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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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452話 地下道の罠(別視点)

 

 ◇◇◇




「(大きな空気の流れが強まってる……。通気口か出口が近いな)」


 深夜――不気味な静けさは空洞内での反響音を強く聞こえさせる。

 水の滴り落ちる音や小動物の這いずる音。風の音も鮮明に耳に入り、人はその全てに過敏に反応してしまうだろう。

 視界の確保が十分ではない以上、他の五感が強く作用するのは自然でもあった。


「(地図上だとここら辺のはず……)」


 アスカは今、地下通路を介してアイズの元を訪ねる真っ最中であった。

 それは昼にフリードからアイズとの接触を図るように頼まれたことによる。


 アイズが念を押したように、結界の関係上フリードは城付近の地下の中央一帯を通行することが危うい。そのため何の弊害もなく、また実力も申し分のないアスカが抜擢され、この役目を担うこととなった背景があった。


「(あー寒いなぁ……。夜だから大分冷えてきてるのは確かだ。……だけどそれとは別に冷ややかな気がするのは……気のせいじゃないんだろうなぁ)」


 アスカの頼りにする光源は手元にあるランタンのみだ。その光は然程強くはなく、むしろ広大な地下通路の中を突き進むには頼りないと言えた。


 不穏な空気を感じたアスカが足を止め、ランタンを前に掲げて前方をよく確認すると――。


「(……あれが入口かな? でもあの辺りだけやたらと風の流れが一定じゃない。多分何かあるよな……)」


 暗闇の先に、この地下通路に似つかわしくない鉄製の扉が少し見えた。

 そしてその扉の周囲だけが、見た目だけでは分からないが明らかに空気が他と違う気配を匂わせているとアスカは感じるのだった。


「(こんなあからさまな罠に向かわないといけないなんて。仕方ないとはいえ嫌だな)」


 手元に持つ地図上では、アイズの住まいが視認できる位置にまでやってきている。

 彼のことならば誰にも住まいを知られないよう、また知られても問題がないように仕掛けを施していてもおかしくはない。アスカは自分の正常な嫌がる衝動をグッと堪え、即座に動ける姿勢を取ると共に、腰の刀に手を携えて慎重になる。


 アスカが少しずつ、ジリジリとほんの一歩ずつ足を前へと出していくと、小さくだが機械音が鳴った。


「おわぁっ!?」


 音がしたと同時に歩みを止めたアスカだが、その判断は正しかった。気が付いた頃には眼前へと細長い棒状の飛来物がやってきていた。

 咄嗟に身体を曲げることで辛うじて交わしたものの、これが立ち止まっていなければ自ら当たりに行ってしまっていた結果になったことだろう。


「(い、今のは矢か?)」


 過ぎ去る飛来物を流し見したアスカは、その形状から矢であったことを確認していた。

 水平に高速で放たれた矢を捉えるなど並の動体視力でできる芸当ではなく、また暗闇という状況下ではその姿を目にするのもほぼ一瞬だ。

 これはアスカの並外れた実力があってこそ確認できたことである。


「(おいおい、誰も来ることがないって言ってもやりすぎじゃないか? 牽制どころかこんなものが当たったら即死だぞ……!)」


 飛んでいった矢の速度からして、当たれば胴を突き破ってもおかしくはなかった。

 風を切る音は疾風の如く、音を置き去りにして過ぎ去った。ただ、恐怖という不安を残し、アスカの緊張は高めたが。


「(い゛っ!?)」


 そして奥からはまた何かを射出する機械音が響いてくる。察するまでもなく矢の追撃の音だ。


 驚きはまだ残りつつも、既に迎える体勢は整えている。

 立て続けに飛来する矢を対捌きで躱すアスカであったが、その対捌き中に信じられない光景を目の当たりにし、内心悲鳴を漏らすほかなかった。


 フリード風に言うなら、まさにふざけるなであった。


「(なんなんだこの矢の数は!? 自衛どころか要塞と化してるだろう!?)」


 立て続けどころではなく、矢が前方を……前面を塗りつぶしていたのだ。一斉掃射による面制圧がこの通路を満たし、怒涛の勢いでアスカへと切先を向けていた。

 それはさながら全体を針で覆った壁が迫りくるようであった。


「(っ……『絶華・柳』!)」


 回避しようにも何処にも逃げ隠れする場所はない。脇道もなく、あるのはこの一本の通路のみだ。それに加え閉鎖された空間という地形を理解した上で、アスカは適切な行動へと踏み切った。


