツの突きに対し、ここでアスカも行動を変えてロアノーツへと距離を詰める動きを見せると、向けられた突きを刀で一刀両断する。
「(跳ね返してこないのか?)『トライデント』!」
「くっ……!?」
「(やはり止まらないか!)」
先程は跳ね返された『グングニル』を跳ね返してこないことを不思議に思ったロアノーツであったが、自らの攻めの姿勢に支障はないので気に留めておく程度にしたようだ。そのまま直進してくるアスカに立て続けに放射状に『トライデント』による突きを放ち、アスカの動きを抑制しに掛かる。
アスカはこの『トライデント』にも回避で対応してみせたものの、『グングニル』でその足取りに勢いが削がれたこともあってやや姿勢に乱れが見えた。その証拠に、アスカの頬を『トライデント』が霞めて血が線を引いている。
「(この二撃を前にしてなお臆さないのは見事! しかしそれが仇と知れ!)」
先程の攻防と似た展開ではあるが、明らかに今回の流れの方がロアノーツには圧倒的分が悪いと思えることだろう。アスカはあと一歩の距離で刀の届く位置にまで詰め、ロアノーツもまだ槍を前へと突き出した構えたままの状態だ。槍を引いてから対処しようにももう間に合う距離ではない。
「乱れ飛べ! 『フラッシュライナー』!」
しかしその距離間こそがロアノーツの求めたものであった。
腕を前へと伸ばした槍は一度引かねば次を放てない。槍の特性上当然であることから生まれる、攻撃が出来ない状態に対しての油断。その考えを揺るがす不意打ちの如く、ロアノーツの槍からは呼び動作無しで一斉に数え切れない数の風の矛が飛び出したのだ。
「(誘導された!? 一旦距離を……!)」
紙一重で掻い潜りロアノーツまであと僅かの距離まで詰めたアスカ。既に構えていた刀を後は振り抜くだけのところまで来ていた筈が、一瞬にして遠のいていくのを感じて焦りを顔に出してしまう。
ロアノーツの槍に渦巻いていた風が弾けて拡散し、突然眼前で炸裂したのだ。それを見て咄嗟に足を止めると踏ん張る足ですぐさま地を蹴って真逆の後方へと飛び、仕切り直すために距離を取るのだった。
「逃がさん!」
槍を模した風で作られた突起が無数に枝分かれ、波状に大きく展開する。そこから多方向から一点へと収束してアスカに迫ろうとし、このままではアスカが串刺しになるのが予想された。
「(っ!? 後ろはもう壁か!?)」
いつの間にか背後に大分壁が迫り、逃げ道がどこにもないことに気が付いたアスカの注意が逸れる。
当然、ロアノーツも攻防の最中でタイミングは選んでおり、そうなるように誘導していた。
「(捉えた――!)」
ロアノーツは内心手応えを感じ、駆け引きに勝ったと思った。
アスカの反射は凄まじく速いものであったが、ほんの僅かな遅れは命取りとなる。アスカが紙一重を演じたように、ロアノーツも同じ紙一重を演じているのだ。その中でも会心の一撃と思しきこの最後の一手からは逃れられないだろうと思うのも無理はない。
「(逃げられない……仕方ないか!)」
一方ロアノーツの内心が手に取るように分かったアスカも、逃げきれないのは事実だと判断したようだ。
迫る無数の風の槍を眼前に捉えながら呼吸を止めて集中すると、地に足が着いた瞬間からその場所を軸に回転し、身体が軋むのも厭わず強引に刀を振るった。
「っ……咲き魅せ踊れ……! 『秘技・絶華繚乱』!」
「なにっ!?」
回転の力を乗せた勢いある斬撃は、『百華繚乱』と違ってたった一撃のみ放たれる。だが、ただの一撃では終わらない。
一際大きな『百華繚乱』は無数の槍の群れにぶつかると、接触の瞬間に同じく無数の斬撃に弾けて周囲に拡散したのだ。弾けた斬撃により伸びる槍の柄が全て斬られ、勢いを失くした槍は力を失くしてバラバラに散っていくと、塵となって静かに消えていった。
