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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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453話 絶華流(別視点)



「騒がしいと思えば……アスカさん、ですか……?」

「っ! アイズさん!」


 扉の微かな開閉の音がし、そこから出てきたのはアスカが予想したとおりの人物であった。

 多少面倒そうな口調ながらも、アイズはフラフラの足取りで、仮面を抑えながらアスカにゆっくりと近づいてくる。


「この仕掛けで迎撃できない人だから一体誰かと……。これまた派手に突破しましたねぇ」


 アスカの後ろに広がっている、外れた扉と外の通路の惨状を見たアイズが肩を落とし、呆れたような反応を見せた。

 実際先程の罠を突破できる者はそういないだろう。本来なら屍が転んでいてもおかしくなかったのだから。


「かなり危なかったけどね。ちょっとヒヤッとしたよ……。流石にあれは危険すぎやしないか?」

「……そう言う割に無傷で突破してるみたいですけど? 元々貴方みたいな規格外の人用の罠ですから」

「規格外って……」


 アスカの言葉に違和感があったアイズは、疑問をそのまま口にする。

 そして言葉と様子が一致していないアスカのことを謙遜であると思いつつ、恐れ多さも覚えるのだった。


「一応弱い人なら仕掛け作動前の段階で近づくだけで卒倒する魔道具も設置してあるんですよ? アスカさんには効かなかったみたいですけど」

「そうなのかい? 別にここまで特になんともなかったけど……」


 手を広げ、身体のあちこちを確認するアスカ。

 どうやら今の話を聞いて自分が健常であるかが気になったようだが、その心配は必要なく、特に異常は見られない。


「……それが貴方も十分規格外ってことの証明です。そんな人相手にこの程度の罠じゃ生ぬるかったですか。もっと強力なのを仕掛けておきましょうかねぇ……」

「(これで手を抜いてたのか? これじゃ地下に巣食うモンスターがどっちか分かったもんじゃないな……)」


 ブツブツと物騒な独り言を始めたアイズに対し、この時どのようにして卒倒してしまうのか等の疑問をアスカは敢えて聞かなかった。

 今の様子では聞きづらいということもあったが、どうせ自分に理解が及ぶものではないと思った他、知ったところで大した意味がないと感じたからだ。


「それより……フリード君の言ってた通り、やっぱり大分弱ってるみたいだね? ヘトヘトそうだ」


 時間惜しさもあるものの、本題とアイズの容体を優先することが先決だと思い至ったのだろう。

 アスカは心配そうに話を切り替えた。


 『眼』の力の酷使が原因ということは伏せてではあるが、フリードはアイズがセシリィを逃がすためにマナを大量に消費したことをアスカに伝えていた。

 アイズの身に起こっているであろう症状も含め、その様子の確認が今回の目的の一つである。


「ええ。昼間より随分良くはなったのですが、正直まだ立っているのが億劫に感じますから。本当は今すぐにでも横になりたいところだったのですけど……ねぇ?」


 そこまで言って、アイズはいやらしさを滲み出してアスカに投げかける。

 みなまで言わずとも来訪を不満に思われていることが丸わかりであり、アスカは少したじろぐのだった。アイズの容体からも言われるまでもないことだった。


「う……それは申し訳なかったね。――多分それを見越してなんだろうけどさ、フリード君からの差し入れを預かってるよ。これで許してもらえないかい?」

「差し入れ?」


 ただ、その不躾な真似のお詫びがあることはアスカにとって多少気休めになる要素ではあった。

 なければアスカは平身低頭の姿勢になっていただろう。


「うん。何か飲み物みたいだよ? マナがなくて辛いなら迷わず飲んでくれって言ってたけど」

「ほぉ?」


 アスカが腰に下げていた小さな袋に手を入れ、一つの小瓶を取り出す。

