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神鳥使いと呼ばれた男  作者: TUN
第七章 悠久の想い ~忘れられた者への鎮魂歌~
441/531

439話 履行

遅くなりすみません。

 

◇◇◇




「……ふぅ……」


 正午過ぎ――筆の音だけが続いていた室内で、ようやくその音が中断された。机に筆が置かれると、それまでの疲れを吐き出すようにエルヴィオンは一息つき、窓を見やる。


「(なんとも羨ましい限りだな)」


 空にはゆっくりと大きな雲の塊が流れ、それはまるで海に浮かぶ戦艦のようであった。空という海原を航海し、壁も隔たりもない地帯を自由に風の赴くままに移動する様はエルヴィオンの心を打つ。


 一時自分を忘れて気を緩めてしまっていたが、すぐに我を取り戻し、エルヴィオンは今度は机の上に束になっている書類を手に取り眺め始める。


「……」


 エルヴィオンが今書き連ね、そして目を通していたのはここ最近の各地にある連合軍の近況報告だった。

 地域により活動の幅と力を入れる部門は大分違ってくるが、どの地域にも当てはまる要項はというとやはり軍事力の拡大化であった。特にボルカヌの成長率は著しく、近々本格的な動きを見せそうな予感を覚えそうな程だ。


「(こちらも似たようなものか)」


 尤も、ヒュマスの中でもセルベルティアも軍事拡大の規模は特に大きいため他所のことをとやかく言えない立場ではあるのだが。

 拡大に伴い、街に住む者も数年前に比べ格段に増えた。人が増え、そして働き、その結果特に物流で成り立つ経済力の上昇が目立ち始めていたりする。


 これを喜ばしいことと思う反面、何事も力の大きさは災いの大きさや数にも比例するのも事実。実際数年前よりも明らかに問題事の件数は増え、それに労力を割かれることもしばしばである。

 今の政策を保ちつつ、上に立つ者としてできるだけ不和が生じぬように今後の対策も考えていかねばならず、エルヴィオンの気が休まる日はまだ遠い。


 エルヴィオンは半ば諦めを決意したように、また一息をつくのだった。


「……」


 それからまだ目を通せていない書類の束にも目を通していったエルヴィオンだったが、最後の一束で確認がようやく終わるというところで、一定間隔で紙を捲っていたその手が止まってしまった。

 これまでの報告とは気色の違う、不気味な報告が為されていたからである。


「(例の降誕儀式……やはりまた失敗したか。それは成功しないという方向性で過去にまとまっていたはずだろうに。――全く下らぬことをする)」


 内心吐き捨てるようにその報告を見たエルヴィオンは気分を悪くし、この時微かに感情を込めた。

 少し歪んだその報告書を書類の束に放り投げると、やっと整理の付いた机に両肘をついて両手を組む姿勢で楽を取る。




「――入っていいぞ」

「失礼します」


 丁度その時だった。執務室のドアがノックされたのは。

 少しの休息も与えられないのかと最早笑うしかなかったエルヴィオンだが、居留守を決め込むことは出来ず即座に対応して室内へとその者を招く。表情は平静を装い、疲れを見せない凛とした姿勢に持ち直して。


「エルヴィオン様、只今戻りました」

「おお、丁度だったか。どうだった? 『白面』はいたのか?」

「そ、それが……」

「そうか……いなかったようだな」


 執務室へと入ってきたのは、昼前にエルヴィオンが用事を頼んだ直属の部下だった。

 部下の顔を見るや否やすぐにその結果をエルヴィオンは伺うものの、部下がしどろもどろになったことで結果を理解する。


 エルヴィオンは先日に『白面』と東棟の連絡路で出会ってからというもの、それ以降『白面』の姿を一切見かけていなかったのが気になっていた。

 積極的に会いたいとは微塵も思ってはいないが、自分の向かう先に高確率でいてしまう『白面』が現れないと逆に不自然に思えてしまうという、なんとも可笑しな心情になってしまっていたのだ。


