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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
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445話 振り絞る勇気②(別視点)

 


「驚かせて済まない。少しばかり尋ねたいことがあるのだが……」

「私に、ですか……?」

「ああ」


 間髪入れずの緊張再び――。セシリィはぎこちない動きで声を掛けてきた大人……男性を凝視する。


 子ども相手と大人相手ではまるで勝手が違った。まだセシリィの年齢からは大人とは自分と見えている世界が違う相手みたいなものなのだ。

 思考や雰囲気、そして存在感。その全てが自分を軽く凌駕する。

 ――それがセシリィから見た大人という存在の像である。


「今人を探していてな。もし見かけてたら教えて欲しいのだが……」

「人? どんな人です、か……?」


 ハキハキと話すことはできないが、会話は問題なく出来ている。セシリィの腰が若干引けているのは恐怖の表れであり、精一杯の抵抗であった。

 男性もセシリィに対して不自然に思っている様子はなく、あくまでも急に声を掛けて戸惑っているように感じているようだ。向こうもセシリィにあまり威圧感を与えないためなのか、声色は聞き取りやすくゆったりと抑えられている。


「探しているのは普段からこう、口から上を仮面で覆い隠している奴でな。かなり目立つはずなんだが……」


 身振り手振りも使って説明する端正な顔つきの男性は若干困ったように眉をひそめる。

 三十路間近に見えなくもないが、見た目と挙動には一切の衰えを感じない若々しい有り体をしているようだった。それに伴って身に着けたであろう振る舞いと雰囲気は近しい大人達――比較的大人としてはまだまだ若いフリードやアスカとは大分異なっていた。

 まさに幼さを完全に振り切った成人である。


「(それって……多分アイズさんのこと? もしかしてこの人も軍の関係者さん?)」


 セシリィは男性の言葉に咄嗟にアイズの顔を思い浮かべる。

 男性の恰好は鎧ではない。かといって街を往く人々の着込む私服でもなかった。群青色をしたマントが特徴的な正装というのが正しい身なりをしており、アイズとはまた違った気品を思わせる格好にセシリィはまず一般人ではないと思うのだった。


「そう、こんな仮面だ」


 セシリィの想像を具現化するように、男性はサッと懐から取り出したメモ帳に筆を走らせると、簡素だがメモ帳には話す人物の要点を捕らえた絵が描写されていた。


「(……うん、絶対アイズさんだ)」


 アイズの身に着けていた仮面が、メモ帳には描かれていた。

 仮面のメタリックさを演出するためか光沢を放つことを示唆する艶も描かれ、細部は省略しているが全体像は紛れもなくアイズの特徴を掴んでいる。

 セシリィはアイズの付けた仮面が汚れや傷一つとなく、やたらと手入れが行き届いているのを間近で見ていたこともあり確信した。疑う余地はないと。


「とにかく目撃情報の少ない奴でね。こういう人目の少ない場所に隠れるのが上手い奴だから聞き込みしていたところなのだよ」

「そう、ですか……」


 隠れるのが上手いと聞き、初めてアイズと出会った時の状況を振り返ったセシリィは確かにと思った。アイズは術式で姿を消すことができるため、行方を眩ますくらいなら造作もないだろうと。


 ただそれはともかく。実際今はどうか不明だが、フリードとアイズは現在会談している真っ最中だ。

 男性の聞かれた内容についてセシリィは答えを知っている。だが絶対に言う事はできない内容だ。今ここは正しいことを言うべきではないが、かといって無言でいるというのも少々不自然と捉えられる可能性が高い。


 相手に興味を持たれないようにするためにも、ここは聞かれたことに対して適当に受け流すように返すだけという判断にセシリィは至ったようだ。


「その人なら、さっきそっちの方で見ました、けど……」

「それは本当か!?」

「(ひっ……!?)」


 ――が、それが裏目に出てしまった。

 セシリィが適当に指を指すと、ずいっと迫るように顔を近づけてくる男性に思わずセシリィは誰にも聞こえない声で小さく悲鳴を上げてたじろいでしまう。それこそ息をするように、心の声をそのまま口にして。そして単純に知らないと言っておけば良かったと心の底から後悔することになった。

 この時声を極力発さなかったのは不幸中の幸いであった。声を挙げていたらその反応から余計な事態に発展していたかもしれない。心臓が爆発しそうな程に加速していくと同時に、セシリィは吐き気を覚えそうだった。