 小瓶には容器一杯にまで入った鮮やかな赤い液体が満たされており、部屋の仄かな明かりに照らされ二人にその姿を晒した。

 その綺麗な見た目と毒々しい色合いが抱かせる印象は、どちらかで言えば忌避感の方を主張しているかのようだ。


「なんか飲むのが躊躇われる色なんですが……フリードさんが言う事なら飲んでみましょうか」


 アスカは小瓶をアイズへと手渡すと、アイズは興味有り気に少し小瓶を眺め回す。

 上から、横から、そして下からと様々な角度から。小瓶を振ってその液体の粘度や色の濁り具合に至るまでじっくりと観察する。


 フリードが変なものを寄越すとも思えず、やがて観察が満足した頃に匂いを嗅いだ後、アイズは一瞬固まってから一気に飲み干した。

 なるべく口内に広がらないように喉元を通し、そのまま胃へと直通させるように。



「――っ!?」



 喉元が鳴り、アイズが息継ぎのため次に口を開こうとした時だった。途端、アイズの身体の内側から熱が込み上げたように圧が膨れ上がる。

 その身体の変化にアイズは胸を咄嗟に抑えそうになったものの、すぐに圧は決して苦しいものではなく、むしろ心地よい圧であったと気付いて放心する。


「な、なんですかこれ。こんなものが存在するんですか……!?」


 自分の変化にアイズは思わず驚きの声を上げていた。

 否、その驚きの気持ちを伝えずにいられなかったと言うべきか。抱いた感想をすぐにアスカへと言いたかったのが実情だった。


 満たされた身体は一斉にアイズの衰弱していた部分を補充し、瞬く間に元の状態に戻ろうと駆け巡ったのだ。

 その効能の大きさと表れの早さはアイズの理解を越え、瞬く間に興奮状態へと誘わせる。


「こ、これは……マナの回復薬……!? フリードさん何処で手に入れたとか言ってましたか!?」

「さあ? そこまでは……。でも結構な数持ってたよ? 多めにもらってるから全部渡してって言われてるぞ。ほら」


 アスカが腰にぶら下げていた袋を取り外し、そのまま興奮したアイズへと手渡す。

 袋の中ではコツンと子気味良い音が鳴り合っており、アイズが腫れ物を扱うように優しく覗くと、そこには同じ液体の入った小瓶が数本姿を覗かせている。


 アイズから見たそれは、まさに宝の山だった。


「こんなものを複数……。あの人には驚かされっぱなしですねぇ。――やはり面白い方だ」


 一瞬の沈黙の後、アイズの口角がグイッとつり上がる。


 マナはまだまだ未解明な点が多い分野である。研究する者が多くはいないこともあり、新しい発見もそう簡単に見つからないのが現状だった。

 そしてその一つに、マナとは一体何処から生まれ、どのようにして人の身体に補充されるのかという謎があった。

 アイズの見解では、身体に内包する以上は何かしらの形で取り込んでいるか、それとも個々の内部で自然に回復するかのどちらかの線が濃厚という見立てだったのだ。


 そこでこの薬液である。まさに謎の解明の糸口が一気に見えたも同然だった。

 しかも自身が体感することになるとは全く予想もしていなかっただけに、喜びの大きさも格段に大きい。

 恐らくこの時代、誰しもがまだ経験もしていないことを真っ先に体験したのだと。そこに優越感を感じないわけがなかった。


「ふ……フフフ……! 貸したつもりが、今度はまたフリードさんに借りができてしまいましたねぇ……!」


 昼間の一件での貸しを返してもらうつもりが、たった今借りを作ってしまった。

 通常なら相殺で帳消しになるところが、この場にフリードはいないがアイズは一方的にそう思うしかなかった。むしろそれでも足りないくらいであり、フリードへの期待感を更に強める。


「(やはり未知の知識と技術を持っている。あの方が未来から来たという考えもほぼ確実でしょうねぇ。相変わらず理屈は皆目見当もつきませんが……一体どれだけ先の時代からやってきたのでしょうねぇ)」


 アイズから見たフリードは、最早叡智の塊のようにさえ映ろうかという段階にまで引き上げられてしまった。

 叩いて出てくるのは埃ではなく、喉から手が出る程欲しい未知の知識と技術ばかり。しかも叩かずとも自然に滲み出すものだけで十分すぎる程であり、それが本人の善意であろうことか無償に与えられる。


