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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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460話 『剣聖』救出作戦:第一段階④

 



「今日に備えて数日前から仲間と計画を立ててまして」

「本気ですか……?」

「冗談で済まされない真似を既にしでかしてますからね……。本気も本気、それは大方察しがついてたんじゃないですか? 俺が見張りの人を気絶させた時点で」

「それは……」


 横目で意識を飛ばしている見てから、暫く目を覚ましそうにないことを確認してから俺は言う。

 そこで俺の行いと言い方が少し抵触したのかもしれない。『剣聖』さんの表情が若干強張り、俺を懐疑的な目で見るようになってしまった。

 要は警戒されていた。


 やはり急に俺がここに来たこと自体があまり良い印象を与えられるようなことじゃなかったか……。

 特に力づくで見張りを気絶させたりしてる行為なんて蛮族みたいなもんだし、場所が場所なら強盗と何も変わらないし。




 ……この向けられる視線は別に仕方ないっちゃ仕方ない展開だろうけど、なんでかね? この目を向けられると無性にすごいしゅんとしたくなるんですけど。

 なんか……ごめんなさいって謝りたい気持ちで一杯だわ。問答無用で平伏したくなるにも近いかな?


『剣聖』さんから感じるこの不思議な圧に、俺は強制力に似た何かを感じてしまう。

 だがその圧が不思議と嫌に思わないものであるので、特に抵抗を感じることはなかった。


「私を助けようとしていただいたのなら、そのお気持ちは大変嬉しく思います。それにここまで思い切った行動に踏み切れるのであれば、どんな意図があるかはともかく、私の事情は知っていらっしゃるのでしょう?」

「知ってますよ。連合軍に加担して天使の人達を傷つけたくない。そう思ったから今も軍の勧誘を断り続けて抵抗している。この状況を抜け出すために下手に強硬手段に出れば、故郷の人達に危害が及ぶかもしれない……という脅し付きでしたよね」


 受け答えがてら、こうして軽く状況をまとめてみるだけでも本当に雁字搦めな状況だよな。

 両手で小さなボールになった自分を押し潰されてしまっているような……俺なら「たしゅけてー!」って泣き言の一つや二つはしてる……。

 自分勝手な人ならいざ知らず、周りを優先する心持ちの人程雁字搦めになって身動きが取れなくなってしまう。そんな状況に『剣聖』さんはいるわけだ。

 むしろ、自分からその状況に臨んでしまいそうなタイプだろ。そういう人って普段から心労とかすごそうだが……。


 ――いや、そもそもそういう風にすら思わないのか……? 

 俺みたいな打算ありきで動く輩とは違うわけで、根本的なところから寛容性にれっきとした違いがある……? だからこその不満のなさそうなさっきの顔ってことか?

 成程、それなら平伏したくなるこの気持ちも当然だわな。


 流石『慈愛の剣聖』……でもそれだと生ぬるいか? 最早『慈愛の女神』ですな。

 ……本当に同じ人種なの? この人……。優しさが異常なんですけど。


「……フリード様は連合軍の方ではなさそうですけど、よくご存じなのですね。――では何故? 私の考えは到底世の中に理解されることではないことも分かるはずです」

「その考えが異常……ってことですよね? 特に天使に対しての」

「はい」


 俺が『剣聖』さんに促すように聞くと、短くその一言が返ってくる。


 本来なら俺はここで『剣聖』さんに対し有り得ないという感情持つのが普通なのだ。世界の意思の影響力が弱まっていることを踏まえると、それを口にするかしないかは人によって程度が違ってくるが、大多数の人は異を唱えるのが当たり前である。

