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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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467話 『剣聖』救出作戦:最終段階①

 


「よっと……!」


 空いた天井の淵に這い出て、外の景色を俺は見回した。


 兵士達の騒ぎが最大になるのはほんの一瞬の間だ。最大になってしまう前に、手始めにまずはアイズさんの指定した建物の破壊からやっちまおう。

 ここなら見晴らしもいいから狙いやすいしで丁度良い。


 騒ぎを煽るために破壊して欲しいと言われているのは、城を取り巻いている四つの棟の残り三つの最上部。

 どうやらここと同じ造りをしていて別の牢屋があるらしいが、現在は無人で誰もいない他見張りも付いていないらしい。それはこの棟と同じ高さに位置しているので、最寄りの二つの棟はすぐに俺の目に飛び込んできたから問題ない。

 そして正門と裏門の破壊。これは今俺が向いている右正面に正門があるから、裏門は必然的に後ろということになる。


 ふむ……じゃ、サクッと順にやってくか。

 ここだと射程がどうしても足りないから、ぐるっと一回りしてくる必要があるな。


 東棟から一旦飛び出し、所々城からはみ出すように突き出ている塀に当たる場所を何度も飛び移りつつ、右回りに移動を開始する。

 そして棟が近づいてきた段階で魔法を発動し、すぐ次の標的へと視線を移していく。


「『インフェルノ』……『メテオバブル』……『インフェルノ』――」


 この破壊活動の被害は出来る限り抑えなくてはいけない。そのため頭で詠唱をして制御を軽くしてから発動させ、怪我人程度は妥協してせめて死人だけは出ないように努めていく。

 棟は消し飛ばして構わないと言われているため、上方に消し飛ばす勢いで『エクスプロージョン』を放てばいいだけだから簡単だ。だが正門と裏門は違う。

 破壊しつつ道を塞ぎ、人の行き来が出来なくするように配慮しなければならないのだ。そうさせるためには、破壊した門の瓦礫も利用しないと難しいと俺は思っていた。


 それ故に、質量で押し潰す『メテオバブル』の出番である。

 圧縮した巨大な水の塊は言うなれば鉄球の塊に等しい。それを門が崩れて壊れる程度の威力に調整して射出し圧砕、瓦礫を門に積み上げさせる。

 水だから火のように燃え広がることもないし、常備させている火薬を伴う兵器も濡らせたら全て台無しにできることも狙いだ。上手くいかなければ『アイテムボックス』に何故か大量に入っていた大岩を積み上げてしまえばいいから、道を塞げない事態は防げる。


 別案で『トライカッター』で切り刻んで瓦礫を作ることも考えたが、貫通力の高い魔法で壁越しに誰かを真っ二つになんかしてしまったら取り返しがつかないし、そもそも大雑把な俺にそんな器用な真似が出来るはずもないので即ボツになった。


 各方面から火柱が立ち上がり、正門と裏門の崩れる音が全体に響き渡っているのが冷め止まぬ中、俺は城の中心にある頂上部に上って全方向の確認を急いだ。


「……良し」


 いやいや、実際はとても良しなんかじゃねーし。何の安全確認してんだって自分で突っ込みたいわ。


 そこから飛び込んでくる景色は、城を護るように配置された棟が無残にも欠け、立派にそびえ立っていた門が瓦礫の山となっている光景であった。


「なにが起こったんだ!? 一体どうなっているっ!?」

「は、早く逃げろ! そこ! 崩れてくるぞ!?」

「オイオイ、どういうことだよこれは!? 棟が消えてなくなっちまったぞ!?」

「取り乱すな落ち着け! 冷静さを失うな! 状況を的確に分析しろ!」

「……」


 城の内部と外で悲鳴が飛び交い、逃げ惑う人の姿が小さく映り込み始める。

 先程まで何の問題もなく構えていた城を、俺がこの有様にしたのだ。この街の象徴ともいえる建物に見る影もなくした罪の大きさを思うと罪悪感が込み上げてきそうになる。

 壊すのはいとも簡単なことだ。しかし、造り積み上げていくのは途方もないことなのだから。


 ……やりすぎたか? 幸い命が消えたような気配は感じ取れないから上手くやれたとは思うけど。


 死人を出したくはない――その思いで先日思い出して得た力で感覚を広げ、周囲の数百にも及ぶ気配を片っ端から拾い上げていく。

 確認し終えると、最悪の結果にはならなかったことに一先ずは安堵した。


「まだまだ辿り着かないよな……」


 もっとよく外へ目を向ければセルベルティアの街並みが一望できることが分かり、夜の時には分からなかった街の造りがハッキリと確認できた。

 この高さだと街を取り囲む城壁も見渡せたので、俺は今アスカさん達がまだ比較的近くの地下を逃走中であると予想し、大体の位置に目を付ける。


 城壁までは大体2㎞はないくらいか? 