「(飛ぶ斬撃から更に斬撃を分裂させたというのか……!? 何故これでマナの気配すらない!?)」
「(そこだ!) 開け……『鳳仙華』!」
アスカの魅せる信じがたい技に目を見開き、ロアノーツが棒立ちする。すかさずそこへアスカの飛ぶ斬撃が放たれ、槍の残骸を一直線に突っ切ってロアノーツに襲い掛かる。
今まで曲線を描く形状で飛んでいた斬撃は、今度はロアノーツの突きのように一点に集中しているようだった。
「(これまでと違う攻撃!?)」
槍術スキルの一つである『フラッシュライナー』で不意を突こうとしたのが仇となり、ロアノーツの動きが遅れる。
スキルは熟練すれば多様な技を使うことのできるものであるが、何のリスクもなしに発動できるというものではない。マナを使用する他、予備動作や身体への負荷も当然ながらにあり、代償という形で無から有を生み出すものなのだ。
今、ロアノーツの身体には少しの間硬直が引き起こされており、即座に回避を取ることができない状態にあった。
「ぐっ……!?」
動けないならば受けるしか道は残されていなかった。ロアノーツは迫る斬突に向かって槍を縦に構え、両手で高速回転させ旋風を起こす。
『旋風輪』――。武装を利用した幾層からなる風の層を展開し、威力を周囲に拡散して削ぎ落すスキル技だ。ロアノーツに今できる手段としてはこれくらいしかなかった。
「(そ、相殺しきれん!?)」
アスカの太刀筋を受けたロアノーツが厳しい表情で額に汗を滲ませ、この受けた一撃の威力の勢いに呑まれそうになる。
『旋風輪』が触れた箇所には光り輝く華が咲いた軌跡が出来上がっており、その華紋をロアノーツに刻もうとしていたのだ。まるで大鳥が翼を広げたようにも見える規模は封じられていた力が急に解放されたようでもあり、圧巻の光景を作り上げていた。
「ぬぁっ……!?」
斬突そのものは防ぎ止められたが、同時にあった圧力そのものは削ぎ落しきれなかった。加えて華紋が一際光を放ったかと思えば爆発を伴い、ロアノーツの身体が重い衝撃に負けて押し出されるように反対の壁際まで吹き飛ばされる。
「っ……ぶはぁーっ! (今のはかなり危なかったな……!)」
無理矢理距離を離すことに成功したアスカは止めていた呼吸を再開させ、盛大に不足した酸素を取り込んで汗を拭き出した。そのまま急いで壁際から中央へと移動すると、足取りは重いが受け身を取って着地したロアノーツを警戒しながら呼吸を整え、お互いに目で牽制し合うのだった。
「(今の不意打ちに対応するどころか反撃されてしまうとは……! まさに死角なしとはこのことか!)」
「(それにしても多芸だな……それに風が勢いを増してからどんどん速度も上がってきてる。中々芯を上手く捉えられない……!)」
ロアノーツは攻守共に幅広い武芸を繰り広げ、アスカは正確無比な剣捌きと不思議な力で応対する中、二人は今一度相手の力量を測り直す。
「「(手強い――!)」」
一体どんな対策を講じることが最善なのか分からず、二人は先にそれを見つけた方がこの戦いに勝つことができると思うに至った。
「「っ……!」」
そう考えた途端、二人の身体は休みを忘れて動き出していた。相手に考える暇を与えてはならない、その答えを見つけさせてはならないのだと。
「「(リスクは元より承知! 無茶をしてでも押し切る!)」」
余計な考えを張らせればそれを隙として即座に突く。アスカとロアノーツの気迫がぶつかり合い、それぞれが自分と相手のどちらにも余裕を消し去ろうとして動く。
「ふんっ!」
アスカに向かって跳躍したロアノーツが槍を振りかぶり、縦にアスカへと叩きつける。
「甘い! 『絶華・椿』!」
身を引いて躱したアスカはそのまま繰り出されようとした突きを刀でいなして躱すと、そのまま柄を刀で抑えながら刀を滑らせる。