 俺も今、口にはしないだけでそのように考える大多数の一人として見られていると思われる。


「確かに天使の安否を気にするなんて有り得ないレベルで可笑しなことです。……けどもし、その異常が真っ当だと思ってるって言ったら?」

「……どういう意味でしょうか?」


 顔を顰め、ゆっくりと『剣聖』さんが意識を俺に向けてきているのが分かった。


 まぁ急にそんなこと言われてもピンとこないよなぁ。

 異常なことと認識していることを、普通としていきなり捉えるわけないし。


 ――ま、俺らには関係のない話だがな。

 この異常こそが、俺らにとっての正常だ。


「まぁ……世界は広いってトコですかね。いや、面子的にある意味狭いって言えるのかもしれませんが」


 こちとら世界の意思そのものを知る俺を始め、天使本人に自力で意思を跳ね除けた他二人やぞ。まさにこの世で非常に稀有なミラクルチーム。

 この短い間にこれだけの人数が集まったとなると、集まり過ぎた感は否めないし疑われてもおかしくはない。


 この意味が通じるかはともかく、今回の計画の実行者の内一人はアスカさんだ。『剣聖』さんにとってはほぼ身内みたいなものである。

 世界を取り巻く意思の刷り込みに対し、『剣聖』さん的にまさかこんな近くに違和感を感じていた人がいるとは思いもしなかっただろう。

 絶対に近い意思に対し、そこに明確な相違があることを堂々と打ち明けるとは考えづらい。親しい相手になら迂闊に言えずにいたのだと思われる。

 一気に両者の関係が崩れるかもしれなかったのだから、その葛藤は一人で抱え込むには中々しんどいものがあったと思う。


「貴女と会って話してみたいっていうのは俺自身元々考えてはいたことでした。でもそこに貴女を心底助けたがっている人がいて……それがこうして今回貴女を助ける計画を実行させたわけですから」

「私を?」

「貴女もよく知る人です。――アスカさんですよ」

「え……アスカが!?」


 アスカさんの名をここで持ち出すと、『剣聖』さんがたちまち血相を変えて目を見開いた。

 大層驚いた様子であり、何故ここでその名前が出てくるのか分からない様子であった。


「あの! アスカも動いているというのですか!?」

「動いてますよ。大分前からこの街に来て、貴女の行方を捜してたみたいですから。あんまりあの人を心配させちゃ駄目ですよ」

「そんな……! どうして……」


 これまで特に狼狽えたり微動だにもしなかった『剣聖』さんが、ソワソワと動きを不規則にさせて揺れに揺れる。

 その様子が心情の表れであるのは明白で、同時にそれだけこの問題に『剣聖』さんがアスカさんを遠ざけていたかが察せるようでもあった。


 おっとこの反応は……? ほぼ確定ですやん。

 ……まーどうしてもなにも、アスカさんも貴女が心配だったからですけどね。

 二ヵ月も帰ってこなかったらそりゃ心配するだろ。何かしらの行動を起こしても不思議じゃなかろうに。


「まぁ急なことなんで戸惑うのも分かります。どうしてなのかはともかく……それは事実ですので」

「っ……」


『剣聖』さんの青ざめた表情を見ると、俺達のやろうとしていることには負い目を感じそうになる。

『剣聖』さんは『剣聖』さんのやり方で誰かを守ろうとしていたのであって、俺らの行いはそのやり方を否定をしていることに近い。

 他人の思惑を盛大に壊して踏みにじっている自覚はあるので、俺も思う部分はある。


「でもあんまり時間があるわけでもないので手短にさせてもらいますよ。今この格子壊すんで、さっさと逃げましょう」

「――いけませんよ」

「……」


 言葉を失っていた『剣聖』さんに掛ける声が思い浮かばず、俺は逃げるように前へ進む選択を取った。

 脱出を図るべく、両手で格子を掴んで無理矢理捻じ曲げようとしたものの、その行いに待ったをかけるのは『剣聖』さんだった。


「私はここから出るわけにはいきません。出ることで、困る方達が出てしまいますから……」

「困る方達……自分以外の誰か。それも天使問わずの、ですか?」

「はい」


 うん。知ってた。

 ですよねー……詳しい話もまだないのにホイホイ頷くわけもなし。


「私がここから逃げてしまえば……天使の方達への圧力は強まる。そのような真似はできるはずがありません。今はまだ許されていますが反逆罪で故郷も同罪扱いされるかもしれませんし、それらの懸念があるのに迂闊な行動には出れませんよ」


