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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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466話 『剣聖』救出作戦:第二段階⑥

 


「……分かりました……。貴女の意思に従います」

「「「っ!」」」


 押し黙り、長い葛藤の末。『剣聖』さんから観念した回答が出た。


「……紆余曲折あったけど、ようやく折れてくれたのか」


 俺とセシリィもであるが、アスカさんの安堵した反応が最も大きかった。

 隣で見る横顔は、僅かに滲み出た笑みが歓喜を表現しているとしか俺には思えなかった。


「天使の方のたってのお願いとなれば、私が駄々を捏ねるわけにはいきませんよ――ぁ……!」

「っ!?」


 アスカさんの元へ向かい伸ばされた手を取ろうとした『剣聖』さんだったが、そこで悲鳴を上げていた身体の限界が訪れたのかもしれない。何もない場所で躓いたように、前向きに倒れ込んだのだ。


「大丈夫か?」

「アスカ……」


 そこですかさずアスカさんが動き、『剣聖』さんが倒れるのを防ぐ。そしてそのまま胸に抱きとめると、ようやくその胸にアスカさんは『剣聖』さんを抱え込んだ。


「今回ばかりはすごい困らせてくれたな。捕まえたからには、もう問答無用で連れていくからな」


 言葉は淡々と綴っているものの、対照的にアスカさんの抱きしめる腕は酷く力が込められていた。

 ただその力は無造作なものではなく、相手を想う気持ち故のものであるのはすぐに理解できる。

 ようやく求めていた人が自分の手が届く範囲に来てくれたのだ。とうに待ち遠しさに限界の来ていた人にとっては、ここまでのやり取りの間が最も苦痛であったと言っても過言ではない。


「はい。どうか連れて行ってくれますか?」

「ああ。一緒に帰るぞ。僕らの故郷に」

「……はい」


 一瞬アスカさんの胸の中で身じろぎしていた『剣聖』さんだが、そっと背中に手を回した。

 アスカさんの言葉を目を閉じて受け止めるその姿にもう抵抗の意思は感じられず、心身共にようやく再開を果たした瞬間だった。


 こうやって見てると、離れ離れは辛くて、やっぱり『剣聖』さんも本当はアスカさんと一緒に居たかったんだなぁと思う。

 これが意思に縛られるのから解放された、『剣聖』さんの気持ちなんだ。

 なんて穏やかな顔してんだろ。アスカさんくっそ羨ましいんですけど。


 容姿も相まって女神と疑いたくなる姿に、不謹慎にもアスカさんと立場が変わりたいという不埒な考えが頭をよぎっていく。


「歩くの、まだキツイだろ? 抱えるからジッとしてくれ」

「ええ。ありがとう」

「「……」」


 アスカさんが『剣聖』さんの即答を機に身体を抱え、顔をより近づける。

 事前に示し合わせたような光景に俺とセシリィは圧倒されるしかなかった。


 なんですかその息ピッタリな流れは……。

『剣聖』さんも遠慮しないというか、もう何もかも委ねてません? それ。

 こ、これが本物のリア充というやつなの? 格の違いなの? しょぼぼん……。


「ふふ、仲良しさんだね? 二人共」

「だなー。見てるこっちが恥ずかしいくらいだ」


 最早二人の空間で良いのではと思う空気を作られ、俺とセシリィはどこかに退散したい気持ちになってしまう。


 ぶー。なんだよー、なにラブラブしてんだよー。もう結婚しちまえよー。仲人なら喜んでやりますよぉ?

 末永く幸せになりやがれよチクショーめが。

 ちなみに逃げない方向に決まってたら問答無用で連れていくつもりでしたから。勝敗とか関係ありませんでしたから。

 俺空気読めるからこんなこと言いませんけども。


「……なんか不貞腐れてない?」

「気のせいだろ」


 心を読んだわけでもないのに、セシリィが俺の核心を突いた。


 気のせいじゃないけど気のせいということにしといてくだされ。

 なんか無性に気に入らなくもないんだけど……これは多分男の性ってやつだからさ。

 でもいいもんね! 俺にはセシリィがいるもんね! 

 俺だってセシリィならいくらでも抱えられるもんね! 別に負けてないもんね!