鉱類で造られた柄部分に沿わせた刀が摩擦により火花を散らし、切れ味を増してロアノーツを一閃しにかかった。
「っ!?」
「もらった――なっ!?」
自らの得物を抑え込まれたまま突き返された刃は極めて鋭い一撃を誇っていた。触れれば致命傷は避けられないという本能がロアノーツに働いたが、しかしロアノーツはアスカが退かなかったように退きはしなかった。
両手で掴んだ槍から片手を離して身体の可動域を大きくさせると、半分身を翻すことでその場で回避を行ったのだ。そしてそのまま回し蹴りでアスカの刀を側面から蹴り飛ばす。
アスカもこの鋭い一撃が躱される可能性は見越していたものの、ここで自前の身体を使った対応は予測できず、刀に振り回され姿勢が乱れてしまう。
「(そんな動きも出来るのか!?)」
驚き、アスカが一瞬弾かれてしまった刀の動きに目を取られ、ロアノーツから目を離してしまった時だった。再び視線を戻した先には、槍の間合いどころかアスカ自身の刀の間合いよりも距離を詰めたロアノーツが迫り、片手に緑の雷電を纏っているのが見えた。
「(しまった!?)『金剛華身』ッ!」
「『雷底』!」
「ぐっ……!? うぁっ……!」
「(ほう?)」
アスカの身体に雷電を纏ったロアノーツの掌底が捻じり込まれ、アスカの顔が苦しそうに歪んだ。その痛恨の一撃はアスカの体力を大きく削って吹き飛ばし、電撃による痺れを残してアスカを痛めつける。
痛みに屈せずに前を向き続けたまま踏ん張ったアスカであったが、姿勢を前屈みにした口からは内部からせり上がってきた吐血が零れていた。
「ゴホッ……抜かったか……!」
「急所は辛うじて避けたか。それに、一体どんな術を使ったのかは知らぬが咄嗟に身体を強固にして威力を抑えこんだようだな。通常なら痺れで立つことすらままならんのだがな」
片手に残った雷電を周囲に放出させながら、ロアノーツがアスカに向かって言った。
掌底が叩き込まれたアスカの脇腹の服は剥ぎ取られたように破け、掌大の赤い痕が肌に焦げと共に滲んでいるようだった。
「つ……! はは、こんな体術までも会得してるとはね。僕の間合い以上に踏み込まれたら対処出来ないな……!」
「武芸を嗜む以上、こちらも武器以外でのスキルもある程度会得済みだ。対処は万全……其方と同じようにな」
アスカは苦笑しながら脇腹を抑えると、大量の汗を滲ませてロアノーツを見た。多芸と思ったのは間違いなく、それも想像以上だったことに脱帽してしまったのだ。
ロアノーツが身に着けている能力は【槍術】だけではない。それ以外にも存在し、様々な能力をロアノーツはその身に宿している。
スキルは一つ一つが単体で作用するわけではなく、それぞれ干渉し合うのである。ロアノーツは【槍術】をベースに他の力を組み込んで適用しているのだった。
「【体術】は全ての武芸において基本かつ根幹となり得る要素だ。極めればその身一つが最高の矛となり盾となる。其方程の者であればこの意味が分かるだろう?」
「そう、だね……。現に最近、そんな人を知ったばかりだから……尚更分かる話だよ……!」
【体術】を極めたと言えば、アスカの脳裏に真っ先に浮かぶのはフリードだった。
自分の剣技を全て素手で抑え込む存在。何をしても効かず、その上捉えること自体が全くできない。アスカをして赤子同然の差を誇る彼ならば、ロアノーツの語る領域を体現しているだろうと思えたのだ。
「……其方にそこまで言わす人物がいることに驚きだな。ふむ……ここで少し其方に提案があるのだが良いか?」
「え……急になんだい?」
脳裏に浮かんでいたフリードが消え、アスカが素っ頓狂な声を上げるのも仕方がない。
油断できない状況にも関わらず、警戒だけはそのままにあろうことかロアノーツは構えを解いて槍を下ろすのだった。