 ご尤もです。真っ当で誠実な主張だって言うのがよく分かりますとも。


 ――だが、貴女という存在が前提での主張は幅広く受け入れられないんですわ。

 その考えは世間一般の解釈なら批判的、俺らの間では自己犠牲として映る。


 だから……俺は一言『剣聖』さんに言ってやる。


「貴女がそれを一身に背負う必要はないでしょ。一人で色々と背負い過ぎですって」


 一人で背負い込むものなんざ結局はたかが知れてるんだよなぁ……。

 だって俺らは神様でもなんでもなく、ただの人なんだからさ。受け入れる要領に限界がある。


『剣聖』さんのしていることを否定するつもりはない。

 ただ、少しやり過ぎたとは思うのだ。


「ですがそうしなければ誰かが傷つくのですよ。天使の方達はそれを必要としていないのかもしれませんが……それでも私は……」

「けど、貴女のその考えはただの時間稼ぎでもあるはずです。そもそも軍がしびれを切らしたらどうするんですか? 今度は逆に故郷の方達に被害が出ないとは限りませんよね?」

「それは……」

「軍の言う事もやろうとすることも信用ならない。俺はそう思いますけどね」


 俺がそう言うと、『剣聖』さんは困ったように口を噤んでしまった。


 軍の言うことが信用ならないものであることは、『剣聖』さんも既に分かっていたことではあったのだろう。

 あくまで『剣聖』さんの語る内容は、軍が『剣聖』さんの態度をまだ許容してくれている前提での時間稼ぎである。この時間稼ぎは、軍が態度を変えた瞬間から一気に崩壊してしまうはずだ。


 この街に連行された当時の『剣聖』さんも急に囚われの身になるとは考えていなかったはずだし、抵抗するという考えが薄い都合上、いつの間にか身動きが取れなくなってそのように考えるしかなくなった節はある。

 ぶっちゃけそこについては同情するし、俺も似た状況に追い込まれたら取りあえずその場は同じ考えに行き着いていたのかもしれない。


 優しい人だよ貴女は。どこまでも……。




 ――でも、だからこそ俺らは助けにきたんだ。




 アスカさんの純粋に助けたいという想い。俺の純粋に会ってみたいという興味。この扱いが間違っていると分かっていたアイズさんの心情。

 その想いと思惑は全部繋がって絡まって……ここに集約した。セシリィという本物の天使の存在もあって。


 ここでの頑なな拒否は、それだけ『剣聖』さんへの好感度が上がるだけだ。

 世間一般的に異端な考えでも、俺らにとってはそんな考えを持つからこそ助ける意味がある。


「フリード様には……全てお見通しなのですね。――私の考えが甘く、既に八方塞がりの状況だということは分かっています。ですが、私の持つこの考えは異端そのもの……。同じような考えを持つ方がいるとは考えづらい。志を共有できる方がいない以上、軽はずみな気持ちで放り出していいことではありません。私にできることは、これくらいなのですよ」


 その言葉、一番聞かせてやりたい娘がいますよ。

 セシリィがここにいないのが悔やまれるもんだな。


「話に聞く貴女の腕前なら、軽く抵抗すれば脱出はできなくないはずだ。それでも長らくここで大人しく囚われている時点で、覚悟は知ってましたよ」

「っ!? 一体何を!?」

「――だったら貴女を素直に頷かせられる人に今から会わせてやりますよ」


 これ以上、会話での進展は望めない。

 そう思った俺は『剣聖』さんの了承なしに、格子を無理矢理こじ開けた。掴んだ拍子に勢い余って外れてしまった格子は床に適当に放置し、同じく勢いのまま『剣聖』さんを見ながらその距離を詰める。