 そこを越えて平原に出るまでの時間をここで稼がないといけないとなると……う~む。


「お?」


 東棟へと再び戻りつつ、どの辺りで自分がこの場から抜け出すか考えていると、何やら下から喧騒が飛び交い始めた様だ。

 どうやら俺に向けて言っている声がチラホラ拾え、部分的にだが聞こえてくる。


「オイ見ろ!? あそこに誰かいるぞ!?」

「何だアイツ……一体何者だ!?」

「侵入者だ! 直ちに厳戒態勢を敷け!」

「どこから侵入したというんだ!? 見張りは一体何をやっているっ!」

「とにかく配置を急げ! 絶対に逃がすなよ! あの賊をひっ捕らえるのだ!」

「閣下だ! 閣下を呼べ!」

「陣形を整えろ! 訓練の内容を思い出せ! 我らがセルベルティアの砦と知れ!」

「城内の者らに直ちに知らせるんだ!」


 瓦礫の淵に立って下に広がる庭を一望すると、騒ぎを聞きつけた兵士達が一気に城から飛び出してくるのが見えた。

 その多くが俺の存在に気が付いて指を差しており、賊として認定しているようだ。続々とその数を増やし、敵意の厚みを更に濃くしていく。


 おーおー、蜂の巣突いたみたいにぞろぞろ出てきよる。その怒りはまぁご尤もだ。

 流石に敷地内での騒ぎ発生は想定外もいいところだろうから、こちらとしては騒いでくれなきゃ困ったわけだけどな。


 騒ぎが薄いと感じれば中庭に向かって直接攻撃を加えてもいいとアイズさんは言っていたが、この分だとその必要はなさそうだった。

 騒ぎはピークに向かって伸び始め、今まさに頂点に達しようとしている。


 それはそうとダミーの人形早く出しとかないと。この距離なら『アイテムボックス』から出すのを見られても問題なさそうだから……ほいっとな。


 大分注目も集まったところでいよいよだ。

 アイズさんに用意してもらっていた『剣聖』さんを精巧に模倣した人形を手短に取り出し、俺は手荒に右手で脇に抱え込む。


「なんだアレ……っ!? ま、まさか!?」

「オイあれ見ろ!? あれって……『剣聖』じゃないのか!? アイツ『剣聖』を抱えてるぞ!」

「何だと!?」

「一体何を企んでる……!? 奴は何者だ!?」


 虚空から『剣聖』という人形が出現したことに驚きの声が列挙し、こちらの目論見通りの流れが着実に出来上がっていく。

 人形は人形通り、死体になったように身体はくの字に曲がり、その表情を隠すように頭を垂らす。髪の毛が長いこともあり、それも表情を隠す手助けをしているのは偶然の産物であった。


『剣聖』さんの身柄を今まで隠していたんだから、それが露見すりゃ騒ぐよなぁ? ここが敷地内じゃなかったら下手すりゃ軍の株は大暴落するだろうし。

 今から戦慄するようなもん見せてやるからよーく見とけ、意思に操られた傀儡達。

 タイミングとしてはここがベスト――!


「『アトモスブラスト』」

「「「「「っ!?」」」」」


 下に広がる群衆が俺に注目を向けていることを確認し、一発だけ空砲目的で魔法を空撃ちする。

 この街の中心から上空を駆け抜けていく衝撃波が発生し、唸りを上げた風の重低音が響き渡る。

 すると、騒ぎ立てていた声が一瞬鎮まり声が通りやすい状況が出来上がった。

 俺の動きに対しやや身構えている者も複数いたがそれは早とちりである。それはこの後に必要になる姿勢だ。


 えー、ではでは……昨日練習した声色を思い出してっと――!


