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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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450話 違和感

間に合わなくてすんませんでした。

 ◇◇◇




『ルゥリア――ルゥリアよ……聞こえるか?』


 空を、大地を、海を。

 胎動するようにその声は何処からともなく世界に向かって解き放たれ、響き渡った。


『――聞こえておりますわ。如何されましたかオルディス?』


 念波の残響が世を揺らし、その余韻も消え入りそうになるという間際のこと。

 その声に対し、若く透き通るように落ち着いた声色が返答した。


 世界規模で向けられた声に気が付く者はいない。

 肉声ではなく念波による声は、選ばれ、限られた者のみしか聴く事を許されていないのだ。


『良かった、誰も返答してくれなかったら嘆いていたところだ。――どうか一つ頼まれてはくれないか? 我が友に伝えたいことがあるのだ』

『彼に、ですか?』


 オルディスが安堵した声で吐息を漏らしてそのまま神妙な声へと繋げると、ルゥリアと呼ばれる声は不思議そうに呟く。


『そうだ。――何やら『流れ』とは別に不穏な動きの気配を感じるのだ』

『っ! それは……一体……?』


 オルディスの不穏な物言いはルゥリアの声を訝し気な様子へと変えた。


『分からぬ。だが決して友にも我々にも良いものではないだろう。既に海からかなり離れた内陸に友はいるようでな。我の力では届かぬ故、其方にお願いしたいのだ』

『届かない……? 制限があるとはいえ、貴方の広域の力で届かないのは不自然ですわね。欠片は渡しているのでしょう?』

『無論だ』


 オルディスの持つ『嵐』の力は、神獣間の力においては範囲が桁違いに広いもののはずだ。

 その力ならば縛られた領域内にいようとも多少なりとも届くのが常であり、オルディスもそのように認識していた。

 しかし、その力が何故か届かなかったのだ。これには本人だけでなくルゥリアにも疑問であった。


『うむ。どうにも余計な力に阻害されているような具合だ』

『余計な力、ですか……。どうやら原因の調査が必要そうですわね。でもそれならばヴォルカウルでは駄目なのですか? 彼が一番適任に思えますわよ?』


 神獣にはそれぞれ統括する領域が存在している。ルゥリアはオルディスの頼みを、適した者が行うべきではと提言した。


『頼もうとしたのだが、丁度今休眠しているようでな。微塵も反応してくれなかったのだよ』

『それは……。あの方も負担の大きな力を行使していますからね。タイミングの問題もあるのでしょうけど』


 しかし、既にその対応はした後のことであったらしい。

 お互いにその間の悪さには致し方ないと思う他ない結果に終わってしまう。


『フォンは既に不用意に力を行使できぬ身だ。そうなるとルゥリアしかアテがなくてな……。そちらも時期が時期というのは理解しているのだが……』

『お気になさらず。――貴方のその頼み、引き受けましょう。必要なことなのでしょう?』

『ああ。まだ其方が其方(・・・・・)であるうちに(・・・・・・)知って欲しくもあったから、これはこれで良かったのかもしれん。――此度の『流れ』の補整……恐らく一筋縄ではいかぬだろう。各所が荒れるぞ』