 アスカは早々に躱すことを選択肢から除外し、動きに邪魔なランタンを水路へと放る。そして刀を鞘から引き抜き、薙ぎ払いの動作へと移った。


「シッ!」


 腹筋から一瞬だけ力んだ呼吸を吐き出し、アスカが暗闇の奥底から向かってくる、鈍く光る矢に一閃する。

 刃で捉えたのは矢ではなく、その空間そのものだ。前方に巻き起こされる衝撃波が迫りくる矢を防ぎ止め、地下空間の空気そのものを押し出すかの如く突き進む。その威力に矢は為すすべなく折れてはひしゃげ、綿毛の様に奥へと押し戻されていった。


 ランタンの明かりが水面を反射し、より奥を照らしていた。


「(矢が飛んでくるのは一方向のみ! 軌道も同じだから矢の合間を縫えば抜けられる!)」


 一斉掃射による矢の飛来はもうなかった。しかし、断続的に矢は数本飛来を続けてはいた。

 アスカは身を屈め、矢を躱しながら水路に落としたランタンを拾い上げると、早くこの状況から脱するためにもその足を前へと進めていく。

 一歩一歩を短く小刻みにすることで、瞬時の対応が遅れてしまわないよう無意識の歩法を用いながら。


 だが矢を最小限の動きで躱し、数秒後には鉄製の扉の前まで来たというところで、足元がほんの少しだけ陥没して思わず目を下へと向ける。


「っ!?」 


 扉に近づくだけで夥しい矢の罠が待っていたのだ。肝心の扉付近にも罠がないとも限らない。

 アスカが目を下へと向けると、そこには地面の一部が横向きにスライドして鉄網が敷かれていた。網の更に下では熱気と赤熱した灯りが溢れかえり、既に熱風が噴出されている状態であった。

 見開かれた目に熱風が吹きかかり、じんわりと眼球が熱くなる。


「(足元から火柱!? 殺意が高すぎるだろ……!)」


 脅威に気が付いたアスカは反射的にその場から飛び退く。一刻も早くその場から離れなければいけないという本能が働いたのだ。

 すると直後、鉄網の中から上方に向けて火炎が立ち昇り、天井をも焦がす勢いで噴出した。


 身体は頑丈なため、鈍器物などの接触はまだいい。当たっても受け身や受け流しによる心得も備えているアスカならば致命傷を避ける可能性も高い。

 だが火炎のように身体を如何に鍛えようと、皮膚を炙る一撃を浴びては流石にアスカとてひとたまりもなかった。


「(扉が塞がれた――なっ!?)」


 扉に駆け込もうとしたところを挫かれ、どうするかアスカが思考を始めようとした時だった。

 周囲から、それも非常に近い場所から、あの機械音がアスカに浴びせるように聞こえてきたのだ。


「(全方位!? まさかさっきの矢と今の火柱はフェイクか!?)」


 地面を蹴って後方へと飛んでいたアスカが、辺り一面の壁からひしめく音に目を凝らす。

 するといつの間にか開いたのか、通路の壁には先程までなかった穴から矢じりが既に見え隠れを始めていたのだった。

 更に最初矢が飛来してきた方向からも、そしてアスカが通ってきた道の後ろからさえも矢が飛来し、アスカの退路を完全に絶った。


「『水鏡』も回避も間に合わない――なら! 全部迎え撃つしかない!)」


 目まぐるしく変わる状況が、アスカの思考回路をフルに回転させる。瞬きすることさえも許さない一瞬の判断が自分の命の手綱を握るようなものだったからだ。


 アスカは刀を握り直し、切先で宙に弧を描く。そして身体を捻りの動作のみで乱回転させると、斬撃を四方八方へ向けて放つのだった。


「(咲け――『百華繚乱』!)」


 斬撃が矢の集団に向かって放たれ、矢の全ては砕かれていく。向かい迫るもの全てを断ち切る勢いを象徴するように、周囲の壁に剛烈な痕を残して。


 それでもいくらか止めきれなかった、或いは追加で射出された矢がまだあったのだろう。数本の矢がアスカに向かうも――アスカが何もせずとも不思議と斬り刻まれ、華が花弁を散らすかの如く勢いを失っていく。