「突然の襲来にて失礼する! セルベルティア連合軍諸君! 私は秘密裏に囚われし姫君を解放しに参った者! 諸君らはその瞬間を今、その目に焼き付けることを幸運に思うがいい!」


 空気を目一杯吸い込み、その全てを吐き出す勢いで出来る限り声を張り上げる。

 今俺に誰もが全集中してくれている今、表明して認識を植え込むならここが一番強く残るハズだ。一度騒ぎ立てられたら鎮めるのは難しいので、そうなってしまう前に最初の目的を果たすのが狙いだ。


「何かするつもりだぞ!?」

「全員警戒しろっ!」


 いやーそれにしてもこの演技恥ずかしいッスわ。昨日の晩にどんな台詞吐くか色々考えてたけど、実際声にするとなると結構冷や汗もんだよなこれ。

 声も地声じゃないから出しにくいしやりにくいったらありゃしない。変な声でてないか心配になるわ。あと喉痛ぇ。


 下でどよめく声を無視し、俺は次の行動へと移る。


「――っ!? 一体何を――!?」

「世界よ喰らえ! 「『インフェルノ』!」


 一人が叫んだがもう止まらない。俺の膨れ上がる恥ずかしさもまだ止まらない。

 俺が人形を空高く放り投げると、それにつられて全員の視線が人形へと集中した。そんな誰もが目撃している一瞬に合わせ、天を焦がす勢いの『インフェルノ』で一気に焼き尽くす。


 人形と言えど『剣聖』さんに酷似した容姿だと流石に気が引けるが、作戦だからしゃーない。


 空間をこじ開けるように出現した炎は瞬く間に立ち昇り、その大きさを増しながら上へと火柱を伸ばして広げていく。


「あぁ……!」


 誰かの諦めの声が聞こえ、放心しているのが分かる。


 やがてその人形を養分にしたかのような勢いは途端に鎮まった。熱気だけを残したその空間の後には一瞬で灰となった塵だけが残り、あったはずのものを跡形もなく消し去った。


「け、『剣聖』、が……!?」

「なんてことを!?」


 ハハ、狙い通り騙されてらぁ。

 んじゃちょっくらその怒りを買ってやっからそれで勘弁してくれや。

 とりあえず釈明はさせてくれよ?


「フフフ! 一身上の都合だが『剣聖』は我が贄とさせてもらった! 無事に我が大いなる野望の糧となってくれたようで何よりだ。極上の素体を捕えていてくれたこと……諸君らには感謝させてもらわねばならないな!」


 俺の言葉が届いてるかは知らないが、ただ呆然と言葉を失っている兵士達が目立つ。

 一部は素早く我にかえって声を絞り出してはいるようだ。


 嵐はここからだぜ軍の皆さん……!

 そんなチンタラしてられないよう、もっとシャキッとなるような追い打ちでも掛けようかね……!


「諸君にチャンスをくれてやろう」

「っ!? 降りてくるぞ!? 全員構えよ!?」

「すぐ離れろっ!」


 全身にいっぱいの風を浴びながら、俺は倒れ込むように頭から中庭の中心へと飛び込む。

 自殺志願者ならこの落ちる間に気絶して知らぬ間に死ぬのだろうが、俺の場合はそうはいかない。


 最初はこれ以上の高さから落ちて死ななかったからな……。それに比べりゃ今味わってる景色なんて可愛いもんだ。

 どうせ死なないと分かってもいる以上、恐怖も不安もそこには存在しない。


 落下は高さを感じていても、数秒と経たずに地面と接触するものだ。横と縦の距離感には感じ方の差がある。

 予想通り落ちてからすぐに地面がすぐそこまで迫っているのが分かり、俺は身体を一回転させて足から地面へと降り立った。

 これだけの高さがあると、最早受け身や姿勢などという範囲を超えている。しかし足に今の勢いの全てが負荷として加わったものの、やはり身体は特に異常を訴えたりはしてこない。

 中庭が固い石ではなく、草と土がクッションとして機能していたこともあるのだろう。やはりこの程度の衝撃は俺には無縁のようだ。


「ふぅ。これはこれは、熱烈な歓迎なようで」

「う、動くなっ! 妙な真似はやめろ!」

「何者だ貴様ぁっ!」


 着地の拍子に下へ向けた顔を上げると、既に兵士達に取り囲まれ、十を超える剣と槍の切先が俺に向けられているようだった。兵士達は牽制の声も張り上げており、俺の起こそうとする行動を許さない意思表示が見て取れる。