「それにしてもセシリィ、よく言えたな。頑張った……!」

「……うん!」


 羨ましさは程々に。俺も労うべき娘がいることを忘れてはいけない。


 急に持病の発作が発症したのでセシリィ成分を補充すべく、翼を広げたままのセシリィの頭をくしゃくしゃに撫でてやる。

 セシリィも肩の荷が下りたのか、身体中の力が抜けたように俺に寄りかかってくる。


 滅茶苦茶緊張しただろうに。

 とにかくお疲れセシリィ。そのまま俺の英気を養っとくれ。


「ありがとう二人共。お蔭でカリンをようやく連れていける。感謝してもしきれないよ」


 ふへへ~と、仮面の下でご満悦な顔を隠していた俺だが、アスカさんから唐突にお礼を言われた。


「どういたしまして、と言いたいところなんですけどね。まだ最後の段階は終わってませんからね?」

「っ……そうだったね。むしろここからが本番か」

「ええ」


『剣聖』さんを本当の意味で救出できた油断から、もう作戦が終わったみたいに思うかもしれないがまだ半分程度の進捗だ。その切り出しをするにはまだ早い。


 アスカさんの表情が再び硬さを取り戻していく。


「その続きはまた後にでも。――そんじゃ、名残り惜しいけど最後の締めといきますかねぇ」


 セシリィの頭から手を離し、セシリィの顔を一度伺った。

 俺がここから離れるのが分かったのか、セシリィも俺の身体から少し離れる仕草を見せ察してくれているようだった。


「セシリィ、もう一回聞くけど平気そうか?」

「大丈夫だよ。一人でも平気だから、お兄ちゃんも気を付けてね?」

「そっか。」


『剣聖』さんはともかく、翼を見せ、天使であることを実際に披露してみせた今、その行いがあのアスカさんにどう影響しているかは未知数となってしまっている。

 失礼だが安全確認のために聞いてはみたのだが、この返答を聞いて俺も不安の種がなくなった。


 少しあった時間の猶予はここで大分使ってしまった。

 もう余計なことをしている暇はないだろう。アイズさんも裏方の準備を進めて俺の次の動きを何処かで待っているはずだ。


「行くのかい?」

「ええ。こっちの問題が片付いたなら次に移るべきですからね。――セシリィ、ちゃんと『剣聖』さんを支えてあげるんだぞ?」

「大丈夫。任せて!」


 良い返事だ。俺がいなくても、二人なら平気みたいだな。それだけ信用に値するってことか。

 アスカさんと数日一緒にいたこともプラスに働いてるだろうし、これがこの娘にとって今後の希望となれば俺も嬉しい。


 ちなみに両手をグッと握って意気込むの可愛すぎ問題。しかも鼻から息をふんすふんすしてるのも反則すぎる。

 うちの娘これであざとくないのがもう犯罪的なんだよなぁ……。

 世界が生んだ可愛いの権化、ここに再誕。世界の意思さえなかったらもう世界中の人がメロメロになるわこんなん。


 いやー仮面つけてて良かったぜ。これならいくらでもだらしない顔しててもバレないもんなぁ。

 アイズさん、俺……仮面は結構良いと思ってしまったよ。まさに紳士のアイテム。ディスイズマイトゥルーだよこれは。


「最後の大仕事だ。どうせバレるなら最後は派手に行くとするかね。敵対するのがアホらしく思えるくらいに――ちょっと本気出してみようか……!」


 言葉の覚悟とは裏腹に、内心表情が緩み切っていることを知っているのは俺だけだ。この人らに大丈夫かコイツなどと思われたりすることはないだろう。

 仮に思われてもこれが俺だからどうしようもないのだけども。


 さて、今の俺に必要なのは連合軍側になんだコイツ!? と思わせるのではなく、ただ危険人物として認定されると同時に恐怖を与えることが重要である。

 俺という存在を、身体の芯まで叩き込んで固定させる。そんな人物が容赦なく世界の宝でもある『剣聖』を葬ったと、そう思わせなくてはならない。

 できればアニムで目撃された時の俺と、今日の俺が丸っきり別人と思わせられるのがベストだ。でも最悪同一人物と思われてもそれは構わない。

『剣聖』さんが連合軍の標的から外れてくれるならそっちが優先だからだ。


「武装は一応大剣くらいは出しとくか? 確かまだ連中には見せてなかったし誤魔化しになるかもしれないし……」


 一人呟きながら装備を見直す。


 仮面にマントだけではただの変質者。気味悪さは与えられても恐怖感までは与えられる気がしなかった。そのため『アイテムボックス』からよく手に馴染む大剣を取り出し、装具を付けて背負い込む。

 変装用のマントがあるので若干背中に違和感はあるが、こればっかりはしょうがなかった。動きに大した弊害があるわけでもないので我慢する他ない。


 他の武器は……まぁいいか。扱いそんな慣れてるわけじゃないし、これで間違って誰か殺しちゃったりしたらマズいし。

 ひとまず武装はこんなもんでいってみようか。残りはスキルとかで補おう。


「それじゃ手筈通りで! いっちょ行ってきます!」

「お兄ちゃん! アスカさん達と一緒に待ってるからね! 頑張って!」

「おう。大船に乗ったつもりで待ってろ。殿は任せとけ」

「お気をつけて!」

「頼んだよ! フリード君!」


 これで準備は整った。

 今までにない武装で身を固めた以上、この変質者(オレ)を止められるのは誰もいないはずだ。


 皆の激励を背中に受け、振り返って敬礼した後俺は再び地上へ向かった。




 ◆◆◆




「『龍の脚撃(レグナート)』!」


 それから間もなくして――。

 天に向かって突き進む龍が欠片になった瓦礫と共に舞い、その姿を消した。

 轟音の後に煙が晴れると青々とした空がぽっかりと天井から覗き、内側から爆ぜた形跡を残す牢屋が外から丸見えとなった。

 嵌っていた格子がいくつか外れ、足元に金属音と一緒になって転がってくる。


 ふぃー! これでようやく一人になったか!

 自分の思うままにやりたい放題できる時間の始まりじゃい!


 今の行いで自ら逃げ道は絶った。

 閉鎖的な空間から解放的になった牢屋の中で、俺は景気良いスタートを切り出した。


次回更新は割と早めにできそうです。

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