 斬撃は一見無差別に放たれている様に見えて、実際は全て狙って放たれていた。

 正確無比な技術はアスカのこれまでの血の滲むような鍛錬の末に身に着けたもの。今の何もせずとも追加の矢が斬り刻まれた理由についても然り。

 常人ならばとうに挫折する領域にアスカは身を置いているのだ。


「(これで落ち着い――てない!? くっ、マズイ!?)」


 しかし、矢だけでなくついでに火柱をも斬り飛ばし、矢の残骸がまだ地面に散りばめられている時だった――。


 流石にこれ以上はないと、アスカにも油断が少し生まれた瞬間をまるで狙っているかのようだった。

 アスカが着地しようとした地面の先から、見計らったように鉄製の鋭い針が突き出ていたのだ。


「!」


 大抵の猛者でも、ここまでの仕打ちを受ければ命を落としていたであろう。


 このままでは串刺しになる――。一秒とない判断を迫られたアスカが取った行動、それは最早考えた動きではなかった。


 アスカは咄嗟に地面に刀を突き立て、ほんの少しだけ滞空する時間を無理矢理引き延ばしたのだ。

 卓越した身体技能を持つ者にとって、ほんの少しの時間は果てしなく大きく作用する。アスカは身体が浮力を得た一瞬の間に、次なる目標である扉に瞬時に目を向けて状況を全て頭に叩き込む。

 矢の脅威は去った。火柱による扉の封鎖も解かれた。それならば後はもう向かうのみであると。


 そして身体が串刺しになってしまう前に足で通路の壁を思い切り蹴ると、自らが矢そのものとなる勢いとなって、水平方向から扉へと身体を無理矢理直進させるのだった。


「(いて!)」



 アスカが全身に筋肉を張らせ、身体の芯に響く重圧に内心苦悶を吐いた。


「(――ふぅー危なかったぁ……! 手の込みようが凄まじいな、ハハ……)」


 扉は幸いにも強固ではなかったのか突き破ることができたようだ。小爆発と似た音と共に、威力を殺しきれずアスカの身体は地面を転がりながら部屋へと侵入を果たす。


「(怒らせたカリンみたいな容赦のなさだ。……本人には言えないけど)」


 扉の破片を被りながらアスカが刀を握って立ち上がり、服についた埃や汚れを手で払う。

 脳裏ではふと想い人との出来事を思い返し、この状況でも思わず笑みを零す余裕を見せていた。


「(あー……ランタン壊れちゃったか。あれしかないのに)」


 流石に最後の行動で壊れてしまったランタンの残骸が通路に落ちているのを見て、アスカは内心落胆を隠せなかった。

 ランタンが壊れたのは単に自分の力不足が原因だと思い知らされたのだ。もっと適切な行動は他にもあったはずだと。

 そしてフリードならばどうしていただろうか? と思うのだ。


 この時に仕方ないではなく、そのように思うことができるからこそアスカは強者なのである。

 また、今は別の理由として楽々突破できてしまう人物を身近に知っていたということも影響している。

 できるわけないはずのことが、彼ならばできてしまう。その事実が不可能を可能に、現実としてあり得るという思考へ結び付けているのである。


「……アイズさん! 夜分にすまないが僕だ! 少し様子を見に来たんだが……」


 刀を鞘へと納めたアスカは気を取り直し、部屋の中を一度見回した。

 ランタンの灯りは消えたが、部屋の中はぼんやりと光る機器によって照らされていて視覚的に困ることはない。

 部屋の中はアイズのアジトである地上の建物の広さと遜色ない広さのようで、ところどころに生活の跡が見られる。

 少なからず人がいることは確認でき、アイズがここを住まいとしているのは間違いなさそうだった。


 そして声を張り上げてアイズの名前を呼ぶと、奥にある扉が開くのをアスカは見た。


※8/25追記

次回更新は本日か明日中になりそうです。

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