 出会うのが日常であり、出会わないことが非日常。自分だけのその状況の確認方法がエルヴィオンの中では確立しつつあったのである。

 それ故に『白面』の居場所を把握しようと考えたのだが……どうやら当てが外れてしまったようだった。


「ただ、気になるものがありまして」

「なに?」


 そこへ、報告の続きが重なった。


「『白面』殿の出入りがよく目撃される建物は全て確認したのですが、調べた建物のどの場所にもこのような書置きが残されていまして」

「書置き?」

「明らかに我々に向けたものと思われるのですが……」


 部下の持っていた数枚の紙切れが差しだされ、エルヴィオンはそれを受け取って内容を確認する。

 そして――言葉を失った。




『只今新企画進行中! 近日公開実施予定!

 それまで探さないでね☆ 当日をお楽しみに!』 




「……ああ、これは奴の字だな……」

「はい。自分もそう思います」

「嫌な予感とはこのことだったのか? 全く奴は……」




 エルヴィオンのそれまで保っていた凛とした表情が、ここで崩れた。

 額に手を当てて天を仰ぐエルヴィオンは、近々避けられない面倒事になることを確信したのだ。部下もエルヴィオンのその姿に戸惑うことはせず、同情するように見守るしかなった。

 何故なら、これはこれまでに幾度となく繰り返してきた流れとやり取りであったからである。


「こんなもののために苦労を掛けてすまなかったな。どうやら心配は杞憂に終わってはくれなかったようだ。どうせまた奴のいつもの戯れなのだろう」

「あはは……」


 同情も込みだが、自分も巻き込まれるのかと考えると部下もまた笑いしか出てこなかった。

 最初は唖然としたり面倒だったりでストレスにしか思わない戯れという名の嫌がらせだったが、最早大して何も思わない流れ作業の一つの様に感じる程感覚がこじれていることによる。


「――しかしだ。素直に奴の戯れに付き合ってやるつもりは毛頭ない」

「はい。勿論です」

「……探すぞ。業務に少しでも手の空いた者を集めて臨時の捜索隊を編成してくれ。見つけ次第手荒でも構わん。無力化してここまで連れてこい」

「ハッ! 了解しました!」


 部下はまるで分かっていたような返事で敬礼した。これもまた幾度となく繰り返されてきた指示だったからである。

 セルベルティアの軍内では『白面』に関する対処は何事にも優先されるというのが暗黙の了解となっている。というのも大半の者が『白面』の被害に巻き込まれており、放置すると際限なく被害を広げるという共通認識があるためだ。

 一切関わりを持とうとしないように努める者もいるが、被害を最小に留めるために動こうとする者もいる。エルヴィオンの部下は後者に該当する者の一人だ。


「捜索隊は始めは其方が取り仕切れ。私もこの仕事を片付け次第合流し指揮を変わる」

「ハッ! 直ちに行動に移ります!」

「頼んだぞ」


 エルヴィオンがそう指示すると、部下は部屋から足早に部屋を出て行った。廊下を走る音が遠くなり、エルヴィオンはもう一度『白面』の残した紙切れを見つめて考えに耽った。


「(奴は私の秘密に恐らく気が付いているはずだ。最後に出会ったのは東棟……そして昨日は不自然な結界の誤作動。あれの原因は発生装置の部品損耗が激しかったからだそうだが……魔道具全般の管理に関して『白面』がその点を見過ごすとは考えづらい。向こうも不自然に思われていることは承知の上だろう。その上でこの書置きをしたということは……)」


『白面』相手に深読みをするというのも無駄かもしれないが、それでもしないというわけにはいかない。

 それに、この紙にはこの文面以外にも『白面』の何かしらの狙いや意味があると踏んだ方が良いという予感がエルヴィオンの中にはあった。


 特に決まって思い当たる理由はないが、勘のようなものが働いたのだ。


「(まぁそれはいいか。大方またあの『眼』の力で何か探り当てでもしたのかもしれん。現状把握している奴の力は、信じ難いが恐らく分析能力に近しいものが一つ。そして……これまでの言動から察するに恐らくそれ一つだけではあるまい)」


