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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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449話 瞳力の秘密③(別視点)

間に合いました。

 


 ロアノーツ相手に、アイズの害を及ぼす類の異能は一切通じない。

 となれば小細工なしに直接相対するしか方法はない。尤もロアノーツ相手に小細工などほぼ無意味に等しいこともあり、潔く相対する形を取らざるを得ないというのがアイズの本音だった。

 結局どんな異色の力を持とうが、純粋なより大きな力には勝てないのだ。アイズはそれを人並み以上に分かっていた。


「ぁ……!」

「(あれま。私なんかにそんな期待した目を向けてくるとは……。相当切羽詰まってたみたいですねぇセシリィちゃん。……成程、これは確かに守ってあげたくなる気持ちも分かる気がします)」


 セシリィが自分へと向けてきた眼差し、それは助けを求める子犬のようだとアイズは思った。

 元々端正な顔つきと華奢なセシリィの容姿も相まって、非常に保護欲を誘ってきたのだ。この目を向けられては見過ごせないと、フリードのあのセシリィに対する甘やかしも仕方ないと思うしかなかった。

 例え真の事情という建前を知っていたとしても。


「『白面』……! いきなりの登場だな、探したぞ」

「(おっと?)え、何故? もしかして私、何かやっちゃいました?」


 相対するこの時を待ちわびていたことを表情に出し、ロアノーツがアイズに真正面に向き直る。

 アイズには何を言いたいのか当然分かっていたが、ここはまず適当なことを話すことにしたようだ。幸いセシリィに意識が向いていたことは気にされなかったらしい。


「ああ、やっているな。あんな怪文書を残していけばこのような事態にもなる。結構な人数が出払う羽目になっているぞ?」

「ま! 怪文書とは失礼ですねぇ。あれは犯行予告ですよぅ!」

「もっと性質が悪いだろう……」


 アイズの演技に対し、ロアノーツは呆れた様子を見せていた。


「それで、そちらのお嬢様は?」


 セシリィと会うのは初めてであるかのように、キョトンとした振る舞いでアイズはロアノーツへと問う。


「ああ、丁度先程貴殿をこの辺りで目撃したと言っていてな。――普段ならあまり出てこない貴重な目撃者だよ。お嬢さんの言った通り本当だったようだ」

「あれま(……はい? 私今ここに来たばっかりなんですけど、どういうことでしょうか? 謎です)」


 少し、ロアノーツの言ったことが引っかかったアイズではあった。しかしおかしい証言が続いて出たため考えさせられることになったらしい。人知れず仮面の内側では表情を曇らせていた。


「まさか自分から会いに来るとは思わなかったぞ?」

「う~ん……私もひっそりこっしょり動いてたつもりだったんですけどねぇ……。まさか見られていたとは不覚でしたよ」


 よく分からないという考えしかなかったが、アイズは何故セシリィが自分を目撃したのかについての疑問は保留とし、この場は話を取りあえず合わせておくことにしたらしい。

 その方がむしろ都合が良いと感じたようで、別段大した影響はないと判断したからである。


「(しかし酷く硬直している……。怖いでしょうに、表情に出していないとは強い娘ですねぇ。流石フリードさんがベタ褒めするだけありますか……。大したものです)」


 セシリィが元々あまり会話に口を挟んでこないのは知っていたが、この短い時間の間にアイズはセシリィが今どんな状態でいるかを把握する。

 極力その場から動かないように見えて、僅かな一挙一動がやたらと多い。開いたままの口に、震えるように見つめてくる目。これは相当耐えているのだろうと。


 逆に、こんな状態の娘をロアノーツが放置するはずもないだろうとも推測するに至った。一緒にいるのもその辺りが理由としては妥当だと感じたようだ。


「(何故ここにいるのかについては……私の考えが正しければロアノーツさんの特性が当たっているのはほぼ間違いないかもしれません。昨日(・・)アスカさんに忠告しておけたのは自画自賛ですが英断でしたねぇ)」