『そのようですわね。分かりましたわ』


 予定とは違う『流れ』の兆候が出ていることを確認し合い、当然在るべき『流れ』へと変えなければならないのは神獣達の必須事項である。

 急務な事実にいつしか二体の声はナリを潜めていた。




 ◇◇◇




「――ただいまー。遅くなってごめんなぁ」

「あ……お、おかえりなさい」


 部屋をノックした後、俺が帰りを告げる声を上げると、セシリィの可憐な返事があった。


 やぁやぁ帰ったきましたよお嬢様。そしてあらぁ? これまたポニテとは珍しい。

 お似合いですことよ? セシリィは髪が長いから映えてええですわ~。

 眼福とはまさにこのことですな。


 部屋の扉を開けて一番、セシリィの姿が入ったことに俺は最大の安堵が身体を巡った。

 アイズさんと共に部屋に入りながら内心気持ちは静め、身体を楽にするために各々で軽くくつろげる姿勢を取っていく。




 あのアイズさんの尊い犠牲あっての賜物か。みるみるうちに周辺に散らばっていた兵士達が軍へと帰投したのか、商業区域ではめっきり兵士の姿と気配がなくなっていった。

 そのタイミングを見計らって足早にこうして宿屋と戻ってきたわけであるが、どうやら無事ミッションコンプリートのようだ。達成感の高さに安堵の気持ちも強くなる。


 どうやらセシリィは俺が出掛ける前に用意して広がっていた、調合に必要な類のもの全般は片付けを済ませたらしく、それらは部屋の隅に綺麗にまとめられているようだ。

 机の上には小さな布で梱包された包みが複数置かれており、仄かにだが薬品の匂いがしている。


 とにかく、お互いに午前中にこなすことはこなせたらしい。


「……」

「……? どうしたの?」

「いや、別に……」


 ――が、この時完全にそうとはいかない可能性が俺の感覚に触れてもいた。

 そのふとした感覚は顔に表れていたのか。機敏に感じ取ったらしいセシリィの不思議そうな問いに対し、俺は濁すように返した。

 これは延々とセシリィの見た目にだけ頷いていたい気持ちはあったが、逆にその見た目が何故か引っ掛かったためだ。



 気になる点、それはセシリィの髪型だ。

 確かにセシリィの髪は長いし、午前中ずっとやっていたであろう調合作業の邪魔になるから一つにまとめていても変じゃない。

 これは何度か見たことのある髪型だし、まぁセシリィが何かする際の作業スタイルと言えるだろう。

 だが、基本セシリィは髪は何かする時以外はストレートにしている場合が多い。要はありのままなのだ。


 この娘、結構自分の事に無頓着なことが多いんだよな。寝る時とか男の俺が気になるくらい無造作にしてるし。それを言ったら無防備すぎるのも考えもんだが。

 だから寝てる時に潜り込まれたりすると、俺が知らんうちに髪の毛を踏んだり巻き込まないようにしちゃわないか心配だったりするんですよね……。


 ――コホン。えー、つまり何が言いたいのかと言いますと……なんか歪なんだよな。いつも通りじゃないというか。


 俺らが部屋に入った時、セシリィはベッドの上に座っていた。

 それはつまり、やることが何もない手持無沙汰であった可能性が高いということじゃなかろうか?

 やることはキッチリやり、立つ鳥跡を濁さずの精神を持つセシリィが、片付けはして自分の状態を通常に戻さないというちょっとした違和感。


 まぁセシリィだって女の子だし、髪型くらい変えてもおかしくないって考え方の方が自然なのかもしれないけど、これは単に俺の考えすぎか? それとも意識しすぎか?

 というか俺が保護者面しすぎなのか? 


「話し合い、どうだったの?」


 セシリィが俺達の方の結果について聞いてくる。


「んー? 上手い具合にまとまったぞ~? あとは前日の最終確認で調整、本番って流れだな。俺が上手くやれるかが鍵になってるのは変わんないわ。セシリィが気にすることないぞー」


 当日はセシリィにはアスカさんと一緒に行動してもらうつもりだ。いち早く地下からこの街を抜け出てもらって安全は確保させる。

 セシリィから俺が離れて大丈夫か不安だけど、一番不安なのは多分セシリィじゃなくて俺自身だろうな。ハハハ。

 でもまぁ、俺はアスカさんのことは信用してるし、セシリィもそれは一緒のはずだ。

 ここは割り切るしかない。


「そ、そっか。重大任務だね?」

「それな。ほんっと緊張しまくりで困るわー。結構プレッシャーにやられてる真っ最中だよチクショー。お兄さんの身は張り裂け寸前ですよ」


 俺は思わず軽口を叩き、先に待っている緊張を振り払った。


 いくら振り払っても纏わりついてくるこの嫌な緊張は、俺が自分の役割を重く捉えてしまっている故のもの。

 コイツとは当日までの付き合いになりそうだ。……だからこそ失敗できないって気の引き締めにもなるわけだが。


「あ、アハハ……。あんまりそんな感じには見えないよ?」


 ――ん? 