「あ、ロアノーツ様! こんなところにいらしたのですか!」

「ん?」


 ――しかし、そんなセシリィの窮地とも言うべき状態をある意味救ったのは、皮肉にもまた大人であった。

 硬直するセシリィを挟むように、元来た道の方から甲冑を身に着けた兵士が二名声を掛けてくると、駆け足で金属音を鳴らしながら近づいてきていた。


「執務の方はもうよろしいのですか?」

「ああ、取りあえずはな。今しがた捜索を始めようと思っていたところでな……このお嬢さんに聞き込みをしていたところだ」

「そうでしたか」


 大人達が会話する傍らで、セシリィはとある名前が出たことで頭が一杯にならざるを得なかった。

 大人が増えたことが問題ではなく、その内の一人が特に問題だったのだ。


「え……!? ロア、ノーツって……!?」

「ハハハ、流石に知っていたかな? 出来ればただのおじさんで通したかったのだがな……」


 思わずうわ言の様に呟いたセシリィの声だったが、これは男性の耳にも入ってしまったようだった。僅かに苦笑しながらセシリィに愛想笑いを返す。


「(う、そ……。なんで、こんな場所に……!?)」


 一方でセシリィは時間が止まったような錯覚に陥った。絶体絶命とはこのことではないのかと。

 何故最も避けるべき人物が目の前に現れたのか……まずそれが理解できなかった。吐き気も一瞬で忘れ、それどころか呼吸すらも忘れてしまっていた。

 今セシリィが抱えているのは思考停止という名の無だ。膨大ではないにしろ、許容範囲を超えた現実は脳が理解を受け付けてくれない。


「何を仰ってるんですか。街でロアノーツ様のことを知らない人なんていないでしょう? ただのおじさんなんて思う人はいませんよ」

「……そうか」

「それにしてもよくここまで人目を忍んで移動できましたね?」

「それはいつも通り運というか、私ならではの『勘』というやつだな。直感のまま移動したら誰にも見られなかったようだ」

「それはまた……。ロアノーツ様も『白面』殿並に不思議な人だ」

「む……アレと比較されると少々複雑だがな。まあその点については多少呑み込んでおこうか」

「なんだ、少しは自覚あるんじゃないですか」

「言うな。――それよりも『白面』が先程この辺りで目撃されていたそうだ。これよりこの一帯周辺の捜索に入るぞ。兵をかき集めてきてくれるか?」

「「っ!? ハッ!」」


 会話がよく頭に入らぬ内に、事態は唐突かつ急速に悪化していく。

 ロアノーツの指示に従い、兵士が二人人どこかへと駆けていった。然程時間も経たぬ内に兵士が集まり、ここ周辺を巡回するカウントダウンは始まったようだ。セシリィにそれを止める術はない。


 やがて無が少しずつ解けていくと、取り返しのつかないことをしてしまったと……セシリィはそれだけは理解しつつ、同時にたかが言葉一つがこのような結果を招いてしまったということに深い後悔を抱くしかなかった。


 計画に支障が出る、最悪失敗してしまう。自分はまた余計なことをした。一体何と弁明すればよいのか。フリード達に怒られる――。

 今だけでなくこの後のことについても真っ暗な想像ばかりを考えていた。


「(ど、どうしよう……。お兄ちゃん達もうすぐ戻って来るのに、これじゃあ……)」



 心さえ視ていれば――セシリィはそう言い訳のように自分に言い聞かせてもいた。そうすればもう少しマシな返答の一つも出来ていたのかもしれないと。

 でもそれは上手くいかなかった。何故なら、心を視ることも上手くいかない程に自分を揺さぶられていた状態だったからだ。

 ただでさえ一人で外を出歩き、子どもとの相対で神経を削っていたところでの大人との対面である。心身ともに疲れていたところへの追い打ちは想像以上にセシリィを追い詰めていた。

 そこにロアノーツの登場までもが重なるという悲劇。理解が追い付かないことも加わったことで、本来できていた力の扱いが上手くできなかったのは最早自然とも言えた。

 今まで当たり前のようにできていたことが一瞬でもできなくなると、誰でも戸惑い不安になるものである。不安定な心身へ危機的状況がそれに拍車を掛け、更に悪化させてしまったのだ。


「……どうかしたかい?」

「ぁ……その……」

「だ、大丈夫か? 驚かせてしまったのなら済まない」


 肺に空気の入っていない状態では声はまともに出るわけもない。そのことに気が付くこともなく、セシリィは掠れた声でロアノーツに反応だけはしていた。

 ロアノーツはセシリィの様子がおかしいことに戸惑い気遣う様子を見せているが、セシリィにとってはそれを今すぐにでも止めて欲しかった。


「困ったな……。落ち着くまでの間少しここにいようか。兵も直に来るからそれまでの間にはなるが……」

「(お、落ち着かないと……! でも……なんで足が動ないの……!?)」


 ただただ、この場を即刻に立ち去りたい。だというのに身体が言うことを聞いてくれなかった。

 セシリィはどうせならロアノーツに早く何処かへ行ってくれと願うばかりだった。


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