 アイズは、自分は一体どんな幸運な巡り合わせをしているのかと思わずにはいられなかった。



「おお? アイズさん目に見えて良くなったね? マナの回復でそんなに変わるものなのかい?」


 フラフラの足取りが急に安定したことを確認し、置いてけぼりを食らっていたアスカがその変化について聞いた。


「私自身、マナを回復したこと自体が初めてのことですが……劇的に変わりますよ。若干の疲労は残りますが思考がクリアになりますねぇ。例えるならそう……風邪が治った翌日のようなものでしょうか?」


 アイズはそう言いつつも、こればかりは体感しないことには表現し辛いと思うのだった。

 ただ、一番手っ取り早く分かりやすい漠然とした表現は風邪に近いというのは本当で、今はそれでいいのではと思うことにしたようだ。


「へぇ、そんな感じなんだ。僕はマナの使い方とか分からないし、その症状とは無縁そうかな」


 ――その表現が、まさか別の謎を誘発するとは思いもせずに。

 コツンと刀の柄に指を弾くアスカを、アイズは呆けた顔で見つめるのだった。


「は? マナ……使わないのですか? アスカさん程の剣の技量なら、それなりどころかスキル技も極めてるでしょうに」

「え? 僕の剣にそんなマナを使うような要素はないけど? だって流派の技だけだよ?」

「いや、だってスキル技もマナを使うじゃないですか? 術式とはちょっと違いますけど。でも疲労の感じ方もほぼ一緒ですし、その経験はあるはずでしょ?」

「そうなのかい? でも僕スキル技とか使えないし……ただの流派で学んだものくらいしか使えないからさ。だからマナが減って辛いっていうのはよく分からないかな……」

「……」


 苦笑しながらすらすらと口にするアスカから、アイズは目が離せない。

 アスカの見せる態度がスキル技が使えないことを恥ずかしく思っているからなのか、それともただの冗談で言っているからなのか。それを見極めようとしていたためだ。


「……今、すごく奇妙な発言を聞いてしまった気が……。それが事実ならフリードさん並に謎過ぎるんですけどねぇ……」

「……?」


 上がった口角が下がり、今度は上の眉が捻じ曲げられる。

 また謙遜のつもりかと一瞬疑うも、これは謙遜などではなく本気で言っている。アイズはアスカからそのような印象を抱くに至った。

 そこから考えるのは、アスカの披露してみせた技の数々だ。


「(只の流派と技術のみであの不可解な技を見せていた? いや、そんな馬鹿な……。だってアレはどう見ても剣の技術のみでどうにかなるようなものじゃ……)」


 特に昨日フリードとの模擬戦で見せていた、相手の攻撃そのものを反射する『水鏡』という技。

 これは武芸に関して素人のアイズですら間違いなく断言できる。あの相手の攻撃の種類、質、質量をも無視した不可思議極まる技は誰がどう見てもおかしなものだったと。

 一切相手の攻撃を削ったりすることなく、元の力をそっくりそのまま相手に跳ね返す。働いていた慣性が180度転換するということは、全く逆の力がそれだけ働いているということになるはずなのにである。

 それだけの力を発生させるには大きな力が必要だ。そこには未知の可能性を含んだマナの可能性を疑っていたアイズだったが、それらを一切使わないと聞いてまずその点に疑問を覚えないのは無理があるというもの。


 常識が通じない……真っ先に有り得ないという答えを出してしまいたくなる程に。


「(フリードさんは未来人。セシリィちゃんは天使。そしてアスカさんもただの剣士じゃなさそうですねぇこれは。……なんなんですかこの人達。普通の人が一人もいやしない)」


 回復してよく回るようになった頭は、それからすぐに勢いよく働かされて酷使されていく。

 アイズの探求心をくすぐる身近な人物達の謎に、流石のアイズもこれ以上は勘弁して欲しいと思うばかりだった。


※9/3追記

次回更新は明日か明後日になります。

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