 逆にここであっさり俺の語ることにただ頷かれても変なものだ。でなければ長期間ここで囚われているわけがない。意地だってあるだろう。

 大体この頑なな意思はもとより理解している。アスカさんも意外と頑固とか言ってたし、予想の範疇である。


「自己犠牲もいいですけど、それでどれだけアスカさんが心配したと思ってるんですか。あの人にこんな犯罪行為の助けまでさせて」

「っ……」

「貴女は優しい良い人だ。だったら当然、優しい人には優しい人が寄り添って力になろうとしてくれる。それは分かるでしょ? 今のアスカさんがまさにそれだ」


 世の中理屈だけじゃない。情熱で動く人だっているんだ。

 世間の常識への思い込みに囚われたままでは、いつまでたっても動けない。

 常識はただの枷。何もかもを抑制するための。


「今貴女を取り巻く状況が、貴女が優しいことで引き起こしたものだっていうなら。これから引き起こすことも貴女の優しさが原因ですよ。自分の撒いた種に文句は言わせるつもりはない」

「あ、あの!? 何を……!?」

「批判は後でいくらでも聞きますから。取りあえずまずはアスカさんに会ってもらう……いいですね?」

「え、えっと……?」


 座り込む『剣聖』さんの手を無理矢理取り、その戸惑った眼前で有無を勢いを殺さず俺は続けて言い放つ。


 この時内心、『剣聖』さんのその端正な顔つきに滅茶苦茶ドキッとしたのは内緒だ。空気読めよ俺。


「ここで話したって埒が空かない。今回の計画の発端はアスカさんだ。痴話喧嘩したいなら後でどうぞたっぷりしてくださいな。俺は俺のやることを果たさせてもらいますから」

「きゃっ!?」


 手を取って立ち上がってもらい、すぐさま『剣聖』さんを足元から救い上げる。

 すると、身体の自由が奪われたことに『剣聖』さんが不意打ちの声を漏らす。


 いきなり手を掴んだから完全に今の俺って強姦魔みたいな感じだよな……やってて嫌やら嬉しいやら。

 なんかこの人に嫌われるの個人的にかなり嫌だし、今はこの行いの責任を全部アスカさんに擦り付けるか。

 その方が楽そうだし……多分絶対にそれの方がいいよね? うんそうしよう。そうしましょう。

 俺、微塵も悪くない。これは役目の遂行……いいね?


 というか凛々しい人の不意打ちの可愛い声は反則だと思います。これは予想外やった……。

 そらアスカさんもメロメロになるわ。最早狂気。

 実際狂気に走らせた犯行だから間違ってないのだけどもね。


「ちなみに拒否権はありませんから。もう後戻りはできない段階まで踏み込んじゃってるんで。どうしても嫌なら抵抗してみせればいい」

「あ……」

「――ま、抵抗なんて無意味だからやめといた方がいいですけどね。貴女が何をしようが、俺は貴女をアスカさんの元まで無事連れていくだけだ」

「っ……」


 抱えた状態で抵抗されてもそれは厄介なので、それが無意味だということを目で可能な限り伝えておく。

 意図が通じたのかはともかく、『剣聖』さんが俺の胸を叩いての抵抗がそこで止まった気がした。


 流石に密着してるし、大人しくなったから『剣聖』さんの脈とか分かるのはなんか気恥ずかしいわ。

 ――いや違ったわ。これ俺の心臓の音やん。

 というか『剣聖』さん胸叩いてないじゃん。叩いてたの俺の心臓だよ。乙女か俺は。



「……少しの間我慢してもらえると。なるべく負担掛けないように動くんで、それでもキツかったら言ってください」


 俺の性格的に空気なんて読めるはずもなかった。

『剣聖』さんの返答を待たず、言葉と態度が一致しないまま俺は格子から抜け出した。


 なにはともあれ、第二段階開始――!


※10/22追記

次回更新は明日です。

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