 二人がどれ程の間共にいるのかまでは知らないが、ここでアイズには不幸中の幸いとでも言うべきか。確信とも言えるロアノーツの秘密に触れた事実に内心喜んだ。

 そして自分を褒めることを堪えられず、既に打っている手がかなり確実性を増し、また計画の成功率を高めることになると思うのだった。


「(まだよく状況が掴めないのは惜しいですが、随分と危ないところだったのは確かみたいですねぇ。これでは心も読めているかすら疑わしい。どうやらロアノーツさんに正体は露見していないご様子みたいですけど……ここはとにかく身代わりになる方がよさそうですねぇ。隙を作って立ち退かせますか)」


 一瞬の間に、自分が得られるだけの情報は抜き取った。であれば当初の目論見通り、ひいてはフリードの要求通りにこの場の収集を図るべくアイズは動き出す。


「確かに探さないでねとは書きましたけど、貴方だったら簡単に見つけられるでしょ? そんな急いで対処しなくても……」

「貴殿の場合じゃ手遅れなことが大半だからな。そうも言っていられんだろう。実際周囲に配置している兵士の目を掻い潜って私の目の前に現れる程だからな。――予測がつかんのだよ。今回は何故か運が良かったみたいだが?」

「……それは私に対して(・・・・・)ですか? それとも自分に対して(・・・・・・)ですか?」

「さて、どちらだろうな」


 ロアノーツの含みのある言い方を悟ったアイズは、同じく自分も気が付いている部分を遠回しに指摘する。

 互いに警戒している部分は分かっている。ただ信憑性はなく真実はまだ明らかとなっていない部分であり、踏み入ってはいけない領域。二人の暗黙の了解は二人にしか分かることはない。


「フフ……しょうもない問答は時間のある時にでもしましょうか。じゃ、大人しく連行されますんで話があるならどうぞどこへでも。また拷問部屋ですか?」

「物騒なことをお嬢さんの前で言うな。第一そのような部屋はないだろう……。執務室でただの聴取だ」

「ハハハ。というか今日朝食抜きでお腹減ったんでこれからどこか一緒にお昼にでも行きません?」

「なに?」

「この前サボってる時良いお店見つけたんですよぅ。ついでに今月金欠なので奢って下さい☆」


 唐突なありもしない言葉に続き、唐突な言葉をアイズは重ねた。


「……ちょっと待て。何の脈絡もなく言い出したかと思えば、図々しくないか? 貴殿は自由気まますぎるぞ……。第一、貴殿は私よりも受け取っていると思うが? それで足りないと言うのは些かおかしくないか?」

「通称『白面』! 研究のためなら食費だって削りましょう! 私は給料日の日からでも乞食も辞さぬ覚悟ですよ! 刮目してくださいよこの細い身体を!」

「何が刮目せよだ! 食費を削ってまで研究に費やすな! 極端すぎるから生活をまず見直せ!」

「通算五回目の一生のお願いです! 飲み物だけでも可ですので!」

「話を聞け! あと既にそれはもう一生のお願いではないだろう!」

「一生って言うのは言葉通り一生って意味ですよ?」

「図々しすぎるぞ!」


 図々しすぎると言っても過言ではない言葉に続き、アイズが両手を合わせて懇願する必死さは見苦しさが勝る。流石に我慢強いロアノーツであっても、ことアイズに関しては砕けた物言いが多いが、今回は多少声を大きくせざるを得なかったようだ。