 一先ず『白面』の足取りを確認しなくては始まらない。憶測も聞いたところで答えてくれるわけでもなく、あくまで自分の中にある懸念というだけのこと。

 本人が答えない限り永劫分かるものではないことを考えていても仕方がないとエルヴィオンは考える。


今回は五分五分(・・・・・・・)といったところか……。『白面』め、一体何を考えている?」


 ただ、何か起こりえるというのは避けられないところまで来ているのは判明している。

 眉を潜めるエルヴィオンは毎度何をしでかすか分からない『白面』に呆れ、残った書類の整理を始めるのだった。




 ◇◇◇




「――以上です。計画実行は予定通り三日後の正午、何かあれば今お願いします」

「「……」」


 いよいよ計画実行日が決まり、その最後の確認がやってきた。

 俺とアスカさんは顔を合わせて頷き合うと、その意思をアイズさんへと目で伝える。するとアイズさんも小さくだが頷き返してきた。


 冷めてしまったティーカップの中身を飲み干したアイズさんがカップをソーサーに置くと、小さく短い金属音が鳴った。

 そしてこの瞬間にこの会議が終わったのだ理解し、ホッと一息つく。


「私は明日準備にかかりきりになるでしょうから皆さんは好きなようにお過ごしください。また明後日最終確認でここに集まりましょう。微調整する部分もあるでしょうし」

「分かりました」


 俺とアスカさんが実動部隊ならばアイズさんは裏工作専門の部隊みたいなものだ。まぁ一人しかいないけど。

 俺達もアイズさんが一体何をしてくれるのか詳しく知らないし、下手に余計な手出しはしない方が無難だろう。

 餅は餅屋に……。俺ら脳筋はアイズさんにできないことを担当するだけだ。


「言っておきますけど当日までくれぐれも変なことだけは起こさないでくださいねぇ? 後処理が面倒極まりないので」

「あ、はい」


 気持ちを新たに三日後の当日へ思いを馳せていると、誰がとは言わなかったが間違いなく俺に向けて言ってることがすぐに分かったので返事をしておいた。


 前科有りの俺が今更何を言ったところで真に受けられないのは必至。ここは潔く即答させていただきますとも。へへー。




「あ、それとその飲み物どうでした? 結構私が愛飲しているものなんですけど」


 アイズさんが話を変え、提供してくれた飲み物について感想を求めてくる。

 なんとなく、会議の後の無駄話がこれから始まるんだろうなという気がした。


「うーん、独特な味だけど、甘さと酸味が丁度良くて美味しかったよ? 僕は結構好きかもしれない」


 アイズさんが飲んでいたものだが、それは俺らの分も用意されていた。俺とアスカさんは既に飲み終えてしまっていたが、正直結構良い飲み物を知ってしまったかもしれないと思ったくらいだ。