「んなことないんですよ? だってポカしたら皆まとめて世界的逃亡犯になるんですよ? それだけは絶対に避けないとだし……ね?」

「ね? って言われてもな……。それよりももう少し静かに喋らないかい? 誰かに下手に聞かれでもしたら面倒だぞ?」

「大丈夫ですよ。ちゃんと防音措置取ってますから。いくら大声出しても聞こえやしませんよ」


 ……う~ん、やっぱり……何か変じゃね……?


「術式、いやそれは魔法でかい? いつの間に……」

「部屋に入った時にちょろ~っとやっときました。窓が開いてたって平気ですから気にしなくていいですよ」


 あー心配ご無用ですとも。保険は掛けておくものですからね。

 しょーもない凡ミスやらかすヘマはもうしないさ。


 この部屋に入った時点で防音対策の『ジャミングノイズ』は発動済みである。声程度なら当然、余程大きな物音でも立てない限りは盗聴の心配も要らない。


 俺はアスカさんと会話してそう伝えつつ、意識は別の方へと向けていた。

 勿論、セシリィの様子についてだ。


「……」


 今俺の中ではセシリィにかなりの意識が割かれていた。そして多分、俺の感じた違和感は間違いじゃい可能性が濃厚になりつつある。


 感じていた違和感の正体は、今もなおセシリィの表層に表れているようだったからである。


 よく見ると身体全体が強張っている。そして各部位を意識してみると拳は強く握りしめているし、若干俯きがちだ。こちらを見てはいるようだが、セシリィも様子を窺っているという表現が正しいような。

 そもそも第一声からぎこちない返答だったし、いつもの笑みも別物というか作り笑いのようであったと言えなくもない。伊達に毎日一緒にいるわけじゃないしこの程度のことは俺でも分かるってもんだ。


 ――おかしい。てか怪しい。

 これは一旦振ってみるか? 俺にとってもセシリィにとっても良くはない状態だよなこれ。




「なぁセシリィ、もしかして何かあったのか……?」

「っ!?」


 ……あーらら。これ何かあったよ絶対。

 今猫が驚いて飛び跳ねるみたいにめっちゃビクッとしたな。見てなくても分かったくらいに。


 思い立って即けしかけてみたら案の定であった。

 俺が聞いた瞬間、床をするような音と一緒にベッドの軋みが顕著に聞こえた。俺の言葉に明らかに過剰に反応した証拠だ。


 一体何があった……? しかもセシリィ言いづらいってことはそれなりに後ろめたさを感じそうなやつだろうか。

 まぁ聞かんことには分からんけど。


「言いたくないなら別に無理はしなくていいけど、話して自分が楽になるならそうしときな? 胸のつっかえがあると嫌だろ」

「……うん」


 俯きがちではなく俯いてしまったセシリィが、か細い声で小さく頷いた。


 昼飯の前に、もう一つやることができてしまったようである。


「アスカさん、ちょっと席外しててもらえます? セシリィと二人で話したいので」

「あ、うん。なら自分の部屋に僕は戻ってるよ。また後で」

「すみません」


 アスカさんには悪いが席を外してもらい、できるだけセシリィが話しやすい状況を作る。

 アスカさんの前で言える内容かはともかく、こういう状況では人の目は出来るだけ少ない方が話しやすいと思ったからだ。緊張感だって違う。

 一対一は相手と一番向き合える瞬間だと俺は思っている。


 取りあえず机の前にあった椅子に俺も適当に座り、セシリィの心の準備ができるまで待つことにした。


※8/10追記

次回更新は早ければ今日中にします。

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