 しかし、それがアイズの狙いだった。

 ロアノーツが自分に意識を割き、そして完全に視界も……セシリィへの興味を逸らした――。


「(セシリィちゃん、今の内に……)」

「っ!」


 ロアノーツが額に手を当てて視線を下へと向ける。アイズはその僅かな隙を見逃さない。

 その隙を突き、指の甲を押し出してここから立ち退くようにアイズは指示をした。そしてその意図はセシリィも読み取った。


「(っ!? え、ちょ……何故動かない……? もしかして、恐怖で動けなかっただけとかですか?)」

「っ……!」


 ――が、セシリィがその意図は読み取れても動くことがままならないということを、アイズは知らない。


 身体に異常なく一度腑抜けてしまった足腰は心の問題だ。そう簡単に戻るものではない。

 これは流石にアイズもここまでとは思わなかった部分であった。セシリィと違い、視て分かる範囲には限界があるため気が付けなかったのだ。


「(ああもう……! しっかり歳相応な部分もあるじゃないですか! 可愛いなぁ全く……! ホントよく頑張りましたよ、これはフリードさんに次会った時請求しましょうかねぇ!)」


 この状況でこの絶好のチャンスを失うのは惜しかった。そう思ったアイズは苦虫を噛む思いである行動に踏み切る決断をする。

 自分の『眼』に大量の力を注ぎ、セシリィの瞳と自分の瞳を重ね合わせる。


「(『命令です。宿に帰りなさい』!)」


 注がれた力……マナはとある力へと変換され、セシリィへと浸透を果たす。


 アイズはここで、最も力の消費が重い異能の一つである他者を操る力を発動させたのだ。

 通常なら早々成功させられない条件が付き纏う力であるが、アイズは皮肉にもセシリィが硬直していたことで成功させられると考え、実行に踏み切ったのだった。


「『往け――』!」

「っ!? あ、れ……!?」


 その瞬間、セシリィは自分の身体が自分のものではなくなるような奇妙な感覚に囚われ、勝手に動こうとする四肢にただ驚くばかりだった。

 動かなかった足が軽やかに動いていることに。どれだけ命令しても動かなかった足が、自分の意思に関係なく動いてしまっていることに。

 背が壁から離れ、ゆっくりと路地の中心へと足が向かう。まるでそれは傍目からでは人形を操るかのようだと、目を見開き、自分の身体の動きを確認するように何度も見るのだった。




 アイズのこの力の発動条件は、相手と目を合わせて釘付けにすること。それも目を合わせる時間は約三秒程の時間を必要とする他、自身もその間身動きを取ってはいけないという制限があるものだった。

 発動させるまでが重く、限られた局面でしか使うこともできない。更に失敗すれば一からやり直しでもある。


「(効いたみたい、ですね……)」


 セシリィに力が効いたことを確認したアイズは内心で喜んだ。

 正直セシリィに対して力を行使したこと自体がなかったため、そもそも通じるかどうかは運任せでもあったのだ。その不確定要素を乗り越えられたことにはまず安堵を覚えた。


「(ウッ……!?)」


 ただ、その喜びの感情は長続きどころか一瞬も余韻として残りはしなかったが。


「(流石に短時間で全部は……しかも最後にコレは辛すぎましたねぇ……! 脱力がここまで酷いとは……!)」


 発動に伴う条件――それだけでも辛いものがあるが、アイズにとってそれ以上に辛いのは自身への負担だった。


 アイズもマナだけならばそれなりに保有している自覚はある。フリードで言うところの上級魔法である『インビジブル』も使えるので、決して少ないというわけではない。むしろ保有量だけならば平均よりも大分多いくらいだ。

 それでも、この力の発動にはあまりに大きすぎるマナの消費が付き纏う。アイズでも一日にたった一度しか発動は叶わない程の消費は代償としてはかなり大きいものがあり、ここ数日連続での使用時間と、今日の午前から使い続けたマナの量は相当な量に値する。

 身体を内側から支える圧がなくなったかのような感覚と脱力感。様々な症状が急に現れ始め、その対応に身体が追われてしまう。


「オイ『白面』? どうした、身体が揺れているが……?」

「(マズイ……ここで怪しまれるわけには……!)」


 下げていた顔を上げてアイズを見るや否や、何故か普通に立っているように見えなくなっている状態は不思議に映ったことだろう。ロアノーツは首を傾げてアイズの様子を訊ねてくる。