 ぶっちゃけ美味かった。

 可愛いが正義なら、甘いもまた正義。だから可愛くて甘いセシリィはガチの正義です。……あ、なんでもありません。

 えー、コホン。なんていうか、レモネードに近いような感じだろうか? 酸味をやや抑えた感じの。


「すごい美味しかったです。アイズさん、これなんて名前の――」


 セシリィにも是非飲ませてあげたいと、俺がアイズさんに視線を向けて詳細を尋ねた時だった。

急にその横で大きくアスカさんが前のめりになったかと思うと、勢いよく不自然な姿勢で動かなくなった。


「……」

「え……?」


 一瞬、何事かと思った。しかし、アスカさんの手から離れたカップが石の机に落ちて破片を散らした時、すぐに我に返った。


「アスカさん!? ど、どうしたんですか!?」

「……」


 急なことに思わず立ち上がってアスカさんへ呼びかけるが、アスカさんは微動だにせず石机に突っ伏したままだった。

 意識は完全に失っているようで、まるで糸が切れたかのようだ。瞳は瞑り、俺の呼びかけには一切応じてはくれなかった。


「――ハァ。ようやくですか」

「なっ!?」


 急な事態に俺が戸惑っていると、やけに落ち着いていたアイズさんの一言に寒気がした。


「まさか話し合いが終わってから効き始めるとは……。やはり強い方はそっちの耐性もお強い傾向にあるようですねぇ」

「アイズさん……一体何かしたんですか!?」

「大丈夫ですよ。寝てるだけですから」


 落ちついて告げてくるアイズさんに、俺は今アイズさんをどう見れば良いのかが分からなかった。


「アスカさんの方には少々睡眠薬を盛らせていただきました。即効性と聞いていたんですけど違ったのは誤算でしたねぇ……」

「なんで……いきなりこんなことを? というかまさか俺の飲んだ方も……!?」


 ハッとし、自分の状態を即座に意識して確認する。幸い俺には特に眠気もなければ変な感じもしない。

 しかしアスカさんが急に眠ってしまったところを見るに、俺にも盛られているのであればいつ眠気が襲ってきてもおかしくはない。そう思うと血の気が引いていく気がした。


「ああそれは平気ですよ。盛ったのはアスカさんの方だけなんで。生憎とアスカさんもロアノーツさん同様に強すぎるのでこちらの手を使うしかなかったんです。一応副作用もないですし、効果も短いのですぐに起きるはずですよ」

「……?」


 そう思ったのも束の間だった。何故か俺には盛っていないらしく、その心配は要らないとのことだった。

 その言葉を鵜呑みにしてはいけないのだが、気持ちとは不思議なものでその言葉一つで多少安堵してしまう自分がいる。


 でもアスカさんにだけ? それはなんで?

 あとこちらの手しか使えなかったってのはどういう意味だ?


「なんでこんな真似を……?」


 アイズさんを警戒し、俺にはそれを聞く真似しか出来なかった。

 原因を知る人はアイズさんのみ。下手に動いても何も変えられる気がしなかった。


「そう身構えなくても私如きが貴方に太刀打ちできるはずもないのは貴方が一番理解してるでしょう? ですから取り返しのつかない真似はしませんよ」

「じゃあなんで睡眠薬なんて盛ったんですか!」

「――私はただ少しフリードさんと二人でお話したかっただけですよ。アスカさんに聞かせていいか分からない内容でしたので少し眠ってもらったまでのことです」


 話、だと……?


「貴方と二人きりで話す機会はあまりなさそうでしたから。最初セシリィちゃんがいないのは残念でしたけど……ある意味いなかったのは好都合でしたので急遽強硬手段に踏み切らせていただきました」


 そこでなんでセシリィが出てくるんだ。いたらこんな真似はしてなかったってことか? 

 意味が分からないぞオイ。


「フリードさん、二日前の発言を覚えてますか?」

「二日前? それは、俺の?」

「はい。そろそろ約束の履行をお願いしたいなと思いまして」


 相変わらず座ったままのアイズさんの組む手が忙しなく動き、本人の心を露わにしているかのようだ。

 待ち遠しさが抑えきれない子どものように、仮面の奥底の瞳が俺を見ている気がした。


「……そういうこと、ですか」

「はい~。そろそろ教えてくれないですかねぇ? このままだと教えられないままフリードさん達いなくなっちゃいそうですし」


 二日前の自分の発言である約束事。振り返れば確かに言った自分の発言は思い出すのに苦労はしなかった。


 確かにこのままだと言う暇もなく計画が終了しそうではある。

 だから今アイズさんはそれを迫っているのだと。だからアスカさんに聞かせて良いか分からないと言ったのだと俺は思った。

 それならば手段は酷いがむしろ俺は気を遣ってもらわれた立場ということになる。そう思うと、アイズさんのしたことについて納得はともかく行った理由は分からないでもなかった。


「アンタ本当に手段を選ばない人だな。もう少しやり方あったでしょ?」

「やり方選んでられる程私できた奴ではないので」

「……知ってます」


 フフンと誇らしげに胸を張るアイズさんにそれは間違っているから直せと指摘したくなる。

 どうせ言っても聞かないため、俺は嫌味ったらしくそうとだけ伝えておいた。


 けど俺が撒いた種が原因かよ。アスカさん、被害に合わせてごめんなさい。


※5/8追記

次回更新は明日か明後日くらいかと。

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