 バランスよく牽制する前衛の者と援護する後衛の者とで別れているらしく、前衛を七とした場合、大体だが七対三くらいの割合か。

 この迅速な動きには素直な感想を零してしまいそうになる。


 正直狼狽えて動きが遅いと予想してたんだが……一介の兵士でも割とキビキビ動くんだな。

 選りすぐりは多めと聞いていたから納得できなくはないが。


 ――が、その対応も結局は無意味だ。


「この騒ぎの原因は全てお前の仕業だな?」

「そうですが……それが何か?」

「目的は何だ?」

「諸君らに話したところで理解できるとは思わないのだが……気高き『剣聖』の命をもらい受けることだよ。フフ、実に素晴らしき輝きを持つ人であったよ」


 俺を取り囲んでいる兵士達よりも少しだけ装備の質が高い人が聞いてくるも、その怒気を含んだ声を上から挑発して更に煽っていく。

 適当な設定を頭に描いて返答していき、とにかく『剣聖』さんを殺したという方向へと持っていく。


「っ……ならば自分がどのような末路を辿るのかも分かっているだろうな!」

「当然」


 アンタらを壊滅させて無事に戻る。それだけが俺に許される未来に決まってるだろ。

 数の有利で錯覚してるみたいだがアンタらこそ分かってるんだろうな? 


「この賊を引っ捕らえろ! 我らの名誉に懸けて絶対に逃がすなっ!」

「へえ? この程度の戦力で私を捕らえられると思われるとは……心外だな」


 絶対なんて言葉を簡単に使うなっての。

 覆された時、自分も周りも相当惨めになるだけだぞ。


「馬鹿か貴様。これだけの数相手に舐めるのも大概にしろ! この数相手に何ができる!」

「数の有利が利くのはもっと大規模になってからの話だ。諸君にはその意味も教えておく必要がありそうだな」

「戯言を……! その仮面を引き剥がし、絶望に染まるその顔をすぐに拝んでやろう!」


 最初、兵士達は未知の脅威である俺に対して臆しているようにも見えた。しかし今は演説のように話すこの人の言葉の勢いに乗ったのか、士気が高まっているように感じる。少しずつ、じりじりと俺との距離を詰めてきているのがその証拠だ。


 これだから同調圧力とは怖い怖い。誇りで周りの景色がまるで見えてない。

 士気が高まったんじゃなくて死期が早まってるだけだろこれ。

 ここが戦場だったらどうするつもりだ? 確かに譲れないものもあるんだろうが、死んで誇れなくなったら何の意味も無いのに。

 ……いやね? 別に殺したりするつもりはないけども。


「「「っ!?」」」


 でもその出鼻くらいはいきなり挫いてやろうか。


「何を驚く? 私の顔を絶望に染めるのだろう? もしや背中のコレがただのお飾りに見えたのか?」


 周囲の者達の顔を伺い、息を合わせてかかろうとしていた兵士達を尻目に俺は背中の大剣を引き抜いて携える。

 兵士達の中にも屈強そうな体格の人はいるが、恐らくこれを片手で扱える人はいないだろう。それが当然のように思っていたのか、兵士達はこの光景を見て一気に尻込みして動きを止めていく。


「舐めているのはどちらだろうな? この状況で未だに得物も構えずにいる木偶の軍勢など、まるで取るに足らないな!」

「お、臆するでない! この不届き者に目にモノ見せてやれ!」


 俺が牽制すると、すぐさま激が飛んで兵士達の士気が後押しされる。


 これ以上の挑発は流石にいたちごっこになりそうだな……。

 んじゃ、そろそろ動くとしますかね。


「もしかすると先の彼女に匹敵する贄はこの中にいるのだろうか? 噂に聞くかの司令官、ロアノーツという者も気になるが……」

「っ!? 貴様如き、閣下のお手を煩わせる程ではないわっ!」

「そうか……ならば示してもらおうか! どうか失望させてくれるなよ……! 誇り高きセルベルティアの戦士達よ!」


 アイズさんをして要注意となる人物である、ロアノーツ・エルヴィオン。その人もきっとこの敷地のどこかにいるに違いない。

 騒ぎを起こしていれば出てこずにはいられないはず。その危険人物がどれ程のものかはこの目で確かめておいた方がいいだろう。今後の一種の指標にもなりそうだ。


「我が贄の原石をここで探すのもまた一興。諸君らの魂と命の輝き、直に見させてもらうとしよう!」


 ……恥ずかしいと思ってる割にノリノリだな俺。こういう役作りに経験でもあったんか? 自分で思う以上に心にもない台詞がつらつら出てくるんだが。


 なにはともあれ、出来レースの始まりだ。


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