「いえ、少し空腹で眩暈がしただけですので。……あの、ホント何か食べさせてくれません?」


 幸い仮面で隠されているが、今アイズには目の前にいるロアノーツがぼやけて見えてしまっていた。

 これは極度の疲労が影響したものだ。目は半分閉じかけ、焦点が上手く定まらず頭が常に揺らされている感覚さえしており、立つことも本来はままならない。

 しかしアイズは過去に何度もこの状態を経験していたこともあり、意識程度であれば耐えることができたようだ。これはある意味やせ我慢とも言えるものではあったが、とにかく必死に平静を装おうとしていた。


「そ、そこまでか。――分かった。では要望通り一旦ここは停戦としよう。だがその後はしっかり尋問させてもらうぞ。それでよいな?」

「分かりました。どうぞ、なんなりと」


 もう余計な茶々入れを入れている余裕もない。内側から湧き出る冷や汗がロアノーツに怪しまれる前に、目立ってしまう前に事を済ませねばならなかった。

 先程の茶化しはここまでを想定していたものではなかったが、機転を利かせてアイズはロアノーツの言葉を上手く話を利用し、あまり不自然ではないように取り繕って振る舞うのだった。

 実際は今にも横になりたい気持ちを堪えながら。そして今日と明日は身体の怠さに追われるのだろうと、嫌な気持ちを抱えることになった。




「わ、私これで……」


 その状況を見守っていたセシリィが、最後不自然がないように二人へと声を掛けた。


 当の本人も自分の身体に起こったことの驚きにまだ包まれてはいたが、思考停止するにまではいっていなかった。

 状況的に、また先程の仕草からアイズが何か施しをしてくれたのだということを察したのだ。理解及ばないことでありながらも、その気遣いに有難みを覚えないわけがなかった。


「コホン、見苦しい所をお見せした。お嬢さんありがとう。待っていたことが結果的に奴を見つけることに繋がったようだ。時間を取らせてしまってすまなかったな」

「いや、そんな……」


 セシリィがロアノーツと一緒にいた時間は精々十五分程だ。その間しどろもどろに適度な会話を挟んでいたが、それで無言で立ち去るというのは失礼という気持ちも多少ある他、変に思われるという可能性も否めない。

 セシリィはそのため声は掛けただけのつもりだった。ロアノーツもすんなりと返事をしたのでその考えは間違っていなかったはずだ。


 ロアノーツの目的も果たされた以上、これ以上は何もないまま終わるだろうと、アイズとセシリィの二人が安堵しきったところで――。


「――ふふ、君は優しく……そして聡い娘のようだな。あと特別でもある(・・・・・・)ようだ」

「「(っ!?)」」


 盛大に二人の度肝を揺るがす発言がロアノーツから飛び出した。


「君の行ったことは誇らしいことだ。誰にもできるはずが、案外実際行動に起こすことができるとなるとそうではないことだからな」

「え……?」

「どうかこれからもそのままでいてくれ。君のような娘ばかりなら我々も要らなくなるのだろうしな」

「っ……!」


 アイズが掛けた力により、セシリィの足は宿屋へと足取りを向ける。その前にセシリィはロアノーツの言葉に混乱したまま訳が分からずに一礼をそそくさとすると、背を向けて駆けだしていった。

 まるで逃げるように。一目散に。


 最後の最後で一番の取り乱す要因となる発言は酷くセシリィの心を揺さぶり、瞬く間に不安で震えが止まらなくなりそうな状態にさせてしまった。


「(どういう、ことですか……!? まさかロアノーツさん、セシリィちゃんに気付いて……!?)」


 その後ろ姿を、アイズは驚愕と共にただ見つめることしかできなかった。


※8/3追記

次回更新は木曜日を予定しています。

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